3Dで観るのがオススメです

全米1位の3D映画「ゼロ・グラビティ」を観て考えた、Oculus Riftとか主観3D立体視の可能性_01

 絶望的な宇宙漂流からの生還を描いたサンドラ・ブロック主演の映画「ゼロ・グラビティ(原題:Gravity)」が、アメリカで10月4日に公開され、週末だけで5500万ドルを稼いで全米1位を獲得。クエンティン・タランティーノが2013年のベスト10の1本に挙げているほか、批評家からも、Metascoreで96点、Rotten Tomatoesのメーターで97%(いずれも批評家の評をまとめた指標)と高評価を受けている。

 というわけでサンフランシスコに長期滞在中の記者も早速観てきたのだが、日本での公開は12月13日(配給:ワーナー・ブラザース映画)とちょっと先なのでネタバレを避けつつ概要をご紹介すると、サンドラ・ブロック演じるライ­アン・ストーン博士とジョージ・クルーニーが演じる宇宙飛行士マット・コワルスキ­ーがスペースシャトルから出て船外活動をしていた所、スペースデブリ(宇宙ゴミ)による致命的な衝突事故が発生。無重力空間に放り出され、地球との交信も絶たれた絶望的な状況からの生還を目指すというもの。

 そう、シチュエーションは意外にもシンプルで、要するに「宇宙で帰れなくなっちゃって超ピンチ」な状況を、超綱渡りで切り抜けていくというお話。その分、無重力環境の再現や、刻々と酸素が減っていく恐怖、広大な宇宙に取り残された心細さ、まともな推進装置がない中で綱渡り的に生還への道を切り拓かなければいけない絶望感などを丁寧に描くことで、圧倒的な説得力を与えている。そういった演出面で特に印象的だったのが、3D立体視の使い方だ。

 暴力的に飛んでくるデブリや、急に迫ってくるステーションなどのインパクトが増すのはもちろんのこと、例えば宇宙に放り出されるシーンで、ロングショットで大きく引き、広大な宇宙の中で米粒のようにしか見えない宇宙飛行士を見せて、圧倒的なスケール差を示すのだが、ここで対比的に巨大な地球を3Dで見せることで、その効果が倍増する。
 またいくつかのシーンではカメラがヘルメットの内側に入り込み、ストーン博士のPOV(主観視点)へと切り替わる。命綱一本でコワルスキーに牽引される時の不安な感じが、ここでも立体視によって距離感や宇宙での不安定な挙動が強調されることで、本当に息が詰まるように伝わってくる。日本上陸の際はぜひ3Dで観ることをオススメしたい。

 で、なぜゲーム媒体なのに映画の話を書いているかと言うと、前述のPOVシーンでいろいろ考えさせられたからだ。
 先ほどの“命綱一本で宇宙をフラフラしながら引っ張られていくシーン”。これが2Dで引きの画面で、しかも家のテレビで観ているんだったら、かなり気をつけないとギャグにすらなりかねない。だから普通はやらないと思うし、これは主観3Dだからとても印象的なシーンになっているのだと思う。
 さて、「ゼロ・グラビティ」が成し得たように、3D立体視や主観視点を組み合わせることで、ゲームでも、普通やらない演出とか、見慣れたシチュエーションに新たな迫力が加わったりすることがあるんじゃないだろうか?

主観3D+ヘッドトラッキング“だからこそ”意味があるシチュエーション

主観で3D立体視なゲームデバイスと言えば、何度か紹介している頭の動きに視点が追従するヘッドトラッキングセンサーつきの3Dヘッドマウントディスプレイ“Oculus Rift”がアツい。
 Rift向けのプロジェクトとして、FPS開発者が多い欧米ではその蓄積の応用でゲームを作っていたり、Rift専用ではないゲームの“Rift対応”をすることが多く見受けられるが、日本ではそれとはまた違った方向で、3Dモデルを眺めるようなプロジェクトがいくつかある。
 これらはまさに、Riftでなければいけないようなものだ。ちょっとモーションのついた3Dモデルをステージに放り込んだのを2Dディスプレイで見ても体験としては新しくないが、3D立体視とヘッドトラッキングで自分の視点と同調させて観て、その上でモーションセンサーなどを使って干渉したりすることで、それは新しい体験となるのだ。

 もちろん既存ゲームの主観3D化も新たな体験のレイヤーを生み出すだろう。一人称視点のホラーゲーム『OUTLAST』(PC版が配信中で、PS4にも対応予定)は、Rift対応を願う声が集まっているゲームのひとつだが、実際強引に対応させた人の映像を見ると、ショックシーンにて素で絶叫していたりして、オムツ着用でプレイしたいぐらい怖そう。(ちなみに本作自体、「何やら事件が起きているらしい精神病院をビデオカメラ片手に探索する」という、それ自体はありがちなシチュエーションを、一人称視点の採用と戦闘の排除などにより、かなり怖いゲームに仕上げている)

 こういったことを書くと、「え、でも結局こういうややこしいのは流行らないでしょ」と言われることも多いのだが、この手のデバイスが一般的に普及するとか、今後の主流になるといったことが言いたいのではない。
 これまでのゲームならあまり意味がなかったものが、かつてないインパクトを持つことがあるんじゃないか? 更には、インタラクティブメディアとしてのゲームには、映画にすら不可能な新しい体験を生み出す余地があるんじゃないか? それが流行る流行らないはどうでもよくて、単に体験してみたいじゃないですか。(文・編集・取材:ミル☆吉村)