ファンが愛するスタジオに就職する裏道
アメリカのテキサス州ダラスで行われた、id Softwareのファンイベント“QuakeCon 2012”。そこで行われた講演から、“Celebrating id Modding”と題されたディスカッションの模様をお届けする。
Modとは、あるゲームを土台にファンが作るさまざまなコンテンツのこと。あるものは追加マップだったり、高解像度化したテクスチャーだったり、もう全然別のゲームになっていることもある。基本的には非公認でリリースされるものだが、『カウンターストライク』(元は『ハーフライフ』のMod)のように、公式に認められてリリースまで行くものも。
id Softwareは『Doom』や『Quake』といったFPS(一人称視点シューティング)の礎を築いたモンスタータイトルをリリースしてきたが、この頃のFPSはつねにModとともにあり、じつに多くのModがリリースされ、また有名Modの製作者たちがヘッドハントされていった。
このディスカッションに出席した3人のクリエイター、id Softwareのジョナサン・ライト氏、『Bioshock』シリーズのレベルデザイナーなどを務め、現在はDouble Fineでロン・ギルバート氏の新作『Cave』に関わっているJP・レブレトン氏、Pandemic Studiosに在籍したのち自身のスタジオを立ち上げたブレンドン・チャン氏は、いずれもid Softwareの『DOOM』や『Quake』などのMod制作からゲーム業界に入った人々だ。
たとえば、ジョナサン・ライト氏は『Quake』のデスマッチ用bot(AI操作の敵)制作が縁で、『Quake』のメインクリエイターであるジョン・ロメロ氏が率いるIon Stormに入社している。ある日、ほかでもないジョン・ロメロ氏から電話がかかってきて、AIプログラマーを探していると言われたライト氏は、即座に「今トラックに荷物を積んでいる」(スタジオがあるダラスに引っ越すという意味)と答えたそうだ。同氏は大学でコンピューター・サイエンスを勉強しており、だからこそMod用にAIを組むことができたわけだが、自分がジョン・ロメロ氏の目に止まり、業界に入ることが出来たのはModのおかげだと語る。
JP・レブレトン氏も、「業界にはいったきっかけは完全にmodだ」と当時を振り返った。プロが使うエディターやツールであれこれと試行錯誤し、何がおもしろいのか追求していく作業は、質の高低こそあれ、傍目にはレベルデザイナー(マップなどを作り込む職)と変わらず、この上ない修行なのだ。ちなみにレブレトン氏は、『Bioshock』で自身が手掛けたマップ(Arcadia)を、『Doom2』でdemake(最新スタイルにするリメイクの逆。オールドスタイルに作り変える)している。
同様にブレンドン・チャン氏は、Mod制作を通じて、限界のある中で何かを作ること、その限界をどう生かすかを学んだという。まずはゲームエンジンに負荷をかけてでもアイデアを実現してみるというMod的な方法について、Pandemic Studiosでは「普通じゃない」と言われてしまったそうだが、『Atom Zombie Smashers』、『Flotilla』といった味わい深いインディーゲームを開発するにあたり、Mod制作経験で培った、固定観念に囚われずにジャンルを超越していく発想力が役に立っているという。
では現在をどう見ているのか? ツールを同梱したタイトルが少なくなりつつある中、『ザ エルダースクロールズ V: スカイリム』などがエディターを出し、Steam Workshopに対応することでModの流通化が活性化されていることや、『DayZ』(ミリタリーFPS『Arma2』のMod)などがヒットし『Arma2』自体の売上も牽引していること、そもそもUnreal Development Kitなどでプロと同じツールを使ってゲームを作りやすくなっていること自体などに好意的な意見が出ていた。
一方、JP・レブレトン氏は現在の状況を評価しつつも、Modツールをリリースするのは検証や法務などとの社内調整も含めて別の製品を作るのと同じぐらいの負担であると指摘。また「ポルノはまずい」とリスクについて触れた。
確かにオリジナル版に何も問題はなくとも、たとえばエロModが現在以上にヒットした場合、ゲームを糾弾したくてたまらない人の目に止まることもあるだろう。本質的には無視していいが、それでやり過ごせるだろうか? クリエイター陣は「関係ねぇからほっとけ」と思うかもしれないが、ピリピリ来ているスーツを着た法務を説得するのは大変だ。
もうひとつ、コンソール(家庭用ゲーム機)との対比もひとつのトピックになっていた。家庭用ゲーム機でModが導入されるだろうかという質問に対して、レブレトン氏は、きちんと承認したものを配信し、クオリティーを保証するという家庭用ゲーム機のビジネスモデルはすぐに変わらないだろうとしつつも、PCにはない簡易さ、市場があるため、将来的には導入したほうがいいのではないかとコメント。
ジョナサン・ライト氏は、それぞれが別の特性を持っているのがいいのであり、別の市場として存在し続けるだろうという考え。「コンソールの容易さはPCには太刀打ちできない」と語る。ドライバーの問題やβリリースの不安定性に悩まされず、ハードにソフトをセットして起動すれば基本的に問題なく遊べるというのが強みであり、それを崩すことはないだろうとの考えを示した。ブレンドン・チャン氏がエンジンの限界を超えてアイデアを試していたことを思い出して欲しい。Modは時に製品としての安定性を気にしないからこそクリエイティビティを追求できることもあるのだ。
そのほか、ジョナサン・ライト氏からは、「今はまだ具体的ではないので何も言えないが」としつつも、id Software社内でModへの興味がふたたび高まっているとのコメントも。実に興味深い。id Tech5のメガテクスチャーを扱えるMod製作者がどれだけいるのかわからないが、もし実現するとなればバギーレース以上に面白いものになるに違いない。