●DeToNatorは台湾で何を試そうというのか

 『剣と魔法のログレス』でお馴染みのAimingを筆頭に、9社から支援を受けて活動するプロゲーミングチーム・DeToNator。チームとしての規模や実績は、間違いなく日本でトップクラスだ。

 2016年1月、彼らの発表が日本のeスポーツ界をにぎわせた。eスポーツの盛んな台湾に拠点を作り、世界を見据えた活動にいっそうの力を入れるのだという。選手たちの住居まで台湾に用意したというのだから驚きだ。さらに、リリース前の期待作『Overwatch』部門の設立を発表。ほかのゲーミングチームとは少し違う道を歩んでいるように思える。

 台湾進出の狙いは何なのか。なぜ『Overwatch』を選んだのか。DeToNatorのオフィスにお邪魔し、マネージャーの江尻勝氏に話を伺った。

▲DeToNatorはゲームオン運営のPC用オンラインFPS『Alliance of Valiant Arms』をきっかけに、2009年9月に結成された。写真は2013年の大会の様子。
▲DeToNatorマネージャーの江尻勝氏。美容師、食品系の会社経営を経て、現在はDeToNator運営に注力している。

【DeToNatorの部門】
Alliance of Valiant Arms』(以下、『AVA』)
Dota 2
League of Legends』(以下、『LoL』)
Counter-Strike: Global Offensive』(以下、『CS:GO』)
Hearthstone
『Overwatch』

――2016年1月1日に、台湾に拠点を作ることを発表されましたが、具体的に何をする予定なのでしょうか?

江尻勝氏(以下、江尻) 選手を台北市内に住まわせて、完全にゲームプレイを職業としてやっていきます。選手たちはAiming台湾支社に作っていただいた練習場に日々通って、ゲーム中心の生活を送ります。家にも自由にプレイできる環境を作りますが、メインは会社での練習。今回の件は台湾の大手パブリッシャーであるGarenaさんとの協業でして、DeToNatorは全部で6部門あるのですが、まずは台湾との交流が盛んなタイトルから進めていきます。

――ふつうの会社員みたいに、通勤、練習、帰宅みたいな感じなんですね。

江尻 1日のスケジュールのなかには、ゲームの練習だけではなく、語学の勉強時間や体を動かす時間も組み込む予定です。安定して実力を発揮するには健康面も大事ですから。総合的な面を鑑みてスケジュールを立てて、選手たちはそれをこなしていく、と。

――2016年1月26日に台湾の『AVA』プロリーグ“A.V.A Elite League 2016”に参戦すると発表されて、『AVA』のメンバーは台湾での生活をスタートさせています。現地の反応はいかがですか?

江尻 2015年の“A.V.A Elite League”シーズン2が終わったときに、「日本からの挑戦者あり」ってシルエット付きの動画が流れているんですが、好意的に受け入れられているようです。選手のケアも含めて、Aiming台湾支社の皆さんには全面的にバックアップしていただいています。

――昨年の時点で着々と企画が進行していたんですね。台湾のプロリーグはどういったスケジュールで展開するのでしょうか?

江尻 2016年3月20日からシーズン1が始まって、4ヵ月ほどかけてリーグ戦が行われます。試合は毎週日曜。年間2シーズンあるので、約10ヵ月間は向こうにいることになります。ですが、そのあいだに日本に帰ってくることもあると思います。日本の大会にも出たいですし、オフライン大会があるのであれば、帰ってきて参加するつもりです。選手たちは行ったり来たりですね。

――江尻さんも台湾で生活するんですか?

江尻 何度か行く予定はありますけど、ほかの部門もありますから、向こうに常駐という形ではないです。そのぶん選手たちには自立して行動してほしいと考えています。渡航前から語学の勉強を始めていたメンバーもいますし。なるべく早く向こうの環境に慣れてほしいですね。物件自体は何年間か借りますので、『AVA』をやっていないときはほかのタイトルの交流に使うことも検討しています。

――『AVA』以外の部門でも同じような展開を視野に入れているのでしょうか?

江尻 盛り上がっているゲームは地域によって異なりますので、様子を見つつ、ですね。たとえば、台湾におけるGarenaの代名詞と言えば『AVA』や『LoL』ですから、DeToNatorのなかでも歴史の長い『AVA』から企画をスタートさせました。最近は『CS:GO』でも台湾プレイヤーとの交流が増えていますし、Blizzard Entertainmentタイトルもいいですよね。『Hearthstone』なんかは国際大会などの動きも活発ですし、台湾に行ったときにはBlizzard側も力を入れていると感じました。『Dota 2』は台湾というよりアジア全域。いまも国際大会の予選に積極的に参加しているので、チャンスがあればどんどん世界に進出していきたいです。『AVA』とは別の形かもしれないですけど。

▲日本国内では十分な実績を持つものの、国際大会ではいま一歩のところで勝利を逃すこともあった『AVA』部門。台湾進出でひと皮むけることができるだろうか。

●DeToNator台湾進出の狙い

――続きまして、台湾に拠点を作った意図を教えてください。

江尻 自分たちには、日本はもちろんのこと、世界を相手にしっかりと結果を残すという目的があります。台湾はあくまで通過点と考えていて、ゆくゆくはヨーロッパにも進出したい。いきなりヨーロッパは難しいと思い、台湾を選びました。

――親交の深さも考慮して、動きやすいのが台湾である、と。

江尻 海外でやることがどれだけすばらしいか、どれだけ大きな意味があるかということを、まずは選手に感じてほしい。選手にとっていちばん幸せなことはなんだろうとつねに考えていて、それは「選手の実績が正当に評価される場所があること」だと思うんです。ファミ通.comさんのインタビューでこれを言うのも失礼な話かもしれませんが、日本の場合は大きな大会で優勝したとしても、リポート記事になって終わりなんです。

――その先がないと感じているわけですね。

江尻 日本と世界の違いを強く実感したのは、2013年にニコファーレで開催された『AVA』の国際大会のときです。そのときは台湾の“ahq_e-SportsClub”が優勝したんですが、彼らが帰国したとき、空港にテレビ局のクルーが待ち構えているは、ゲーム系以外の大手情報サイトのトップに載るは、扱いが全然違うんです。ファンの接しかたもそうですね。海外って、すごくダイレクトだと思うんです。

――そういうリアクションがある中でプレイすることが、やりがいにもつながると考えているわけですか。

江尻 もちろん日本にも応援してくださるファンの方はいらっしゃいます。変わりつつあるとも感じます。とはいえ、まだまだ時間がかかるでしょうし、どこまで変わるかもわかりません。応援してくれる人に選手のがんばりがダイレクトに伝わって、それが選手に跳ね返ってくるようになるには、海外で結果を出して逆輸入的に日本に帰ってくるのがいちばんだと思います。

▲2013年の国際大会で、DeToNatorは惜しくも準優勝。やはり台湾チームは強かった。

――2015年はバズワード的に“eスポーツ”が流行りました。どうすれば日本にeスポーツが根付くのか、いまも多くの関係者が腐心しています。江尻さんとしては、それよりもまずは選手たちに世界の空気を世界で感じてほしいというわけでしょうか。

江尻 「日本の競技性ゲームシーンは何をすれば変わるのか」という議論よりも、選手の環境や精神面をよくする方向に労力を割いたほうが建設的だと思うんですよ。どんなスポーツでも、選手が主役であるべきですから。
 いろいろな人に「世界で活躍しているプレイヤーを見たい」と思わせるためには、選手が経験を積む必要があります。ゲームに打ち込むことの魅力や体感したことのすばらしさを、多くの人に伝えられる選手に成長していかないと。だから、自分のプレイひとつで観客を盛り上げるような経験を積んできてほしい。プレイや人間性で人を集められるって、プロとしてすごく大切ですよね。「お金を払ってでもこの人たちを観に行きたい」と思わせるほど魅力的なのが、本当のプロプレイヤーなんです。これはゲームに限った話ではありませんけどね。

――いまの日本の競技性ゲーム業界を、江尻さんはどう見ますか?

江尻 「大人たちが作った環境に選手がいるだけなんじゃないか」というのが、率直な感想です。大人たちがどれだけすごいものを用意しても、選手がそれを理解しなかったら成長は望めません。試合に勝つことしか考えないようではプロじゃない。

――業界を盛り上げるためのDeToNatorなりのアプローチが“選手の成長を促すこと”である、と。そこまで考えての台湾進出なんですね。

江尻 台湾に行くだけで何かが大きく変わるわけではありません。ステージを変えて、国際交流をして、日本と世界の違いに触れて、初めて「自分はゲームで生きていくんだ」という決断に真剣に向き合えるんだと思います。彼らが何を感じて成長するか、楽しみですね。

――ゲームに向き合うことで人間的に成長する。すてきなことですね。

江尻 今回は台湾と相性のいい『AVA』を取り上げましたけど、タイトルはどれでもいいというのが本音です。ゲームありきではなく、選手ありき。台湾の関係者やファンとの交流によって海外進出が当たり前になれば、身に着けるべき能力も見えてきて、選手はどんどん自立していくでしょうね。何も考えず、言われたことしかできないようではお話になりません。目標をつかみ取るために必要なのは選手たちの自覚と結果のみ。そういった部分にフォーカスしたいですね。積極的に情報を発信していきますので、選手たちの活動もしっかり追っていただきたい。

――僕も期待しています。ユニークな動きがあると、もともとeスポーツに興味がある人以外にも記事を読んでもらいやすいですから。今回の件に関して、選手たちにはどう伝えていますか?

江尻 適度にプレッシャーはかけています(笑)。「相当なプロジェクトなので中途半端にはやれないよ。必要なことは自分たちで考えなさい」って。まずは自分たちでスケジュールを組んでみて、それでも不安があるようなら5人で話し合ってから僕に相談するようになってほしい。僕がいつまでも付きっきりで見てあげられるわけではないですから。

▲台湾での活動の様子はDeToNator公式サイトで公開されている。

――江尻さんが選手を引っ張ることはせず、背中を押す準備だけしておくわけですね。リーダーはSyaNha1選手ですよね。彼はどういうタイプなんですか?

江尻 僕が彼を信用しているのは、時間にすごく正確だからなんです。

――社会人としていちばん大事な部分ですね。

江尻 どんな現場でも、大会でも、集合時間の30分前には到着しています。余裕を持って行動するって社会人としては当たり前のことですけど、それをふつうにできるのがすばらしい。もともとの人間性なんでしょうね。それと、彼は少し前から中国語の勉強を始めているんですよ。

――計画的に動いているようですね。

江尻 じつは僕も、1月から始めております。

――始めたばっかりじゃないですか(インタビューは1月中旬に実施)。SyaNha1選手を見習ったほうがいいですよ。

江尻 仰るとおりでございます(笑)。SyaNha1みたいに、やれる人間は自分で気づいて歩き始めます。僕たちは台湾にお邪魔するわけですから、少なくとも挨拶くらいは相手の国の言葉でしゃべってほしい。別にペラペラじゃなくてもいいので、自分の言葉で敬意を伝えてほしいんです。

――相手の国に敬意を示す。そういう感覚を持つっていいですね。

江尻 遊びに行くわけじゃありませんから。大会でトップを狙って、ゲームで結果を出すのは前提として、海外での生活に慣れて語学も習得する。向こうで人脈を広げるのもいいですね。この経験はいつか絶対に自分に跳ね返ります。将来、現役を引退したとき、外国語が得意だという長所があるのは強みになりますよ。

――他チームの選手とコミュニケーションが図れれば技術の向上にもつながりますよね。選手として荒波にもまれながら、セカンドキャリアの準備ができる、と。

江尻 そこまでをスキームとして組み込みたかったんです。これはAimingさんの椎葉社長にも助言をいただきました。「やるからには語学は習得しなきゃいけない」って。それなら引退後もお世話になった企業様に恩返しができる可能性が高い。自分の道も自分で決められます。彼らは若い。順応性は間違いなく高いですよ。

――いちばん年上はリーダーのSyaNha1選手ですか?

江尻 ええ。彼が26歳で、Ak~ayS、RobiN、Saih4tE、S.Monkeyと続きます。伸び代ありますよ。吸収できることはすべて自分のものにしてほしいです。世界に目を向ければ、ゲームで他国に渡って言語を習得して成功しているプレイヤーはたくさんいます。その価値を実感してほしい。台湾に進出してグローバルで結果を出したとなったら、さらにつぎのステップに進みます。

――向こうに渡って生活が落ち着いたとして、練習のしかたは変えたりしますか?

江尻 練習自体はそれほど変わらないと思います。Aimingさんの練習場に行って、日々のスケジュールに沿って行動する。これが基本です。1日8時間は練習場で、帰宅してからもやるって言ってましたね。切り替えも大事だと思いますから、そこは本人たち次第で。

――細かな判断は彼らに一任しているわけですか。

江尻 Aiming台湾社長である平田さんからは「精神的なストレスを極力軽減させたほうがいい」というアドバイスをもらっています。どんなにいい環境でゲームに注力できたとしても、異国の地だというだけでストレスが溜まります。精神的にまいってゲームどころじゃなくなったら本末転倒ですからね。Aimingさんには日本語の堪能な社員さんもいらっしゃいますし、細かいケアに関しては頼りにさせてもらっています。
 選手たちを缶詰めにしてガチガチに管理するよりも、練習場に通勤して、外の空気を吸って、いろいろなものを見てほしい。社内での交流も大切にしてほしいです。そのうえで、帰ったらプライベートな時間もある。メンタルケアもすることが、今回の重要な課題なんです。

――江尻さんからしても、大切な子ども(選手)を預けているみたいなものですし、Aimingさんの対応はありがたいですよね。

江尻 お金をかけさえすれば環境を用意するのは難しくないと思うんですよ。でも、それだけでは意味が薄い。Aimingさんにはメンタルケアから物件選び、サポート態勢作りまで、広く相談に乗っていただきました。

――至れり尽くせりの環境を用意して、完全にゲームに没頭させる方法もあると思いますが、DeToNatorはそれを選びませんでした。人間的な成長も見越してのことだと思いますが、いかがでしょうか。

江尻 彼らも人生をかけていますから、その思いも踏まえて準備を進めました。すべてをお膳立てしてもらうのを当然と思ってはいけないと、選手たちも理解しています。この状況で、彼らがしっかりパフォーマンスを出せるかどうかというのも、チームにとってはチャレンジです。

――選手たちへの信頼がないとできない施策ですね。

江尻 6部門のなかで、いちばん自立しているチームですから。自立してしまえば、やったぶんだけ前に進めるんです。何度も言うようですが、マネージャーが言わないと動かないなんてお話になりません。勝ちたいんだったら、自分たちで何がいいか悪いかきちんと考えて、どうやってつぎの試合につなげるか。その考えを整理して僕に落とし込むレベルじゃないと。プロのプレイヤーは自立してなんぼだと思いますよ。

▲選手の成長促進やゲームプレイヤーの地位向上のため、江尻氏はさまざまな活動に尽力している。2014年3月には愛知県尾張旭市の市長のもとを訪ね、競技性ゲームの現状について説明を行った。