CGキャラクターは肘がツボ! 人体解剖学の博士が語るCGにおける人体描写【CEDEC 2011】

ゲーム開発者の技術交流などを目的としたCEDECに人体解剖学の医学博士が登壇……「それって、どういうこと?」と思った人! 記者も最初はそう思っていましたが、最終的には心のガッテンボタンを連打していました。

●サイエンスとアートの融合、その先端にいるのはゲーム

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 2011年9月6日〜8日の3日間、神奈川県のパシフィコ横浜・国際会議センターにて、ゲーム開発者の技術交流などを目的としたCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス) 2011が開催されている……と、言ったものの、この記事でお届けする講演のスピーカーは、肩書きを見る限りゲーム分野とは程遠い方である。宝塚大学大学院の教授で、医学博士の桜木晃彦氏。専門分野は人体解剖学だ。解剖学の博士が、CEDECで講演とな? ゲームにおけるゴア描写のリアリティーでも語るのかしら? と思った方、半分正解です。

 桜木氏が行ったセッションは“CGと人体解剖学が創る新しい世界 -知っておきたい人体製作のツボ-”。つまり、人体解剖学の研究で得たノウハウから、CGで人体を描くうえでのリアリティーのツボを伝えようというもの。まったく異なる分野からゲームにアプローチするという、非常に刺激的な試みである。しかし、桜木氏によればこれに近い試みは遥か昔から行われていたという。というか、昔はそれが実現していた。「人間の知的作業は、乱暴に分ければサイエンスとアートのふたつ。古代は同一人物が両方を行っていました」(桜木)。具体例は挙げられなかったが、記者が思うにレオナルド・ダ・ビンチはその代表例と言えるのではいないだろうか。アート分野での評価は言わずもがな、サイエンスに関しても解剖学、医学、建築学とさまざまな分野に通じていたからだ。

 しかし、ダ・ビンチのような巨人がぼこぼこ生まれてくるわけがないし、また時代が進めばそれぞれの分野の専門性も深まってくるわけで、いつしかアートとサイエンスは切り離されるようになったのだろう。以来、我々が生きる現在まで、両分野はそれぞれ独立して進化してきた。だがそれにも限界が訪れる。桜木氏の考えでは、少なくともサイエンス分野は20世紀末ごろから行き詰まっているという。単独で進化するのは難しい状況がきてしまったのだ。言い換えれば、かつての芸術家、または学者のように両分野の力を結集し、進む時代が再び来たのである!

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▲サイエンスとアートが融合には、サイエンス側の行き詰まったがゆえの“自由になんでもしていいという”風潮も影響しているという。

 ……とは言え、先にも述べた通りアートとサイエンスの歩み寄りはいまに始まったことではなく、両者が離れてしまってからずっと行われてきたものであり、また失敗してきたことなのだ。桜木氏はその原因について「お互いに範囲が広すぎるし、大風呂敷を広げすぎている」と分析。また、サイエンスとアートの人間ではそれぞれ共通の言語を持っていないという問題もある。「学校時代を思い出してみてください。理科の先生と美術の先生はキャラがまったく違いましたよね」(桜木)。ざっくり言えば、前者は論理的で後者は感覚的ということだろう。

 お互い扱う範囲は広く、使う言葉も違う。では、どこで両者は歩み寄ればいいのか? 桜木氏は解剖学者の視点から、サイエンスとアートの合流点を“CG(コンピューターグラフィックス)”に求めた。CGは元々数値データであり、数値はサイエンスの人間が扱う言葉だ。しかし、数値データが結集して表現された絵はアートの文脈で語られる。そして、桜木氏はサイエンスとアートの融合の先頭を行くジャンルにゲームを指名した。ゲームにおけるCG表現は、ほか分野と比べて群を抜いているからだ。「あなたがたは大きな歴史の合流点に立っています」(桜木)。

 記者の憶測も混じったりで前置きが少し長くなったが、ここからが本題である。桜木氏はCGを描くうえでのツボを紹介する前に、まず人体構造において最低限押さえておきたい知識を伝えるところから始めた。同氏が挙げた知識は、“人体はひとつながりである”、“人体は常に動いている”、“一人ひとり違う”の3つ。以下、項目ごとにわけてそれぞれの意味を説明しよう。

<人体はひとつながりである>
人体の中で、筋肉と骨はまったく異なる素材と考えている人は多い。しかし、解剖学的に見ると両者は分離しておらずひとつながりなのだという。具体的に言うと、人体を構成する基本要素は細胞とそれをつなぎ止めるタンパク質の繊維、そして繊維の隙間を埋める水。これは筋肉も骨も同じで、違いはそこに加わるプラスαによって変わってくる。たとえば骨の場合は細胞、タンパク質、水のセットにリン酸カルシウムが加わることで、骨になるそうだ。蛇足かもしれないが、これを記者なりに噛み砕いてみると、白米に何のふりかけをかけるか? という問題に近いのではないだろうか。とにかく、桜木氏が言いたいのは骨も筋肉も元を辿れば同じものである、という意識を持ってCG表現に臨むべきであるということ。また、ひとつながりというのは見た目だけでなく動きの面においても当てはまる。何か物を取るとき、腕だけ動くということはない。対象物を見るために顔はそちらを向くし、肩も動くし、低い位置にあれば体は全体的に傾く。ほかと連動しない単独の動きというのは、ありえないというわけだ。

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▲物を取るときの実演をする桜木氏。

<人体は常に動いている>
これは文字通りの意味。生物は基本的に完全に止まっているという状態は存在しない。哺乳類であれば体温を維持するために、寒ければ体温を上げるために肝臓と骨格筋が動かし、暑ければ体温を下げるためには発汗と呼吸を行う。生物の宿命として、常にどこかが動いているのだ。確かに考えてみれば、すぐれたCG映像ではキャラクターが棒立ちしているということはまずない。また桜木氏は、止まっていると不自然なもので見落としがちなものとして“眼球”挙げる。そして、それを逆手に取ったのものとして動きが止まったパントマイムを紹介。動きが止まった演技をするとき、体を静止させるのはもちろんだが、視線を固定するというのも重要なテクニックのひとつなのだという。ちなみに眼球は1個につき、6個の筋肉がついている。だが、上下左右斜めに動かすためには4つで足りるので2個余ってしまう。このふたつは何のために使うのかというと、眼球の回転。頭を傾けても視界が傾かないのは、この回転させる2本の筋肉があるからだそうだ。

<一人ひとり違う>
これも文字通りの意味で、人種性別年齢によって人間は見た目がまったく違うということ。ここは詳しく説明のしようもないので、桜木氏も駆け足での紹介となった。

 さて、人体における正しい知識は得られた。すでにCG作成におけるヒントは数多く示されていたが、つぎではより細かな、まさにツボと呼ぶにふさわしい要素が桜木氏の口から語られる。同氏は“ここを外しちゃいけない。CGによる人体ダメなものランキング”と題して、ツボをTOP 5形式で紹介。それは以下の通り。

5位 体幹の動き
4位 皮膚の素材感
3位 表情筋
2位 肘から手の動き
1位 肩の動き

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 上記の中から桜木氏は、2位の肘から手の動きをピックアップして説明。ちなみに1位を選ばなかったのは、今回の講演時間の中では語り切れないという理由から。興味がある人は同氏がほかで行っている講演に足を運んでみるのがいいだろう。

 肘から手の動きがCGで人体を描くうえでのツボとは、素人目からすればどこか意外である。確かに手というのは体の中でもとくによく動く部分だが、“肘から”という点はいまいちわからない。だが、桜木氏によれば人間の肘から手の動きというのは、人間にしかできない動きを含んだものなのだという。肘から手――つまり前腕は、親指側につながる撓骨(とうこつ)と小指側につながる尺骨(しゃっこつ)のふたつから成っている。ここまではほかの哺乳類も同じ。人間ならではの点は、撓骨と尺骨が柔軟に動き、また入れ替われるということだ。これが何を可能にするかと言うと、腕をひねる動き。犬や猫を想像してほしい。手のひらを上に向けるという動きができるものはいない。手首の小指側にある出っ張りも重要だ。これも人間ならではの特徴で、あるかないかで人体描写のリアリティーはグッと変わってくるという。

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▲つまりこういう動きが人間ならではのもの。

 また、肘の部分では男女の違いも見えてくる。桜木氏によれば、肘関節の角度は男女で異なっており、腕をピンと伸ばすとそれが顕著に現れるそうだ。男性の場合、腕はほぼ真っ直ぐに伸びるが、女性は男性に比べると外側に反った状態になる。ただし、男性の中にも女性なみに肘関節が伸びている人もいるので、これだけで男女を判断するのは難しい。より正確に判断するためには、腕を自然に垂らした状態のときの肘と前腕部の角度“キャリングアングル”を見る必要がある。この角度が女性は広く、男性は狭いという特徴があるのだという。以上のふたつの要素を駆使すれば、戦隊ヒーロー物の女性キャラクターの中身が本当に女性かどうかも判別できるというわけだ。ちなみに桜木氏の話によれば、『秘密戦隊ゴレンジャー』のピンクは放送序盤は中身が男性だったとのこと。

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 前腕、ひいては腕の描きかたが人間らしさを強調し、さらには男女の区別まで可能にする。さらに今回は語られなかったが肩も人間らしさを表す重要な部位だ。言い換えれば、ほかの生き物に比べて動きの自由度が格段に高い腕(前足)こそが人間を人間たらしめているいうことだ。すると疑問は、なぜ人間は腕が発達したのか? というところへ行き着く。桜木氏は直立二足歩行がその根源であると説明。そして、その根源を描くうえでの心得的なものも紹介した。「二足歩行と言っても、動いているときの60%の時間は一本足で立っています。人間は2本足で動くのではない、一本足立ちに適応しているということも頭に入れておきましょう」(桜木)。

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▲桜木氏は、二足歩行を始める前の人類に関する最新の学説も紹介。進化を表すイラストに4足歩行→中腰二足歩行→直立二足歩行というものがあったが、昨今ではそれはほとんどなくなったという。人類に中腰二足歩行だった時期はなく、その期間は樹上生活をしていたそうだ。

 時間の都合上、用意していたことがすべて語られたわけではないが、以上が桜木氏による講演の内容である。読んでいてお気づきになった人もいると思うが、同氏がゲームについて言及したのは冒頭のみで、以降はひたすら、まるで大学で講義するかのように人体の構造に関する話を展開していた。しかし、そこから得られた知識はいずれもCG作成において間違いなく役立つものばかりである。正直な話、記者は最初“サイエンスとアートの融合”について聞かされてもいまいちピンとこなかったのだが、すべてを聴き終えたあとは「なるほどそういうことか!」と理解することができた。これはぜひ、ほかのサイエンスからのゲームというアートに対する助言もぜひ聞いてみたいと個人的に思った次第である。

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▲本日の結論。記者もいろいろなサイエンスをつまみ食いしてみたくなりました。