創立20周年を迎えたアクワイアのこれまでとこれから――遠藤琢磨氏インタビュー全文掲載

創立20周年を迎えたアクワイアの代表取締役兼エグゼクティブプロデューサー、遠藤琢磨氏へのインタビューを全文掲載。

●20周年を迎えたアクワイアの歴史と未来(インタビュー全文)

 2014年12月6日、『天誅』シリーズや『勇者のくせになまいきだ。』シリーズ、『AKIBA’S TRIP(アキバズトリップ)』など、さまざまなタイトルを生み出し、ゲーム業界を盛り上げてきたアクワイアが、創立20周年を迎えた。この20周年を記念して、週刊ファミ通2014年12月18日増刊号では、10ページにわたって“アクワイア特集”を掲載。このアクワイア特集内で掲載された、アクワイア代表取締役兼エグゼクティブプロデューサーの遠藤琢磨氏へのインタビュー記事。週刊ファミ通編集長・林克彦が聞き手となった同インタビューの、誌面には掲載しきれなかった内容を含めた全文を、ファミ通.comにてお届けする。

■高校時代からの友人とアクワイアを設立

■遠藤琢磨氏(文中は遠藤)
アクワイア代表。社長兼エグゼクティブプロデューサーとして、いまも現場の最前線に立ちながら、多くのゲーム開発に携わっている。代表作は、『天誅』、『侍道』、『勇者のくせになまいきだ。』など。多数のシリーズを生み出している。

――20周年おめでとうございます!
遠藤 ありがとうございます(笑)。

――アクワイアさんと言えば、PSの初期からゲームをリリースされていた印象が非常に強いですが、PSが登場したのと同じ1994年に、会社を設立されていたんですね。
遠藤 そうなんです。もともと、ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下、SCE)さんに言われたことがきっかけで起業したので。

――まずは、そのあたりのお話からお聞きしたいと思います。そもそも、遠藤さんはなぜゲーム業界で働こうと思ったんですか?
遠藤 当時はまだ大学生でしたが、ふつうに就職するのはおもしろくないなと思いまして。中学生のころからの夢であったゲーム業界を選びました。しかも、いきなりフリーランス。

――ゲームがお好きだったんですね。
遠藤 好きでしたし、高校時代からの友人ふたりとゲームを作って遊んでいたんです。彼らといっしょに個人事業主の集団“チームアクワイア”を作りました。友人のひとりは某大手ゲーム会社に就職していましたが、無理やり引っ張ってきて(笑)。ちなみに、ふたりのうち、ひとりは現在CG制作をしていますが、残りのひとりは、いまも会社に残っていますよ。

――ステキなお話ですね(笑)。ご友人とチームアクワイアを作ったとき、遠藤さんはおもにどういったことを担当されたのですか?
遠藤 僕はプログラムです。当時は専門学校もなかったですし、どうすればゲーム会社に入れるのかわからなかった。とにかく、ゲームを作りながらプログラムを勉強しました。腕には自信があったので、IT系の会社でシステム開発の手伝いもしながら、半年くらいお金をコツコツと貯めていました。

――活動資金を稼いでいたのですね。
遠藤 そうですね。チームアクワイアとして動き出してから、SCEさんがPSを発表したんです。そこでSCEさんに、「PSでゲームを作りたいです」と相談したのですが、「法人さんとしかお付き合いしていません」と断られて(苦笑)。それで起業することになり、半年間で300万円を貯めることにしました。

――単純計算で、ノルマはひとり100万円ですか。たいへんだったと思いますが……。
遠藤 かなりたいへんでしたよ。当時は、別の会社のお手伝いをして、家賃ゼロ円で作業スペースを間借りしながら、プログラムを組んだり、ゲームの一部だけ請け負ったり、パソコンを組み立てたり……。何でもやりましたね。それで半年間で300万円を貯めて、アクワイアという有限会社を設立しました。

――ちなみに、“アクワイア”という社名の由来は?
遠藤 電話帳で“ア”だし“A”だしということで、いちばん最初に載る名前でカッコいいものを考えた結果ですね。

――見つけやすさを重視されたわけですね(笑)。
遠藤 そうですね(笑)。アクワイアという言葉には“獲得する”という強烈な意味もあるので、「これだ!」と思ったんです。

――それは創設者3人で決められたんですか?
遠藤 私が勝手に決めました(笑)。

――(笑)。それから法人化して、SCEさんに改めて「PSのゲームが作りたい」とアピールされたと。
遠藤 有限会社アクワイアになって、SCEさんに「よろしくお願いします」と伝えたところ、今度は「実績のないデベロッパーとはお付き合いできません」と(笑)。

――(笑)。でも、1998年に発売されたソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)さんの『天誅』を開発されましたよね。これはどのような流れで実現したのでしょうか?
遠藤 会社設立後は、移植作品の一部を請け負いつつ、システム系の仕事をしていたのですが、創設者のひとりで現CGデザイナーの彼があるセミナーに参加して、「すごいヤツがいる」と噂になりまして。それが縁で、SMEさんの“Digital Entertainment Program”というオーディションに参加することになったんです。そこで入賞した結果、『天誅』が生まれました。あれは確か、1996年ごろかと。

――1996年というと、ほかのハードにも勢いがありましたよね。ゲームを開発するなら、PS以外の選択肢もあったのでは?
遠藤 じつは、僕と会社に残った友人はセガサターン(以下、SS)派でした(苦笑)。12月にずっと『バーチャファイター』をプレイしていたら、そのまま年を越していたこともあったほどで(笑)。ただ、もうひとりの友人が「どうしてもPSでゲームを作りたい」と。

――確かに、PSよりもひと足早く登場したSSに、当時のゲームファンは熱中していました。
遠藤 そうですよね。でも、友人の熱意に押されてSCEさんとお話したとき、当時の我々のようなワケのわからない集団にも、SCEさんはちゃんと対応してくれて。経験がないとダメだよとか、会社を作ったほうがいいとか、ゆくゆくはパブリッシャーにならないといけないとか。アドバイスをいただくうちにPSのゲームをメインに作るようになりました。

■『天誅』の世界的なヒットで、一躍メジャーなゲームメーカーに

──アクワイアさんは『天誅』や『侍道』といった、“和”のゲームのイメージが強いですが、その方向に進んだ経緯を教えてください。
遠藤 やはり、『天誅』がヒットしたことが大きいですね。『天誅』は海外で100万本、国内でも27万本のセールスを記録したので、そこに乗っかっちゃえと(笑)。ただ、我々としては和のゲームだけではなく、アクションゲームを作りたいという気持ちが強かったんです。『天誅』の企画自体も、SMEさんに持ち込んだときの時代設定は、戦国時代ではなく現代だったんですよ。

──え! そうだったんですね。
遠藤 偽札工場にいるボスをやっつけよう、みたいな。敵地に忍び込んでターゲットを倒すところは同じですが、舞台や物語はぜんぜん違っていました。それから途中でSFになったりと迷走して、作り手のイメージがまとまらなくなっちゃって。それを打破するために、誰もが知っている時代劇にしようということになり、作品の方向性が固まりました。

──紆余曲折があったんですね。結果的に、『天誅』はヒットしましたが、当時の自信は?
遠藤 あそこまで売れるとは、正直思っていませんでした。当時、日本には3D空間を自由に行動できるゲームがあまりなくて、日本人に受け入れられるのか、そもそも疑問視していたんです。ただ、日本よりも海外のほうが売れるとは思っていたので、僕から日米同時発売にしたいとアピールしました。それに、どうせ和風のゲームを作るのなら、ふつうの和風ではなくて、外国人が見たバカバカしい日本を表現したいという思いがありました。

──でも、『天誅』は多くの日本人に受け入れられましたよね。日本でもヒットするかもと思った転機などはありましたか?
遠藤 いけると思ったのは、SCEさんのイベントですね。そのイベントでは、さまざまなメーカーのゲームが試遊できたので、『天誅』も出展したんです。そのときのユーザーさんたちの食いつきが非常によかった。ゲームとしては穴が多くて自信はなかったので、とても驚いたのを覚えています。

──『天誅』での遠藤さんの役割は?
遠藤 ディレクター兼企画ですね。それに、サウンドも作っています。当時はアルバイトを含めて12人くらいの小規模な会社だったので、兼務してバリバリ働いていました。

──現在のアクワイアさんには80名を超えるスタッフがいらっしゃるそうですが、どのタイミングから人が増え始めたのですか?
遠藤 2002年発売の『侍~SAMURAI~』(以下、『侍』)のときなので、やはりPS2になってからですね。開発ハードが変わって人手がより多く必要になりましたし、『天誅』を作っているときは、経営的に甘かったところがありまして(苦笑)。「会社をつぶすつもりですか」と社員に言われて、『侍』の開発を終えたころから複数のラインを回すようにして、最低でも1年間に1本の新作ゲームを出せるようにしたんです。ピークのときは、同時に3つのラインでゲーム開発を進めていました。

──今後、社員を増やす予定は?
遠藤 僕がチェックできる数にも限界があるので、いまの規模感でこじんまりとしていたほうがいいかなというのはありますね。80名といっても、子会社のゼロディブ(※)を含めると、社員は120名を超えていますから。ただ、社員にしても事業にしても、きっかけがあれば増やしていきたいと思っています。

※ゼロディブ:『剣と魔法と学園モノ。』シリーズや『MIND≒0(マインド/ゼロ)』などを開発。

■『天誅』(PS/1998年)

■和風ゲームからの脱却と新たなジャンルへの挑戦

――数多くの和風ゲームを手掛ける一方で、『勇者のくせになまいきだ。』や『剣と魔法と学園モノ。』など、異なるテイストのゲームも作られていますよね。こういった作品は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
遠藤 和風ゲームを数多く手掛けた弊害で、社員が和物に飽きてしまいまして(笑)。社員から「ほかのゲームも作らせてほしい」といった声が上がり始めました。そこで、異なるテイストのゲームをいろいろ開発することにしたんです。開発したゲームの中では、『勇者のくせになまいきだ。』が、いちばんブレイクスルーになったタイトルだと思いますね。

――あれはおもしろかったですね。個人的に大好きで、ずっと遊んでいました。
遠藤 『勇者のくせになまいきだ。』は、開発がひと段落して仕事に困っていたとき、『天誅』のプロデューサーだった山本正美さん(現ソニー・コンピュータエンタテインメント エクスターナルデベロップメント部部長)に、企画を30本ほど用意して泣きついたんです。そのときに「じゃあ、これを作ろう」と選ばれたのが、『勇者のくせになまいきだ。』でした。

――ゲームの内容はもちろんですが、アクワイアさんのイメージとはまた異なる作品になっていることもおもしろかったですよね。
遠藤 確かに、そうかもしれません。ただ、弊社の気質として、昔から社員全員がちょっと変わったゲームを作りたいという意識を持っています。『勇者のくせになまいきだ。』は、それがうまく形になった作品なんです。時代の変わり目でピンチになって、そこで出した作品がチャンスを生む、ということをくり返してきたのがアクワイアの歴史かなと感じていますね。『天誅』もそうでしたし、『侍~SAMURAI~』のときもそうでした。『勇者のくせになまいきだ。』もそうです。

――そこがおもしろいですよね。会社がきびしいときに底力を発揮している、ということですからね。
遠藤 そうですね。最近で言えば『ロード・トゥ・ドラゴン』が、アクワイアを救ってくれたタイトルですね(笑)。

■『勇者のくせになまいきだ。』(PSP/2007年)

■『剣と魔法と学園モノ。』(PSP/2008年)

■パブリッシャーとして歩み出すも、やっていることは“変わらない”

――アクワイアさんが、パブリッシャーとして踏み出そうと思ったのはいつごろだったのでしょうか?
遠藤 最初にパブリッシュしたのは、じつは『立体忍者活劇 天誅 弐』なんですよ。

――意外と早い段階でやられていたんですね。
遠藤 ただ、それは流れ的にたまたま売ったという形だったので、本格的に参戦したのは2006年の『神業』(PS2)からになります。以前から、「やっぱりパブリッシャーっていいよね」という想いはあったんですよ。当時、ウチがどこのパブリッシャーに企画を持っていったとしても、「和物の企画をくれよ」という話になってしまったので。

――『天誅』の成功が、逆に選択肢の幅を狭めてしまったわけですか。
遠藤 そうなんです。SFを持っていっても、現代物を持っていっても、RPGを持っていっても、「いや、アクワイアさんって和物でしょ?」みたいなことを言われちゃうので、なかなか挑戦ができませんでした。本当に自分たちの作りたいものや、ユーザーに対して作りたいものではなく、パブリッシャー側のプロデューサーが気に入るものを考え始めてしまっていたんです。でも、本当の意味での“ゲーム作り”って、誰のために作っているかと言えば、ユーザーだと思うんです。企画を通すためにプロデューサーや社長さんが気に入るものを作るようになってしまうのは、本質的におかしいかなと感じていました。そんな中で、「みんなでこっち向こうよ」と言えるのが、パブリッシャーになることだと思います。でも、やはり単なる販売目的のパブリッシャーではなくて、自分たちの手で開発して売る、ということをやりたいですね。それが本当に、自分たちの好きなものを直接ユーザーにお届けできるスタイルなんじゃないかな、と。だから、デベロップ兼パブリッシュをしていきたいと、つねづね思っていました。

――それは、20年間ずっと一貫しているところなんですか。
遠藤 一貫しているというか、古くからゲーム作りを行なってきたので、プロとしてやる以上、“ユーザーに対してモノを作る”ということはつねに念頭にありました。デベロッパーでいるというのは、それはそれでたいへんなんですよね。パブリッシャーさんの都合で、もっと手を加えたいけど発売しなければいけないといった経験をしていくと、そこをコントロールしたくなってきまして。悔しい想いをしたという意味では、『100万トンのバラバラ』(PSP)という作品も挙げられます。ウチとしては力作だったんです。でも、発売のタイミングがよくなくて、ほかのタイトルに埋もれちゃったんですよね。発売のタイミングは、自分たちの都合では決められなくいので、歯がゆさを感じていました。

''――デベロッパーには、そういった苦労もあるんですね。『100万トンのバラバラ』もそうですが、アクワイアさんはここ数年、本当にいろいろなタイトルを作っていますよね。『AKIBA'S TRIP(アキバズトリップ)』や『勇者のくせになまいきだ。』なども、昔のアクワイアさんのイメージにはない作品で、個性的なオリジナルタイトルを出されている印象が強い。そういったタイトルが出てくるのは、社内で何か意識の変化があったからですか?
遠藤 とくに変わっていないんですよ。逆に、私の意見からすると、まわりがいなくなったという印象です。

――あ~~。やっていること自体は変わっていないと。
遠藤 むしろ、プレイステーションのころって、みんな個性的な作品をたくさん作っていたと思うんですが、そういう作品がドンドン削ぎ落とされていったんですよね。どうしても、時代の流れもあって、大作だったり続編モノだったりというものが増えていった。プレイステーションのころは、見たことのない新しいゲームばかり出ていて、本当に楽しかったんですよ。だから、我々は、そのころから変わっていない、と。変わったのは世の中だと(笑)。

――(笑)。でも不思議なんですよね。ゲーム市場もどんどん変わって、業界自体もゲームの売れかたも変わっているなかで、アクワイアさんのポリシーは変わっていない。そうは言いつつも、いまの時代にフィットしているゲームを結果的に作っている。
遠藤 そうですね。どこまで通用するかわからないですけど、がんばっています。

――個性を追求すると、どうしてもひとりよがりになりがちだと思うのですが、アクワイアさんはそうじゃない。そこはユーザーのことをちゃんと見ているからだと思うのですが、ユーザーの求めているモノに応えていく、その嗅覚というのは、マーケティングによるものですか? それとも感覚ですか?
遠藤 感覚によるところが大きいかなと思います。会社が秋葉原にあるというのも、そういう感覚を吸収することのできる重要な場所だと思っているからなんです。

■20年の歩みの中で起きたピンチとチャンス

――創業してからいろいろなピンチがあったかと思いますが、いまだから言える話などがあれば。
遠藤 プログラマーが逃げてしまったことがありましたね。フラッと2ヵ月くらい。

――そんなことがあって、ゲームは発売できたんですか?(笑)
遠藤 ちゃんと発売されました。タイトルは『侍~SAMURAI~』(PS2)です。本当にピンチなことが多くて、年がら年中ピンチなんですよ。ほかには、昔からいる小池というデザイナーは、怒ってビルを蹴って骨折したりもしていましたね。あれもピンチでした。

――アツい方なんですね。
遠藤 アツいんです。

――会社的には、資金繰りがイチバンたいへんじゃないですか。
遠藤 パブリッシャーとしてやっていくうえでは、何より資金繰りがきびしいところですね。イチバンきつかったのは、ソーシャルゲームが出始めたころでしたね。当時は、「家庭用ゲームを作っているなんてダサい」なんてことをいろいろなところから言われました。

――当時、と言っても、そんなに前の話じゃないですよね。
遠藤 2~3年前ですよね。まだスマホに移りきっていないころで。「ゲーム性が重要なんです」と言っても、わかってもらえなくて(笑)。ツラい時代でしたね。

――逆に、チャンスになった転機というのは、どんなタイミングだったんでしょう?
遠藤 『天誅』が海外で100万本売れたことですね。そこがイチバン大きかったです。ロイヤルティも驚くほど入ってきて、当時開発費以上にロイヤルティがもらえたということでかなりうれしかったです。変な話ですけど、『天誅』が売れたことで、ちゃんとした人材募集できるようになって、ゲーム会社らしくなってきたんですよ。

――“あの『天誅』を制作した”という枕詞が使えるようになりますからね。
遠藤 それまでは人材募集をするのも、ひと苦労で。もうひとつの転機が、和物からの脱却のキッカケを作った『勇者のくせになまいきだ。』(PSP)です。それと、『剣と魔法と学園モノ。』シリーズで本格的なパブリッシャー参戦というのも、大きな転機でしたね。その後の『ロード・トゥ・ドラゴン』もパッケージゲームではないサービスでの成功ということで大きな転機でした。

■遠藤氏の手掛ける新たなタイトルが判明……しかし?

――アクワイアさんのイチバンの売りは何だと思われていますか?
遠藤 本当の意味で“新しいゲームに挑戦できる環境”がウチにはあるかなと思っています。ゼロベースからゲームを作るのってけっこう難しいんですよね。というのも、判断する人やお金を出す人など、タイトルに関わるいろいろな役割の人が、ちゃんと理解していないとできないことだと思うんです。それがアクワイアにはあります。デベロップもやっているし、プロデュ―スもやっているし、開発者の質もそうですし、売る人の質もそうですし、そういったところが揃って初めて新しいものができるんじゃないかと。そうでないと、“新しいもの”を作っても理解されずに、「これは売れない」と判断されちゃうんですよね。これを体験したのは『勇者のくせになまいきだ。』のときで、このときは「売れない」という判断が下されて宣伝費が少なかったんですよ。

――そうだったんですか!?
遠藤 はい。用意していただいた200万円で、何をやろうか検討した結果、ホームページと体験版を作ろうということになりました。

――よく、その資金で体験版を作りましたね。
遠藤 確かに、そうですよね(笑)。でも、それくらいのことしかできなかったんですよ。でも、売れたら一気に道が開けるんですよね。

――その辺がおもしろいですよね。ゲームは。
遠藤 そういう大逆転が起きるのがおもしろいですよね。

――ここからは、より深くアクワイアさんのお話を伺えればと思うのですが、社内ではどういった企画を求めているのですか?
遠藤 僕たちがもっとも重要視しているのは、限られた環境の中でもユーザーに自由度を与えられる企画であるかどうか。一本道のゲームは作りたくないですし、人によってうまい、下手があるので、箱庭でもそこに自由度を用意して、より多くの方に楽しんでもらいたいんですね。そこで自分たちの味を出しつつ、いかにゲームの仕組みや、コアの部分を磨けるかがポイントです。

――そこがアクワイア作品の根っこと言える部分になっているんですね。
遠藤 企画段階のコンセプトでは、そのゲームに新しい切り口があるかどうかを必ず見極めるようにしています。

――きびしくチェックされているようですが、最終判断は遠藤さんが下されるのですか?
遠藤 そうですね。企画を出してもらった後、最終的な締め切りを決めて、週に1回のペースで企画立案者とキャッチボールを始めるんです。最終的に実になりそうなら、開発がスタートする感じですね。ただ、弊社は試作をたくさん行うようにしていますので、試作から本制作に進むのはそのうちの半分くらいになります。僕のところに企画を持ってきても、商品化に結びつくのは全体の10分の1くらいじゃないでしょうか。

――なるほど。ちなみに、遠藤さん自身が新たな企画を立ち上げることは……。
遠藤 じつはいま、僕が企画したプロジェクトが動いていまして。3枚のイメージボードをお見せしますね(下記を参照)。あまり詳しいことはお話できないのですが(苦笑)。

――おお! 話せる範囲で、ぜひ!!
遠藤 そうですね……。これは完全に新規の企画になりまして、フリー・トゥー・プレイ(基本プレイ無料)の作品として開発を進めています。戦闘は、非同期のタワーディフェンスみたいなものを考えていて、自分が作ったお城で相手のお城を攻撃し、最終的に天守閣をやっつけたら勝利というルールにしたいな、と。ユニークな攻撃方法なども考えているのですが、詳細は形になったらお伝えします。

――まだまだ構想段階なんですね。
遠藤 はい。ですから、これも商品化されないかもしれません(笑)。僕が出した企画だからこそ、途中でつまらないと思ったら、自分の手でつぶします(笑)。

――自分にもきびしい(笑)。それにしても、絵本のようなビジュアルですが、そこはやはり国外も意識されているのでしょうか。
遠藤 そうですね。ワールドワイドに展開できるタイトルを意識したビジュアルにしています。いわゆるAAAタイトルのようなものを作ろうとしても、弊社の規模では限界があります。それなら、日本のよさで勝負したほうがいい。日本のよさはいろいろありますが、この企画ではガチのゴシックファンタジーとは異なる、いい意味で日本らしい空想的で、やわらかいファンタジー世界にしました。これなら、海外の人たちにも受け入れられて、遊んでいただけるんじゃないかなと。

■遠藤社長が手掛ける新作タイトルは対戦型のディフェンスストラテジー!?

 インタビューで突然明かされた、遠藤社長が企画するゲームのイメージボードを超独占公開! 絵本のようなやさしいタッチの世界を舞台に、お城とお城が戦うというアイデアは、非常に斬新だ。ただし、残念ながらこの作品はまだ構想段階で、試作品を作っているところ。今後の展開次第では、商品にはならない可能性もあるとのことだが、商品化されれば新たなゲーム体験ができそうだ。商品化されるかどうかという点も含めて、今後の続報に注目!!

■新作ゲームの情報が目白押し! 都内某所を舞台にしたあの作品も!?

――ほかにも、『絶対迎撃ウォーズ』が新たに発表されました。こちらは、どのようなゲームになるのでしょうか?
遠藤 『絶対迎撃ウォーズ』は、20周年を迎えたアクワイアの第1弾タイトルになります。新しいロゴのデザインに取り入れた、アクワイアの尖った部分をうまく体現したゲームですね。本作では、都市を動かすダイナミックな感覚や、撃退するのが難しそうな敵との手に汗握るバトルなど、新しいストラテジーゲームを体験してもらえると思います。完全新作のゲームということで、ユーザーさんの中には身構えてしまう方もいるかもしれません。でも、弊社のゲームはプレイすればするほど、おもしろくなると言われていますし、その自負があります。絶対に楽しめるはずなので、ぜひご期待ください!

――遠藤さんの企画に、新作ゲームの発表。ファンにはうれしいニュースが続きますね。
遠藤 あと、“アキバ的な何か”も妄想中です。

――そう言われると『AKIBA'S TRIP(アキバズトリップ)』しか思い浮かびませんが(笑)、新たな企画が動いていると?
遠藤 僕から言い出しておいて申し訳ありませんが、まだ詳細は言えません。ただ、これまでの『AKIBA'S TRIP(アキバズトリップ)』は、敵の服を脱がせて倒すというアクションアドベンチャーゲームでした。ですが、現在我々が妄想中の“アキバ的な何か”は、ちょっと違う切り口の作品になる予定です。

――つまり、シリーズの続編ではなく、新たなシリーズになるということですか?
遠藤 そうですね。現代を舞台にした作品も開発しますし、ファンタジーものにもチャレンジするとだけお伝えしておきます(笑)。

――広報の方がヒヤヒヤしながら遠藤さんを見ていますが(笑)。20周年を機に、いろいろな変化もありました。まずは、公式キャラクターが生まれましたね。
遠藤 アクワイアちゃんです。最近はどんなものにも、“ゆるキャラ”とか“公式キャラクター”がいるのに、「なんでアクワイアにいないんだ!」と思ったので、社内でコンペを開いて募集しました。その中で優秀だった作品です。じつは、2014年8月にお送りした弊社の暑中見舞いはがきに、ちょっとだけ出していたんですよ。彼女が何者なのか説明せずに、いきなり登場したので、ユーザーさんのあいだで、ちょっと話題になりました(笑)。

――今後、アクワイアちゃんはどのような活動をしていくのですか?
遠藤 社長命令で、各タイトルに必ず出せと言っています(笑)。あとは、イベントなどコンパニオンの方にコスプレしていただく可能性なんかもあると思いますが、まずはアクワイアのナビゲーションキャラクターみたいな、広報的なところで出ていってもらいたいですね。僕みたいなおっさんが誌面に出るよりも、アクワイアちゃんが出てきて「よろしくネ」と言ったほうが、はるかに好感度がアップしますからね(笑)。

――社内コンペの最終判断は、遠藤さんが下されたんですか?
遠藤 じつは、かなりフェアにやっていまして、プロモーション担当やプロデューサー陣など、いろいろな人に意見を聞いたんですよ。それでイチバン評価が高かったのが、現在のデザインです。

■アクワイアちゃん

▲じつは、2014年の暑中見舞いに描かれていた、アクワイアちゃん。

――なるほど。ロゴも新しいものに変わりましたね。
遠藤 ロゴに関しては、もう自分の意見や思いで作っていった感じですね。いままでは会社のトーンと言いますか、我々の“もの作り”に対するエッセンスみたいなものが表現しきれていませんでした。そこで、今回、「ほかの人にできないものを作り続けるぞ」という意思表示をより強く出すために、心に刺さるようなロゴに変更しました。もっと明るい感じのものも考えたのですが、最終的には、いちばんエッジの立ったものになりましたね。

――このロゴは、アクワイアちゃんにも入っているんですね。
遠藤 ロゴが決まってから、デザインの中に取り入れた感じです。

▲アクワイアの新たなロゴ。

▲クリエイティブマインドを表した図。

――それから、もうひとつ。この“CREATIVE”と書かれた表は何なんでしょう?
遠藤 これはアクワイアのクリエイティブマインドを表したものです。 “CREATIVE”の頭文字を取って、表現しているんです。

――本当だ! すごいですね。
遠藤 じつは以前からあったものを、改めて書き起こしたものになります。会社が大きくなって人員が増えていくなかで、なかなか自分のクリエイティブマインドだったりとか、ゲーム作りの方向性といったものを社内に浸透させていくことが難しくなってきているので、定期的にこういったものを出すようにしているんです。最近では人材募集の段階から、どういう精神でゲーム作りをしているのか、ということをハッキリ言うようにしています。

――また、これとはべつに、新たなスローガンも発表されました。
遠藤 「心にささるゲームを作ろうよ」という気持ちを表しました。弊社も100%完全に斬新なタイトルを作れているわけではないですけれど、『天誅』のときに、作りは粗かったものの歴史に残ったと感じました。そういう成功体験が最近の若い子たちにはないんです。やはり、「ほかのゲームの真似だと歴史に残らない。売れたかもしれないけれど、それは歴史に残るものとは違う。ゲーム史に残るタイトルに挑戦しよう」ということは、口酸っぱく言っています。

▲20周年を機に、新たに掲げたスローガン。

■夢はアクワイアが手掛けるeスポーツの実現

――ほかに今後、どのようなことに挑戦したいのか、うかがえれば。
遠藤 将来的なアクワイアの柱として、eスポーツに取り組みたいですね。これは学生時代から抱き続けてきた夢でもあって、当時1画面で8人対戦ができるゲームをたくさん制作していましたが、いずれもスポーツ性のあるゲームばかりだったんです。

――スポーツゲームがお好きなんですか?
遠藤 もちろん好きですし、スポーツは飽きないというのがあって。ゲームを開発していると、完成してリリースするころには飽きてしまうこともあるのですが、スポーツ的な要素のあるゲームの場合は長年プレイしていても、不思議と飽きないんですよね。

――確かに、そうかもしれませんね。
遠藤 リアルスポーツは飽きない。その理由をなんとか、デジタルゲームの世界に落とし込めないかなというのが、僕自身の生涯のテーマでして。それに、最近はゲームがスポーツとして扱われる時代になってきましたよね。そんななかで、弊社からユーザーのあいだで定番となる新しいeスポーツを作り出すことが僕の新たな夢なんです。

――それはクリエイターとしての夢ですか?
遠藤 自分のクリエイターとしての夢であり、役割だと思っています。いつか資金などの準備ができたら、取り組んでみたいです。

――非常にワクワクする取り組みですね。アクワイアさんが手掛ける新しいeスポーツに期待しています! それでは最後に、遠藤さんにとって“ゲーム作り”とはどのようなものなのか、教えてください。
遠藤 ひと言で表すなら、ゲーム作りは天職かな。勉強もしないで、ひたすらゲームを作っていた浪人生のときから自分にとっての天職だと確信していて、一生ゲームを作り続けていきたいですし、生涯をかける価値がある仕事だと思います。先ほど、同じゲームを作っていると飽きると言いましたが、ゲームを作ること自体は何度経験しても飽きませんし、楽しいです。アイデアがどんどん湧いてきて困るタイプなので、新しいことにもチャレンジしていきたいです!



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※本記事ではプレイステーションをPS、プレイステーション2をPS2、プレイステーション3をPS3、プレイステーション4をPS4、プレイステーション・ポータブルをPSPと表記しています。