遊ぶのは後からでもいい、とりあえず落としとけ!

 謎のホラーゲームとして昨年夏に発表され、大きな話題を呼んだプレイステーション4用ソフト『P.T.』の配信が4月29日で終了となる。ホラーが死ぬほど苦手ということでもない限り、プレイステーション4を持っているなら絶対にダウンロードしておくべきソフトだ(個人的には、PS4をそろそろ買う予定がある人は、今ダッシュで本体を買ってきて本作のダウンロードを済ませておくのを推奨したいぐらいだ)。

 幸いなことに、今日ダウンロードさえしておけば配信終了後もプレイは可能。「つっても、いま忙しくてプレイする時間ないからなぁ」とか、「怖いの苦手だけど気になる。どうしようか」という人は、ダウンロードだけしておいて、いつプレイするかは後で決めればいい。無料で配信されているからお金もかからないし。

 なぜそう考えるのか? その理由をご説明しよう(もちろん、まっさらな状態で遊びたい人はここから先を読まずに『P.T.』を先にダウンロードした方がいい)。

理由その1: ミニマルなホラーの実験場として

 『P.T.』は一人称視点のアドベンチャーゲームで、プレイヤーの操作は移動と視点操作、そして一部のオブジェクトに対するインタラクション(触ったり動かしたり)ぐらいしかなく、基本的に場所も限定されていて、とある家の一区画のループだけで構成されている。
 最初はほとんど何も起こらず、廊下の端っこに行けば終了。また同じ廊下が広がっていて、今度はさっきとちょっとだけ様子が違う、というのを繰り返している内に事態が次第に最悪な方向に向かっていくミニマル(反復的)な作りになっている。

 これは結構面白い作りだ。 子供の頃、最初はもう死んで帰れないんじゃないかと思ったお化け屋敷が一度慣れてしまえばそれほど怖くなくなるように、慣れと予測は恐怖を殺しかねない。そうやって経験に学んであらゆる恐怖を克服してきたのが人類なんだから、これはもう仕方がないことだ。しかもループする環境は慣れだけでなく、下手をすれば退屈で、感覚を鈍化させかねない。これもまた、ホラーにとっては致命的だ。

 だからよく「知らない場所を恐る恐る進む」ようなシーンがあったりもするわけだが、『P.T.』ではそういった不安さよりも、「さっきも通って知っているからこその怖さ」を利用し、ループする環境を逆手に取って、ほぼ同じ空間のバリエーションにも関わらず、プレイヤーの慣れと予測を少しずつ壊すことで、そこに人間の経験や論理から外れた怪異を浮かび上がらせていく。

 例えば最初は開いていたドアが今度は閉まっていれば、「何かが変わったのだ」ということが自然と察せられ、サウンドやビジュアル面と相まって、途端に空気に不穏な物を感じるようになる。その上で逆にさっきまで閉まっていたドアが今度は開いているとなれば、当然その先に怪異が潜んでいると想像し、例えそこに危険がなくとも恐怖してしまうのが人間なのだ。もちろん、何もいないはずの場所に本当に何かがいたらさらに怖い。

 『P.T.』は限定的なシチュエーションを最大限に活かしてどのように怖がらせるか、最初に提示した土台からどう発展させてプレイヤーの予測を操作していくかの大喜利会場のようでもある。

理由その2: VR時代を見据えた一人称視点の恐怖体験として

 『P.T.』の場合は一人称視点であり、フォトリアル寄りのビジュアル作られているというのも大きい。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のように一人称に近い視点で生々しさがあると、ちょっとした異変が恐ろしさをもたらす。写実的な実体感のある空間では、おかしなことが起こった時の不穏で不安な感じも増す。FOX Engineの物理ライティングを活かしたライティングによる視線誘導や演出も『P.T.』にとって大きい。

 そしてこの「一人称視点のホラー」という手法は、個人的にはVR時代を見据えた上で非常に興味深いものだ。『P.T.』およびその先にある作品自体がVRに対応しているわけではないが、VRにおける一人称視点のホラーは、ほかのVR体験と同様、ホラーもただの平面のビジュアルコンテンツから“自分がその中に入る体験”のレイヤーへと昇華する。そこにはポーズを押すかヘッドマウントディスプレイを脱がない限り、恐怖から逃れられないという恐ろしさを持つ。

 下記はVRコンテンツの研究開発を行っているメーカーVRSEによるホラーVRのプロトタイプのひとつ「Catatonic」を筆者がGear VRでプレイしたもの。実は平面で見れば大したことのないメイクや仕掛けでビックリドッキリ映像を作っているだけなのだが、これはVRヘッドマウントディスプレイ内で見ると、「おかしな精神病院の中を車椅子に括りつけられて運ばれていく」という設定そのまま、まさに逃れられないが故の怖さがある。

 先程は「ミニマルなホラー」としての特性を挙げたが、こうしたVR時代を先取りする上で、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」などのPOV視点のホラーの先を行く、「一人称視点のインタラクティブなホラー」の実験場としても、『P.T.』は体験しておくべき価値がある(もちろん、世の中には『Outlast』など一人称視点のホラーゲームが他にもすでに存在するし、それらも大いに参考になるのだが、『P.T.』はゲーム的な要素を削ぎ落として体験にフォーカスして、おばちゃんでもプレイできる内容なのが特に薦めたいところ)。

理由その3: “プレイアブルティザー”という手法の記念碑として

 今更ネタバレもないと思うので書いてしまうが、『P.T.』は2014年のGamscomで謎のホラーゲームとして発表されると同時にPS Storeで配信開始され、プレイヤーたちが謎に取り組んでいく内に、そこに隠された『Silent Hills』のトレイラーを発見するという、“プレイアブルティザー”として作られた。

 新作発表の直前に嘘動画や一見無関係な架空の企業サイトなど組み合わせてゲームの新情報を仕込んでおいたりするティザー手法は一般的だが、『P.T.』はその先を行く、実際にプレイ可能(プレイアブル)でありながら、その内容も謎解きも本編から独立したユニークさを持ち、その裏にあるゲームのタイトルを出さなくてもシリーズのファンを惹きつける(ティザー)として作られ、さらに成功するという離れ業をやってみせたわけだ。

 ハードコアなホラーゲーマーじゃなくても、ビデオゲームの歴史や、それ以外にもユニークなプロモーション手法などが好きならば、この試みを体験しておくべきだし、今遊べないにしても保存しておいた方がいい。問題は、もしこれが体験版ディスクなどで提供されていればそれを保存しておけばいいわけだが、オンライン配信のみで、しかもPS4の場合、パソコンのように誰かが保存しておいたものを後から貰うというのも難しい。なら自分で配信終了する前に落としておくしかないだろう。

叶わなかった夢の墓標として

 『Silent Hills』については、共同監督をする予定だった映画監督のギレルモ・デル・トロ氏がキャンセルされたことを明かしたという噂が流れたのち、主演予定だったノーマン・リーダスが事実であると認めるコメントをし、また各誌の質問に答える形で、「『サイレントヒル』シリーズの開発は続けるものの、『Silent Hills』については開発中止された」(米Polygonの取材に対して)、「ノーマン・リーダスとの契約が切れた」(Eurogamerの取材に対して)といったコメントがKONAMIから出されており、再契約してリスタートするようなケースがありえないとは言わないが、小島秀夫×ギレルモ・デル・トロ×ノーマン・リーダスという夢のタッグから恐怖の子供が生み出されることは絶望的になったものと思われる。

 小島秀夫監督が『サイレントヒル』を手掛けると聞いた時点では、「大丈夫なのか?」と思ったコアなファンも多かっただろう。『P.T.』は、そんな心配するファンに対して、その名前を伏せた上で「これだけできる」と示した名刺のように見えた。しかも魔術師ギレルモ・デル・トロとの共同監督で、主人公は人気ゾンビドラマ「ウォーキング・デッド」で名を上げたノーマン・リーダスとなれば、説得力も話題性も十分で、新たなAAAのホラーが生まれるという期待感が確かにあった。

 この先、シリーズがどういうカムバックを見せるのかはわからない。ものすごい傑作が出てくるかもしれないが、少なくとも昨年見た夢はもう実現することはない。それでも『P.T.』の扉をゆっくりと開ければ、またあの場所に戻ることはできる。