●“AR”ならぬ“ARG”、その正体は?

  2011年9月6日〜8日の3日間、神奈川県のパシフィコ横浜・国際会議センターにて、ゲーム開発者の技術交流などを目的としたCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス) 2011が開催されている。
 2日目には、“ARG:プラットフォームに依存しない遊び方”と題したセッションが行われた。“AR”と聞くと、大半の人は、ニンテンドー3DSの『ARゲームズ』などで、最近ではすっかりおなじみとなった“Augmented Reality:強化現実”を連想することだろう。しかしこのセッションで語られる“ARG”とは、それとはまったくの別物で、“Alternate Reality Game”、日本語にすると“代替現実ゲーム”と呼ばれるものだ。これは、現実のあらゆるものを利用してゲームにしてしまうもののことで、簡単に言えば“ごっこ遊び”のような、オリエンテーリング的な遊びのこと。アメリカなどでは、ドラマや映画のプロモーション目的で盛んに行われているが、日本ではまだあまり浸透していないのが現状だ。

 というわけで、日本において“ARG”を積極的に実施している人物として、本セッションの講師であるIGDA日本ARG専門部会 世話人の八重尾昌輝氏、有限会社エレメンツ取締役社長の石川淳一氏が登壇。それぞれ自己紹介しつつ、“ARG”の基本についての解説が始まった。

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▲八重尾 昌輝氏。フリーでARGの制作・運営を行っているクリエイター。IGDA SIG-ARG(国際ゲーム開発者協会日本 代替現実ゲーム専門部会)の世話人も務めている。

▲石川淳一氏。有限会社エレメンツ取締役社長。過去に『大戦略』、『天下統一』シリーズなどのシミュレーションゲームを中心に、ゲームデザイン、ディレクター、プロデューサーを担当。最近はシリアスゲームやARGなど新しいジャンルのゲーム制作に乗り出している。

●産業スパイ潜入が発覚! IT探偵が登場!?

「そのセッション、ちょっと待った〜!!」
 ……と、いままさに始まろうとした講義を遮るように、会場の後方入り口から、謎の闖入者が登場。“IT探偵イーピン”と名乗ったこの男は、セミナーの助手を務める男性とひとしきりもみ合ってみせた後、このセッションに産業スパイが紛れ込んでおり、重要な機密を盗みだそうとしていること、そして会場内に何らかの手がかりがあるはずであること、その手がかりは受講者たちの座っている椅子の裏側にあるような気がすること、などを整然と説明的に語った。
 はたして椅子の裏からは、謎のメッセージが記された5枚の紙が発見された。どうやらこのメッセージが、犯人を捜し出す糸口になるようだ……。

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▲突然の闖入者。純真な記者は、本気でもめ事が起こったのかと暗い気分になったが、大半の人はすぐに事態を把握していたようだ。

 というわけで、この期に及んで説明するまでもないとは思うが、これはこのセッションのテーマである“ARG”の実践にほかならない。受講者たちは何も知らされていなかったため、最初は戸惑っていた様子だったが、そこは皆、エンターテインメントの創造を職に選んだ人たちのこと。大半の人はすぐにこのセッションの趣旨を理解し、ノリノリで謎解きに参加し始めた。

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▲イーピン氏の巧みな誘導もあり、テンポよく、つぎつぎとヒントが開示されていく。

▲参加者も積極的に楽しんでいた模様。あらかじめ演者が聴衆に紛れてスタンバイし、うまく誘導していたようだ。

▲提示されたSSIDでローカルネットワークにつなぎ、ヒント通りのURLを打ち込むと、記者のPCにも謎のサイトが。デジタルデバイスに抵抗がない聴衆が多いことを考慮してか、こうした仕掛けが随所に見られた。

 非常に手の込んだ内容となっていたため、すべてを筋書き通りに説明するのは避けるが、大まかに謎解きの構造をまとめると以下の通りとなる。

【1】椅子の下に隠された5つのメッセージ
→(3)のURL、(3)の仕掛けを解くアイテムの在処に関するヒント、(2)を解読するためのヒント
【2】石川氏が受講者に配った石川氏のプロフィール資料
→(3)に接続するためのルーターのSSIDとパスワード
【3】時限式の仕掛けで消滅しようとする謎のサイト
→犯人の手がかり

 実際には、【1】〜【3】以外にも細かい謎やヒントが隠されており、それらを狂言回し的ポジションの“IT探偵イーピン”が、聴衆を巧みに誘導しながらストーリーを進めていた。最終的には、【3】の仕掛けを解く最後の鍵が二者択一で提示され、そこまでの推理をもとに、聴衆の多数決で決定。見事正解を選択し、最後の謎が解けて……となるはずが、いくつか重要なヒントが見落とされていたためか、選択は失敗。予想外のバッドエンドに、“IT探偵イーピン”も苦笑いする結果となった。

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▲エンディングの後で、キャストが紹介され、参加者から大きな拍手を浴びていた。

●デジタルゲームの制作者こそARG制作・運営に適任!

 1時間のセッションのうち、じつに50分近くをARGの実践に費やしたため、若干駆け足気味ではあるが、最後は八重尾氏、石川氏からARGに関するまとめの講義となった。

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 八重尾氏が今回の実践において目指したのは、“日常空間がゲーム空間に変わる”、“ソーシャルコミュニティを形成する”、“トランスメディアを利用する”の3点だ。これはARGが成功するためには必須の条件でもあるようで、例として挙げられたアメリカで『Halo2』のプロモーションとして行われたARGでも、上記の3要素は押さえられており、非常に高い効果を上げたという。

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 続いて登壇した石川氏は、ARGの実施について、ゲーム制作会社には非常に有利な条件が揃っていると語る。自身が豊富なゲーム制作経験を持つ石川氏は、ゲーム会社には、ARGの制作・運営に必要なスタッフが揃っていることや、比較的低予算で高いプロモーション効果が期待できることなどに加えて、「嘘が許されやすい」(石川氏)という利点があるのだという。石川氏の実体験として、人材派遣会社にARGのプレゼンをした際、“架空の人材募集広告からストーリーが展開する”というプランを提案したところ、「嘘をつくなんて論外です」と、即座に却下されそうだ。その点ゲーム業界では、「毎年4月1日にウソのホームページを公開する会社も多いですし、ウソを楽しんでもらえる土壌があります」(石川氏)。

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▲石川氏は、つぎなる計画として、“スパイごっこ”を題材にしたARGを実施予定とのこと。ただし石川氏の地元、福岡のみでの開催になるそうなので、遠方の人にはちょっと残念。

 以上、CEDECでは珍しく、肩の力を抜いて楽しめるユニークな内容で、ARGの楽しさをわかりやすく示してくれたこのセッション。最近では、“リアル脱出ゲーム”などの“ごっこ遊び”がブレイクしつつあり、ゲーム業界とのコラボも盛んになってきている。そうしたブームをゲーム業界の側から仕掛けることができれば、ゲームの世界がさらに盛り上がることが期待できるだろうし、何よりARGは、新しいエンターテインメントとして大きく広がる可能性を秘めている。今後の展開に注目したい。