創造を妨げる“ヤツ”の正体

 世界中のゲーム開発者が集い、最新技術やゲーム制作の過程などを解説、紹介する国際会議“GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2013”が、現地時間の3月25日~3月29日の期間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催中。この記事では、京都に本社を構える開発会社、“Q-Games(キュー・ゲームス)”の代表取締役であるディラン・カスバート氏の講演をリポートする。

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 そもそも、ディラン・カスバートって誰? という人もいるかもしれないので、紹介しておこう。ディラン氏は、イギリス出身のゲームクリエイター。17歳のときにプログラマーとしてキャリアをスタート。スーパーファミコンの『スターフォックス』で採用された“FXチップ”の開発などで知られるアルゴノート・ソフトウェア(当時)に籍を置き、両社の契約で任天堂と仕事をすることになる。任天堂では、ゲームボーイ用ソフト『X(エックス)』や、前述の『スターフォックス』の開発に関わり、その後はソニー・コンピュータエンタテインメントアメリカ、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンと渡り歩いた。ちなみに、プレイステーション2の技術デモである『お風呂に浮くアヒルちゃん』は、ディラン氏によるものだ。そして、2001年9月にキュー・ゲームスを設立。看板タイトルである『PixelJunk(ピクセルジャンク)』シリーズや、任天堂タイトルの開発にも携わっている。

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 今回の講演は、ゲーム作りにおいて創造の妨げとなる要因、要素を、ディラン氏の実体験をもとに解説していくというもの。ディラン氏は、これまで20タイトルほど手掛けてきているが、ゲーム作りを“詰まらせる”存在を、“occlusion(オクルージョン)”と呼んでいる。単語の意味としては、“何かを閉鎖するもの、ジャマするもの”だが、ゲーム作りにとってのオクルージョンは、時に物体であったり、時にアイデアであったりする。

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 いろいろなことをやるにあたって、ディラン氏の方法は以下のようなポイントや傾向があるという。

・いくつかのアイデアを並行して構築する
行き詰まったときに困らないように、オプションを用意しておく。

・しかし、それは混乱を招くやり方かもしれない

・自分はプログラマー出身なので、テクノロジーに影響されがちである
テクノロジーは、オクルージョンを取り払うための方策にはなり得ない。テクノロジーがゲームデザインにどう役立つかは最後までわからないので、手を広げた後にまとめればいい。

・そして、スケジューリングは難しい
自分は一度に何かを決めるのは嫌いだが、パブリッシャーは一度に決めたがる傾向がある。

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 さまざまな可能性を見据えて作っていくが、けっして行き当たりばったりではない。そこで引き合いに出されたのが、イギリスのアーティスト“ロルフ・ハリス”。彼は子ども向けに絵を描いていたが、何を描いているのか最後までわからないことで有名だったらしい。また、ディラン氏は量子論にもたとえ、物事はチェーン・カスケード(ある行為によって、イベントが鎖のようにつぎつぎと起こること)なので、最初の部分を慎重に構築すべき、そして不定であるものを排除すべき、とつけ加えた。

『スターフォックス』が生まれるまで――任天堂・宮本さんとの仕事の中で気づかされたこと

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 そして講演は、ディラン氏が19歳のころ、任天堂で仕事をしたときの話へと移る。イギリスのプログラマーが日本の環境で仕事をするというのはたいへんだったが、「3Dシューティングを作るんだ!」と、勢い込んで日本にやってきたディラン氏。しかし、その目的を果たすまでは、紆余曲折あったようだ。

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『スターフォックス』で学んだこと 【その1】
・ゲーム作りにおいて、“これが入ってないといけない”ということはない。たとえそれが、とても優れたアイデアだとしてもである

 当時、ディラン氏は、アイソメトリック・ゲーム(日本で言う、クォータービューのゲーム)を始めとして、いろいろなアイデアを持ていた。クールなものが好きだったが、1980年代に開発を始めたものは、ひとつも完成しなかったという。つまり、どんなに発想が豊かで、斬新なものであっても、プロジェクトが進まなければ意味がないということだ。これは、商業ベースでゲームを作るうえで、大前提になることだろう。

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『スターフォックス』で学んだこと 【その2】
・前提になっているものをもう一度検討する

 任天堂では、3Dローミング(3D空間を自由に動き回れる)のシューティングゲームを作ろうとしていたが、宮本さん(宮本 茂氏。言わずと知れた、任天堂の世界的クリエイター)がアイデアを出しては、それを除外し、また何かを追加しては除外する、といったことをくり返していた。ディラン氏が1ヵ月ほどイギリスに帰り、日本に戻ってくると、宮本さんは「問題が解決できた」とディラン氏に告げる。それは、3Dローミングをやめ、決められた方向に自動的に進行する(ディラン氏はレールに乗せる、と表現)ことですべてがうまくいくし、任天堂クオリティーのゲームになる、ということだった。

 しかし、この宮本氏の“ちゃぶ台返し”は、これまで構築してきたさまざまなものを取り除く必要があり、とてもたいへんなことだったらしい。言葉の壁もあり、かろうじて失言は避けたが、“もう、どうにでもしろ!”とディラン氏は思ったとか。ここで会場は笑いに包まれた。

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『スターフォックス』で学んだこと 【その3】
・アイデアを作っては壊し、その陰にあるものを見つける

 そうして、当初考えていた3Dフライトの“スターグライダー”から、2Dフライト(グラフィクスの表現は3D)の『スターフォックス』に変わることになる。この、クールなアイデアの“除外”により、ゲームには多くの魅力が生まれている。

・武器のコントロールやボスバトルはより楽しくなった

・一人称視点から三人称視点になり、翼へのダメージやローリングもわかりやすくなった

・決められた進路をたどるので、敵との遭遇が“イベント”になる

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 3Dローミングはゲームの大きな指針ではあったが、そこに固まってしまい、ほかのやりかたを考えられなくなっていた。これはオクルージョンの典型例であり、クールなテクノロジーがかえってジャマをしていたことになる。そうしたなか、宮本さんとチームがいいアイデアを出してくれたので、プロジェクトを進めることができたのだそうだ。

 こうした例は、任天堂のほかのタイトルにもあるという。

【取り除いてうまくいったもの】
・ニンテンドウ64『ゼルダの伝説 時のオカリナ』→ジャンプキーを排除
・ファミコン『ゼルダの伝説』→ゲーム導入時の武器

 とくに、ファミコンの『ゼルダの伝説』は、初期状態で武器を持たないというのは当時とてもユニークなことで、武器の入手やその操作方法を説明することなく、自然とゲーム内で教えることができている。

 こうした、ゲーム作りのジャマとなるオクルージョンは、決して悪いことばかりでもない。任天堂の宮本さんが実践したように、構築→破壊→発見というサイクルの中で生まれることも多い。アイデアを構築すると、必ずその陰となる部分も同時に生まれていて、そこにアイデアが隠れていることもあるという。ゆえに、アイデアを壊すことは楽しいし、いきなり突破口が見えることもあるとディラン氏は語った。

 ディラン氏が手掛ける『PixelJunk(ピクセルジャンク)』シリーズも、こうしたオクルージョンの排除を行って、ゲームをシンプルかつ深みのあるものにしている。

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Pixeljunk Monsters(ピクセルジャンク モンスターズ)』は、タワーディフェンス型のゲームだが、プレイヤーの武器をなくし、ゲーム中に意識する要素はコインだけにした。これによって、塔をアップグレードするといった、ほかのアイデアも生まれたとのこと。

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Pixeljunk Shooter(ピクセルジャンク シューター)』は、地底世界を舞台にしたアクション・シューティングゲーム。これは、一般的なシューター系タイトルにあるようなHPシステムや、重力の要素を排除。これにより、ユニークな操作感覚、バトルを実現している。

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現在開発中の『PixelJunc Inc.』でも、オクルージョンの排除がゲームデザインの根底にある。

 このようにして排除した要素は、開発の過程でまた復活させてもいいのだそうだ。たとえば、シューター系のゲームであれば、一旦銃の要素を削り、それで感じたことを踏まえつつ、再度ゲームフローに銃を取り入れることで、ゲームに深みが出ることもあるという。

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 ディラン氏は最後に、この講演のまとめとして、

・システムは作って、壊す
・前提になっていることを疑う
・プレイヤーの自由度は、ときとしてジャマになることがあるのでやり過ぎに注意する
・アイデアの“陰”に何が隠れているか検討する
・アイデアの構築は順番が重要。ランダムに出てくるものではない
・構築→破壊→発見→復活 の図式がオススメ

と結んだ。

 斬新なアイデアだけでは、ゲームをおもしろくすることはできない。同時に、テクノロジーの乱用も同じだ。任天堂のゲームは、ある種の“制約”によって、ゲームをよりシンプルにし、深みを出しているが、『スターフォックス』の開発の裏側を見ると、決して最初からゴールが見えていたわけではないことがわかる。ディラン氏が語った、“構築→破壊→発見→復活”のサイクルを、どれだけ効率よく、そして論理的に進めていくかが、ゲームのクオリティーアップ、ひいてはゲームの“成立”には重要なのだろう。