ゲーム大好きライターが古今東西のインディーゲームを紹介。今回は、Nintendo Switch、iOS、Android、PC用ソフト『The Longest Road on Earth』をお届けする。
Text by:ヨージロ(たわいないライター)●記事一覧
【ココが推し】
- モノクロながら精緻に描かれたピクセルアートに目を奪われる ヨージロ
- 全編に流れる美しいボーカル曲。歌っているのは開発メンバー
- とても印象的な、一切のテキストを廃したストーリーテリング
歌とともに紡がれる“なんでもない”物語
このゲームでは、特別なことはなにも起きない。手に汗握るアクションもないし、倒すべき悪党も登場しない。24曲の歌に乗せて紡がれるのは、誰かの“ありふれた日常”を追っただけの“なんでもない物語”たち。つまり『The Longest Road on Earth』は人生を描こうとしている。
人生はありふれているからこそ尊くて、なんでもないことが愛おしいものだ。収録されている4つの短編は約2時間で終わるコンパクトな内容だが、テキストを一切使わず、美しい歌と精緻なピクセルアートだけで描かれるなんでもない物語は、きっと“忘れ得ぬ物語” になるはずだ。
『The Longest Road on Earth』ニンテンドーeショップサイト 『The Longest Road on Earth』Steamサイト忘れ得ぬ“ありふれた日常”
劇的とはほど遠い物語なのに、このゲームは抜群におもしろい
東京出身の人、東京に在住の人、東京にやってきた人……そのいずれかに当てはまる150人にインタビューした『東京の生活史』という本がある。150人の語りが収録されているというだけでも十分にすごい内容ではあるのだが、それ以上に驚かされるのが、登場する聞き手、語り手のほとんどが著名人でもなんでもない“市井の人たち”という点だ。
「そんな内容でおもしろいの?」と思うかもしれないが、これが抜群におもしろい。まるで映画のようにドラマチックな語りもあれば、たわいない語りもあるが、ひとつとして似た話はなく、生きることのすさまじさ、おもしろさ、やるせなさ、多様さが1冊の中にこれでもかと詰めこまれているのだ。
『The Longest Road on Earth』も、『東京の生活史』と同様に“市井に生きる人”(姿は擬人化された動物だが)しか登場しない作品だ。描かれる物語も田舎町の食堂で働く女性のささやかな日常であったり、都会でピアノの調律師を営む男性の疲れきった毎日であったり、退屈しきった貨物船の乗員が下船するだけの話であったりと、劇的とはほど遠いものばかり。
また、システム面についても、本作はお世辞にもゲーム的な楽しさがあるとは言い難い。ジャンルとしては横スクロールの2Dアドベンチャーだが、ほとんどのシーンは画面内を右か左へ移動することしかできず、謎解き要素も一切なし。しかもキャラクターたちの会話はおろか、テキスト自体が作中には存在しないのだ。
「そんな内容でおもしろいの?」と思うかもしれないが、これが抜群におもしろい。その理由は『東京の生活史』の紹介で書いた内容とほぼ重なる。このゲームを遊ぶことは、我々が日々生きる中で得るさまざまな感情の追体験であるし、この世界に生きる誰かの生を感じることでもあるし、過ぎ去った日々を慈しむことでもあるのだ。
前述の通り本作にはテキストがない。でも、その代わりに歌がある。オープンニングからエンディングまで、プレイ中はずっとボーカル曲が流れ続けているのだ。歌っているのは開発メンバーのひとりで、透き通るような歌声と豊かな表現力でテキスト情報が存在しない本作の世界を饒舌に描写してくれる。とくに、少年の成長を描く最終エピソードで流れる楽曲は出色のできばえ。エンディングシークエンスに入るタイミングの完璧さも相まって、思わずゲーム画面に向かってスタンディングオベーションをしてしまうほどだ。
そういう意味では、ゲームというよりも映画を観るような感覚が『The Longest Road on Earth』は強いかもしれない。でも個人的にはやっぱり、本作を遊んで得られる感情の動きは、ゲームならではのものと主張したいのだ。本作が、一般的なゲームに求められる楽しさに欠けているのは事実だ。しかし、“欠け”があるからこそ、プレイヤーはソレを補うように想像力を働かせてキャラクターを操作することになる。憂鬱な通勤シーンでは方向キーが少し重く感じられるかもしれないし、心が弾むようなシーンではボタンを押す指にも自然と力が入ってしまうかもしれない(少なくとも僕はそうなった)。これって、レースゲームでカーブの際に体も傾いてしまう感覚にも通じる、ものすごくゲーム的な体験じゃないだろうか?
『東京の生活史』が、著名人不在というインタビュー本としてはありえない内容ながら、インタビューのおもしろさの真髄に迫っていたように、『The Longest Road on Earth』はおよそゲームらしくない内容ではあるが、じつのところ極めてゲーム的な感情を呼び起こす作品になっていると、僕は思うのだ。
『The Longest Road on Earth』的オススメ書籍・映画
このゲームにグッときた人は、ぜひ以下に紹介する書籍と映画もチェックしてほしい。
『東京の生活史』
『The Longest Road on Earth』を遊んで連想したのが本書。編者の岸政彦氏は、“紀伊国屋じんぶん大賞”のスピーチで「生活史を聞くということは、語りというよりは歌を聴いている感じ」と話していて、それがゲームと結びついたのだ。
『東京の生活史』の購入はこちら (Amazon.co.jp)『山谷 ヤマの男』
『The Longest Road on Earth』では、時折挟まれるキャラクターの“顔”も多くのことを物語っている。本書も顔が多くを語る本だ。労働者の街の男たちの顔はどれもじつに饒舌で、さながら写真版『The Longest Road on Earth』と言える。
『山谷 ヤマの男』の購入はこちら (Amazon.co.jp)6歳の主人公が18歳になるまでの12年間を、本当に12年間かけて撮影した映画。ストーリーはフィクションだが、劇的なことはとくに起きず、淡々と登場人物たちの人生を追う物語は『The Longest Road on Earth』に通じるものがある。
『6才のボクが、大人になるまで』の購入はこちら (Amazon.co.jp)The Longest Road on Earth
- メーカー:Raw Fury
- 開発:Brainwash Gang、TLR Games
- プラットフォーム:Nintendo Switch、PC、iOS、Android
- 発売日:Nintendo Switch版は1月27日配信、PC版は2021年5月27日配信、iOS版とAndroid版は2021年5月27日配信で
- 価格:Nintendo Switch版とPC版は1010円[税込]、iOS版は490円[税込]、Android版は450円[税込]
- ジャンル:アドベンチャー
- IARC:3歳以上対象
- 備考:ダウンロード専売