『Papers,Please』は実験的なゲームであるところが評価された
思えば3月はあっという間に過ぎてしまった。3月といえば、ゲーム業界的には何といってもGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)で、取材や記事作成などに追われているうちに、月日が流れていた……という具合だ。取材は極めて楽しいのだが、取材の疲れがいまだに取れず……というのは、よる年波を考えると仕方のないところか。
さまざまな情報が飛び交ったGDC 2014。帰国後は、同僚などから「印象に残ったトピックは?」などと聞かれたりすることもしばしば。そんなときは、「やっぱり“Project Morpheus”かなあ~」など答えたりするのだが、頭の片隅では、気になるタイトルが浮かんでいたりもした。『Papers,Please』だ。
架空の共産国で入国審査官になるという『Papers,Please』は、斬新な設定などから大いに注目を集めた1作。ファミ通.comの記事でも大きな反響があったことから(→記事はこちら)、記者も注目していたのだが、GDCの会期に合わせて行われたGDCアワードでは、“Innovation Award(革新賞)”と、“Best Downloadable Game(ダウンロードゲーム賞)”を受賞。さらにインディーゲームを対象にした“Independent Games Festival”では、大賞にあたる“Seumas McNally Grand Prize”を獲得したほか、“Excellence in Narrative”と“Excellence in Design”にも輝いており、都合5冠を達成したのだ(→記事はこちら)。本作を手掛けたのは、ルーカス・ポープ氏。5回も壇上に上がったので、さすがに徐々に話すことがなくなりながらも、「私のキャリアで最高の日です」とはにかみながらコメントしたのが印象的だった。インディーゲームの盛り上がりぶりは、ここ数年顕著であるが、受賞式を取材しながら「いいものを作れば、ちゃんと評価されるんだな」との想いを強くしたものだ。
で、日本に帰ってきてつらつら仕事をしていたある日のこと、ふとした告知が目に入った。スペイン大使館で“ゲームラボ・カンファレンス東京2014”が開催され、『Papers,Please』のルーカス・ポープ氏が登壇するというのだ。「え、あのルーカス・ポープ氏が!? なんてタイムリーな!」と色めきたった記者は、どんなことを話すか気になってたまらなくなり、取るものもとりあえずスペイン大使館に直行した。
さて、“ゲームラボ・カンファレンス東京2014”の詳細は、ブラボー!秋山によるリポート記事をご参照いただくとして(→記事はこちら)、びっくりしたのが、ルーカス・ポープ氏が日本に住んでいたということ(単に記者が勉強不足なだけかもしれませんが……)。『アンチャーテッド』シリーズなどでおなじみのノーティドッグを4年前に退社。奥様が日本人ということもあり、日本に移住。いまは大宮に住んでいるというのだ。ということは、『Papers,Please』は日本で作られたということか! そう考えると、改めて『Papers,Please』に親近感が湧いてきたり……。
そんなわけで、“ゲームラボ・カンファレンス東京2014”の会場で、ルーカス・ポープ氏を直撃。お話を伺った。
――GDCでは、『Papers,Please』が数多くの賞を受賞されましたが、率直な感想をお聞かせください。
ルーカス すばらしかったです。“Independent Games Festival(IGF)”には何度も応募しており、数年前には“ベストモバイル賞”をいただいたこともありました。でも、大賞が取れるとは夢にも思っていなかったんです。とくに、今年応募したのは、パスポートをチェックするゲームですからね(笑)。このゲームは、個人的な思いから作った一風変わった小さなゲームなので、多くの人に受けるものとは思っていませんでしたし、まさか大賞に選ばれるとは、本当に意外でした。
――『Papers,Please』のどの点が評価されたと思いますか?
ルーカス ふつうのゲームが取り上げる題材ではなかったからだと思います。『Papers,Please』は題材が変わっているので、IGFで賞を受賞する以前は、ゲームメディア以上に、BBCやニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズといった一般誌でも取り上げられました。そういった意味では、“実験的”だったことが評価された一因だったと思っています。いわゆるふつうのゲームとは違う、実験的なゲームを作って楽しいものができるかどうかをやってみたかったんです。うまくいくかどうかはわかりませんでしたが、運よくゲームとしては成功しました。個人的には、ストーリーとゲームプレイがうまくマッチしたと自負しています。
――税関というテーマは、どのようにして思いついたのですか?
ルーカス 何か、きっかけがあるというわけではなくて、企画を試行錯誤しているうちに思いつきました。最初から、「“税関”で行こう」と発想していたわけではないです。どちらかと言うと、“税関で書類審査を行う”というメカニズムが興味深くて、それをゲーム化した感じですね。まずは文字ベースでプロトタイプを作ったのですが、それがうまくいったので、「これはおもしろいゲームができる」と確信しました。ゲームを作り始める1ヵ月くらい前ですね。
――プロトタイプからは、どのように肉付けしていったのでしょうか?
ルーカス プロトタイプがうまくいったので、それを土台に肉付けしていっただけです。何かクレイジーなアイデアがあって、劇的に変化したというようなことはありません(笑)。もちろん、小さなアイデアを追加したり削除したり……ということはありましたけれど、ビジョンは一貫していました。
――『Papers,Please』の開発期間は9ヵ月とのことですが、具体的にはどのような形で開発を進められたのですか?
ルーカス 『Papers,Please』では、ひとつの取り組みをしています。開発プロセスを初期の段階から一般に公開して、フィードバックをもらうようにしたんです。そのフィードバックを得て、最初のビルドを作り、より完成版に近いパブリックベータを作りました。ここに到達するまでに4ヵ月かかっています。Steam Green Lightに載せて、Steamで売れればいいなと思ったところ、そこで火がついて、あちこちのメディアで取り上げられたんです。
開発は当初は6ヵ月で終わらせる予定でした。小さいゲームですし、そんなに売れないと思っていたので……。開発は半年もあれば十分だし、そこである程度収益を得て、つぎのゲームに進めればいいなと考えていたんです。ところがプロジェクトに火がついてしまったので、さらにブラッシュアップする時間だと思い、開発期間を3ヵ月追加することにしたんです。ここでは、「機密事項はとっておきたい」「すべてを公開したくない」との判断から、一般公開していた開発ブログを中断し、ゲーム完成に注力しました。
――セッションでは、「ときに、開発で詰まったこともあった」とおっしゃっていましたが……。
ルーカス 開発自体は楽しかったのですが、最後にすべてを完成させなければならないのはたいへんでした。また、インディーとして、開発以外にやらなくてはならないことがたくさんあります。メディアの方とお話ししたり、ゲームをPRするためのウェブサイトを準備したり、プレイして困った方のためのサポートシステムを構築したり……と。直接にはゲーム開発とは関係のない仕事がたくさんあって、苦労しました。
――ノーティドッグに在籍されていたとのことですが、そこで得たものは?
ルーカス 私がもっとも影響を受けたのは、どうやってゲームを完成させるかということです。“完成させる”ということは、ゲームを出荷できるようにするために、自分の考える完璧なゲームのアイデアから、多くを取り除かなければいけないということでもあります。つまり、ゲームを完成させるためにはさまざまなフィーチャーを削除して、何がそのゲームのコアなのかを詰めていく必要があるんです。
――なるほど……。完成のためには捨てなければいけない箇所もあるということですね。ところで、話題の『Papers,Please』ですが、家庭用ゲーム機での展開などは予定していますか?
ルーカス 未定ですが、たぶん出すことになると思います。お話もいただいていますし……。詳細は正式発表をお待ちください。
――次回作についてお聞かせください。セッションでは、冗談交じりに「次回作は何をしたいかわからない」といった趣旨のことをおっしゃっていましたが……。
ルーカス 実際のところは、まだわからないんです。まずは休むことが必要だと思っています。アイデアはいくつかあるのですが、実際に何を作るかはこれから検討したいです。
――最後に、インディーゲームの魅力を教えてください。
ルーカス やりたいことができることですね。これがいちばん大事なことです。ノーティドッグはすばらしい職場でしたし、すばらしいゲームを作っていましたが、あくまで他人のゲームでしたから。いまは自分が好きなものを作れる。開発者として、これに勝る魅力はないです。
(取材・文 編集部/F)