目の前で男が殴られ続けている。できるのは告発ビデオを撮ることだけ――暴行死事件をVRで“目撃”する問題作『Use of Force』【Indiecade 2014】

インディーゲームの祭典”Indiecade”のアワードノミネート作品から、インスタレーション作品『Use of Force』を紹介する。

●これまで取材してきた中で最も壮絶な体験に言葉を失う。

▲位置トラッキング用のセンサーがついたヘッドマウントディスプレイを被り、ノートPCが入ったカバンを肩にかけ、同じく位置トラッキングがついている携帯型デバイスを持ってプレイする。周囲は位置検出用のセンサーで囲まれている。

 アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス近郊の街カルバーシティで開幕した、インディーゲームイベント”Indiecade”(インディーケード)。
 開幕初日となる10日の午後には、会場の一部となっている地元消防署のガレージで、アワードにノミネートされた作品を一気に体験できるメディア向けプレビューイベントが行われた。

 その中で圧倒されたのが、ノニー・デ・ラ・ペーニャ氏が率いるグループによるインスタレーション作品『Use of Force』だ。記者人生の中で最も強烈で壮絶な体験だった。

 この作品は、同氏が手掛けてきた“Immersive Journalism”(没入型ジャーナリズム)と呼ばれる一連のプロジェクト作品のひとつだ。その目的は、3DCG技術やVR技術を用い、現実に起こった事件を傍観者として追体験させること。『Use of Force』の場合は、2010年5月に起こった国境警備隊員による暴行死事件がテーマとなっている。

▲プレイヤーは傍観者として現場を歩き回れる。しかし暴行を止めることはできない。

 その日アナスタシオ・ヘルナンデス=ロハス氏は、カリフォルニア州サンディエゴ付近でメキシコからアメリカへと入国しようとしていた。彼は25年間アメリカに住んでおり、アメリカ生まれの子供も5人いるほど。しかし彼は入国することも、家に帰ることもなかった。国境警備隊に後ろ手に拘束されたまま暴行を受け続け、テーザー銃で最低でも5回撃たれたのち、死亡したのだ。

 この事件は後に大きな問題となり、2012年にPBS(公共放送サービス)が特集番組を放送(前編後編が公開されている)。これを受けて議員グループが国土安全保障省に書簡で強い懸念を示すという事態に発展した(今年5月に内部報告書が発表され、活動手順の変更が提言されている)。

 そして、問題が再燃するきっかけとなったPBSの番組で証拠としてクローズアップされていたのが、現場に居合わせた人によって携帯電話で撮影された動画だった。手錠をしていなかったとする当初の公式発表とは異なり、後ろ手に手錠をかけられたままうつぶせの状態で拘束され、ほぼ無抵抗の状態で暴行されている様子が収められていたからだ。

 『Use of Force』では、まさにこの携帯電話で事態を撮影していた傍観者となる。体験者はヘッドマウントディスプレイと携帯型のデバイス、そして処理用のノートPCが入ったカバンを装着し、位置検出用のセンサーで囲まれたエリアを歩きまわって、「国境警備隊による暴行死に遭遇し、後に告発の材料となる動画を撮影する」という体験をするのだ。

▲「これからあなたが体験するのは本当に起きた事件です」。周囲には亡くなったアナスタシオ・ヘルナンデス=ロハス氏の写真なども貼られている。

 ヘッドマウントディスプレイにも携帯型デバイスにも位置検出がついているので、自分の足で歩きまわって、携帯を構えて自分にとってベストなアングルで撮影するのだが、撮影時間には60秒という制限があり、2パート合計4分半ほどの体験の全部を収めることはできない。
 必然的に、残り時間を気にしながらも次に決定的シーンが来るのではないかと中々止められないじりじりとした思いを味わったり、あるいは逆に「もう少しセーブしておけばよかった」と後悔しながら暴行をただ眺めるハメになったりする。ゲーム的な取捨選択が、とんでもない事態に直面して焦る傍観者としての心理に追い込んでいく……。

▲4分半ほどの体験はふたつの場所からの体験に分かれている。重要なのがスマートフォンでの撮影だ。ただし60秒しか撮れないので、こま目にカットしないとあっという間に上限に達してしまう。

 音声はすべて実際の映像から取られたもので、淡々と暴行が続く中、悲鳴や暴行を止めるよう叫ぶ生の声が聞こえてくる。CGの質はそんなによくないのだが、VRの没入感と臨場感あふれる音声が合わさって本当にキツく、終わった後は言葉が出ない。

 これは体験した人誰もがそうだ。全員、体験終了後はなんとも言えない顔で絶句していたのが印象的だった。仕事としてゲーム中で何万もの死を見てきた各誌記者でも平静を保てない、たったひとりの死を追体験する強烈さ。
 ビデオゲームの周辺技術が可能にする表現のポテンシャルを実感するとともに、もし作為的に誇張されたり、まったくの嘘の体験を作られたらと考えると、恐ろしくもある。いずれにしても、本作が今年のIndiecade最大の問題作であるのは間違いないだろう。