自分が“おもしろい”と感じることをひたすらやるだけ
世界中のゲーム開発者が集い、最新技術やゲーム制作の過程などを解説、紹介する国際会議“GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2013”が、現地時間の3月25日~3月29日の期間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催された。この記事では、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの代表取締役社長CEO、森下一喜氏による講演をリポートする。
いきなり、頭部にカメラをつけて登場した森下氏。曰く、本当は下の写真の衣装を着てスピーチをしたかったそうなのだが、スタッフに必死に止められ断念。その代わりに、カメラを頭につけたそうなのである。森下氏、本当に人を楽しませるのが好きなようだ。
会場を沸かせたところで、まずは森下氏のキャリアと、ガンホー・オンライン・エンターテイメントという会社の説明から。森下氏は、1999年にオンラインゲームのSDKなどを手掛ける開発会社を立ち上げ。しかし、うまく行かず、2002年に再度起業したのがガンホー・オンライン・エンターテイメントだ。10年以上のキャリアのなかで、浮き沈みもたくさん経験したが、どうしたらおもしろいゲームが創れるか、どうしたらヒットできるのかということは、正直いまだに何もわからないという。逆に、いま確実にわかることとは、ゲーム作りにおいては、正解もセオリーもない。意識すべきは“おもしろい”という感覚だけだそうだ。
そんなガンホー・オンライン・エンターテイメントでは、さまざまなタイトルを世に送り出しているが、やはり『パズル&ドラゴンズ』(以下、『パズドラ』)の大ヒットのインパクトが大きい。日本国内だけでも直近で1100万ダウンロード。App Store、Google Playでは、ワールドワイドでナンバーワンのセールスとなっている。こんなヒット作を手掛けたものなら、決まって「なぜ『パズドラ』はヒットしたのか?」という質問を各所で受けることになる。そこで森下氏は必ず、“運”と答えているのだそうだ。ヒットの理由など、後から何とでも言える。作っているときは必死で、理屈なんて考えて作ってはいない、というのが本心だという。
いよいよ本題だ。今後拡大していくスマートフォンの市場で、いかにゲームデザインを考えていくか。これについては、森下氏は明確な答えを持ち合わせている。それは、100%おもしろくなることに徹底してこだわる、ということだ。最高におもしろくなるまで考え直し、おもしろくなければすぐに開発を中断する。作品に対しては毎回ベストを尽くしているからこそ、ヒットの要因は“運”という発想になるわけだ。
話題は、“おもしろさ”を生み出すための核心の話へと移る。ガンホー・オンライン・エンターテイメントでは、以下のような開発の5箇条というものがあるという。
その内容とは、
・革新的
・直観的
・魅力的
・継続的
・演出的
の5つ。ひとつずつ解説しよう。
革新的
いままでになかった、ユーザーが体験したことのないゲームデザインを生み出すこと。または、既存にあるゲームデザインをミックスして、プラスアルファを重ねること。
直観的
スマートフォンのゲームは、ふだんゲームを遊ばない人も触れることになる。ユーザーインターフェースも含め、より直観的に。そしてゲームの触感は、コンソールゲームと遜色のないクオリティーで表現すべき。
魅力的
人を惹きつけるゲームデザイン、世界観、キャラクターデザイン。
継続的
とくにオンラインゲームで重要な要素。長く遊んでもらう仕組みだけでなく、長期にわたってサービスを提供していくホスピタリティー。
演出的
ユーザーが目標を達成したり、モチベーションを維持していくためのロードマップをしっかり見せる。また、ユーザーが達成したことに対して褒めることも忘れてはいけない。
スマートフォンのゲームは“スナック”菓子である
講演では、『パズドラ』の制作過程についても語られた。日本のモバイルゲーム市場にカードゲームが“散乱”していることに嫌気が差し、革新的なカードバトルゲームを作る、というところから始まったプロジェクトは、当初は森下氏と、2011年入社のプロデューサー、山本大介氏の2名で進めていったそうだ。そこで生まれた企画は、従来にはない、パズルとRPGをミックスしたゲーム。5箇条のうちのひとつ、“革新的”をクリアーするものである。
ゲームはもともとは横画面だったが、より直観的にプレイしてもらうために、縦持ちで、かつ片手だけでプレイできるようにした。そしてこの時点で、下にパズル、上にダンジョンRPGライクの表現をすることに決めた。とくにこだわったのは3マッチのパズル部分で、多くの3マッチパズルは、隣り合わせのドロップが交換できる。しかし『パズドラ』では、ドロップそのものを自由に動かせるようにしている。触感にもこだわり、パズルの部分だけでも4回は作り直したそうだ。ここでも、前述の5箇条が守られている。
そして、ゲームを作るうえで重要視しているのは、修練度と偶発性のバランスであると森下氏は続ける。ゲームはシンプルにするが、“ユーザーに努力してもらう”ということをゲームデザインに盛り込みたい。しかし、努力だけではユーザーが離れてしまう。そこでキーになるのが、“偶発性”だという。パズルには運の要素が絡み、たとえゲームが下手であっても、意図せず“うまくいった感覚”を味わえることがある。これが、努力の原動力になるというわけだ。これもさじ加減が重要で、運に比重が寄りすぎるとユーザーの達成感を削いでしまうため、慎重に設計する必要がある。
また、森下氏は、「スマートフォンのゲームはスナックである」という印象的な発言をしている。コンソールのゲームは、食事にたとえるとディナーやランチで、“食べないといけない”もの。その対照的な存在として、スマートフォンのゲームをスナックにたとえているわけだが、これを“豪華なもの”と“チープなもの”というように早合点してはいけない。スナックというのは、同じ味にもかかわらず、飽きずに何個も何個も食べ続ける。しかし、スナックそのものがおいしくなければ、食べてはもらえない。つまりは、メインディッシュだろうがスナックだろうが、おいしくなくてはいけない(ゲームがおもしろくなくてはいけない)という前提は同じで、さらにスマートフォンのゲームはスナック感覚で気軽に楽しめる必要がある、ということになる。
ここで“時間”についての興味深い考えかたが語られる。それは、人に10分間の暇があったとして、そこでどんな遊びを提供するか、という話だ。森下氏によれば、10分間であれば、5秒でひとつのターンが終わるぐらいのゲームデザインが必要なのだという。10分間で10分まるまる遊ばせようとするのは、ナンセンスなのだとか。ちなみに、『パズドラ』は、ひとつのドロップを動かすのに4秒間。4秒動かした後に止めておくこともできる。こうしたショートタームによるデザインをベースに、パズルだけでは飽きられないように、RPGやハックアンドスラッシュの要素をいれたのが、『パズドラ』なのだ。
ゲームのコンセプトが語られた後は、運営の話だ。日本には、“おもてなし”という言葉がある。英語では“ホスピタリティー”がそれに近いが、かなり日本独自の言葉だと森下氏は説明した。ゲームがどんなにおもしろくても、サービスが悪いとユーザーは離れてしまう。スマートフォンのゲームやオンラインゲームは継続的なサービスなため、顧客満足度の高いサービスを提供することが重要だという。そもそも、サービスに問題があってはいけないのだが、オンラインゲームにはトラブルがつきものだ。そうした場合でも、SNSやWebサービスを使って迅速にインフォメーションを行い、そのお詫びとしてユーザーに課金アイテムを配布する。本来であれば、メンテナンスはユーザーの怒りを買うことも多いのだが、課金アイテム欲しさに、メンテナンスを待ち望むユーザーまで出てくるという珍しい状況になっているのだとか。
こうしたゲームデザインのポリシーやおもてなし精神の結果、ユーザーの継続率やマンスリー/デイリーのアクティブユーザーは、これまで見たことのない数字になっているという。しかし、これはあくまで結果論だと森下氏は強調する。方法論だけをトレースしても(そもそもトレースするのも難しいが)、大ヒットが生まれるわけではない。とにかく、おもしろいものを作り続けることだけが、森下氏の真実なのだ。
ゲーム開発においては事業計画もない。予算も決めない。
森下氏はあくまで現場主義で、あまり社長業というものをやらないらしい。そうしたなかで、ふたつの口癖があるという。
「もっとおもしろいことを思いついた!」
「こっちのほうがおもしろいから、仕様を変更しよう!」
社長らしからぬ口癖である。度重なる仕様変更は、作業が巻き戻ったりするし、もちろんお金もかかる。しかし、予算を意識すると、判断がブレる。ゆえに、現場では判断がしづらくなる。そうならないために、会社のトップがクリエイティブのトップもやる。それが森下氏の考えだ。ちなみに、ガンホー・オンライン・エンターテイメントでは、ゲームを開発するうえで事業計画を立てず、予算も立てないのだそうだ。おもしろいと思うゲームがあったら開発するというスタンスでこれまで貫いてきているらしい。費用が決まり、期間が決まると、どうしてもこだわり抜けなくなる。トップが率先して仕様変更をくり返すことで、現場もおもしろいものを生み出すための躊躇がなくなるというわけだ。ただ、こうしたやりかたは大きなリスクもあるように思える。じつは、森下氏は、『ラグナロクオンライン』のヒットで会社が上場した後、経営のマネジメントに集中しようとした時期があったという。しかし、拡大していく組織や予算の中でクリエイターを苦しめ、何のいい結果も生まれなかったという苦い経験があるのだ。そうした状況に非常に悩み、たどり着いた先が、現在の方針である“最高におもしろいゲームを作る”ということになる。自身を「とんでもない社長」と表現するが、「最高のゲームを作っていけば、必ず誰かが見ていてくれて、誰かがプレイしてくれて、誰かがそのゲームを広めてくれる。そうした運をつかめればなと思っている」と、ゲーム作りに対する真摯な想いが語られた。
森下氏は今年で40歳になる。この業界に10年いてわかったことのひとつは、“ゲームが作れることはとても幸せなこと”だという。ゲーム開発者はライバルではあるけれど、いっしょにゲーム業界を盛り上げていきたいと語り、講演を締めくくった。
会社のトップが開発に入り浸りであったり、事業計画や予算も決めないゲーム開発は、ガンホー・オンライン・エンターテイメントならではのやりかたと感じられなくもないが、会社の規模が大きくなってもそれを実践していることは事実であり、何より生み出される作品がそのスピリットを証明している。つねにユーザーのほうを向き、自分がおもしろいと思えるものだけを作り続けるガンホー・オンライン・エンターテイメント。コンソールゲームにおいても、その動向が気になるところだ。