イシイジロウ氏が挑むプレイイングシネマの実力
レベルファイブから2012年7月12日ニンテンドー3DS&プレイステーション Vita版が、2012年7月19日にプレイステーション・ポータブル(PSP)版が発売された『タイムトラベラーズ』。数々の名作アドベンチャーゲームを手掛けたイシイジロウ氏の最新作について、本作の記事担当をしている週刊ファミ通の編集者、世界三大三代川が語ります。
語り合いたくなる物語
良質な物語が用意された作品は、映画であれ、小説であれ、物語であれ、鑑賞後、読了後、プレイ後、誰かと感想を共有したくなる。それは『タイムトラベラーズ』も同様で、プレイ途中から抱いていた「誰かと感想を言いたい!」という衝動は、クリアー後にマックスになった。クリアーした翌日、僕は本作の記事をお願いしたライターのババダイチさんと会い、その足で本作のディレクターを務めたイシイジロウさんの取材へ向かった。その取材では、クリアーしたばかりの興奮から、合間合間に僕とババさんとでついつい感想を挟んでしまったのだが、イシイさんはニコニコと感想を聞き、ときに解説をしてくれた。このインタビューは、週刊ファミ通7月26日号(2012年7月12日発売)に掲載されている。だが、掲載時期が本作の発売日ということもあり、当然ながらネタバレは全面カット。いつかそのネタバレも含めて掲載したいところだが、そのインタビューの傍ら、改めて「多くの人に遊んだもらいたい作品だなあ」と実感したのだった。
『タイムトラベラーズ』は、『428 ~封鎖された渋谷で~』などの名作アドベンチャーを手掛けたイシイジロウ氏による、新作アドベンチャーゲーム。年齢も職業もバラバラな5人の男女が、東京消滅という運命に立ち向かうストーリーが描かれる。一見、平凡な5人の主人公だが(中には平凡と言いがたいコスプレの人もいる)、彼らには大きな秘密がある。それは、タイトルからもわかる通り、彼らはみんな、時を超える能力を持ったタイムトラベラーなのだ。そして、重要な人物がもうひとり。同じく時を超える能力を持った少女、新道みことだ。物語は5人の主人公と、新道みことによって展開するが、ゲームとしては5人の主人公の物語を進めるのが中心となる。彼らにはそれぞれ抱える事情があり、みずからの問題に対峙する中で、東京消滅という運命にも立ち向かうのだが、その辺りは公式サイトなどで見られるプロモーションビデオ(PV)がわかりやすいので、気になる人はぜひ1度見てほしい。透明感のあるテーマソングともども、非常に惹きつけられる内容になっている。
群像劇に散りばめられたSFのオマージュ
ゲームシステムは、5人それぞれの物語を見ながら、ときおり現れる選択肢を選んでいくというもの。いわゆるノベルタイプのゲームに多いものだが、本作はノベルゲームではない。本作はフルモーション、フルボイスで物語が展開する、いわば映画やドラマなどに選択肢が挿入されるようなものなのだ。滑らかに動き、演技をするキャラクターもスゴイが、すらすらと会話がテンポよく進んでいくボイスもスゴイ。先日イシイさんに聞いた話で恐縮だが、これは会話をスキップされないように、プレイヤーが気持ちよく聞ける速度を目指し、通常の1.5倍近い速度でセリフのアフレコをしたのだという。アフレコの速度調整をしたということにも驚くが、何よりアドベンチャーでは常識とも言えるセリフスキップをさせないようにするという発想に驚嘆する。事実、1回目のプレイではセリフを飛ばさずに気持ちよくプレイできたが、ここまで気を配るゲームというのはなかなか出会えないだろう。
本作は、アドベンチャーゲームとしては非常に難度が低く、敷居も低い。中盤まではまったく悩まずにプレイできるだろう。だが、“ただ観ているだけ”という退屈な印象はない。これは、イベント中に画面に表示されたボタンを押していく“プレイングシネマイベント(ゲームに詳しい人ならば、QTEと言ったほうがわかりやすいだろうか)”の影響もあるが、やはり選択肢の存在が大きい。イシイさんが手掛けた『428』などもそうだが、やはりアドベンチャーゲームを遊んでいると、ついついおもしろい選択肢を選びたくなってしまうものだ。そのあたりの選ばれる選択肢を見通して用意される“天丼”と、それを裏切る予想外な展開というのは、アドベンチャーゲームならではの楽しさのひとつだと思う。とくに、何かとみことを押し倒そうとする神谷と、すぐにアメリカンジョークを言おうとする有理は、ぜひ見てもらいたいところ。こういった笑いながら安心できるお約束を入れ込むのも、アドベンチャーゲームを作り慣れたイシイさんの手腕なのだろう。
タイムトラベルというSFの王道をテーマにした本作では、あらゆるところに似たテーマを題材にした作品へのオマージュが入っている。猫SFとして知られる有名小説に始まり、1.21ジゴワットの電力で過去や未来に飛ぶヘビーな映画、そして敢えて伏せるが、日本人の誰もが知る身近な作品も予想外な形でオマージュされている。僕は、そこまでタイムトラベルものに詳しいわけではないが、それでもある程度のオマージュは理解した。おそらく『時をかける少女』(もちろん原田知世主演の実写版)の時代に青春を迎えたような、SF好きな人にはたまらないものなんじゃないかと想像する。
それと、『428』ファンにもたまらない要素がふんだんに入っているのもポイントだ。タマが作中に登場するのもサプライズだが、それ以外にもTIPSにニヤリとする要素が多く入っているので、ぜひ隅々まで探してほしい。
万人に勧めたい良作アドベンチャー
凝ったPVは、ときに作品を実力以上のものに見せる。だから、発売前に観るPVで総毛立つことは、個人的にそこまで珍しいことではない。だが、何度観てもブルっと震えるほど感動するものは珍しい。あらんや、ソフトが発売されて、クリアーした後にPVを観たときに、発売前より感動するなんてことは、本当にひと握りになってしまうのだ。そこまで感動するのならば、そのPVは作品が持つ本来の実力の一端を担っていると言えるのだろう。『タイムトラベラーズ』は、そんなほんの一握りの作品として、多くの人に推したい内容の作品になっている。
本作はアドベンチャーゲームファンはもちろんのこと、ふだんあまりゲームをやらない人にもやってほしい作品だ。映画のように敷居が低く誰にもでも楽しめる。それでいて、ゲームならではの楽しさも味わえる。市場が狭いとよく言われるアドベンチャーゲームにおいて、これほど万人に勧めやすいソフトはない。ニンテンドー3DS、プレイステーション Vita、PSP、いずれかのハードを持っている人ならば、ぜひ一度この物語を体感してほしい。
■筆者紹介
世界三大三代川
週刊ファミ通編集者。アドベンチャーゲーム好きが高じて、さまざまなアドベンチャーゲームの担当に。『タイムトラベラーズ』はニンテンドー3DS版とPS Vita版をクリアー。お気に入りのキャラクターは、下の写真の謎の女性。この女性の正体だけで、軽く3時間は話せるほどすごい人なので、ぜひ皆さん遊んでみて!
タイムトラベラーズ
メーカー | レベルファイブ |
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対応機種 | PSPPSP / PSVPlayStation Vita / 3DSニンテンドー3DS |
発売日 | 2012年07月19日 |
価格 | 各5980円[税込] |
ジャンル | アドベンチャー / SF・サスペンス |
備考 | PS Store ダウンロード版(PS Vita、PSP)は各4980円[税込]、ディレクター:イシイジロウ、脚本:北島行徳、音楽:坂本英城、キャラクターデザイン:池田奈緒、プロデューサー:日野晃博 |