王騎など人気キャラクターについて作者が語る
2015年10月17日、福岡・九州大学大橋キャンパス内にて、KYUSHU CEDEC 2015が開催された。本稿では、KYUSHU CEDEC 実行委員長の松山洋氏(サイバーコネクトツー 代表取締役)とマンガ『キングダム」の作者・原泰久氏による対談の模様をリポートする。
例年、パシフィコ横浜で開催されているコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC”だが、2014年に札幌、2015年には大阪でも開催されており、KYUSHU CEDEC 2015は地方開催としては3ヵ所目だ。今回のKYUSHU CEDEC 2015の目玉とも言えるこの特別講演には、多くの受講者が集まった。
今回開催地となった九州大学芸術工学部の前身となる九州芸術工科大学は、原氏の母校である。「校舎に様子は変わらないですか?」との松山氏からの質問に対し原氏は、「変わりましたね。自動ドアが増えたり……」とコメントし、笑いを誘った。そんな和やかな雰囲気から始まった本セッションは、“人気連載漫画制作の裏側”を主題にトークがくり広げられた。
まずは原氏の経歴について。原氏は大学3年生の就職活動の時、マンガ家になりたいと強く意識し始めたという。そもそも、九州芸術工科大学入学の理由は映画監督を目指していたからとのことだが、当時は映像系では食べていけない(生活できない)という厳しい時代だと知り、マンガは監督脚本作画演技のすべてを自分で手がけられるということで、マンガ家を志すことになったとのこと。当時原氏は、絵コンテなどはたくさん描いていたが、マンガは描いたことがなかったらしい。そこで初めてマンガを作り、第36回ちばてつや賞ヤング部門に応募したところ、入賞をいただいたという。大学生時代はヤングマガジンの担当編集が付いており、読み切りは何度か掲載されたが、連載会議では取り上げられることはなかったという。原氏は、マンガ家として自立したいと思っていたが、さすがにその段階では諦めて、プログラマーとして就職する道を選んだという。原氏は、「関係者がいたら申し訳ないが、いつ辞めようかなと思っていた」と当時の心境を明かす。しかし、入社すると仕事がおもしろく、たくさんのよい経験を積めたと述べ、「この経験があったからこそ『キングダム』を描けた」と断言した。
いわゆる脱サラをし、マンガ家へ戻った理由については、忙しさのあまり漫画を描く時間が取れなかったからと述べ、一度仕事を辞めて漫画と向き合いたいと思い退職を決断。そこで、以前関係のあった編集部へマンガ家活動を再開したことを連絡をしたが、3年の期間が空いていたこともあって、あまり相手にされなかったため、作品を12社の出版社へ持ち込んだという。結果、12社中3社から高評価を得ることができ、その中でも一番評価してくれた少年マガジン編集部では担当を付けてもらったらしい。しかし、せっかく描いた作品を「お金に変えたかった」と思った原氏は、ヤングジャンプのコンテストへ応募。見事入賞し、ヤングジャンプでも担当編集をつけてもらうことになってしまった。その後、当時のヤングジャンプの担当者のアツい思いに惹かれ、『キングダム』制作へ至ったとのことだ。
原氏がマンガ家になるまでの経緯が語られたあとは、松山氏が「『キングダム』大好き芸人(?)として、私自身が思う“キングダムのここがすごい!”と思う部分をお伝えしたい!」と語り、以下の3点をピックアップした。
(1)王騎
『キングダム』屈指の人気キャラクター"王騎”。松山氏は単行本15巻のワンシーンを例に挙げ、「このページを見た時に衝撃が走った!」とコメント。そのワンシーンとは、”ドン!”と地上に降り立つ王騎の足元の石畳が割れているのである。筆者もこのワンシーンは覚えており、「足腰どうなってるねん……にしてもカッコイイ」と思ったのは言うまでもない。この演出をどうやって思いつくのか? との松山氏の質問にたいし原氏は、「わからないです、覚えてないですね(笑)。でも確かに割れてますね」といい、会場の笑を誘った。『キングダム』を読んでいる方ならご存じだと思うが、16巻で残念ながら王騎は亡くなってしまう。絶大な人気を誇る王騎の死を衝撃的なものにするために、あえてそれまで派手な演出をしていたのか? との問いに対し、「16巻で死亡する展開はあらかじめ決めていて前準備をしていたが、連載中余裕がなくて忘れてしまうこともあった(笑)」とコメントした。
(2)濡れ場がすごい
ヤングジャンプは青年誌なので、濡れ場のシーンは少なくはない。その中でも松山氏はとくに、呂不韋と太后の濡れ場に衝撃を受けたという。激しいシーンなのに冷静な顔で太后を相手し、行為中にもかかわらず国を手に入れることを考えている呂不韋について、「色んな作品を読んでますが、この濡れ場も衝撃的で、こういうシーンなのに呂不韋の底知れぬ恐ろしさを魅せるのはすごい」とコメント。それに対して原氏は、当時は女性の裸を描くことはなかったので、色っぽく描くことに専念したと振り返る。また、掲載された濡れ場のシーンについて、ネット掲示板で評価を見たところ、「怖い」、「原のエロシーンはホラーだ」と書かれていたと明かし、「つぎこそは色っぽく書きたい」と意気込んでいた。
(3)主人公・信のブレなさ
40巻の発売も決定している本作は、いよいよ折り返し地点となってきている。山猿のような活発な少年だった信は、どんどん功績を挙げて部下も増えていき、次第に部隊を治める将として考えも変わっていくが、肝心なところでの主人公としてのキャラクターのブレなさは相変わらずだ。原氏は、この主人公像の成功の元は信の親友だった漂(ひょう)の存在が大きいという。漂は物語序盤に信にすべてを託して力尽き死亡してしまう。原氏は、そのシーンは親友だったふたりの「大将軍になる」という夢の説得力を増しているとし、「やばいと思った時は、漂を出せばすべてを説得できる」と述べ、笑いを誘った。また、当時の副編集長に、「漂のキャラがいいから、生き返らせよう」と提案されたという。それを聞いた原氏は「編集者から漂、漂の思いを引き継いだ信というキャラクターが認められたと思い嬉しかった」と振り返った。
トークの話題は歴史モノを書こうと思ったきっかけへ。どの程度実際の史実に基づいているのかという松山氏からの質問に、原氏は「中国の春秋戦国時代を舞台にしているが、資料に戦場の名前などや戦いの模様は記載されていないので、それらを1から考えている」という。戦闘シーンの演出は、合戦映画のような奥行きと臨場感を出すように意識しているとのことだ。
続いてヒットの要因について松山氏が尋ねると、原氏は先日テレビ番組「アメトーーク!」で『キングダム』が取り上げられたことがきっかけで、ヒットを実感したという。「10年間担当といっしょに粘ったご褒美が「アメトーーク!」かと思っている。ヒットは「アメトーーク!」で認知度が高まったからだと思っている」と述べた。
また原氏は、会社員時代にチームでものづくりをし、揉まれていったことが『キングダム』の大きな糧になっていると言う。「仕事のミスで会社に赤字を出してしまったことがあったのですが、守ってくれる先輩、上司がいて、とても恵まれていた」、「おっさんたちも頑張るとかっこいい」と述べ、イケメンな武将キャラクターよりも無骨で泥臭いほうが好きであると語った。
話題は原氏のアシスタント時代のことへ。連載が決まった当時、アシスタント経験がなかった原氏は、編集部の勧めで『バガボンド』などで知られる井上雄彦氏のところへ4ヵ月間アシスタント修行へ行っている。井上氏のところには、当時はすでに有能なアシスタントが5名おり、原氏はアシスタントというより研修のような存在だったという。「井上先生といっしょに仕事できたということは稀有な経験だった。漫画に対する姿勢を見ているだけで“この背中を追いかけていたら間違いない”と思った」と当時を振り返る場面も見られた。
そんな原氏は現在、福岡に在住しているが、以前は東京で仕事をしていたこともありメインのアシスタントスタッフは東京から週1で福岡へ呼び寄せているという状態だ。「福岡と東京での仕事スタイルの違いは?」との松山氏の質問に対し、「紙とペンがあれば大丈夫ですが、スタッフは簡単には見つからない。人材はお金をいくら出してもいないから、貴重だと改めて実感した」と述べた。現在は原稿を東京のスタッフへ郵送し作業をしてもらって、また福岡の仕事場へ送ってもらい、仕上げをして締め切りに間に合わせているという。なお、福岡でも4名の若いスタッフを現地で採用しており、スタッフの成長を楽しみしているとのことだ。福岡の若いクリエイターの育成に一役買っていると言えるだろう。
ここからは、事前に募集された一般質問を元にトークを展開。「息抜きの方法を教えて欲しい」との質問には、「子供といっしょにお風呂に入ること」、「おもしろいモノを描くのが息抜き。おもしろい原稿が終わった時も息抜きになる。ただ今週おもしろいモノが描けなかったと思う時は、何をやってもモヤモヤしてしまう」のだとか。ちなみに、以前原氏が井上氏に「おもしろい原稿が描けなかったときはどうするのか?」と質問したところ、井上氏から「つぎにおもしろくするために今週は下げた。来週取り返せばいい」と言われて、大いに納得したのだとか。
また、王騎誕生秘話を聞かれると、『三国志』など有名な史実以外の時代を漫画にしても興味がないと言われ、ビジュアルと言動を個性的にしないといけないと考えた結果、独特な笑いかた、口調、唇にしたという。井上氏のアシスタント時代に先輩アシスタントへ王騎を見せたところ好評だったので、担当へそのまま王騎のデザインを出して決定したというエピソードも披露された。また、「ファルファルファル」という独特の擬音を放つ騰(とう)の誕生秘話について「ノリです」と答え、会場を沸かせていた。
最後に語られたのは“『キングダム』を通して描きたいこと”。それは、躍動する人間。根性論など、泥臭くても美しいということ。そして戦争。もともと仙人などが登場するファンタジーを描こうと思ったが、中国の春秋戦国の本を読んだらおもしろかったので、現在のキングダムに至ったと述べた。
キングダムは10月19日(月)に40巻が発売される。前半戦終わって折り返し地点へと至った本作。これからますます盛り上がりを見せる本作に、ぜひとも注目してほしい。