コミュニティとともに生きる――『ラ・ムラーナ』のNIGORO楢村氏が“プレイヤー殺しの男”となったワケ【GDC 2013】_02

 3月25日より3月29日までサンフランシスコのモスコーニセンターで開催中の、国際的ゲーム開発者会議GDC 2013(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス 2013)。
 開催4日目には、PCやWiiウェアで配信されているアクションアドベンチャーゲーム『ラ・ムラーナ』を開発したNIGOROの楢村匠氏による講演が行われた。

 楢村氏は序盤ではおもに、日本におけるインディーゲームの状況を氏の視点から説明。それを踏まえた上で、中盤以降はNIGOROの前身であるGR3 PROJECT時代にフリーソフトとして開発した『ラ・ムラーナ』を、どう現在ダウンロード販売されているリメイク版にしていったかの過程が明かされた。

欧米のインディーブームと、日本からの“壁”を破るということ

 楢村氏はまず、日本のインディーゲームの状況について、欧米のような学生の実験的ゲームやプロの小規模チームによる商用作品までが渾然一体となった発展をする前に、同人ゲーム、フラッシュゲーム、スマートフォンゲーム、フリーゲーム……といったように細分化される形でそれぞれが発展してしまったと説明。
 そして、個人製作のゲームのアイデアがパブリッシャーなどに買われて製品化されることはあっても、シーンとしての一体となった力がないために、オリジナルのクリエイターの名前はほとんど出ないような状況だと語る。

 では、数々の成功譚が語られる海外のシーンに乗ればいいのだろうか? 話はそう簡単に行かない。海外進出を狙うにあたってNIGOROが直面したのは、日本から世界に発信する際の“壁”だ。
 気質も違うし、英語の問題もある。そして、英文での契約などのやり取りにかかりっきりになってしまうなど実務的なハードルも高く、経験の少ない小規模チームが直接海外と交渉するのは難しいと感じたそう。

 そういった状況を解決したのが、Playismの存在だ。Playismは海外の優れたインディーゲームを日本語化して国内向けに配信するとともに、日本の優れたインディーゲームを英語版で海外へと発信しているパブリッシャー。
 経営母体のアクティブゲーミングメディアは元々ローカライズ業務などを行なっている会社であるがゆえに、英語での契約からリリースまでの作業を提供可能。しかもPlayismだけでなく、海外のさまざまなデジタルプラットフォームで配信するサポートをしてくれるので、クリエイターはゲーム制作に集中できるというわけだ(事実、記者がPC版『ラ・ムラーナ』を購入したのはポーランドのCD Projektが運営するGOG.comだ)。

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 そして『ラ・ムラーナ』は、最大手のデジタルプラットフォームであるSteamでも4月15日より配信決定。これは、Steamで配信してほしいタイトル選定にユーザーが関わるシステム“Steam Greenlight”で多くのファンが協力したおかげだ。
 しかし、Steamを使っている日本人ファンは多数いても、英語が飛び交うコミュニティにまで入っていく人はあまりおらず、海外のコミュニティからの票がないと、ローカルに人気を獲得している欧米のインディーゲームが並んでいるSteam Greenlightで勝ち抜くのは難しい。
 だが実は『ラ・ムラーナ』には、熱心なファンが海外で英語翻訳版を制作したことにより、オリジナル版からすでに海外でのファンを獲得しており、海外市場に挑戦しようと思ったのも、海外のコミュニティがすでにあったからだという。

 すでにSteamで配信されている日本のインディーゲームもあるが、海外のパブリッシャーから声がかかったものがほとんどだと楢村氏。
 日本では開発費の回収に限界があるものの、海外に出ようとしても海外進出の壁にブチ当たり、海外から逆に声が掛かるのを待つか、自力で海外のインディーゲームコミュニティに宣伝するしかないという壁を今回Steam Greenlight通過まで成し遂げたことで、こういった状況に今後道が拓けていくのではないかと期待していた。

“プレイヤー殺しの男”として生きることを決めた理由

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 さて、『ラ・ムラーナ』のリメイクにあたっては、コミュニティから意見や感想がすでに出ている作品であったことが参考になったという。
 意見をまとめると、評価されていたのは「この時代によくぞこれだけ手応えのあるゲームを出した」という部分だったそう。

 難度が高ければ受け入れる人も少数だろうと「自分でも理解していた」という楢村氏だが、建築家として個人事務所を経営していた父の、小さな規模でやるならば大手ができないことをやるべきだという言葉を信じ、簡単にするようなことはせず、リメイク版も“開発者からの挑戦状”として、これまで支えてくれたファンも楽しませることを念頭に開発することにしたそう。

 開発は2年かかったが、その間の状況をオープンにして、コンテンツとして公開することを選択。これは開発過程を秘密にしてしまうとファンからは沈黙にしか見えず、忘れ去られてしまうことを避けたかったからだという。
 ストーリーや謎解きが多いゲームはその性質上、情報を制限することが多いが、『ラ・ムラーナ』の場合は一度リリースされているタイトルであり、応援してくれるファンはそういった部分をすでに知っている人であるということが、この選択を可能にしたのだ。

 楢村氏はオリジナル版について、レトロゲームにつきものだった容量の問題を、レトロゲームのタッチをキープしつつも当時は不可能だった大容量にしたものであると説明。しかしこれが逆にディレクションをまとめきれていないという難点があったとする。
 そこで何が評価されて何が酷評されたのか、ファンの反応を分析し、理不尽、面倒と思われた部分をブラッシュアップし、UIも最適化の方向へ。
 リメイクがオリジナルのテイストを失ってしまうのはファンへの裏切りであり避けるべきとする一方、何も変わらないのも問題であり、いい意味でファンを裏切る部分も必要であるというのが楢村氏の考えだ。

 一例として挙げられたのは、とあるボス戦。横からの攻撃を想定して設計していたものの、ボス直上の床に居座ることで簡単に倒してしまう動画があり、「上の床がなければいいのに」というコメントがついていたそう。
 普通なら床を完全になくしそうなものだが、実際のリメイク版では、ボスが突然上の床を壊すように変更。上に入れば勝てると油断していたファンほど、このトラップにかかるというワケだ。
 ただコミュニティの意見を取り入れるのではなく、自分の考えと合わせた上で最適なデザインを行って、オリジナル版を遊んだ人でも新鮮な気持ちで遊べるようにするのが重要だと語っていた。

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▲「ここ床なきゃいいんじゃね?」
▲例の床はあるのだが、演出がパーっと入って……。
▲グシャー。
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 リサーチにはニコニコ動画などにアップロードされたプレイ動画をかなり参考にしていたそうで、複数のプレイヤーの動画を見ていくことで、『ラ・ムラーナ』が上手い人と下手な人の違いなどもわかってきたそう。
 楢村氏はレベルデザインを行う際に、どこから先に進めるかがそれとなくわかるようにするなど、いくつかのデザインルールを決めているそうなのだが、いわゆる“上手い人”は画面全体を見てその違いを察してくれて「目が離せないゲーム」と思う一方、“下手な人”はプレイヤーキャラクターの周囲しか見ておらず「何が起こっているかわからない」という反応になってしまうのがわかったそうだ。

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▲だが作り込んだ世界にガイドは入れるのも、メッセージを出してプレイヤーの興奮を妨げることもしたくない。少し画面エフェクトを出すことで対応するにしても、すべての人に気づいてもらうにはこれぐらい出さなければいけないかもしれない……。

 しかし、こうして助けてくれたファンに応えるため、より一層、オリジナル版を楽しんだ人でも新鮮な気持ちで楽しめるようにと、簡単とされていた部分を調整したり、飽きがこないようにトラップを配置したりと努力したのに、リメイク版の販売後「プレイヤーを苦しめるのを楽しんでいる開発者だ」という“風評被害”がやってきたと楢村氏。
 本心はともかく、いわく、トラップはプレイヤーに驚きを提供する仕組みであり、それが理不尽とならないようにそれとなく演出したり、序盤では仕掛けを見せて、中盤では組み合わせ、終盤では慣れたものにひねりをくわえるなど、ちゃんと段階を踏んでまでいるのに、というのだ。

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 実際『ラ・ムラーナ』はトラップに殺されまくるゲームだが、実はこれがプレイヤーを結びつけていた。プレイ動画などが上がり始めると、プレイヤーの失敗を笑うのがコミュニティの楽しみのひとつとなり、ひっかかった初心者の側も笑うように。プレイヤーコミュニティは、“開発者からの挑戦状”に対して共通の苦しみを味わった絆で結ばれるようになったのだ。

 ちなみにこの失敗で盛り上がる傾向は海外のプレイヤーも同様で、日本のゲームが海外でなかなか受けずに苦戦するというが、ゲームの反応は同じではないかとの考えを示していた。

 楢村氏は、ゲームが娯楽である以上、作っている側の自分たちも楽しむべきであると語る。
 またマンガや小説が作家の名前で選ばれるように、インディーゲームも「この人達が作ったから」という理由で選ばれるようにならなければ、AAAがある中で勝負できないと考えているそう。
 だからこそ、それでユーザーに喜んでもらえるならば“プレイヤー殺しの男”として君臨すべく、最近ではプレイヤーの絶叫を肴として“メシウマ”で楽しむそうだ。

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 最後に楢村氏は日本のインディーゲームコミュニティについて話を戻し、ようやく日本のゲームで育った世代によるインディーゲームが世界で配信される環境が育ってきたのだと語った。
 そして昨年のGDCであった、昨今の日本のゲームをなじる「Your Games just suck」という発言に触れ、激励の言葉だと解釈していると述べて、これを日本のインディーゲームシーンがその言葉により奮起した作品をリリースしていく契機とし、自分も仲間たちと作品を発表していきたいと一年越しの“返答”を返し、講演をしめくくった。