“黒川塾(十)”開催 テーマは”国産エンタテイメントの生きる道”――「PS4どうですか?」「親はなくても子は育ちますね」(久夛良木氏)

2013年6月27日、エンターテインメント業界の各所で活躍してきた黒川文雄氏が主催するトークイベント“エンタテインメントの未来を考える会”の第十回が開催された。

●国産エンタテインメントが向かうべき未来とは

 2013年6月27日、エンターテインメント業界の各所で活躍してきた黒川文雄氏が主催するトークイベント“エンタテインメントの未来を考える会”の第十回が開催された。今回のテーマは、“国産エンタテイメントの生きる道”。ゲームに限らない、日本発のさまざまなエンタテインメントが向かうべき理想の未来についてトークが展開された。ゲストは、ソニー・コンピューターエンタテインメント(現ソニー・コンピューターエンタテインメントジャパンアジア)取締役会長、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)代表取締役社長などを歴任した丸山茂雄氏と、プレイステーションの生みの親の一人であり、ソニーコンピュータ・エンタテインメントの名誉会長も務めた久夛良木健氏。永くエンタテインメント業界の最前線で活躍してきた、まさに今回のテーマにふさわしいふたりの登場となった。

▲写真左から黒川文雄氏、丸山茂雄氏、久夛良木健氏。

●まずはエサの採り方を学べ

 黒川氏から今回のテーマについて説明されると、まず丸山氏が未来という点で現在の若者たちの未来について。「自分がどういう道をどう進んでいくか。いまは世の中が全体的に暗い雰囲気になっているけれど、俺がどうだったかと思い返してみると、確かに新しいものにチャレンジしていったということがあった。けれども、その前の段階、雛が巣の中にいる状態で新しいことにチャレンジするのは無理だよね。動物を見ていてもわかるけれど、親が子にエサの採り方を教えて、ある程度すると親がいなくなる。つまり、誰だってエサの採り方くらいは習わないといけないわけですよ。これを人間に当てはめて考えると、大きい会社っていうのは、意外とエサの採り方を教えてくれない(笑)。俺は読売広告社という当時は小さい会社の営業として社会人としての一歩を踏み出したんだけど、いま思えばあそこで教わったことは大きかったなあ」と自身の体験からの論。さらに「新聞なんかを見てると、就活生が理想の環境を求めて何回も面接に落ちる、100通とか履歴書を送っても就職が決まらなくてノイローゼになりそうだなんて話をよくみるけど、大きい組織に潜り込みたい、じゃあうまくいくわけがない。どこでもいいからエサの採り方を学ぶんだ、という姿勢でなければ人生は切り拓けないな」。
 これに対して久夛良木氏は「ウチの親父は、台湾から引き揚げてきて、本当に何もない状態で日本(東京)での暮らしを始めたんだけど、もう一面焼け野原で何もないわけですよ。そこで、材木の目利きができたから、秋田や山形からトロッコひとつで材木を買いつけてきて、それを木場の問屋に卸すってことを始めた。それで家族を養い、やっと内地での一歩を踏み出したんです。そういう姿をずっと見てきたので、エサの採り方というか、まさに生きる術を親から学びましたね」と、会社ではなく父親から学んだという自身の経験を語った。そんな少年時代を過ごした久夛良木氏は、その後、お父様が亡くなる前の「俺は家族を食べさせるためにやってきたが、お前は好きなことをやれ」という言葉で、エレクトロニクスの世界を目指したそうだ。
 まず、生きていく力を身につけること。そこからキッカケはさまざまだが、やりたいこと、新しいことにチャレンジしていくべきではないか、というの両氏の提言から会の幕が開けた。

●誰も成功すると思っていなかったプレイステーション

 そしてトークは、丸山氏と久夛良木氏の出会いから、プレイステーションプロジェクト立ちあげ当時の話へ。プロジュクトを立ちあげたときは「簡単に言えば、俺たち以外は誰も本気でやろうと思っていなかったし、そんなものが本当に離陸するとも思っていなかったね。そんな状況で、もちろん誰も寄っても来ないから(笑)、俺たちの中だけでどんどんアイデアが膨らんでいくんだけど、いま思えばあれがよかったのかな。もしプレイステーションが最初から会社のメインの開発目標だったら、きっとややこしいことになっていたね」(丸山氏)、「よかったと思いますね。みんなプレイステーションは失敗すると思っていたから、ビジネスとしてもそうだし、将来どういうエンターテインメントになるのか、どのくらいの波及効果があるのか、どんなすごいソフトが生まれるのか、いろんなことがイメージできてなかった。もしこれが今だったら、挙げたようなことを全部パワーポイントとかを作って、説得して回らなきゃいけない」(久夛良木氏)。「そういや俺たちパワーポイントなんて使ったことないな」(丸山氏)、「口頭でも説明してないでしょう(笑)。まあそれはともかく、主要メンバー含めて30人くらいでやっていたんですが、当時ソニーは品川にあったんですけど、丸山さんの居る青山のビルの一角が空くっていうんでそこに駆け込んだんですよ。これがよかった。まず、雑音が聞こえてこない。言う相手がいないからね(笑)。それから、反対に親身になっていろいろ言ってくる人もいない。大きいプロジェクトだったりすると、いるんですよ、良かれと思っていろいろ言ってくる人が。まあ潰してやろうって人も混ざったりしてね(笑)。そういうのが一切なくなって、心おきなくやれる環境になったわけです」(久夛良木氏)。こうして、保護者役となった丸山氏と久夛良木氏はさらに親交を深めながら、プロジェクトを進めていったという。また、久夛良木氏は丸山氏を介して、音楽業界や映画業界の人、アーティストなどと交流することで「エンターテインメントという面で、個人としてもだし、プレイステーションも成長できたと思う」と振り返った。

●エンターテインメントの可能性は広がり続けている

 思いがけず飛びだした当時のぶっちゃけ話から、いよいよ話題は本日のテーマへ。まず「ここのところ、クールジャパンとか、日本のコンテンツを世界に発信しなきゃいけないってなっているよね。ゲームはもともとそういう機運が高かったけれど、いまは少し停滞気味かな。アニメなんかは本当はもっと発信していくべきだと思うけど、テレビ局にそういう気概がないのがね。結局、海外の人たちがインターネットなんかで無理矢理探して観て、日本のアニメいいよねって言ってくれている。本来発信するべき人がしていないのが、いまの最大の問題点だよね」と丸山氏。続けて久夛良木氏は「ゲームもね、PC、コンソール、スマートフォンと広がって来て、先がどうなるんだろうとみんなが心配しているようだけれど、何を迷ってるんだろうと思う。可能性がこれだけ広がっているのに。昔は説得しなければいけない人たちが居たりとか、どうしても越えられない国境があったりとか、多大な投資が必要だったりしたけど、いまはないんだよね。市場も広がって、例えば課金で世界中で回収できるわけです。才能や夢がある人がチームを組めば、一気に世界を狙える時代。なんでそれで不景気な顔してるの、と(笑)。自分たちが考えていた状況と違ってバタバタしているのか、世界で競争する自信がないのかわからないけれど、いまは確実に大チャンスな時だと思うよ。もちろん可能性が大きいってことは、競争も激しいけれど。結局夢の大きさとか才能とかそういう部分が明暗を分けると思うけど、日本人はそういう大きな話に慣れてないというところがあるのかな。心配ですね」と、チャンスを逃すなと提言。そして丸山氏は「最近は四半期ごとに決算をして、マーケットから資金を集めて、って何でも短期短期で考えてる。例えばプレイステーションのころはまだそんなことはなかったし、ちゃんとしたものを作るのに時間をかけていた。そういうのを捨てちゃって、短期で投資して短期で開発して短期で回収する、これじゃあロクなものはできないよね。音楽業界で言えば、AKBやジャニーズだって火がつくのにそれなりに時間がかかってるわけですよ」と、短期的な視点でエンターテインメントを生産消費するトレンドに苦言を呈した。「結局、どういう夢を描いているのか、自分が何を見せて成したいのかが大事だよね」(久夛良木氏)。

●両氏の見たプレイステーション4は?

 最後に黒川氏から「これは聞いておかないと」ということで「プレイステーション4いかがですか?」という質問が。これに対して久夛良木氏は「ネットで見て、へぇ~、こうなってるんだと。長生きはするもんだね(笑)。親はいなくても子どもは育つというか。生き延びるかは知らないよ?(笑) 不思議な感覚だよね、子ども? 孫? がいるんだっていう」。丸山氏は、プレイステーションが発売されたその日(1994年12月3日)には、もうPS2の最初の会議が開かれていたことを明かし、「次(5代目)はどうなるんだろうね(笑)」。また、久夛良木氏は「本当のことを言うと、PS3は全部ネットに溶かしたいという目標があったんです。専用の機器はいらない、全部ネットワークでやるという。なので、さらにその先のPS4は”もう俺じゃないよね”と。いまはクラウドっていうと想像しやすいけど、ネットがプラットフォームで、機器はなんでもいいんだから」と、当時の構想についても明かすというサービスで応えた。