2014年4月9日に設立30周年を迎えたチュンソフト。現在は、スパイク・チュンソフトとして新作を続々輩出する同社の代表取締役会長・中村光一氏に、チュンソフト30周年のすべてをうかがった。今回は、ロングインタビューの後編をお届けする。

●インディーの先駆けとも言える中村光一氏に、昨今のゲーム業界について訊く

 『ドアドア』に始まり、『ドラゴンクエスト』シリーズ、サウンドノベルシリーズ、そして不思議のダンジョンシリーズと、数々の名作を手掛けてきたチュンソフト(当時。現スパイク・チュンソフト)が、2014年4月9日に設立30周年を迎えた。チュンソフトの創業者であり、現スパイク・チュンソフト代表取締役会長の中村光一氏に30年の歩みをうかがうロングインタビュー。前編では、チュンソフト設立以前のプログラム投稿時代や『ドアドア』、そしてサウンドノベル、不思議のダンジョンのお話をうかがった。後編では、セガサターンで発売された『街』以降のお話を訊く。さらに、おひとりでゲームを手掛けられてきたという、まさに現在のインディーゲームの先駆けとも言える経験をしてきた中村光一氏に、昨今のインディーゲームについてもご意見をうかがった。前後編合わせて、30000字近いロングインタビュー。最後までお付き合いいただければ幸いだ。

前編はこちら

■プロフィール

中村光一氏(なかむら こういち)

スパイク・チュンソフト代表取締役会長。高校生時代に、雑誌へのプログラム投稿者として名を馳せる。1982年にエニックス主催のプログラムコンテストで『ドアドア』を投稿し、準優勝にあたる優秀プログラム賞を獲得。その後、大学在学中の1984年4月9日に株式会社チュンソフトを設立した。『ドラゴンクエスト』シリーズ、『風来のシレン』を始めとする不思議のダンジョンシリーズ、『かまいたちの夜』といったサウンドノベルシリーズなど、代表作多数。

・チュンソフトのおもな出来事(後編)
1998年1月 『街』(SS)発売
1998年12月 サウンドノベル・エボリューション2『かまいたちの夜 特別篇』発売
1999年1月 サウンドノベル・エボリューション3『街~運命の交差点~』発売
1999年3月 サウンドノベル・エボリューション1『弟切草 蘇生篇』発売
1999年9月 『ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険2 不思議のダンジョン』(PS)発売(発売元:エニックス)
2000年9月 『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!』(N64)発売
2001年7月 『不思議のダンジョン 風来のシレンGB2 砂漠の魔城』(GBC)発売
2002年2月 『不思議のダンジョン 風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参!』(DC)発売
2002年4月 携帯電話でのコンテンツ制作、運営のためにモバイル事業開始
2002年7月 『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』(PS2)発売
2002年10月 『ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険3 不思議のダンジョン』(PS2)発売(発売元:エニックス)
2002年12月 『不思議のダンジョン 風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参! for Windows』(Win)発売
2004年3月 チュンソフト創立20周年記念発表会開催
2004年4月 『シレン・モンスターズ ネットサル』(GBA)発売
2004年6月 『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』(PS2)発売
2005年4月 株式会社ドワンゴグループ企業となる
2005年4月 『ホームランド』(GC)発売
2005年9月 セガ コンシューマ戦略発表会開催、セガ×チュンプロジェクト始動
2005年12月 株式移転により、株式会社スパイクと共同で完全親会社である株式会社ゲームズアリーナを設立
2006年7月 『かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相』(PS2)発売
2007年4月  モバイル事業をゲームズアリーナに業務移管
2007年10月 『忌火起草』(PS3)発売
2008年6月 『不思議のダンジョン 風来のシレン3 からくり屋敷の眠り姫』(Wii)発売
2008年12月 『428~封鎖された渋谷で~』(Wii)発売
2009年12月 『極限脱出 9時間9人9の扉』(DS)発売
2010年2月 『不思議のダンジョン 風来のシレン4 神の眼と悪魔のヘソ』(DS)発売
2010年7月 『TRICK×LOGIC』(PSP)発売(発売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント)
2010年8月 愛知県名古屋市に名古屋オフィスを開設
2010年12月 パブリッシャーに復帰。『不思議のダンジョン 風来のシレン5 フォーチュンタワーと運命のダイス』(DS)発売
2011年1月 『ぞんびだいすき』(DS)発売
2011年11月 スパイクとの合併を発表。
2011年12月 『真かまいたちの夜 11人目の訪問者(サスペクト)』(PS3、PS Vita)発売
2012年2月 『極限脱出ADV 善人シボウデス』(3DS、PS Vita)発売
2012年4月 株式会社スパイクと株式会社チュンソフトが合併し株式会社スパイク・チュンソフトとなる
2013年4月 『かまいたちの夜 Smart Sound Novel』(iOS)配信
2013年5月 『9時間9人9の扉 Smart Sound Novel』(iOS)配信

●高い壁となった『街』の存在

――スーパーファミコンとゲームボーイで『風来のシレン』を発売した後、プレイステーション(以下、PS)、セガサターン、ニンテンドウ 64の時代になりますね。
中村 チュンソフトとして最初に出したのは、サターンで『街』ですね。スーパーファミコンから、いろいろなプラットフォームが出てきて、さらにはCD-ROMにもなった時代でした。

――いろいろなところで語り尽くされていると思うんですが、『街』というタイトルは、実写という点でも、ザッピングのボリュームでも、本当に異質なタイトルだと思うんです。
中村 もともと、『弟切草』の脚本を書いてくださった長坂さん(長坂秀佳氏)が、アイデアを出してくれたんですね。渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしているときに、いっぱい並んでいる人がいて、みんなそれぞれの人生があって、たまたま同じ場所にいるけど、その人たちを追いかけたら、それぞれにドラマがあるんじゃないか。しかも、ちょっと肩がぶつかったりすると、その人の人生が変わったりして……、というのをドラマにするとおもしろくなるはずだ、という提案をいただいて。そこからスタートでしたね。だから、いまでこそ『街』は10人の主人公(基本は8人。隠しシナリオの青井則生と高峰厚士を加えて10人。PSP版では、さらに追加される)の物語ですが、最初はスクランブル交差点にいる100人の話という構想だったんです。それが、いざ書き始めるとぜんぜん書けなくて(笑)。それで50人、30人と減っていって、最終的に10人になりました。

▲『街』(1998年発売)。サターン版は、しおり(セーブポイント)の数に制限があり、どこにしおりを挟むかもゲーム性になっていた。チンチコール。

――『街』の100人構想ありましたね! 懐かしい。実写になったのは、渋谷という題材の影響でしょうか?
中村 最初に長坂さんが提案してくれたときに、“カメラで実写”というのがあったんですね。あと、ROMからCD-ROMになって容量が増えたということも、その要因でした。容量が増えて何ができるかと考えると、グラフィックや画像データが潤沢に使えると思ったんです。当時、ほかのゲームでは3Dグラフィックだなんだと言っているなかで、『弟切草』でグラフィックよりもサウンドの進化を取ったように、『街』は実写のグラフィックに進んでいきました。それと、主人公は10人でも、登場人物はなんだかんだで100人近くいたんですね。この人たちを絵で描き分けるのもたいへんだし、アニメスタジオならまだしも、当時は10人ぐらいのグラフィックのメンバーで、ドット絵を何枚書けばいいのかと考えたら、現実味がなかった。そういう意味も含めて、実写という選択肢に至りました。

――とはいえ、実際に実写の撮影をすると、いろいろな問題や難しさが出てきたと思うのですが……。
中村 最初は、ビデオを回して一時停止の絵を切り出せばいいと思っていたんです。でも、それで実際にやってみたんですが、一時停止の絵は単なる一時停止にしか見えないんですね。おもしろいことに。いや、おもしろくないんですが(笑)。

――(笑)。
中村 一時停止なので、「早く再生ボタンを押して!」と言いたくなる絵ばかりになってしまって、気持ちのいいマンガのカットのような絵にならなくて。それで、ポーズを取って、カメラで1枚ずつ撮らないと、魅力のある絵にならないというのが、やってみてわかったことでした。『428~封鎖された渋谷で~』の時代は、デジカメが当たり前になっていたわけですが、『街』の当時は出始めたばかりで、プロカメラマンでも、デジカメを持っている人はほとんどいなかったんですね。ですので、フィルムで撮って、それを現像に持ち込んでCD-ROMに焼いてもらって……。「これは違う」となると、また後日セッティングして撮り直したので、たいへんな大変な手間がかかりました(苦笑)。

――撮り直しもあったんですね!
中村 そのうえで、「この看板、マズイよね」というものは、Photoshopなどで画像を修正して、結果、中身を作ることよりも、画像に関する労力が多くて、「ドットで書いても同じぐらいの労力だったかもね」と話していました(笑)。でも、いまの渋谷を見ると、『街』の風景とはぜんぜん違いますよね。ある種、古い渋谷の記録になっているかもしれません。

――映像的なインパクトもそうですが、ザッピングなど、ゲームとしての評価も非常に高かったと思います。
中村 ありがとうございます。でも、それまで自分がゲームを作ってきて、できたものに対する手応えやユーザーさんの反応というのは、ある程度自分の想像通りに来ていたんですが、この『街』という作品で、初めて壁にぶつかった想いがあります。

――壁ですか。
中村 それなりにおもしろいものはできたし、自分なりに手応えはあったのですが、そこまでの売上にはならなかったんですね。ロングスパンで売れて、13万本くらいだったかな。売れなくて評価も低かったら諦められるんですが、ファミ通さんのランキングでもずっと上位に入っていましたし、いろいろと評価をいただいているのに、なぜ売れないのかと、かなり悩んでいました。ユーザーさんの評判も含め、いろいろと話を聞いて、実写がダメだったとか、もっとアイドルがいないとダメとか、いろいろ言われましたけどね(苦笑)。考えさせられることの多い作品だったと思います。

――実写は拒否反応が大きかったという話はありましたが、でも『街』のPS版でシルエットを入れても……。
中村 そうなんです。PS版でシルエットを入れたんですが、今度は「やっぱり実写のほうがいい」と言われたりしました(笑)。

▲『街~運命の交差点~』(1999年発売)。シルエットモードのほか、フローチャートが加わった。

――(笑)。いまお聞きできるのでれば、当時、PSとサターンの2機種で、サターンを選んだ経緯をおうかがいしたいのですが。
中村 ひと言でいうと、セガさんが非常にプッシュしてくださり、いろいろな協力をいただけたんですね。開発資金のご協力もそうですし、当時は入交さん(入交昭一郎氏。ホンダを経て、セガの社長に就任した)が社長で、東急百貨店や西武百貨店などの撮影許可も取っていただいたりしました。

――ああ、なるほど。
中村 いろいろと熱いご協力をいただけて。それもあって、のちに“セガ×チュンプロジェクト”というものが立ち上がりました。

――その後、PSでサウンドノベルのリメイクシリーズ“サウンドノベル・エボリューション”、『ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険2 不思議のダンジョン』を出して、ニンテンドウ 64で『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!』を発売されます。当時、『シレン2』は延期を重ねていた思い出があります……。
中村 はい。すみません(苦笑)。3Dグラフィックで本格的にゲームを作ったのは、これが最初だったので、苦労した部分も多かったですね。

▲『かまいたちの夜 特別篇』(1998年発売)。真理が主人公の短編が追加。
▲『弟切草 蘇生篇』(1999年発売)。主人公から奈美へのザッピングなどが追加。
▲『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!』(2000年発売)。マーモやヒマキチなどが初登場。弾かれた盾をヒマキチがキャッチし、敵に投げ飛ばすなどの伝説が生まれる。

――『シレン』シリーズは、その後ゲームボーイカラーの『不思議のダンジョン 風来のシレンGB2 砂漠の魔城』、『月影村の怪物』のWindows版やインターネット版、そして『不思議のダンジョン 風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参!』と、かなり積極的に出されています。
中村 当時、会社も大きくなっていたので、いろいろなハードを研究して、その成果を出せる状態になっていたんだと思います。

――でも、たとえばインターネットを使った週替わりダンジョンや、ゲームボーイの通信ケーブルを使った“風来救助隊”など、いま考えると、かなり時代を先取りしていますよね。
中村 PCや携帯電話、インターネットもそうですが、社内にいろいろなことに興味を持っているメンバーがいたので、研究を兼ねて始めたら、じゃあ商品化しようかといった感じで動いていましたね。

▲『不思議のダンジョン 風来のシレンGB2 砂漠の魔城』(2001年発売)。通信ケーブルやパスワードで倒れた風来人を助けられる“風来救助隊”が登場。

――新しいもの好きなメンバーの趣味からゲーム化するような。
中村 そうですそうです(笑)。

――それにしても、新しいものを多く手掛けていらっしゃる印象があるのですが、つねにイノベーションを起こそうという意識はあったのでしょうか?
中村 そうですね。対外的に発表していたわけではありませんが、意識はありました。新しい物を作るのってワクワクするじゃないですか。どうかな、受けるかな、売れるかな、みたいな(笑)。そういう楽しみを感じられるのが、何より楽しい。

――それは開発者としての意識のように感じますが、経営者としても、保守的なものよりも斬新な企画のほうがいいと思われますか?
中村 難しいところなんですが、僕は新しいほうがいいです。というのも、現場のスタッフは1作ずつアイデアも知恵も振り絞って作っていくので、それに対するアイデアが残っていないんです。もちろん、作ろうとすればいろいろアイデアは浮かぶんですけどね。我孫子さんも『かまいたちの夜』の1作目に、「自分のやりたいことは全部入れた」と話されていましたから。それもあって、2作目を作るときは、牧野さん(牧野修氏。小説家)や田中さん(田中啓文氏。小説家)に手伝ってもらったんです。

――ちょうどお話が出ましたので、『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』のお話をお聞きしますが、和風の要素が強くなったりと、いろいろ変わりましたよね。PS2で豪華になったと言いますか、シルエットもキレイになりましたし。
中村 その前から『2』を作りたいと言っていたんですが、なかなかアイデアがまとまらなくて。そこに、先ほどお話をした通り、田中さんや牧野さんを始め皆さんの力をお借りして、みんなで集まってブレストをしながら固めていきました。結果、「以前が冬の山だったから、今度は海か」みたいに、ものすごく安易な発想もありましたが(苦笑)。

▲『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』(2002年発売)。和風テイストが強くなり、いろいろな意味で忘れられないシナリオが多かった。みどりさんのお尻も忘れられない。相性診断を行う“ラブテスター篇”が初登場。

――とにかくすごいゲームで、ユーザーの反応としては賛否両論があった気がします。
中村 いい反応も悪い反応もいろいろいただきました。怖さもあったと思うんですが、気持ち悪さもあって、“やりすぎだろ”という意味で、反省するところもありましたね。

――そして、『ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険3 不思議のダンジョン』などを出しつつ、チュンソフト20周年記念に合わせて、『シレン・モンスターズ ネットサル』、『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』、『ホームランド』の3作を発表されましたね。これは、20周年を記念して、まったく新しいものを作ろうとされたのでしょうか。
中村 そうですね。社内みんなで企画を出し合って、それぞれの発表会をしながら、“これはいけそうだね”というものを選びました。

――どれもジャンルが違うというか、チュンソフトにとって新しい作品が多かったですね。とくに『ネットサル』は、自分が操作せずに、監督になるサッカーゲームですし。
中村 これは、開発にサッカー好きのメンバーがいたんですよ。『シレン』のシナリオを担当している冨江(冨江慎一郎氏)がサッカー大好きで、以前テクモ(現コーエーテクモゲームス)に務めていたのですが、そのころに『キャプテン翼』を作っていた人物なんですね。サッカーを語らせると、うるさいんです(笑)。

▲『シレン・モンスターズ ネットサル』(2004年発売)。『シレン』シリーズのモンスターを育成して、フットサルに挑む。ボールを収納するマーモがすごい。

――(笑)。20周年記念ソフトの2本目は、『3年B組金八先生』ですが、「なぜチュンソフトが『金八』!?」と、非常に驚きました(笑)。
中村 よく言われました(笑)。これは、もともと学校の先生を題材にしたゲームを作ろうとしていて、学校モノと言えば、『金八先生』という流れで調べてみたら、ライセンスを獲得できたんです。

▲『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』(2004年発売)。生徒の才能を開花させる育成要素と、ゲームならではの展開を盛り込んだアドベンチャーゲームが融合した意欲作。ノベライズもされた。
▲『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!完全版』(2005年発売)。新たに2本のシナリオを追加した完全版。

――先生を題材にしたコンセプトから生まれたタイトルだったんですね。20周年記念3作目の『ホームランド』は、発売までかなり難航されていたように思います。
中村 ちょっと変わったオンラインRPGだったのですが、これがチュンソフトにとって初めての試みだったので、軌道に乗るまでなかなか時間がかかってしまいましたね。これも、『ローグ』のおもしろさを家庭用ゲーム機に持ち込んだように、プレイヤーがゲームマスターになる楽しみをネットワークゲームで再現しようとしたものでした。

――ユーザーのゲームキューブがホストとなって、ほかのユーザーがつなぐという“かみさまプレイ”ですね。敵を配置したり、難度を変えたりと、非常に意欲的でしたが、とてもコアな楽しさでした。
中村 自分たちで言うのも何ですが、ちょっと早すぎた仕組みでしたね(苦笑)。

▲『ホームランド』(2005年発売)。プレイヤーどうしが手をつなぐと、キャラクターが強化する“てつなぎ”システムが特徴。ネットワークプレイは無料だった。

――お話をうかがっていると、本当にどれもこれも新しいというか、早すぎる先取りですね……。
中村 もともと新しいゲームが好きで、誰も触れたことのない技術や魅力に惹かれるスタッフが多いので、そういったものに触れて、いい点、悪い点を洗い出して、チュンソフトらしくゲーム化するんですが、それでもまだ時代を先取りしすぎていたんでしょうね。

●セガ×チュンプロジェクト始動

――2005年にセガ×チュンプロジェクトが立ち上がりますが、これはどういった経緯だったのでしょうか?
中村 セガさんからお話をいただいたのがきっかけです。いくつか過去タイトルのリメイクも含めていたんですが、「『街』や『弟切草』のようなサウンドノベルシリーズを作りましょう」と言っていただけて。

――なるほど。それが『忌火起草』になったり、『428』になったと。
中村 はい。先ほどもお話しましたが、『街』のときにセガさんにご協力いただいていっしょに作っていましたので、それの第2弾というイメージでしたね。

――それまでパブリッシャーだったのが、デベロッパーになるということは、ここでも大きな変化だと思いますが?
中村 いえ、これはもうセガさんから「そういう形でやりませんか?」とお話をいただいたので、すんなりと。

――そのころに、スパイク(当時)といっしょに、親会社となるゲームズアリーナを設立されていますよね。ドワンゴが親会社になって、スパイクとグループ企業になって、最終的にいっしょの会社に……。
中村 当時、そこまでは予想していませんでしたね(笑)。

――(笑)。セガ×チュンの第1作が、『かまいたちの夜×3(トリプル) 三日月島事件の真相』ですね。透と真理のシリーズとしては完結編になります。
中村 これは、本当はもっと早くに出す予定で作っていたんです。『かまいたちの夜2』でどうしても不幸になる人物が現れてしまったので、その後の話だけを入れたファンディスクのようなものを作ろうと。ただ、やっていくうちにどんどん入れたいものが増えてきて、ザッピングも入ってすごいボリュームになりました(苦笑)。

▲『かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相』(2006年発売)。透、香山、俊夫などのザッピングが特徴。ベストエンドのほかに、啓子にまつわるエンディングが話題を読んだ。

――透と真理、そして俊夫さんたちの話としては、まさに大団円で、シリーズを遊んできた身としては、エンディングが非常に感動的でした。続いて、ニンテンドーDSの『シレン』シリーズのリメイク作を経て、新作サウンドノベルとして『忌火起草』が発売になります。サウンドノベルで、まさかのセリフをしゃべるという。もともとは『弟切草』をイメージされていたというお話でしたが……。
中村 PS3になったことで、画像がHD画質になってかなりキレイになったんですが、それが予想以上だったんですね。途中段階でできあがったものを見たんですが、これは“声が聞こえてきてほしい”と思うほどのもので、それで急遽声を入れようということになったんです。

▲『忌火起草』(2007年発売)。画面のテキストと別に、音声としてセリフが流れてくる。

――最初から音声ありきで考えていたものではなかったんですね! 続いて、『不思議のダンジョン 風来のシレン3 からくり屋敷の眠り姫』が発売され、『428~封鎖された渋谷で~』が生まれます。『428』などは『忌火起草』の時点で平行して作っていたのでしょうか?
中村 そのころの『428』は、脚本を準備しているころかな。『428』と言えば、セガさんがてんやわんやだったらしいですね。ファミ通さんのクロスレビューで40点満点をいただいたので(笑)。

▲『不思議のダンジョン 風来のシレン3 からくり屋敷の眠り姫』(2008年発売)。大人になったシレンの冒険。レベルが引き継がれるシステムに。

――そうでしたか! それは、ありがとうございます(笑)。『街』の評判が非常によかっただけに、同じ渋谷を舞台としたサウンドノベルを作るというのは、かなりのハードルだったと思うのですが、社内ではいかがでしたか?
中村 そこまでプレッシャーを感じてはいなかったと思います。もともと目指していたものは『街』の続編ではなくて、同じザッピングを使って、マルチシナリオを楽しむというタイプのものでしたから。『街』のときは、あくまでも10人が平行に進んでいくお話でしたが、『428』はバラバラなお話かと思いきや、だんだんひとつの話になっていくというスタイルで、当時は『24-twenty four-』のブームで僕もハマっていたので、ああいう感じにしようとなったんです。

▲『428~封鎖された渋谷で~』(2008年発売)。渋谷を舞台にした、ザッピングが主軸のサウンドノベル。『街』同様、根強いファンが多い。鈴音篇の曲だけで泣ける。

――『428』も最初は売上で苦戦していましたよね。いろいろなハードで発売されるにつれて、どんどん売上が広がっていった印象ですが、『街』といい『428』といい、スロースターターで……。
中村 なんなんでしょうね(苦笑)。クロスレビューの歴代満点作品を見ると、ほとんどがミリオンセラーというすごいタイトルばっかりで、『428』は評価と売上がいちばん乖離しているんじゃないかとハラハラしていました(苦笑)。でも、おかげさまでPS3やPSP、iOSといったほかの機種への移植で、販売本数はかなり伸びました。

――『428』の1年後に、『極限脱出 9時間9人9の扉』が出ますが、これは打越さん(打越鋼太郎氏。フリーランスで『Ever17』などの作品を手掛けたのち、チュンソフトに入社。現在は、スパイク・チュンソフトに所属しながら、MAGES.とのコラボレーションで新作を制作している)の入社でできた作品ですよね。
中村 そうですね。サウンドノベルとも違う、新しいタイプのアドベンチャーゲームで、僕もテストプレイをしたときに、なかなか正解ルートに進めず、「これ、バグってるんじゃないの?」って聞いたりしました(笑)。

▲『999』こと『極限脱出 9時間9人9の扉』(2009年発売)。ニンテンドーDSの上下画面を使った仕掛けが圧巻。仕掛けに気づくと、もう一度プレイしたくなる。

――(笑)。さらに平行して『不思議のダンジョン 風来のシレン4 神の眼と悪魔のヘソ』を発売されますが、このあたりでは、中村さんはプロデュースというよりも、監修のようなイメージでしょうか。
中村 はい。ただ、自社の作品をこう言うのもおかしいんですが、『シレン4』はすごくよくできているというか、自分自身も相当やりこみました。

――舞台が、南の島になっていて驚きました。「シレンが、バナナ食べるのか!」と(笑)。
中村 これは、なんとかして『シレン』を海外進出できないかという考えがありまして……(笑)。それで、「日本にいちゃダメでしょ」という発想で、シレンも海の外に出そうと、雰囲気を変えて南の島にしたんですね。

▲『不思議のダンジョン 風来のシレン4 神の眼と悪魔のヘソ』(2010年発売)。昼夜、腕輪など、新たなシステムが多く追加された。バナナ。

――そんな裏話が(笑)。セガ×チュンプロジェクトのさなか、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)さんの発売で、『TRICK×LOGIC』を開発されています。早解きキャンペーンがおもしろかったですね。
中村 これも早かったゲームですね。いまなら、もっと別のシステムを使えそうですし、何よりスマートフォンなどのほうが向いている気もします。このときは、SCEさんから「ノベルゲームという題材でいいアイデアはないですか?」とお話をいただいて、社内で温めていた3つの企画を見せたところ、この『TRICK×LOGIC』が選ばれたんです。

――『TRICK×LOGIC』は歯応えがありましたが、すごく楽しかったです。このシステムで新作が遊びたくなります。
中村 ありがとうございます(笑)。もともと社内でも簡単に解ける人と、ずっと解けない人の2極化になっていて、そこの調整が難しかったです。カンタンに解けちゃう人には味気ないし、わからない人は難しくて投げ出してしまうと。

▲『TRICK×LOGIC』(2010年発売)。我孫子武丸氏、綾辻行人氏ら、著名ミステリ作家の描き下ろしミステリに挑むアドベンチャー。難度は高いが、解けないと非常に悔しい。

――中村さんご自身は解けましたか?
中村 僕はどっちかというと、犯人やトリックはわかっているけど、どこの文章を抜き出せばいいのかがわからないというほうに陥りましたね(苦笑)。

●パブリッシャーへの復帰。そして、合併へ

――第二次パブリッシャー時代として、『不思議のダンジョン 風来のシレン5 フォーチュンタワーと運命のダイス』で、パブリッシャーに復帰をされますが、これはどういった経緯で復帰されたのでしょう?
中村 セガ×チュンプロジェクトとして約束していた数のタイトルを発売したので、契約が満了したんですね。ですので、それ以前の形であるパブリッシャーに戻ったんです。

――『シレン5』は、『シレン4』と同じ年に出されていますよね。長く遊べる『シレン』が1年に2作出るのは、とても珍しいと思いましたが。
中村 確かに1作が長く遊べるのですが、かといってナンバリングを出すのにあいだが空きすぎると、ファンの方が去ってしまうという意見もあって、テンポよく出すことにしたんですね。あと、もともと『4』を作るときにかなりのアイデアが出ていて、『4』だけでは使い切れないから『5』に入れようという話もありましたね。

▲『不思議のダンジョン 風来のシレン5 フォーチュンタワーと運命のダイス』(2010年発売)。初の通信対戦プレイなどが追加された。ナンバリングとしては、シリーズ最新作にあたる。

――続いて、また新たなチャレンジとして、『ぞんびだいすき』を発売されます。かわいらしい見た目ですが、歯応えのあるリアルタイムストラテジーで、しかも題材がゾンビ。いろいろ突っ込みどころが(笑)。
中村 大勢のキャラクターをタッチペンで動かすというのが、大元のコンセプトで、団体をぐるっと囲って、「お前らはこっち!」といったことをやりたかったんですね。そんな中で、ぐるっと囲んだのに、ひとりだけウロウロと違う方向に動いているキャラクターがいて、そいつのことを「ゾンビみたいだな」とか言っているうちに決まったんだと思います。

▲『ぞんびだいすき』(2011年発売)。ゾンビを操るリアルタイムストラテジー。ゾンビはひとり(?)ずつ性格設定などのプロフィールがある。

――そして、『真かまいたちの夜 11人目の訪問者(サスペクト)』を発表し、発売するあいだに、スパイクとの合併を発表されます。改めて、この合併の経緯をお聞かせください。
中村 いきなり合併したわけではなく、ゲームズアリーナというグループがあって、その傘下でチュンソフトとスパイクが出会って、それぞれ別会社としてやりつつ、くっつけられるところはくっつけてと、試行錯誤をしていたんです。

――その延長線上で合併だったと。でも、初めて聞いたときは驚きました。
中村 やっぱり、ビックリされました?

――それはそうですよ!(笑)。
中村 (笑)。僕らも、自分たちの会社を冷静に見たときに、同じ業界にいるんですが、それぞれの持っている強みがうまい具合に重なっていなかったんですね。それなら、いっそいっしょになれば全方位でできるとなって、櫻井(櫻井光俊氏。スパイク・チュンソフト 代表取締役社長)と話をしたんです。

――なるほど。そして、合併前に『真かまいたちの夜』と『極限脱出ADV 善人シボウデス』が発売されます。『真かまいたちの夜』は、これまでの『かまいたちの夜』シリーズとはまったく異なる、新章としてのお話ですね。
中村 はい。ミステリーは登場人物を踏襲すると、前作を知っている人と知らない人で見えかたも違うし、いろいろとやりづらい部分があったのと、『×3(トリプル)』で前シリーズが完結していたので、一新しました。

――マルチプレイの“みんなでかまいたち”が大好きでした。いわゆる“人狼”ゲームのようなゲームで、ただ、これも時代の先取りですね。
中村 参加者全員で、ある程度時間を揃えなくてはいけなかったりと、時間的な制約が難しかったですね。

▲『真かまいたちの夜 11人目の訪問者(サスペクト)』(2011年発売)。本編に加え、追加シナリオが配信された。“みんなでかまいたち”は参加者が犯人や事件の発生場所などを当てるネットワークゲーム。

――スマートフォンで出していただきたいです! そして、チュンソフトとして最後の作品になるのが、『極限脱出ADV 善人シボウデス』。これは『999』も含めて海外の評価が非常に高いですよね。
中村 そうですね。日本発のアドベンチャーが、海外で受け入れられるというのは、これからの可能性も含めて期待が大きいです。

▲『極限脱出ADV 善人シボウデス』(2012年発売)。『999』の続編とも言える打越氏の作品。すべての謎が解けたとき、『999』ファン必見の展開が待つ。

●中村光一氏が見る、次世代のゲーム

――というわけで、長い時間をかけてチュンソフトの歴史を振り返っていただきました。ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。
中村 他人事のようですが、改めて年表にすると、こんなに出来事があったんですねえ。これ以外にも、『ポケモンダンジョン』もありますし。

――時間の都合上省いてしまったものもありますが、リメイクなども含めると、もっともっとありますから。振り返って、もっとも濃い時代というのは、やはり会社を立ち上げた当初でしょうか?
中村 それぞれの時代にいろいろな思いはありますね。でも、振り返って、トータルで思うのは、時代時代に振り返って語ってもらえるようなものはしっかり作れて来れたなということ。これはよかったと思います。

――ここからは、チュンソフト以降、スパイク・チュンソフトとしてのお話や、中村さんの最近の状況などについておうかがいします。合併してスパイク・チュンソフトになってから約2年が経ちましたが、現時点での感想をおうかがいしたいです。
中村 合併前にスパイクとチュンソフトが引っ越して同じオフィスになったこともあって、あまり大きな変化はありません。ただ、チュンソフト時代は、基本的に自社のタイトルをある程度遊んで、だいたいを把握していたのですが、元スパイクチームの扱っているタイトルがとても多く、ボリュームもすごいので、会社が大きくなるにつれて、全部を見ることもできなくなってきました。とくに、海外作品の移植ものは物量もすごいので、かかる時間も多くて……(苦笑)。

――『セインツロウ IV ウルトラ・スーパー・アルティメット・デラックス・エディション』などはすごいですよね……。
中村 『セインツロウ』は、やり始めたらものすごく要素が多くて、ユーザー目線で見ればいい反面、把握しようとするにはどこまでやればいいんだろうかと迷います(苦笑)。全貌が見えないというか、実際に遊んで「これってチュートリアルなのか?」と思いながらも、どこからが本番なのかもわからない。自然と本編に入っているとも言えるのですが。そういう意味では、ハードやソフト、タイトルもバラエティーに富んでいて、それらを会社全体として扱うようになったことが大きな変化でした。

▲『セインツロウ IV ウルトラ・スーパー・アルティメット・デラックス・エディション』(2014年発売)。海外で人気の高い『セインツロウ』シリーズ最新作。海外で有料配信された13種類のダウンロードコンテンツを収録している。

――合併して、スパイクチームとチュンソフトチームが融合しているような部分はありますか?
中村 おもに開発関連についてですが、融合された混成チームもあるのですが、基本的には元スパイクの開発部隊、元チュンの開発部隊と分かれていて、完全な統合はしていません。プロジェクトも個別にやっているので、そういう意味での変化というのは、そこまで大きくはないですね。

――部署やチーム的にはあまり変わらないと?
中村 はい。ゲームって、1個のプロジェクトが長いですよね。2年とか、ヘタしたら3年くらいかかるものもあるので、以前のプロジェクトを引き続きやっている状態のところに、プロジェクトをまたいだ大編成をするようなこともなく、櫻井とも「そのあたりの融合は徐々にやっていけばいいんじゃないか」と話しています。おそらく、もっと壮大なプロジェクトが動いたときに、そういう融合が起こるかもしれませんね。

――では、中村さんの最近のおもな業務と、ゲームへの関わりかたについてお聞きしたいです。
中村 先程も言いましたが、ゲームとしては自社を把握するためのプレイが精一杯です(笑)。

――開発のほうから、中村さんにアドバイスを求めるようなことがあるとおうかがいしましたが?
中村 ある程度できあがったものを確認して、必要なことを言っています。とくにチュートリアルの部分とか……。あとはユーザーインターフェースなどの操作まわりでしょうか。

――レスポンスのよさなど、ユーザーインターフェースはチュンソフトのお家芸ですからね。2014年9月に日本でXbox Oneが発売されると、新世代機が出揃いますが、携帯機も含めての最近のハードへの印象と、スパイク・チュンソフトとしてどこに注目していくのを、おうかがいできますか?
中村 月並ですが、どのハードもすごいですね。この30年という時間を考えると、とんでもない進化です。『メタルギア ソリッド V グラウンド・ゼロズ』(以下、『MGSV』)もPS3版とPS4版を両方買って比べたり、『バトルフィールド4』はPC版も買って比較したりもしています。いつも思うのが、こんなにグラフィックがすごくなると、開発費がいくらかかっているのかと……(苦笑)。

――数秒のカットシーンひとつで、どれくらいかかるんだろうとか思いますね。
中村 そうなんですよ。ただ、映画もそうですけど、ゲームも作った物量=値段ではなく、お客さんとしては遊んだ時間で価格が高いか安いかを判断されることが多いので、『MGSV』も今回は本編の一部ということで、安くなっていますが、かかっている費用としては、かつての6000円や7000円ぐらいの内容は詰まっているのになあ……と思ったりもします。たとえば、うちから出している『ブラザーズ 2人の息子の物語』も、グラフィックが相当作り込まれていて、プレイ体験からしてもかなりの満足度があると思うんですが、プレイ時間で考えるとそこまで長くないので、1500円という値段設定になってしまう。最近のハードの進歩に対する開発費の高騰と、ユーザーの遊んだ時間に対する満足度を考えての値段設定は、とても難しい時代になっているなと感じます。

――昔はROMの容量で値段が変わっていましたが、現在、容量は膨大で、値段に上限がありますね……。先ほど『ブラザーズ』のお話も出ましたが、最近は少人数で制作するインディーゲームが台頭していますが、少人数という点では、中村さんが『ドアドア』などを作っていた時代と通じるものがあると思います。昔のご自身が開発されていたころと、現在の状況を比べると、いかがですか?
中村 いま話したことの裏返しで、現在のゲーム業界は、それだけ開発費を投じてグラフィックを作り込んでも、元が取れるかどうかという状況になっています。そうなると会社としては、前作が売れたもの、もっと言うと、ワールドワイドで数百万本以上売れるものを求めることになる。すると、作るべきゲームのテーマがだいたい限られてきてしまうんですよね。いわばFPS(一人称視点シューティング)か、その要素を入れたものですね。その結果、いままで以上にシリーズ化偏重の流れになってしまうわけです。そういう状況の中で、グラフィックは作り込むほどではなくても、アイデアで勝負ができるのがインディーゲームのよさで、目新しいおもしろさを追求するという、それこそ僕らがゲームを作っていた時代に重なる部分が出てきていると思います。この流れで、ぜひもっと新しいものが出てきてほしいですね。

▲『ブラザーズ 2人の息子の物語』(2014年配信)。左スティックとL2ボタンで兄を、右スティックをR2ボタンで弟を動かすアクションパズル。クライマックスには、ゲームならではの感動が……。

――インディーゲームがもっともっと増えていくと、“第二の中村光一”と呼べるようなクリエイターも出てくると思います。そういった、少人数やひとりで制作している方たちにアドバイスはありますか?
中村 少人数だと、思う存分やりたいこともできると思うので、その少人数ならではのセンスを活かした、尖ったものを作ってほしいですね。

――たとえば、iPhoneだったり、PS4を見て、中村さんの中で、「いまだったらこういうことができそう」というようなアイデアはありますか?
中村 アイデアだけで勝負ができるタイミングというのは、ハードの大きな変わり目と言いますか、グラフィックの進化ではなく、本当に新しいハードが出たときなんですね。そのタイミングこそ、アイデア勝負で新しい体験ができるものを作れば、爆発的なヒットの可能性があると思います。そういう意味で、この2、3年のあいだにスマートフォンが台頭して、『パズル&ドラゴンズ』のようなヒット作が生まれたわけですが、つぎのタイミングは、しきりに言われているGoogle Glass(Googleが開発しているメガネ型のコンピュータ)などのウェアラブルコンピュータだと思います。メガネにつけるのか、腕につけるのか、それともまったく別の場所なのか、ウェアラブルコンピュータが広まり始めたタイミングにこそ、おもしろいアイデアと新しい遊びかたが出てくるんじゃないかと考えています。

――単純に映像の進化だけでなく、新しいインターフェースが入ったデバイスが出る瞬間ですね。
中村 コンピュータからのアウトプットを活かした出力系のおもしろさもありますが、グラフィックなどの出力系には最初の驚きや衝撃はあるものの、人を長く楽しませるという点では、圧倒的にインターフェースなどの入力系のおもしろさのほうが重要だと思っています。たとえばですが、コントローラーでも、アナログスティックがついたことでおもしろくなったものも多いですし、少し前だとニンテンドーDSのタッチペンで、これまでは方向やボタンでしか示せなかった入力に、文字などが伝えられるようになり、『脳トレ』(『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』)のようなヒット作が生まれました。ですので、入力系という意味でも、ウェアラブルコンピュータには可能性があると思っています。

――なるほど。社内で、そういったデバイス向けの研究をしようといった提言をされるのでしょうか?
中村 そうですね。そういうものが好きなスタッフが情報を集めたりはしています。

――そういった発想を含め、中村さんの中で経営者とクリエイターの両方の視点から、ゲーム制作で心掛けていることはありますか?
中村 難しいのですが、視点を切り換えて見るようにはしています。自社のゲームを見るときは、クリエイターとして、そしてユーザー目線で、おもしろいかどうかを見ます。最近とくに、大事だと思っているのは、ゲームの入り口だと思っています。とくにパッケージからフリーミアム(フリー・トゥ・プレイなどの、基本無料で遊べる、アイテム課金制などのゲーム)が増えていくと、ユーザーはタダだから気軽に遊んでみるものの、やりづらかったり、ルールがわからなかったり、冒頭がつまらなかったりしたら、すぐにやめて、二度と起動しなくなってしまう。パッケージは、ある程度の金額を支払っているので、もう少し辛抱強いというか、おもしろみが味わえる部分まで遊んでくれる確率が高いと思いますが……。

●40周年、50周年を目指して

――今回、チュンソフト30周年としてお話をうかがいましたが、今後の展開について30周年に絡んだ発表などの予定はあるのでしょうか?
中村 近いタイミングで、発表できればと考えています。

――ファンとしては、『不思議のダンジョン』シリーズやサウンドノベルの今後が気になると思うのですが……。
中村 『不思議のダンジョン』シリーズは、最近でもポケモンさんとやっていたり、ほかにもやっているものがあったりするんですが、ご期待に沿えるようがんばります。

――なるほど。『シレン』シリーズにも期待しています! では、最後の質問に行く前に、中村さんの今後の目標をお聞かせください。
中村 つぎは40周年ですね。そして、さらに50周年と続けていくのが目標です。先ほどの話に続きますが、この会社からワールドワイドに展開できるタイトルが生まれていけばいいなと思います。

――40周年、50周年と来たら、そのころのゲームはどうなっていると思いますか?
中村 この先の技術革新は、なかなか想像が難しいですよね(苦笑)。ネットが始まったころは、もっと無線化が進むといったことは想像できましたし、ワイヤレス化は今後も進んでいくと思いますが……。ゲームは、10年後にはパッケージがなくなっているかもしれませんし、そもそもすべてがクラウド化して、ストリーミングで遊ぶのが標準になっている気もします。

――その最新のデバイスでも、アーカイブで『ドアドア』を遊んでいるかもしれませんよね。
中村 そうなっているとうれしいですね。

――では最後に、チュンソフトファンの方にメッセージをお願いします。
中村 これまでいっぱい遊んでいただいて、本当にありがとうございます。おかげさまで30周年を迎えました。まずはお礼を伝えさせてください。そして、これからも皆さんの期待に応えられるようなゲームを発表していきたいと思っておりますので、チュンソフト、そしてスパイク・チュンソフトを、今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。

――ありがとうございました。いちファンとして、新作をお待ちしております!

チュンソフト30周年インタビュー前編はこちら

Text by 世界三大三代川