北の国からやってきた予想外の相談。

 ゲームを使ったカリキュラムの開発や、教育系ゲームのパブリッシングを行うパブリッシャー、E-line Media。共同創設者で社長を務めるアラン・ガーシェンフェルド氏は、かつて大手パブリッシャーのアクティビジョンで上級副社長として倒産の危機にあった同社の再建に貢献した後、ビデオゲームを使って社会問題の解決を試みるクリエイターや団体を支援するGames for Change(ゲームス・フォー・チェンジ)の理事長を務めるなど、商業ゲームの最先端から社会活動まで幅広い分野を経験してきた業界のベテランだ。

 そんなガーシェンフェルド氏はある日、アラスカのアンカレッジにある非営利団体CITC(Cook Inlet Tribal Council)からの連絡を受け取った。学術機関、基金、政府系機関、そしてもちろん社会活動のための非営利法人をパートナーにさまざまな活動を展開してきたガーシェンフェルド氏だが、その提案内容は予想外のものだった。

 「我々が支援するアラスカの部族のビデオゲームを作りたいんです。そうすれば若い人にも部族の文化を知ってもらえるし、新しい収入を得られればもっと柔軟な活動ができる。そのためにぜひあなたの力をお借りしたい。一度アラスカに来て、可能かどうか検討してくれませんか」

『Never Alone』いかにして北極海沿岸の先住民族イヌピアットのゲームが作られることになったのか? その裏側を探る【Indiecade 2014】_01
▲左がCITCのエリック・ワトソン氏、右がE-line Mediaのアラン・ガーシェンフェルド氏。

 気持ちはわかるが、大手のスタジオがバンバン閉鎖されている時代に商用ゲームで勝負とは、ちょっと難しいんじゃないか? 「うーん、わかりました。しかしこの業界は非常に厳しく、そう簡単には行きません……」ガーシェンフェルド氏は、まさかこの計画が現実のものになるとは思っていなかった。
 やがてE3など世界各地のコンベンションで絶賛されることになる『Never Alone』の始まりは、まるでアラスカの雪嵐のように、先が見えない前途多難なものだった。

止むことのない吹雪の年の、狐と精霊が一緒の大冒険。

 『Never Alone』は、北極海沿岸で暮らしてきた部族イヌピアットの伝承を題材にした、2Dアクションアドベンチャーゲーム。日本ではUnity Games Japanがローカライズを行ってPS4/PC/Macで配信することが決定しており、今年の東京ゲームショウにも出展されていたので、ご存知の人もいるだろう。

 主人公は狩りを愛する女の子ヌナと、お供のホッキョクギツネ。ゲームとしては『Limbo』などに影響されたパズルアドベンチャーで、ふたりで力を合わせてマップに落ちているオブジェクトなどを動かして道を作り出し、障害を乗り越えて先に進んでいくというスタイル。2人協力プレイに対応しているほか、シングルプレイで使用キャラクターを切り替えながら進むことも可能だ。

 ムービーなどを見てもらえばわかりやすいかと思うが、吹雪っぱなしの極寒の世界が舞台でありながら、自然の厳しさや雄大さが伝わってくる一方で、キャラクターたちのモーションがかわいく、じんわりとした温かみがあって、決して画面が寒々しくはならないのが秀逸。
 ゲームとしても、いきなり結構な勢いで白熊に追われるオープニングのチュートリアル部分に始まり、精霊を組み込んだパズルも凝っていて、多分トレイラーを見て「良さげじゃない?」と思った人なら間違いない感じだと思う。

『Never Alone』いかにして北極海沿岸の先住民族イヌピアットのゲームが作られることになったのか? その裏側を探る【Indiecade 2014】_04
▲ヌナはロープなどに掴まれる、キツネはヌナが通れない狭い場所を進めたり、ほんのちょっとだけ壁を強引によじ登れるといった能力の違いがあり、お互いちゃんと協力しないと詰まる、というのがキモ。

 開発にあたってはイヌピアットの全面監修を受けており(詳細は後述)、精霊を通じた自然への敬意や愛着と畏怖などが丁寧に表現されているほか、ストーリーを語る言葉もイヌピアットが話すイヌピアック語を採用し、それに英語をはじめとした各国語で字幕が表示されるという形。それだけでなく、実際のイヌピアットの文化がゲーム中でどう反映されているのかを解説したドキュメンタリーも同梱している。

 ちなみにこのドキュメンタリーの出来がめちゃくちゃ良く、ホッキョクギツネについて「(ヨーロッパ人が来て狂犬病が広まるまで)昔は本当にペットにして飼ってた」という以外な事実が判明したり、ゲーム中でどうやら悪い精霊と描かれているものが実際の言い伝えではどんな存在なのかちゃんと解説されていたり、まさに本作を100%味わい尽くすには欠かせない内容。
 なお、海外ゲームではこの手のサブテキストはローカライズされないこともあったりするが、本作ではちゃんと日本語字幕付きで収録予定なのでご安心あれ。

 しかし、なぜイヌピアットのゲームが作られることになったのか? そして一度はCITC側に断念するよう助言したガーシェンフェルド氏はなぜ考えを変えたのか。そしてその先に見るインディーゲームの可能性とは? 今回、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のカルバーシティで開催されるインディーゲームの祭典“Indiecade”開催に先立って取材をしてきたので、その背景をご紹介しよう。