2014年3月28日、スペイン大使館で開催された“ゲームラボ・カンファレンス東京2014”から、“自主開発ゲーム開発者が抱える主な課題とは?”と題されたセッションの模様をお届けする。

●四者四様のスタイルと環境を持つ登壇者

▲モデレーターの新清士氏。

 2014年3月27・28日の2日間、スペイン大使館で開催された“ゲームラボ・カンファレンス東京2014”。今年も、国内外から多くのゲーム関係者が参加して開催されたこのイベント、ここでは“自主開発ゲーム開発者が抱える主な課題とは?”と題したセッションの模様をお届けする。
 ゲストとして登壇したのは、先に開催された“Independent Games Festival(IGF)”で大賞を受賞した『Papers,Please』を開発したルーカス・ポープ氏、『LA-MULANA2』のKickstarterでの成功が記憶に新しいNIGOROの楢村匠氏、コミケを中心に活動しているインディーゲームサークル・神奈川電子技術研究所CEOの北山功氏、昨年のTGSにも出展していたイギリスのMintsprint CEOのアンドレス・タリオス氏という、豪華なメンバー。新清士氏をモデレーターに迎え、それぞれの活動やポリシーについて、語ってくれた。

 まず、今年の“Game Developers Choice Awards”や“IGF”で多くの賞を受賞した『Paper,Please』を手掛けたポープ氏に、さっそく新氏から質問が飛んだ。今回の成功体験を聞かれると、「毎年“IGF”にタイトルを提出しようとがんばってきました。今回は賞も受賞することができ、とてもうれしい体験でした。ただ、“IGF”でグランプリをもらったおかげで、つぎに何をしていいかわからなくなってしまい、ここで引退しようかとも思いました(笑)」と会場を笑わせた。ポープ氏みずから「変なゲーム」という『Papers,Please』。最初は、自分のためだけに実験的に作り始めたゲームで、開発期間は約9ヵ月と短かったが、そもそも当初は6ヵ月で完成させる予定だったとのこと。オープンテストなどで外部に露出された期間が加わり、結果として9ヵ月という開発期間に。
 続いては、NIGOROの楢村氏が自分たちの制作スタイルについて語った。楢村氏らは、もともとアマチュアでゲームを作っていたが、そのアマチュアの作品が世界に広がっていったので、それをリメイクして、今度は商業的に進めることを目指したのだそうだ。アマチュア時代は、メンバーの3人がそれぞれ仕事を持ち、その合間を縫うように開発していたので、作品が完成するまでに都合5年かかった。リメイクし、それをどうやって売ったのかという質問には、売る方法を模索していた時にインターネットでのダウンロード販売が始まり、Wiiウェアで発売することになったと答えた。
 Mintsprintを設立して一年ほどというタリオス氏は、まだ3人しかスタッフがいないものの、インディーデベロッパーとしておもしろい会社だと語る。日本でも“GREE”での業務経験があるというタリオス氏。その経験と、業界としてのポテンシャルがあると感じているモバイルに注力しているそうだ。
 そして、北山氏。彼のサークルは、コミックマーケットを軸にゲームを開発しているので、年2回、6ヵ月に1本のペースでゲームを作っているとのこと。これまで、10年間で20本以上のタイトルを作り、コミケに出展してきており、代表作『僕は森世界の神になる』などのパッケージを参加者に実際に回覧してもらっていた。

▲左から、楢村氏、ポープ氏。
▲左から、北山氏、タリオス氏。

●AAAタイトルの開発から、個人による開発へ

 ポープ氏は、『Papers,Please』を作る前は、『The Last Of Us(ラスト・オブ・アス)』を手掛けたNaughty Dogに在籍していたそうだ。そこでは、AAAクラスの大作を手がけていたので、エンターテインメントというよりは、シリアスなテーマのゲーム開発に携わっていた。しかし、さまざまなタイトルに関わるたびに「このタイトルをもっと早く開発し、もっと安価にできるのではないか」と考えていたそうだ。『Papers,Please』は、ポープ氏がひとりで作り上げたタイトル。じつは彼の奥様もプログラマーで、いっしょにゲームを作ったことがあるそうだが、今回は出産や育児に専念するために、ひとりで専念して作り上げたのが同作だという。自分独自のタイトルを作りたくて、Naughty Dogを円満退社し、現在は日本人の奥様の故郷・日本で活動している。“ひとり”という開発環境は、いろいろなことを試すのに最適な環境で、大作を作るのは確かに無理だが、自主制作ゲームとして、おもしろさを絞り込んで作ることができると語ってくれた。
 楢村氏はアマチュア時代、デザイナーとして仕事をしつつ、同時に趣味でゲームを作っていたが、デザイナーとしての仕事よりも、絶対にゲームを作っているほうが自分の能力を発揮できると感じていたという。また、ほかのスタッフとはインターネットを通じて知り合ったというのも、有名な話だ。さらに、『LA-MULANA2』のKickstarterの話では、集まった資金の26万ドルという金額に感謝しつつも、「とりあえず1年半の開発資金を確保できただけ」と位置付けた。ゲームを作って終わりではなく、パブリッシングや国内外のインディーイベントへ参加するための経費などを計算に入れると、決して安泰ではないという。しかし、インディーイベントに積極的に参加し、ユーザーと触れ合ったり、コミュニティを形成することが大事とのことだ。
 タリオス氏は、日本のモバイルゲームビジネス、とくに無料のゲームがたくさん作られているという事情は、欧米のそれよりも数年進んでいると分析。早く開発し、結果が芳しくなければ改良して、またリリースすることをくり返していけば、競争の激しい市場ではあるが、多くのデベロッパーがいいゲームを開発し、成功することによって、お金も流れてきていると感じているそうだ。インディーデベロッパーの利点として、資金管理の容易さも上げていた。
 北山氏は、ゲームを開発・完成させてコミケに出展してきたが、その手法が自分たちの想像以上に効果的だったと語った。北山氏の場合、コミケに来る直接のユーザーを確保でき、また、秋葉原にある、いわうyるオタク系ショップからも、ゲームを販売させてほしいという依頼が来るとのこと。インディー、コミケ、そして秋葉原という、非常に密度の濃いkリレーションによって、開発側も、ユーザーも、流通もうまく回ってきたので、逆にこれまで特別に広報的な活動を意識する必要もなかったそうだ。

 ポープ氏は『Papers,Please』の広報活動については、「自分は特に何もしていないし、ラッキーだった」と語る。開発状況をオープンにし、また、テストプレイをしてもらったりする中で、フォロワーが何十万人もいるような有名な人たちがYouTubeで映像を流しておもしろがってくれたことが、その後につながったとみている。開発にかけた9ヵ月のうち、最初の6ヵ月は開発だけに専念し、その後の盛り上がりも自然発生的。“IGF”への出展は、ポープ氏の個人的なゴール地点と考えているとのことだった。実際にプレイヤーと密なコミュニケ―ションが取れるのも、インディーゲームならではのよさで、「Twitterやメールでも、買ってくれた方のお役に立てることがあれば、という気持ちでいます」と語ってくれた。
 4人に共通するのは、まず自分たちがおもしろいと思うものを作るというベースの考えかたと、それらをオープンにし、ユーザーをはじめとして、多くのフィードバックをもらいつつ、積極的にアピールするという姿勢。セッションには“主な課題”とあるが、現在は自分たちの立ち位置を確固たるものにし、同時に外への情報発信やアピールを続けていこうというビジョンに、インディーズの自信と可能性を垣間見た気がする。