VR黎明期だからこそ数を出そう。世界初のネタはたくさんある
2016年8月24日〜26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。1日目のセッション“PlayStation VRがつくりだすVRの未来”では、ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏がモデレータ(司会)を務め、バンダイナムコエンターテインメントの原田勝弘氏を始めとするVRコンテンツ開発の先駆者、そして彼らをサポートするミドルウェア開発会社の方を迎えてのディスカッションを実施。本稿ではそのリポートをお届けする。
今回のセッションの参加者は以下の通り。
エピック・ゲームズ・ジャパン 代表
河崎高之(かわさき たかゆき)氏
エピック・ゲームズは、ゲーム開発だけでなく、ゲームエンジン“アンリアルエンジン”も手掛け、世界中のゲーム開発、そしてVR開発を支えている。
グリー 取締役 執行役員
荒木英士(あらき えいじ)氏
グリーでは、“GREE VR Studio”を設立してVRコンテンツの開発を進めているほか、投資事業や市場振興事業など、日本のVR市場に対して積極的に活動している。
コロプラ Kuma the Bear 開発本部 仮想現実チーム マネージャー
小林 傑(こばやし たけし)氏
コロプラもいち早くVR開発に参入し、Oculus Rift向けのローンチタイトルや投資事業を展開している。
バンダイナムコエンターテインメント ゼネラルマネージャー/チーフプロデューサー
原田勝弘(はらだ かつひろ)氏
対戦格闘ゲーム『鉄拳』シリーズのプロデューサーとして広く知られているが、VRにも早期から着目。『サマーレッスン』を開発して注目を集めている。
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社 日本担当部長
大前広樹(おおまえ ひろき)氏
ゲームエンジン“ユニティ”で知られるユニティ・テクノロジーズ。エピック・ゲームズ・ジャパンの川崎氏同様、エンジン提供側としての参加だ。
ディスカッションの最初のテーマは、“VR技術を使って成し遂げたかったこと”。
原田氏は、「キャラクターへの感情移入」と回答。RPGなどのタイトルでは数十時間のプレイのうちに自然と感情移入していくが、原田氏が手掛ける『鉄拳』といった対戦格闘ゲームでは主役はプレイヤーで、キャラクターは“ツール”のようになってしまう。それをなんとかしたいと考えていたようだ。その研究段階では『鉄拳』のキャラクター(ブライアン)を使用していたようだが、彼のような強面のキャラクターと対峙して、格闘ゲームのキャラクターとは恋できないということを悟り、早々にあきらめたのだとか。
小林氏は、「ゲーム(や映画)の世界に入ること」と回答。制作していく中で、モバイル向けに作ったゲームをただVRにするだけでは没入感に乏しく、VRオリジナルのコンテンツを作る必要があると気づかされたそうだ。
荒木氏は、「コミュニケーションを軸としたコンテンツ」と回答。グリーはソーシャルネットワークを作ってきた会社で、コミュニケーションをどのようにして豊かにするかという発想でケームを作ってきた、と荒木氏。ネットワーク上に自身を投影するアバターや、バーチャルで釣りやペット飼育が楽しめるサービスなど、これまで手掛けてきたコンテンツのさらなる発展の手段としてVRを見ているようだ。
続いてのテーマは、“開発でいちばん苦労したこと、開発して初めてわかったこと”。
これについては、まずゲームエンジン提供側の大前氏と河崎氏が回答。
大前氏は、デベロッパー側から「安定して動くようにしてください」とよく言われるとのこと。VRのコンテンツを制作していく中で気付いたこととしては、これまでのコンシューマタイトルでは、絵を綺麗にするためにディファードレンダリングと呼ばれる描画手法が採られていたが、VRでは使いづらい(編注:VRでは高fpsとレスポンスが重要なので、ディファードレンダリングの豊富なポストプロセスを活かそうとすると、パフォーマンスに影響が出てしまう)ということ。また、VRでは手元など非常に近い部分を見ることが多いため、影の解像度が不足したり、ライティングの見直し(前述の通り、ディファードレンダリングからフォワードレンダリングになるため)などが必要になったそうだ。
河崎氏は、「VRコンテンツの開発では高いフレームレートの維持と、没入感を損なわないハイクオリティーなグラフィクスの両立が難しい」と回答。動作を軽くするという部分においては、たとえば鏡や水面の映り込みの表現を行う際、反射ではなく同じモデルをひっくり返して配置するなど、プレイステーション2時代のテクニックが使えるという。また、“コクピット”を作るにしても、画面には映らない部分は削ぎ落とすなど、従来の(画面向けの)コンテンツとは発想を変える必要があると付け加えた。
そこに原田氏が続く。原田氏が苦労した点は、「VRはプレイヤーにカメラを奪われること」と回答。ゲームにおいてカメラとは、演出やルールを制御する役割を持っていたが、VRではその常識が覆ってしまう。と、ここまで話したところで、「それでも、いちばん開発で苦労したのは、社内に味方をつけること」と言い換えた。ふだん数十億円の予算でゲームを作っている原田氏をもってしても、数百万、数千万のVR研究費の決済が下りない。そのため、『鉄拳』プロジェクトから予算(という名の使途不明金)を捻出し、その研究の成果を社長や取締役に見せると「なぜ、これをもっとやらないんだ?」と叱責されたのだとか。多少の脚色はあるのだろうが、実際に孤立無援だったのだろう。
続いては、“VR技術をうまく使えた! と自慢できるところは?”と“つぎのVRタイトルでやってみたいことは?”というテーマ。
大前氏は、うまくいっているところは、「いろいろなデバイスで同じように動作する開発環境を作れているところ」とコメント。続けて、ユーザーがまだVRの体験に慣れていないので、ワンアクション、ワンコンセプトに絞ったほうが受け入れられるのではないか、と語った。盛りだくさんにするのではなく、キャラクターとのインタラクション、ユーザー間のコミュニケーションなど、ひとつの体験に絞ろうということだ。
原田氏は、これまで取り組んできた体感ゲームや立体視の研究のおかげで、視覚情報だけでは酔ってしまうような映像でも、筐体を揺らすなど、体感をともなうことで酔いづらくなるということがうまくいっている点だという。また、『サマーレッスン』については、仮設通りにできたというところが、これまでのゲーム作りとは違うそうだ。原田氏は学生時代に心理学を専攻、ディレクターの玉置氏は哲学を学んでいたそうなのだが、人間がモノをどう認知して、どんなときどんな反応を示すのかといった、臨床心理実験でやってきたようなことが、大いに役立ったという。
小林氏は、コロプラで手掛けた『Dig 4 Destruction』において、マッチングするまでにユーザーどうしがコミュニケーションを取れるようにしたそうなのだが、ゼスチャーだけで意思疎通ができる点にVRの可能性を改めて感じたという。
荒木氏は、社内で開発中のデモの話を披露。トランプのババ抜きを作っていて、思わぬ発見があったという。通常、ゲームを作るということはルールを実装するということになるが、VR空間でのババ抜きは、相手の手元を覗き込めば手札が見えてしまうし、みずから手札を相手に見せることだってできる。意図的に制約を外すことで、リアルなおもしろさが出てくると語った。
最後のテーマは、“これからのVRタイトル開発者へのアドバイス”。
大前氏は、「いまはVRの黎明期なので、数を出すこと」と回答。ゲームが高度化する前に、何サイクルか回すべきだと語った。それを受けて、吉田氏も「VRにおける世界初のネタはたくさんある」とコメントした。
小林氏は、「親和性の高いコンテンツを探すこと」とアドバイス。モバイルゲームの最初期のような状況なので、インディーにチャンスありとも語った。
原田氏は、「VRは市場が成熟していないので、ものすごくチャンスがある。『サマーレッスン』は、アイデア自体はべつにすごくない。だけど、VRだから注目されるし、遊んでもらえるという状況。ぜひチャンレジしてほしい」と語った。
荒木氏も原田氏と同様に、VRの体験自体が新しいので、ゲームルールはありきたりのものでよく、でもリアルでは起き得ないギミックを入れるのがポイントだと語った。
河崎氏は、VRは魅力的ではあるが、いつかユーザーがVRに慣れて、“VRショック(同じようなミニゲームが市場に溢れ、飽きられる状態)”がきっと来るだろうと言及。1周回った後の、つぎのVRのステージに期待したいと語った。
ディスカッションの後は質疑応答へ
Q.VRは体感要素があるほうが、没入や酔いの面で有利な気がする。今後、VRはコンシューマとアミューズメントのどちらが発展していくのか?
A.業務用はあくまでフラグシップでしかないと思います。いまのヘッドマウントディスプレイは、取り回しの面で必ずオペレーターが必要になり、非常にコストがかかります。VRはパーソナルユースに適しているし、VR好きな僕に言わせると、VRに興味があるような人間がわざわざお台場まで足を運ばないでしょう。家庭用がメインになっていくんだと僕は思っています(原田)
Q.VR(仮想現実)のほかに、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といろいろあって、素人目からすると区別がつかない。コンテンツを作っている側は、これらをどう整理しているのか?
A.社内で言っているたとえがあって、VRは2次元の嫁に会いに行くこと、ARは2次元の嫁がこっちに来てくれること、MRはbuzzword(バズワード。定義が曖昧な言葉)なので気にしていません。ARとMRをあえて区別する必要があるのかと若干思いますけど。こういう技術の呼び名って、普及の過程で消えていくのが常だと思っているので、あまり区分けに惑わされずにコンテンツを作っていくことに集中すべきだろうと(荒木)
Q.ARのゲームは作らないのか?
A.ARはゲームには向かないのではないか(荒木)
ARはリアリティを求めていくということですよね。たとえば、映画『マトリックス』のような世界があったとして、「ここは仮想空間だからビルから飛び降りろ」と言われても、誰も飛び降りないと思うんです。それは、現実なのか仮想なのか、区別がつかないからですよね。VRは現実に少し意識を残しているからこそ、そこそこの没入感でもおもしろいのだと思っていて。VRとARはニーズが違うと思うんですよ。VRは僕のように家でじっとしていたい人向け。ARは世の中を便利にするもので、外に出て行こう、コミュニケーションを取ろうという、リアルが充実している人向けのものだと思いますね(原田)
VRの先駆者たちは、VRの可能性を大いに語りながらも、つぎなる課題やクリアすべき問題点などにすでに取り組んでいるということが垣間見られた。2周目のVR、よりゲーム性が増し、要素を詰め込んだVRがどうなっていくのか、彼らの動向にも注目していきたい。