豪華な対談

 東京・五反田ゲンロンカフェで開催されたトークイベント、「Keyという奇跡――『AIR』『CLANNAD(クラナド)』『リトルバスターズ!』を生み出したブランドの情熱を語る!」(ビジュアルアーツ社長・馬場隆博×東浩紀 司会:笠井翔)の模様をレポートする。

 Keyをはじめとする有力アドベンチャーゲームブランドを束ねるビジュアルアーツの代表取締役・馬場隆博氏(以下、馬場氏)と、美少女ゲームを題材にした批評や、Keyの代表作『AIR』への意識と尊敬を盛り込んだ小説『クォンタム・ファミリーズ』などの著者としても知られる、批評家・作家の東浩紀氏(以下、東氏)の対談という豪華なトークショウは、Key、ビジュアルアーツファンにとってはもちろん、多くのアドベンチャーゲームファンにとって、夢のようなイベントとなった。

アドベンチャーゲームファンのための夢の一夜、ビジュアルアーツの代表取締役・馬場氏と批評家・東氏によるトークショーをリポート_01
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▲馬場氏(左)と東氏(右)のtwitterのやりとりがきっかけで豪華対談が実現。
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▲東氏と馬場氏のあいだで、『AIR』、『CLANNAD(クラナド)』、『リトルバスターズ!』など、名作アドベンチャーゲームのクリエイター集団として知られるKeyについて熱いトークが交わされた。

Keyというブランドとの出会い

 東氏が「今日はKeyの素晴らしさを誰かに説得するのではなく、もうわかっている人間たちだけでずっと素晴らしさを語り続けるイベントにしたい」とイベントの趣旨を説明すると、会場は大盛り上がり。トークは、司会の笠井氏がWikipediaや書籍などをもとに作ってきたという年表を見つつ進行していき、まずは馬場氏、東氏のKeyとの出会いが語られた。馬場氏は、『MOON.』、『ONE』の製作に関わったクリエイターたちが、ビジュアルアーツで新しくブランドを作りたいということで応援しはじめたことや、彼らにアドベンチャーゲームのデバッグの手法や暗黙のルールを教えたエピソードなどを披露した。

 読者が『Kanon(カノン)』を持ってきてくれたことがKeyとの出会いであると語った東氏からは、「夫婦で徹夜して『AIR』を泣きながらプレイした」、「在学していた高校が後に、『CLANNAD(クラナド)』の舞台モチーフになっていることを知り、運命を感じた」、「娘の名前は『CLANNAD(クラナド)』の汐からとったもの」といった強烈なファンエピソードや、「鍵っ子(keyファンを示すスラング)グランプリがあったら、何かしらの分野で出場したい」などの発言も飛び出した。

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▲司会進行を務めたのは、ノベルゲーム製作、配信を手がけるノベルスフィア代表の笠井翔氏。笠井氏は、『Kanon(カノン)』を遊んだことをきっかけにノベルの世界に飛び込んだという。
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▲馬場氏に、「僕はやっている男なんです」と熱くアピールする東氏は、Keyの作品をすべてプレイしているのはもちろん、アニメ版『Angel Beats!』も全話視聴しているとのこと。

東氏が注目するKey作品の特異性

 年表を振り返りつつ、Keyのシナリオライター・麻枝准氏に話題が及ぶと、東氏から、

・あるときから、“泣く”という快楽がポルノメディアを源流とする美少女ゲームでひとつの主流になり、Keyの作品では、エロティックな描写がいらなくなるという逆転現象を起こした。
・麻枝氏の作品は“家族”という、セカイ系ではあまり見られない要素に深く踏み込んでいる。
・麻枝氏の作品は、運命や血のつながりというどうしようもないものを潔く引き受けている。
・弱い主体を中心におく、麻枝氏の特異な想像力が作品に宗教性を与えている。
・クールジャパンのアイディアの中核の多くは、ゼロ年代前半に出ている。

といった鋭い分析がつぎつぎと提示された。

 東氏のKey評とも言える一連の発言を受けて、会場の空気も引き締まり、メモをとりはじめるイベント参加者の姿も見られるようになった。この部分のディスカッションでは、Keyの作品は、泣けるというだけではなく、現状の日本において軽視されがちな“家族”や“運命”といったものにスポットを当て、美少女ゲームという枠に収まらない作品群になっているというところが、東氏が関心を寄せている部分であるということが強調されていた。東氏によると、「両親や家族から独立した自由な存在」という登場人物たちを軸に据えた若者向けの物語が多い中で、麻枝氏の描く物語では家族や血縁というどうしようもない運命を潔く引き受けているところや、その家族や血縁とともに流れる時間のような連続性の中に主体がある感覚が、美少女ゲームという土台で実現していることに驚かされ続けているとのことだった。“日本で、家族をテーマとして考えたときにゼロ年代の文化的な参照項目はKeyしかない”という視点についても熱弁をふるい、会場を大きく沸かせていた。こうした東氏の熱いKey評について、馬場氏は遠慮しながらも賛同するところは多くあったようで、「麻枝があれほど深いシナリオや楽曲を作れる理由はわからないが、彼の作る作品をいちばん信用している」との発言もあった。

 東氏はまた、もっとも尊敬しているイラストレーターとして、Key作品で原画、キャラクターデザインを務める樋上いたるさんを挙げていた。樋上さんがいなかったら世界に絶対に存在しない絵を、美少女ゲームの主流のひとつにしたという功績は、麻枝氏と同じく特異点として高く評価されるべきであると熱く語る東氏に、うなずくギャラリーも多く見られた。

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▲『Kanon(カノン)』、『AIR』、『CLANNAD(クラナド)』の物語を語るうえで、“家族”の要素は欠かせない。描かれかたこそ違うが、どれも、麻枝氏の独特の感性と視点が盛り込まれた作品となっている。
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▲Keyの作品は、シナリオ、イラスト、音楽の絶妙な噛み合いも見どころのひとつ。馬場社長曰く、奇跡的なクリエイターたちが、Keyというブランドに集まったとのこと。

馬場氏が語る、アドベンチャーゲーム製作の裏話

 東氏や司会の笠井氏からの質問を受けて、馬場氏からは、

・キャラクターを登場させて、プレイヤーに恋をしてもらうことの難しさ。
・Ctrlスキップでテキストをスキップする機能を商品に載せたのはビジュアルアーツが発祥。
・クリエイター陣に好きなだけやらせてみた『CLANNAD(クラナド)』の功罪。
・“時間が足らなくて”というクリエイターにとっての最後の砦。
・アドベンチャーゲームの主人公描写の変化。

といった、開発に関係した裏話や、市場の動向などについての鋭い分析が語られた。

 いまや多くのPCゲームで常識になっているCtrlキーを使ったスキップは、最初デバック用の機能として用意していたものだが、プレイの快適さを上げるために実装に踏み切った経緯があるとのことだった。スキップを使ってプレイを進めた場合、ゲームのボリューム面が少ないと誤解されるということもありうるが、「スキップしたくなるような作品を作らない」ことをひとつのモットーとしていると馬場氏は述べていた。実際に、ビジュアルアーツのアドベンチャーゲームのインターフェースは、非常に使いやすいものとなっていて、膨大なシナリオをプレイヤーのペースに併せて読みやすい形にカスタマイズできるのも特徴のひとつとなっている。

 また、『AIR』から3年以上の時間を経て発売された『CLANNAD(クラナド)』については、製作の進行などもクリエイターに任せたことで、時間を豊富に使うことができた反面、クリエイターに想像以上のプレッシャーをかけてしまったことや、ファンを待たせてしまうことになってしまったと当時を振り返っていた。作品とその評価を一身に引き受けるクリエイターにとって「時間が足りなかった」という最後の砦を奪うのは、一概に良いこととはいえないという経営者視点の発言に、東氏と笠井氏は深くうなずいていた。

 そして、アドベンチャーゲームを主力にする会社ならではの視点として、近年のアドベンチャーゲームでは、主人公=プレイヤーという意識の強かった一人称視点の作品よりも、客観的な群像劇を求める声が多く聞こえてくるようになったという市場の動向の話が持ち上がり、これには東氏も深い関心を寄せていた。馬場氏は、1990年代に流行した、目を描き込まない主人公ではなく、しっかりと細部までデザインされて、声優の声もあてられた主人公が求められるようになったのは、こういった流行の変化が背後にあるのではないかと分析していた。

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▲主人公の顔が書き込まれるようになってきたのは、市場の流行の変化によるものではないかと馬場氏は分析。ちなみに、馬場氏と東氏は、プレイヤー=主人公の構図をとる、一人称のゲームが好みとのこと。

イベントの締めには、意外なお知らせと豪華プレゼントが!

 イベントの締めには、ビジュアルアーツからの発表と、馬場氏の用意した商品をかけたじゃんけん大会が開催された。発表会では、Mobageで今春配信予定のiOS/Android向けアプリゲーム『Angel Beats! -Operation Wars-』と、PC版『Angel Beats!』シリーズが紹介された。全6巻での発売を予定していることが既に発表されているPC版『Angel Beats!』は、第一巻にあたる『Angel Beats!-1st beat-』が既に『CLANNAD(クラナド)』以上のボリュームになっていることが明かされた。予想外の大ボリュームであることが判明し、会場は嬉しい悲鳴に包まれていたが、一部では「6巻が発売されるのはいつになるのか……」といった声も。馬場氏は、こうした声に対して、しっかり作りきりますと宣言していた。

 じゃんけん大会の賞品には、コミックマーケットで発売された最新のグッズに加えて、この日のイベントのために樋上いたるさんとNa-Ga氏が描いたという“サイン入り直筆色紙”も登場し、会場の盛り上がりは最高潮に。東氏が「ギャラリーにはあげたくない。オークションに出したら本気で許しませんよ」とうなりながら、みずからじゃんけんに参加するほどの一品は、この日豪運を発揮したkeyファンの手に渡り、「観鈴を大切にします」との心強い発言を聞くことができた。

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▲樋上いたるさん、Na-Ga氏による色紙はこちら。世界にひとつの、超レアなグッズだ。
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▲イベント終了後には、東氏の依頼で、馬場氏がゲンロンカフェの壁にサインを書いていた。イラストつきのユニークなサインは、ゲンロンカフェのテレビモニター下で見られる。

イベントを終えて

 記者自身も、アドベンチャーゲームジャンルのファンとして、いろいろな取材や書籍に関わらせてもらっているが、アドベンチャーゲームの醍醐味のひとつである、“作品について語ること”ということを、これほど堂々と実現するイベントに参加するのは始めてだ。キャラクターがかわいい、萌える、シナリオが泣ける、驚くといった、軽い意見の交換であれば、ファンどうしの付き合いの中であるものの、これほど熱く、鋭く踏み込んだトークを聞ける機会というのはなかなかあるものではない。

 イベントの直前に、“アニメとかアイドルとかって、「あのコンテンツこんなにすげえんだぜ!」的な話には乗れるけど、「社会現象としてすげえ」的な話にはあまり乗れない”とtwitterで発信していた東氏らしい、Key作品の魅力に寄り添ったトークは、安心して耳を傾けることができた。そして、馬場氏からは、東氏の熱に引かれるように、製作のリアリティーに満ちた話や、社長という立場ならではの業界分析がつぎつぎと飛び出していくという、心地よい会話の循環が生まれていた。今回のレポートには、なるべく多くの情報を盛り込むようにしたつもりだが、あの空間で聞いたトークの熱量には、到底届いているとは思えない。気になる人は、本イベントのニコニコ生放送タイムシフト(こちら)をチェックしてもらいたい。

 また、イベント終了後には、飲食スペースとしてカフェが解放され、トークショーの熱を抱えたまま、ギャラリーどうしで交流できる配慮がされていたのもうれしいところ。新しい知識や刺激とともに、つながりをも与えてくれたこのイベントは、ファンのあいだで語り継がれるものになりそうだ。

取材協力・ゲンロンカフェ:株式会社ゲンロンと株式会社ユビキタスエンターテインメント (UEI)他が共同で出資し、2013年2月1日、東京五反田に出店した飲食可能なイベントスペース。文理融合をコンセプトに、大型本棚やガジェット類などの設備を揃え、文系と理系が気軽に出会える空間となっている。イベント時間外は、カフェとして営業。

営業時間18時~23時半(イベントによって変更の場合あり)、 定休日 : 月曜日
〒141-0031 東京都品川区西五反田1-11-9司ビル6F

(文・小坂祐輝:インテリアデザイン会社所属のゲームライター。アドベンチャーゲーム、格闘ゲーム、ロールプレイングゲームなど、幅広いジャンルの記事製作を手がける。『オールアバウトビジュアルアーツ』(ホビージャパン)企画、執筆。)