ゲームは芸術か? 『アウターワールド』のエリック・シャイ氏×上田文人氏×水口哲也氏×寺田克也氏という豪華対談をリポート!

2013年2月15日、エリック・シャイ氏、上田文人氏、水口哲也氏、そしてイラストレーターの寺田克也氏らが対談するトークイベント“ビデオゲーム:今世紀の芸術といえるのだろうか?”が行われた。

 アンスティチュ・フランセ日本では、2013年2月9日から3月3日にかけて、フランスのデジタル・カルチャーと先端映像表現を紹介するメディアアート月間“デジタル・ショック 2013”を各地で展開中。
 その一貫として、アドベンチャーゲームの名作『アウターワールド』のクリエイター、エリック・シャイ氏の関連作品や資料を展示したエリック・シャイ展が、東京都千代田区のアンスティチュ・フランセ東京のギャラリーで、3月4日まで展示中だ。
 そして2013年2月15日、同会場で、エリック・シャイ氏、上田文人氏、水口哲也氏、そしてイラストレーターの寺田克也氏らが対談するトークイベント“ビデオゲーム:今世紀の芸術といえるのだろうか?”が行われた。


DSCF7205.JPG DSCF7206.JPG DSCF7207.JPG

▲アンスティチュ・フランセ東京の2階で展示中。『アウターワールド』以外にも、近作や初期作品なども見られる。ロトスコープ(実写映像をトレースしてアニメーションを起こす手法)に使った小道具なども展示されている。レアすぎるよ!

●20年後もいまだに語られるカルト・クラシック『アウターワールド』

 というわけで議論の内容を紹介する前に、一応『アウターワールド』について紹介しておこう。
 日本でもスーパーファミコンや3DO向けにリリースされた『アウターワールド』(英題:Another World/Out of This World)は、1991年に発売されたアクションアドベンチャーゲームだ。ポリゴングラフィックによる映像で、テキストやセリフによる説明がほとんど行われずに進んでいく異世界での冒険は、影響を受けた作品やフェイバリットに挙げるクリエイターも多い。
 とにかく主人公がやたらと死ぬゲームで、プレイヤーはヒントもろくに与えられず、当時攻略Wikiなんかがあるわけもなく、試行錯誤しながら1歩1歩這うかのように進むしかないというハードコアな作品である。20周年記念版がスマートフォン/タブレット向けにリリースされているほか、Windows 8にも対応したPC版(15周年記念版)はGOG.comなどで購入できる。


1.jpg 4.jpg

▲15周年記念版での画像。

chahi.jpg

 エリック・シャイ氏が本作を作ったのは24歳の時。制作のほぼすべてを単独で行ったというのは有名な話だ。シャイ氏個人の非常に個人的な感覚が詰まった作品と取ることもできる。
 開発にあたっては、ストーリーの行く末なども決めず、インプロビゼーション(即興)的に作ったそう。奇想天外なこのSF作品は、ゲームをしているプレイヤーの気持ちになって世界に入り込みながら開発する過程で、徐々に築かれていったものなのだ。

 これまで影響を受けた作品は幅広く、さまざまな名前が挙がった。ダイナミックな肉体描写で知られる、アメリカのコミック作家リチャード・コーベンからは内臓から湧き出るようなパワーを、シュルレアリスム的な作風で知られるポーランドの芸術家ズジスワフ・ベクシンスキーからは『アウターワールド』のような超然とした異世界の感覚を、そして大友克洋や鳥山明らの描写にも影響を受けているとのこと。
 また近作『From Dust』では、旅行中に砂漠や火山などの自然から得たインスピレーションを大事にしているのだという。偉大な自然環境の中で、人間はどれだけの位置を占めるのかという疑問が反映されているそうなのだが、このテーマは、同作をプレイし、神の視点になって地形を自在に操作して人類に干渉したならばすぐに理解できるだろう。

 さて、上田氏は、大学生時に友人が『アウターワールド』をプレイしているのを見て、“モニターの向こうに世界がある”感覚に衝撃を受けたそう。寺田氏も、一枚絵の背景ではないCG世界で起こっていることへのリアルな感覚に驚いたと振り返る。『アウターワールド』を20年後に未だにクリエイターに語られる作品たらしめるものは何なのだろうか? そしてこれは芸術と呼ぶべきなのだろうか?


●ゲームはアートとして作られるものではない――だが、それでもにじみ出る何か

DSCF7228.JPG

▲左から寺田克也氏、水口哲也氏、エリック・シャイ氏、上田文人氏。

 シャイ氏、『ICO』や『ワンダと巨像』の上田氏、『Rez』、『Child of Eden』などのタイトルを持つ水口氏らは、いずれもその作風が「アーティスティック」という言葉で表現されることがあるが、トークセッションで3人とも口々に答えていたのが、アートを作ろうとしてゲーム開発をしているわけではないということ。

 芸術の定義について最初に問われた上田氏が、日本国内ではビジネスにおいてアートという言葉が「ひとりよがり」、「商業的でない」、「わかりにくい」といった意味を内包することに触れる一方、水口氏も、ビデオゲームが商品である以上、「アートだと言った瞬間にしっくりこないところがある」と述べ、シャイ氏も「アートというラベルは居心地が悪い」と同じようなことを語っていた。
 しかし、それでも3氏の作品は、しばしばアートの文脈で語られるわけだ。この話の難しいところはここにある。

 ではそもそもアートとは何か? エリック氏は、芸術としての評価が文化や時代によって変化すること、そしてそれは主観的な判断でもあると指摘。そのうえで、“思考の運動”、つまり新たな視点を与え、それまで見えなかった側面を明らかにしてくれるもの、新たな知覚を得られるものがアートではないかとの考えを示した。
 これに水口氏と寺田氏も同意し、水口氏は「触れた時に人間的なものをむき出しにする力があるもの」、「新たな視点をもたらし、見方を変えることで新たな意識のスイッチを入れるような、人間に作用するもの」だと表現、
 寺田氏は、「視点に振動を与えるもの」と表現。人の内面に振動を起こし震わせるものであり、音楽にしても映画にしても、その振動を与えるために創作がなされるのだとの見方を提示していた。

 そう、シャイ氏が指摘したように、芸術としての評価は時代によって変化し、当時はあくまで仕事として作成した製品が、現代で立派に芸術として捉えられていることが多いのも事実だ。寺田氏は浮世絵を例に挙げ、自分を表現するために描かれていたわけではないと指摘。制作の動機よりも、その時代その時代の何かをまとっていることが大事なのではないかと推測していた。


●ゲーム体験と、インタラクティブアートとしてのビデオゲーム

 もちろん、仕事だからと言って、ただ作っているわけではない。エリック氏の言葉を借りれば、商業的な制約がある中で、それでも乗り越える何かがあるかが重要なのだ。
 例えば水口氏が、ワシリー・カンディンスキーらの目指した、シナスタジア(共感覚)をゲームに実現することを追求してきたのは、過去作のインタビューなどでもしばしば語られるところだ。
 だが絵画がある瞬間の世界の真実を描き出すのに対し、ゲームは時間の流れの中に沿った連続的な体験という形を持ち、少々異なる。その連続的な体験の中でいかに本能を刺激して、総合的な感覚の化学反応を起こし、新しい体験を作り出すかがゲーム開発における醍醐味だというのが水口氏の考え。


 ゲームからの影響について問われた寺田氏が答えたゲームの特性も、また“体験”だ。直接的な影響こそないものの、南米やテーブル・マウンテンへの旅行と同列に、『ICO』や『アウターワールド』で遊んだ感覚・経験が記憶されており、創作の源となる自分を形作る経験のひとつとなっているのだという。

 インタラクティブな体験としてのビデオゲーム。シャイ氏は『ICO』で、ヨルダの手を離して、彼女が影に連れ去られてしまった時のことを「これほど強い感情は映画では感じられなかった」と振り返る。なぜ自分は彼女を助けられなかったのかという自責・後悔の念。そういった感情があるからこそ、影が出現した音を聞くと、「助けに行かなくては」という意思とともに行動するようになるのだと解説していた。


●あえて余白を残すということ

19169img0075.jpg

 ここで上田氏は、かつてゲームデザイナーとして、ビデオゲームでしかできない表現とは何なのかを悩んでいた時期があったことを明かした。結局、物語を物語るメディアとして、ビデオゲームは臨場感と感情移入度が増す演出手法であると結論づけたそうだ。
 この発言に対して水口氏は、ゲームにおけるアートを考えた際に、上田氏が『ICO』でヨルダに明確なセリフを与えなかったように、すべてを完全に示さず、あえて想像するよう仕向けて、補完する人間の本能を喚起し続けることも重要だと指摘。「なんだこれ」と言われても、そこにこめた何かに気付いてくれることを信じて作品作りをしている点が3人の共通項ではないかと語った。

 そして実はこの部分、上田氏いわく、『アウターワールド』に大いに勇気づけられたのだという。シャイ氏は『アウターワールド』があのようなスタイルになった理由について、「(いまこうして答えに窮しているように)口語表現が得意ではないから」と謙遜しつつ、プレイヤーがイメージを広げるような空間を生み出したかったのだと明かした。小説と同じような意味の余白を残すことで、逆に強く物語が印象に残り、長く語りうる作品となるのかもしれない。


 寺田氏はこういった議論に対して、自身の奇妙な体験を披露。(同氏が影響を受けた)メビウスやエンキ・ビラルらバンド・デシネ(フランスのコミック)を10代で手に取った時にはフランス語のセリフがまったく読めず、絵の力にショックを受けながらも物語については意味を推測するしかなく、自分が絵の世界の中に飛び込み、どう行動するか自分の話として決定していく体験であったという。ちなみに物語は「下手すると翻訳された物よりおもしろいもの」になっていたりもしたそうだ。


●インディーブームは作家時代の幕開けか

 実はシャイ氏、現在はインディペンデントの立場として活動しているそうで、個人の責任において作品を探求し、止めようと思えばすぐにやめられる自由な立場を満喫しているとのこと。「(収入が減り)毎日スパゲッティしか食べられないかもしれない」と楽になったわけではないことを強調しつつも、昨今のインディーブームから、「短すぎる」とか「売れない」といったようなパブリッシャー的重圧から離れた作品が出てきていることを称賛していた(ちなみに最近のオススメは『Proteus』というタイトル。公式サイトから10ドルで購入できる)。


 寺田氏も「突き抜けたインディーだけが本当の影響力を与えられると思う」と語り、多くの人に影響を与える大友克洋や手塚治虫の本質も、そういったマイナーなところから押し進んでいく強さにこそあるとの考えを示した。

 先日フリーランスとして活動していることを発表した上田文人氏も、現在のインディーブームはウェルカムと表現。ゲーム開発のための敷居が下がっていることで、チャンスが増えた一方競争も厳しくなっているとしながらも、そこでオーラを放てるものは芸術性が高いものと呼び得るのかもしれないと語っていた。

 水口氏はクラウドファンディングなどでマーケティング的なプレッシャーから解放された制作環境の出現などにも触れつつ、「僕は10年ぐらいやり続ける物をやりたい」と語った。もちろん大ヒットするにこしたことはないのだが、10年間遊ばれたり、語られるようなゲームの多くは、発売時点でのセールス自体はそこまででなかったりするのはご存知の通り。「記憶に刻まれる力が強いものって消えてない」と水口氏は語ったが、あるいはそういったものが、人によっては芸術性の高いゲームと捉えられるのだろう。


●未来への展望

 最後に、各氏が今後の活動の展望について語った。
 寺田氏はデジタル制作をいち早く取り入れてきたものの、最近はライブへの欲求や、デジタルコピーではないオリジナルの絵へ回帰していく感覚があるそうで、以前は積極的でなかった展覧会を開催しているのもそういった文脈にあるのだという。3月16日より京都国際マンガミュージアムで、“寺田克也 ココ10年展”と題し、ここ10年の仕事を総覧する展覧会をやるとのこと。ライブドローイングなどのイベントもあるそうなので、お近くの人はいかがだろうか。

 水口氏はシナスタジアをこれからもテーマにしつつも、「センセーショナルなものを作りたい」と語った。言葉にできない、「何だろうなこれは」という感覚を大事にしつつ、「昔とは全然違う」という驚きがあるものを提示していきたいそう。

 シャイ氏は、現在惹かれているテーマを「うつろいやすさ」、「はかなさ」、「非恒久的なもの」と表現。『From Dust』にあったような、人間の存在の小ささ、無常感といった感覚も、さらに掘り下げて行きたいと語った。またゲームの未来については、インプロビゼーションに基づいたゲームを見てみたいそう。世界にプレイヤーが干渉することでストーリーが形成されていくようなものを期待しているそうだ。

 最後に上田氏は、芸術とはなんなのか、自分の作品がアートだと言われることをどういうことか考えてきた中で、このイベントでの議論から、芸術性が高いということは商品としての耐久性が高いことであるのかもしれないと語り、それならばこれからも耐久性のあるコンテンツを今後も作っていきたいとの意向を語った。


●各氏へのショートインタビューもお届け!

 いかがだったろうか? 各氏にご協力を頂き、イベントの前後に行ったショートインタビューも収録できたのでそちらもお届けする。完全にファン視点で話を聞いちゃっているのは、そこはあれだ、大変申し訳無い。というわけでまず最初はエリック・シャイ氏へのインタビューからどうぞ!

■エリック・シャイ氏


DSCF7209.JPG

――なぜゲームに惹かれたんですか? 例えば表現活動であれば、歌を歌うこともできたかもしれないし、映画を作ることも出来たかもしれない。でもエリックさんはゲームを作ったわけですよね。
エリック・シャイ(以下、エリック) もともとはアーケードが好きだったんです。『ゼビウス』や『ディフェンダー』などが印象的でした。ゲームセンターは周りにあまりなくて、子供だったので中々入る機会もなかったのですが、毎年夏休みになると両親が連れて行ってくれることがありました。音や雰囲気など、何もかもが印象的でしたね。それでビデオゲームに惹かれるようになったんです。『アウターワールド』はその延長上にあります。

――ひとりでゲームを作ることと、チームを率いてゲームを作ること。エリックさんにとってこのふたつの違いはなんですか?
エリック そうですね、同じゲーム作りでも大変異なるプロセスになります。さまざまな経験をしてきましたが、初期の作品ではとても実験的でしたね。本当に最初はゲームセンターでやったゲームを真似したくて開発し始めて、そこからやがて、自分ならではの表現を入れたくなってくるんです。
 大きなチームで働くと、自分が感じているものをきちんとメンバーに伝えなければいけないという難しさがあります。自分の中にある目標やイメージを正しく伝えるのは、面白くも大変な作業です。『Heart of Darkness』では『From Dust』よりは簡単でした。ひとつのチームに伝えれば事は済みましたから。でも『From Dust』では大きな会社、大きなチームですので、パブリッシング部門や経理部とか、いろんな部署ともやりとりをしなければいけません(笑)。

――最近はインディペンデントに戻る人も多いですね。昨年などは、あのピーター・モリニューですらインディーゲームを発表しました。
エリック いま、訳す前に何を言ったかわかりましたよ(笑)。私も今年からひとりでゲームを作ろうと思って、一年間ぐらいとってプログラミングを学び直しているんです。大きな会社と働けば大きな予算が得られますが、私はクリエイティブの自由が欲しくて。ひとりでやっているのなら、プロジェクトの変更だっていつでもできますから。

――これは質問ではないんですが、アドベンチャーゲームを出してKickStarterしたら僕はお金払いますよ!
エリック ハハハ、クラウドファンディングを使う予定はないんですけどね(笑)。えぇと、クラウドファンディングを使って出資してもらうと、ゲーマーに対して責任を取らなければいけなくなってしまいます。私は今はもっと実験して、プロトタイプを作って可能性を模索したいんです。

――では、ゲームの話に戻りましょう。僕は『アウターワールド』で、ちっちゃい毛虫のようなものに当たって死んだ時に「なんだこれは!」ってびっくりしたんです。でも最近もそういうゲームがまた増えて来ましたが、何度も死んで「なんじゃこりゃ!」ってなるゲームはおもしろくなってくるのも事実ですよね。『アウターワールド』がいっぱい死ぬゲームになったのはなぜですか?
エリック 当時はゲームでは、負けるのは死ぬことでした。でも毎回同じ死に方をするようなゲームにちょっと物足りないところがあって、そこで死ぬ方法をいろいろ考えるようになったんです。『Infernal Runner』というゲームをコモドール64から移植したことがあるのですが、あれにもさまざまな死に方がありました。
 一番の目的は、そうすることによって、脅威のある世界を作りたかったんです。脅威をあらわすには、さまざまな死に方を用意するのがいい方法でした。

――ゲームに“フレンチ・タッチ”(フランス風)はあると思いますか? ダフトパンクでもセルジュ・ゲンズブールでも、「あぁなんかアメリカじゃないなぁ」っていうオリジナリティがあります。『アウターワールド』もすごいオリジナリティですが、それはフレンチ・タッチなのでしょうか?
エリック フランス人だからかもしれませんが、よくわからないんですよね。もしあるとすれば、映像の特徴があるのかもしれません。フランスの美術では絵画がとても重要でしたので、バンド・デシネもその影響があると思います。私はアメリカのコミックや日本の漫画にも影響を受けているので、そういったものを総合して作っているのですが、自分ではそれがフランス風なのかわからないんです。でも日本のゲームに“ジャパニーズ・タッチ”(日本風)は確かに感じます。あなたは日本のゲームにジャパニーズ・タッチはあると思いすか?
――あぁ、確かにわかるようでわかりません!
エリック そういうことなんだと思います(笑)

――仮にビデオゲームがアートであるとした場合、いいところは何だと思いますか? そしてエリックさんが実現したいものは何ですか?
エリック ビデオゲームが文化機関や美術館にアートとして認められるのは光栄なことです。ビデオゲームにアートとしてどんな本質があるかというと、まずインタラクティブなメディアであるということが大きいと思います。物語に没入して、役者のように中に入り込みます。これは他のアートにはなかなかないところで、私の目標もそこですね。
 第2には、さまざまなものを表現できることです。ひとつのできごとをさまざまな側面から描くことができますし、非常に幅広い描写が可能です。『From Dust』では川の流れを変えたり、島の形を変える体験ができました。『ICO』では本当に女の子と手を繋いでいるかのように、深い関係を体感できる。ビデオゲームはそこが優れていると思います。

■上田文人氏


2.jpg

▲なんか向こうにヤバい感じのが見えてるんだよなぁ……。

――今日のイベントでも『アウターワールド』の感想を話されていましたが、一番すごいと思ったところ、ノックアウトされたところはどこですか?
上田文人氏(以下、上田) ゲームがスタートして水から上がって右に進んで、崖の向こうに獣のようなヤツがいて、ちょろちょろ動いている……あれが一番の驚きでしたね。単に背景があるのではなくてちゃんと動いていて、画面がスクロールしていくと鉢合わせになる。理屈ではない部分であれに感動しました。

――すごい映像的なゲームというか、体験できる映像みたいな部分がありますよね。
上田 そうですね。単なる背景で、それが動いているだけかと思ったら、世界に奥行きがあって、ちゃんと(物語的な)整合性があったというところで、本当にノックアウトされましたね。

――ああいった感覚をゲームに入れようと思ったことはありますか?
上田 バリバリ入れてますね。どこかでお話したと思うのですが、『アウターワールド』だけではなく、『プリンス・オブ・ペルシャ』とか、『フラッシュバック』とか、ああいう横スクロールの、動きがなめらかでディテールがあり、でも難しくて手に取りにくいというゲームがあって、個人的にそういうタイプのゲームがとても好きだったんです。それがすべてではないですが、『ICO』を作る際には、「これをどう噛み砕けば日本の人たちに受け入れられるか?」という意図がありました。
 なので動きに細かくこだわったし、ジャンプしてしがみついたりする部分もそうだし……ああいうものを表現しようとした結果が、今の自分の作っているゲームに繋がっていると思いますね。

――“語らずに語る”といった部分についても言及されていましたが、自分が『ICO』をプレイした時に、「女の子が困ってたら、そりゃ何があっても助けるよな」って自然に思っているのにすごい驚いたんです。自分はヘソ曲がりですから、何かオープニングで長々と説明があったら、理解しつつも「あーはいはい、この子守らなきゃいけないのね、やりますやります」ってなってたと思うんですね。
上田 今でこそあまり聞かれなくなりましたが、最初は「動機付けが弱い」とか、「なぜ助けるのかわからない」といったことも言われましたね。だからといってそれを変えたわけではないですけど。ゲームプレイヤーを考えた時に男性が多い時代でもあったので、でも男性ならば、女性がいれば説明はなくとも助けるだろう、という意図で作っていました。

――プレイヤーに与える感覚、例えば手を繋いでいる感覚などと、ゲーム的な仕組みの部分は、ゲームを作る時にどちらが先にあるのでしょうか。
上田 どちらが先かはタイトルによって違うのですが、ゲームとしてのメカニックの部分と、プレイヤーが評価してくれる世界観やキャラクターの部分はほぼ同時ですね。頭のなかでゲームを考える時に、例えば『ICO』なら、「背の高い女の子と男の子……これは絵になるぞ」というのがあって、出てきたのがそれだけなら頭の中でボツにするんです。
 でもそこでゲームのメカニックとして、手を繋いで、守って、進んで、かつ動きとしては少年の後ろに回りこんでくるようなAIを組んで……と出てくると、メカニックとしても新しいし、世界観はこれで行けるし、と、初めてそこでアウトプットが始まるんですね。ほぼ同時、同時じゃないと出さないですよね。
――揃った時が成功と。例えばキャラクターを思いついて、これを製品化するための仕組みを考えようというのではなく。
上田 そうです。『ワンダと巨像』の場合は逆で、メカニックのアイデアが先に出て、じゃあしがみつくには自分と同じサイズではだめだから大きくしよう、ならば敵の体がパズルのようになっていれば背景にそこまでコストを割かなくていいな、とか(笑)。
――そうやってカチっとはまったところで、初めて細かい所を考えるのがスタートすると。
上田 そうですね、ツノが生えているとか、コスチュームがこうだとか、エンディングやオープニングがこうなるみたいなのはその後です。
 まず引きのある絵があって、メカニックもテクノロジーもやるべき価値のあるものがあって、そこで「これ作りたい」って気持ちになりますけど。
――いま“絵”という話が出ましたが、単なるデザインというわけではなく、色んな物を含んだものなわけですね。
上田 元々僕はCGをやっていたので、プリレンダの映像で作ろうと思えばいくらでもできるんですけども、そうではなくて、プログラムされたルールの中で自動的にそういう絵面になるシステム、デザインが一番やりたいことです。それこそがビデオゲームでしかできない部分でもあるので、それができそうになると作りたいと思うし、自分で遊んでみたいと思いますね。


turret.jpg

――先ほど『アウターワールド』の話をお伺いしましたが、最近のゲームでショックを受けた感覚や体験はありましたか?
上田 ありますね。『ポータル2』で、工場のラインを組み替えて、キューブとタレットが組み合わさったものがポツンと出てくるシーンがあるんです。しかもそれが物理計算されて気持ち悪くうごめいているというビジュアルを見た時に、『アウターワールド』とまったく同じインパクトを受けました。ゲームの進行には関係ないですし、意味があるものではないんですけども。

――ビデオゲームにこれからも新しい感覚、まったく見たことのないものはまだまだ出てくると思いますか? テクノロジーの進化が可能にするのかもしれないし、どこかの天才がある日実現してしまうのかもしれませんが。
上田 出てくるかどうかははっきりとは言えませんが、そういうものを作らないといけないなと感じます。細かい所で言えば、テクノロジーとアートのバランスによって新しい体験を生み出すことは可能だと思いますが、これまでのように、何か新しいテクノロジーの進化だけでは難しいかなという気はしています。
 映画や音楽はツールがほとんど完成している中でも、表現が練りこまれていくことで新しいものが出てくるじゃないですか。ビデオゲームはまだツールも進化しているし、だからこそ開拓余地もあって新鮮だと思うんですが、メディアとしてはまだ未熟だと思うんですよ。それがある程度成熟して、決まった道具の中で、どのような演出をするか、どのようなナラティブ(物語)をやるのか、そこで勝負してみたいですね。

■水口哲也氏


COE_S_001_JULY_Beauty.jpg

▲近作『Child of Eden』。

――イベントで『Heart of Darkness』(エリック・シャイ氏が手掛けたアクションアドベンチャー)について言及されていましたね。
水口哲也氏(以下、水口) 『アウターワールド』はプレイしなかったので、自分としては一番エリック・シャイという人間を意識したのは『Heart of Darkness』からですね。

 あれがEdge(イギリスのゲーム雑誌)の表紙になった当時、セガで『セガラリー2』を作って、自分が新しい一歩を踏み出そうとしていた時だったんですよ。例えば自分の頭の中に『Rez』の漠然とした構想はあったけども、「音がどんどん音楽化していってさぁ」ぐらいの話をいろんなスタッフにして「何を言っているかさっぱりわからない」と言われて落ち込んでいるぐらい、まだふわっとしたコンセプトで。それと並行して『スペースチャンネル5』も何となくテーマはあるけど、ゲームにはまだ全然なっていなくて、ウララという主人公も、あの世界観も生まれる前の段階。

 それぐらいの時期に『Heart of Darkness』を見て、「おやっ?」と思ったんだよね。これどんな人が作っているんだろうと思って、フランスに行った時にAmazing Studio(当時エリック・シャイ氏が率いていたスタジオ)の住所を聞いて、直接エリックのところに行って。
 僕もその時あまり英語は喋れなかったし、彼もそんなにうまくなかったんで、ほとんど会話にならなかったんだけど、何かすごいシンパシーを感じたのだけは覚えているな……。
 それから2010年のE3前に、僕が『Child of Eden』をカンファレンスの冒頭で披露するというミッションがあって、その晩のディナーで隣にエリック(『From Dust』で来ていた)が座って再会することができたんです。10年以上経ってお互いに英語もうまくなっていたし、お互いにその間に作品がいくつか出ていたから、そこから3時間ぐらいずっと、帰るのが惜しいぐらいのクリエイティブな深い議論ができて、その時にちゃんと繋がった感じがしましたね。


――ほかのクリエイターへのシンパシーが自分の力になることはありますか? 例えば「同じ方向に歩いている人、自分以外にもいたんだ!」というような。
水口 それはもう常にありますね。やっぱりゲーム開発は不安との戦いなんですよ。終わると忘れちゃうんだけど、それはパブリッシャーとの間の関係にもあるし、このゲームのアイデアは正しいのか、世間に受け入れられるのかという不安や孤独感も抱えて、最後まで悩み続けながら行かないといけない。時にはすごいいいことを思いついたと思っても、翌日に冷静になって考えてみると、「こんなもの誰も喜ばないよ」って落ち込んだり。
 そういう振幅の中に生きていて、同じような感覚で何かを成し遂げようとしている人を見ると、やっぱりシンパシーを感じるんですよ。そういう意味では上田さんも仲間のひとりだし。自分が苦しんで『Rez』を完成させた頃に『ICO』が世に出ていたりして、全然ジャンルは違うんだけど、同じように苦しんできている人がいるのを見ると、やっぱり元気づけられるし、勇気づけられる。そういう関係はやっぱりいい関係って言うんだろうなと思いました。

――ゲームの種類がものすごい増えていて、一方でユーザーは昔と比べると断片化されていると思うんです。そういった中で、まったく新しい魔法のような感覚は、まだまだ出てくるとおもいますか?
水口 それをゲームと呼んでいるかはわからないけれども、出てくると思います。水の下の方から泡が浮かび上がってくる時に、泡がばらばらになりながら散って浮かんでくるじゃないですか。その感じに似ているんじゃないかなと。
 今日のテーマの、ゲームとアートの話で言うと、デコンストラクション。(概念などが)解体されて再構築されていく……赤ん坊が積み木を組んでは壊すように、それ自体に何かの意味があるわけじゃなくても、これは人間の本能がずっとそうし続けていると思うんですよね。
 ゲームというアートフォームが、マリオみたいな大きなところからバラバラになっていろんなジャンルが生まれて、それぞれの粒がしっかりあって。それがまた統合されて組み上がった時に、ゲームという形を取っていない可能性もあると思う。でも何か新しい体験とか表現がエンターテインメントになっていく、何かそういった感じがします。

■寺田克也氏


terada.jpg

▲ココ10年の作品約300点が展示される“ココ10年展”は3月16日から6月30日まで。料金は無料(ただしミュージアムへの入場料は別途必要)。

――先ほども『アウターワールド』の感想を話されていましたが、一番面食らったところを教えてください。
寺田克也氏(以下、寺田) 面食らったところはやっぱりスタート地点でしょう、それ以降は、あの世界にどうなじむかっていう意思をもって臨むので。「画面に出してる限りは先に行けるんだろう」という信頼関係はあるじゃないですか。
 だからやっぱり、ゲームが始まって水の中にワープして、触手につかまれて沈んで死ぬっていうのを2、3回はやる、あそこですね。それで「あれ、上に登れるぞ」っていうのに気がついて、登って進んでやっぱり死ぬというのを繰り返していく。
 それはこのゲームのルールを「考えて進めよ」って説明されているのも一緒なので、そのルールを発見してからは考えて進むようになる。でも当時はネットもないからチートもできないので、ひらすら考えてトライ&エラーでやるしかない。あのゲームは同じ絵が出てこないし、そもそもあのタイプのゲームが初めてだったので、先を見たいというのも結構、最後までやる原動力になりましたね。

――次の絵を見るためには解くしかない。
寺田 そう。でもゲーム全般にそういうところがあるし、それだけが売りになっているゲームもあるけど、かといって絵だけが見たいわけでもなくて。この世界観にどう落とし前をつけるかとか、そこで興味を惹く仕掛けもちゃんと作ってくれているのも大事で、そこはプログラマーの人間性も出てると思うんだけど。
 何となくそういうのが伝わってくる感じがある。物を作るっていうのはやっぱり個人の作業なんで。『アウターワールド』なんかエリックがひとりで作っているから、漫画と似たところもあって、こういう漫画、こういうセリフを書くヤツっていうのと会ってみると、大体想像した通りってことがある。

 例えばトライアンドエラーをやらせるゲームでも、『アウターワールド』の場合はプレイヤーをいじめるってことはしない。世の中には人をいじめたがるようなプログラマーとかがいて、そういうゲームでいじめられてるなって思うと、その瞬間に(コントローラーを)バーンと投げちゃうんだけど。
 そういう部分って創作に出てくるっていう考えがあって、絵にしてもそうだし、漫画にしてもそうだし。何かを創るっていう行為は自分を出す行為で、それが個人製作に近づけば近づくほど、絶対出てくるはずだと思うんだよね。
 『アウターワールド』を遊んだ時にはエリックと会うすべもなく、今日初めてお会いしたんだけど、もう想像通りで、好きなものを聞いたらほとんど一緒。そういった部分から来るパーソナリティだからシンクロしていたんだろうし、そこを含めて好きだったんでしょうね。

――エリック・シャイという人そのものがこめられているという。
寺田 だと思いますね。全体を通してある彼の哲学とか、ホスピタリティであるとか、エンターテインメント性であるとか、自分が見たい絵であるとか。そういうものが全部ビビッドに響いていたので、今日はそれを再確認して納得できましたね。一緒じゃんと。
 いまはある程度情報が行き渡っているので、大体似たような仕事をしている人は同じようなものを見て育ってる。アメリカに行こうがフランスに行こうが、同じ話ができるわけですよね。言葉が違ってても、アレ見てたでしょみたいな。それがエリックにもあるし、上田くんもあるし。水口さんもそうだし。
 共通言語が近づいている、同じ経験をしているところがあって、ゲームはそれを加速させているから。生活環境は相容れないところがあるにしても、昔に比べると共通言語が増えているのは、“物を作っている”という同じ国の人みたいなところがすごくあって。
――“ものづくり国”みたいな。
寺田 そうそう。そんなところを今日はあらためて感じましたね。