もっとも重要なのは新しいIPへの挑戦です
ソーシャルゲームの隆盛など、激変の時代を迎えているゲーム業界。さらにはクラウドゲーミングや、スマートTVなど新時代のゲームエンターテインメントも姿を見せ始め、業界を取り巻く状況はより多様化が進んでいる。そんな中、ゲームメーカーの舵取りを担うキーパーソンたちは、いかに戦っていくのだろうか? 今回は、コーエーテクモゲームスの代表取締役社長、襟川陽一氏に話を聞いた。(聞き手:本誌発行人・編集人 浜村弘一)
襟川陽一氏(えりかわ よういち)
ゲームビジネスは伸びていくジャンル 多方面に展開しておもしろいものを
浜村弘一(以下、浜村) 2011年度の業績はすばらしかったですね。過去最高だったそうで。
襟川陽一氏(以下、襟川) ええ。といっても、4年前にコーエーとテクモが経営統合をして、そこからの過去最高です。コーエーとテクモが別会社だったころの、それぞれの過去最高業績はもっと上でしたから。まだまだ、本当の実力を出し切ってはいません。
浜村 でも最近、ゲーム業界が混沌としてきた中で、御社は全ジャンルでしっかり業績を残されている。すごいことだと思います。
襟川 それはやはり、ゲーム業界自体に勢いがあるからだと思います。部分的に見ると、パッケージソフトの勢いが少し下がったり、という部分もあります。でもゲーム全体で見ると、業務用ゲーム、PCゲーム、オンラインゲームなど、どんどん積み重なって大きくなっているんですよね。ゲームビジネスは、基本的にはどんどん伸びていくジャンルだと確信を持っています。また、日本や欧米以外の国でも、個人所得がどんどん上がってきていますよね。とくにいわゆるBRICsと言われる、ブラジル、インド、中国などが伸びています。今後はそれらの地域にもゲームを提供して、新しいエンターテインメントを楽しんでいただく。それが、我々のやるべきことだと思いますし、やることはまだたくさんあります。
浜村 力強いですね。ではつぎに、2011年度の各事業について個別にお聞きします。まずパッケージソフトも、非常に好調でした。
襟川 おかげさまで、コラボタイトルの『ポケモン+(プラス)ノブナガの野望』と『ワンピース 海賊無双』は、うれしい誤算と言いますか、私どもの想像を遥かに超えるヒット商品になってくれました。
浜村 既存の人気シリーズも好調ですが、コラボタイトルは驚きがあって、とくに目立つんですよね。最近の御社を見ていて思うのですが、以前よりも企画がフレキシブルになってきたのではないですか?
襟川 それは、『ガンダム無双』で成功したのが大きいと思います。こういうタッグによってお客様に本当に喜んでいただけるんだな、という確信が得られたんです。ですので、自信を持って力を入れられるようになったというのはありますね。
浜村 僕は、御社のゲームは、昔からゲームデザインがすごく優れていて、それはシブサワコウを筆頭に、優秀なディレクターがたくさんいるからだと思っているんです。
襟川 ありがとうございます。本人たちが聞いたら泣いちゃいますね(笑)。
浜村 (笑)。でも昨今のコラボタイトルを見ると、いまはそれに加えて、作ったものをいかに売るかというプロデュース力が強力になって、幅が広がっている感じがしますよ。
襟川 いまは、やはりそういう時代だと思いますよ。孤高の存在としてゲームだけ作っていく、というのもひとつの方向性だとは思いますが、我々としては、ひとつのゲームシステムを多方面に展開していって、たくさんの方々に楽しんでいただくという方向を選んでいきたいと思っています。
浜村 新たに仕込んでいる企画なども?
襟川 まだまだありますよ。「コーエーテクモゲームスは、またこんなことをやるの!?」となると思います(笑)。ご期待ください。
浜村 また驚かされそうですね(笑)。驚くと言えば、昨年ガストさんを子会社化されたというのも、非常に驚きました。
襟川 ガストについては、社員が30人ほどの小さな会社なのですが、多くの有力タイトルを持っているんですね。でもゲーム制作だけで手一杯で、多方面の商品展開までは手が回らない、という状況があって。その点、私どもにはメディアライツ事業部という、さまざまな商品化を行っている部隊があります。
浜村 書籍の制作、販売や、イベントなどもやっていらっしゃいますよね。
襟川 そうなんです。さらにコーエーテクモゲームスには、さまざまな開発用のソフトウェアツール群もあります。それらを活用すれば、開発を合理化したり、いままでガストができていなかったマルチプラットフォーム展開を、短期間で実現することもできるようになります。そういった部分で、シナジー効果を上げていきたいと思っています。
スマートTVの普及を視野に オンラインにはさらなる注力を
浜村 パッケージも非常に好調ですが、オンラインゲームもいい状況ですよね。
襟川 オンラインゲームも、目立たないのですが、着実に増収増益になっています。
浜村 御社は、早くから手を付けられていたからこそ、いまがある。本当に先見の明がおありだったのだな、と思います。
襟川 ありがとうございます。『信長の野望 Online』のサービスインは2003年ですので、来年が10周年です。じつはちょうど来年は、『信長の野望』自体も30周年なんです。ですので2013年は、また『信長の野望』でひと暴れしたいなと(笑)。
浜村 盛り上がりそうですね(笑)。オンラインの需要は、今後も伸びるとお考えですか?
襟川 伸びていくと思います。とくにこれからは、スマートTV(※)が普及してくると思いますので、PCゲーム、とくにブラウザゲームには、大きな可能性を感じます。
浜村 僕もそう思います。テレビを買ってくれば、そのままゲームプラットフォームがくっついている時代になりますものね。
襟川 スマートTVでは、パッケージモデルや月額課金、アイテム課金といった現状のモデルとは、また違ったモデルが必要になると思うんです。我々も、パッケージゲームだけではお客様のニーズに応えられないと強く感じていますので、そこで新しいビジネスモデルにチャレンジしたいと考えています。
浜村 おそらく、従来通りパッケージを買ってじっくり楽しむ人もいれば、無料で楽しむ人も、月額で遊ぶ人もいて……というふうになるのでしょうね。
襟川 ええ。非常に多様化すると思います。
浜村 ユーザーは増えているんですよね。そこへの対応をしっかりしていくと。
襟川 はい。私も、60歳を過ぎてゲームを楽しんでいますし (笑)。人生を豊かにするためのエンターテインメントのひとつとして、ゲームは幅広い年代層に浸透していますからね。社会的に、デジタルコンテンツ、ゲームの存在意義はますます大きくなると思います。そんな時代に巡り合って、ゲームを作っていられるというのは、幸せなことですよね。
※スマートTV……インターネットとの接続や、アプリケーションの実行など、多彩な機能を備えた次世代のテレビ。AppleやGoogleなどが積極的に推進している。
ゲームシステムが先でマネタイズは後 ゲームメーカーの“性”が独自性を産む
浜村 ソーシャルゲーム事業も非常に好調ですが、この分野も早い時期から始めておられましたよね。
襟川 早かったですね。初期のころのソーシャルゲーム業界の勢いはすごくて、本当に感激しました。20代の若い経営者や、プロデューサー、ディレクターたちが業界を引っ張り、大成功されているのを見て、30年前のパッケージソフトの業界と似たダイナミズムを強く感じました。
浜村 みんな目がキラキラしていて。
襟川 ええ。いまは欧米と中国に、一生懸命、日本式のソーシャルゲームを展開していますが、まだまだこれから、山あり谷あり……おもに”谷あり”かな、と思います(笑)。日本では、一気に山をかけ登った感じですが、なかなかたいへんですね。とくに中国は。
浜村 御社も、『1億人の三國志』を中国で展開されていますよね。
襟川 1億、と大きく打ちだしました。何しろ中国の人口は、12億5000万人ですから 。
浜村 御社のソーシャルゲームは、ガチャを引いて、カードで強くなって……というタイプではないんですよね。初期のころから、ゲーム性を大事にしていた印象があります。
襟川 そのせいで、最初はなかなか完成しなくて(笑)。1作目の『100万人の信長の野望』を作るために、何億円もかけてしまいました。ふつうのソーシャルゲームの開発予算は数百万円、多くても数千万円というレベルですから、もう信じられないですよ(笑)。
浜村 でもそのぶん、どのタイトルもとても好評じゃないですか。
襟川 おかげさまで、たとえば『のぶニャがの野望』は、先日、台湾の”Bahamut”(※編集部注:台湾の大手ゲームメディア)のユーザー投票で、1位に選ばれたんですよ。
浜村 アジアには、やはり日本のテイストが受けるというのもありそうですね。
襟川 とくに台湾の方々は、日本に親近感があるようで、日本のゲームを本当に抵抗なく楽しんでくださっています。
浜村 そしてもちろん、「しっかり”ゲームらしいゲーム”だ」という部分も評価されて。
襟川 コーエーは、ゲームシステムを作って、そのシステムを磨き上げて、それをシリーズ化して伸びてきた会社です。だからどうしても、ゲームを作るときに、マネタイズからではなく、ゲームシステムから考えてしまう。まずゲームシステムをしっかり作って、あとから「これを毎月運営するために、どういう課金形態にすればいいだろう?」と考えるわけです。これはもうどうしようもない(笑)。
浜村 一般的なソーシャルゲーム開発の方法論とは逆ですよね。
襟川 ええ。ですので、まずモバイル分野の方々に、いろいろ課金のしかたを教えていただいたりするところから始めました。でも、やはりゲームソフト屋の性、宿命というのはあるんです。社員たちも長年そうやって仕事をしてきたので、いきなり「カードゲーム系で作ろう」という発想にはならないんですよ。『真・三國無双』をモバイル用に作るとなったら、「携帯電話用のアクションゲームは、どういうシステムがおもしろいか?」とシステムばかり考えてしまう。でも、それでいいと思っているんです。それが、コーエーテクモゲームスの生きかただし、それがコーエーテクモゲームスのソーシャルゲームの特徴であり、独自性になると思いますので。
浜村 僕もそう思います。同じようなゲームばかりでは、必ず飽きがきますからね。ゲームらしいゲームで、しかもマネタイズもできている御社のゲームは、今後はより注目度が上がるのではないかと思って見ています。
襟川 とくに、フィーチャーフォンからスマートフォンへの大きな動きもありますからね。現在もスマホにはチャレンジを続けていますが、パッケージタイトルからスマホへ、ということも検討していきたいと考えています。それは、パッケージゲームを開発する事業部の事業部長である鯉沼(※編集部注:コーエーテクモゲームス専務取締役 ソフトウェア事業部事業部長の鯉沼久史氏)も言っています。
浜村 えっ、鯉沼さんがスマホのゲームを?
襟川 ええ、注目していますね。
浜村 それは楽しみです。
襟川 やはり、ほかの会社から何タイトルか出てきていると、それが成功するかどうか、気になりますからね。ひとつのビジネスモデルでもあるし、お客様が楽しめるゲームシステムであるなら、それも考えていかないと。そこも勝負になってくると思いますから。
浜村 本当につくづく、すごく混沌としている中で、御社は全ジャンルでしっかりと戦略を持って、成果を出されているんですよね。
襟川 私たちは、基本的に新しいことをやるのが好きなので、抵抗がないんですよ。
浜村 それは会社ではなくて、襟川さんご自身がそうなのではないですか?
襟川 私もそうですが、当社の開発者たちにも、やっぱり新しいことをどんどんやってほしいと思います。当社の社訓は”創造と貢献”で、”創造”は私たちのスピリッツなんですよ。これがなくなってしまうと、コーエーテクモゲームスではなくなってしまう。いつもチャレンジして、いつも新しいおもしろさを作っていかなければいけません。
浜村 ソーシャル関連の新しいチャレンジとしては、”my GAMECITY”という構想もありますよね。
襟川 お客様にSNSとゲームの両方を楽しんでいただける“ゲームのSNS”ですね。これは、これからずっと、長いテーマとして取り組んでいきます。SNSから遊べるゲームの数も、どんどん増やしていきますよ。
浜村 いずれは他社さんのゲームが加わることも視野に入れつつ、ということですよね。以前に襟川さんは、「ネットワークの時代になって、ソフトメーカーもプラットフォーマーを目指せるようになってきた」とおっしゃっていましたが、そういう時代への布石的なことも考えておられるわけですか?
襟川 そうですね。ただ、まずは私どものタイトルを揃えつつ、それと併せて、ご縁があったら、だんだんそういった形でも広げていきたいと思っています。といっても、まだ現時点では『100万人の三國志 Special』しか入っていないので、あまり威張れる段階ではないのですが(笑)。方向性としては、どんどん広げていく方向で考えています。
会社の発展には強力なIPが不可欠 現在も新規IPを密かに開発中
浜村 ここまでお話をうかがってきて、改めて、御社の好調の土台には、襟川さんが社長として直接指揮を執られたことが大きいと感じます。現場の意志決定も以前より早くなっているのではないですか?
襟川 それは間違いなくありますね。ただ、素早く判断して、絶えず新しい時代に対応するビジネスモデルやゲームシステムを作るのも当然重要ですが、そのベースになるのは、強いIP(知的財産)だと思うんです。『信長の野望』や『真・三國無双』などのIPが持つ基本的なおもしろさ、それを形作るゲームシステムが重要なのだと。それが10年、20年にわたって、会社の成長のドライブ役、エンジンになってくれます。『信長の野望』の国盗りのゲームシステムや、『無双』の一騎当千の爽快感を生み出すエンジン、『NINJA GAIDEN(ニンジャガイデン)』のキレのいいアクションを実現するエンジン。そうした新しいものにいつもチャレンジして、作っていくこと。それがいちばん大事だと思います。
浜村 『決戦』で“群れ制御エンジン”(※3)ができたときには感動しましたものね。
襟川 “群れ”のほかに“胸制御エンジン”(※4)も作っていますけどね(笑)。
浜村 それもおもしろいじゃないですか(笑)。そうやってつねに新しいものを作っていく。
襟川 ええ、そこは忘れずに。ですから、新規タイトルにはチャレンジを続けますよ。
浜村 では、今後3年から5年で、ゲーム業界はどう変わっていくと思われますか?
襟川 任天堂さんが昨年ニンテンドー3DSを発売されて、今度は新ハードのWii Uを発売される。これで、任天堂さんがやりたいと思っている携帯ゲーム機と、据え置きが両方揃いますよね。じゃあソニーさんは、マイクロソフトさんは……? そこは非常に注目しています。それによって、各社の方向性や戦略がはっきり見えてきますし、それは私どもの事業に多大な影響がありますから。経営者としていかに対応していくか、あるいは開発者としても、Wii Uにチャレンジして、Wii Uの機能を使った、いままでにないおもしろさを作り出したいという挑戦心もかき立てられます。私は、ハードメーカーさんが新しいハードを出すときには、いつも、ユーザーさんに向けた「新しいエンターテインメントとして提供します」というメッセージと同時に、ゲームメーカーに対しての「すごいハードを作ったから、これを活かして、いままでにないゲームを作ってください」というメッセージを感じるんですよ。その、いわば”挑戦状”に大いに応えて、ハードメーカーさんが考えないようなゲームソフトを作っていく。それが我々の真骨頂だろうと思います。世代としては、かつてPS3やXbox 360が次世代機と呼ばれていましたが、今年は、そのさらに次世代機の時代に入る初年度にあたる年だと思うんです。そういう新しい時代にページが変わっていくので、非常にワクワク感がありますね。
浜村 最後に、今後の目標を教えてください。
襟川 当社の長期目標としては、世界ナンバーワンのエンターテインメントコンテンツプロバイダーになろうというのがあります。これは長期、超長期の長い目標ですね。当面の目標ですと、現在、日本国内のゲームメーカーの中で、当社の位置づけはだいたい7位くらいなのですが、それをぜひとも3位以内にしたいと考えています。
浜村 このままの勢いでしたら、いけそうな感じがしますね。いちクリエイター”シブサワコウ”としての作品にも期待しております。
襟川 じつは密かに、新しいIPのタイトルについても少しずつ進めています。
浜村 『仁王』についてはいかがですか?
襟川 『仁王』はやっとアルファバージョンが終わったところで、着々と進んでいますよ。そのほかのナンバリングタイトルも、定期的にバージョンアップをして発表していきますし、コラボタイトルも、去年と同じように、皆さんがビックリされるようなコラボタイトルを、続々と交渉したり、作ったりしています。どうぞご期待ください。
※群れ制御エンジン……多数のNPCの動きを制御する仕組み。『決戦』シリーズを通じて進化を遂げ、『無双』シリーズ誕生の礎となった。
※胸制御エンジン……『決戦II』で開発・搭載された、胸の揺れを制御するエンジン。ダジャレのようだが、正確な物理シミュレーションを反映する、精度の高いエンジンだったとか。
ゲーム新時代のキーワード
コーエーテクモゲームス 襟川陽一氏
近年のコーエーテクモゲームスの好業績が、襟川氏ほかスタッフたちの、時代を先読みする鋭い目、成長分野にいち早く投資する判断力、そしてユーザーを惹き付けるプロデュース力の高さに支えられているのは、インタビューからも明らかな通りだ。しかし襟川氏がいちばん重要だと語ったのは、「新しいゲームの”創造”につねに挑戦することです」(襟川氏)。襟川氏が新時代のキーワードとして挙げた言葉も、やはり”創造”だ。襟川氏は、「新たなエンターテインメントを”創造”し、それを遊んでいただくことで、エンドユーザーに感動を提供する。ひいては、それによって社会に”貢献”する。それが我々の行わなくてはいけないことだと思っています」と語る。今後もコーエーテクモゲームスの”創造”に期待したい。