『スペースチャンネル5』(以下、『スペチャン』)シリーズは、宇宙放送局スペースチャンネル5のリポーター・うららが、宇宙人に踊らされた人々をダンスで救うミュージカルアクションゲーム。スタイリッシュなビジュアルと華やかな音楽で魅せる一方で、どこか気の抜けたノリが多くのプレイヤーを虜にし続け、第1作から20年を経ていまなお愛され続けている作品だ。

1999年発売の1作目
2002年発売の『パート2』

 その愛は時空を超え、この2020年2月には、プレイステーション用VRタイトルとして最新作『スペースチャンネル5 VR あらかた★ダンシングショー』が配信された。

2020年リリースの『あらかた★ダンシングショー』

 これを機に、最新作の話とともに第1作、第2作に携わった開発スタッフたちに、当時の熱気が伝わるシリーズの誕生秘話を聞いた。インタビュアーは、なんとゲーム中に登場するモロ星人!

モロモロ聞いちゃうモロ~♪

湯田高志(ゆだたかし)

スペースディレクター。現在は、8Bit Monkey Studioの代表。『スペチャン』シリーズでは1作目のディレクションとヒューズのボイスを担当。多くのセガ作品のアートも手掛ける。参加作品:1作目

吉永匠(よしながたくみ)

スペースゲームデザイナー。セガ所属。『スペチャン』シリーズを始め『きみのためなら死ねる』など音楽を絡めた作品を多く手掛けるデザイナー、ディレクター。参加作品:1作目、パート2、VR

幡谷尚史(はたやなおふみ)

スペースサウンドディレクター。セガ所属。『スペチャン』シリーズや『きみのためなら死ねる』、『ゴールデンアックスII』など多くの作品の音楽を担当。参加作品:1作目、パート2、VR

岡村峰子(おかむらみねこ)

スペースVRプロデューサー。最新作の開発・発売元のグランディング代表であり、本作のプロデューサーを務める。シリーズ1作目と『パート2』では、アシスタント・プロデューサーを務めている。参加作品:1作目、パート2、VR

『Mexican Flyer』発掘の巻

『スペチャン』も20周年を迎えたモロ。そもそも1作目を作る発端は何だったモロ?

最初は湯田さんと書いたアドベンチャーゲームの企画書からですね。ムービーを背景にポリゴンキャラクターが動くというもので。当時のセガサターンでは使えるポリゴンの数が少なかったけど「背景がムービーならイケるのでは?」と考えたんです。そのときはミュージカルではなく、エージェントが活躍するスパイものでした。

そこからどうダンスゲームに……?

スパイものの企画の後半から、「キャラクターにダンスをさせたい」という気持ちがモヤモヤと浮かんでいたんですが、当時はダンスの動きをキャラクターに手で付けるのは無理があったんですよ。

1990年代末期モロね?

そう。そんなときに、当時はまだあまり使われていなかったモーションキャプチャーを『ビクトリーゴール』で使うと聞いて、勉強したくてチームに入り、そこで撮りかたをひととおり覚えたんです。

モーションキャプチャーのために? さすが湯田さんですね。

(笑)。それで吉永に「ダンスっぽいものをやりたい」と伝えて。あとはマイナーっぽいセガのイメージをドリームキャストの立ち上げに当たって払拭したくて、ライトで楽しく遊べるものを考えたんだよね。

それがタカヤマノイズが主人公の『電眼(deen-guns)』という企画です。

それはどんなものだったモロ?

シューティングで、でたらめに撃ってもいちおうは敵を倒せるけど、音のノリに合わせると無駄弾がなく、効率よく進むという内容です。当時の映像をお見せしましょう。

初期は男性が主人公で、湯田氏の顔を撮り込んでいる。スパイものらしく、ステージは暗め。

(映像を観て)おおーっ!

それとこれは『スペチャン』寄りになってからの動画ですね。スペーシーな始まりでミュージカルアクションと言っているので。

女性主人公になったバージョン。服や宇宙船内のデザインは1作目に近づいてきた。顔は某女優似

タイトルも“5”になっていますね。

すでにBGMが『Mexican Flyer』です。

言われてみれば、あのホーンの音色ってモロ、スパイもののものモロね。

当時はラウンジミュージックが全盛で、コンピレーションアルバムなどから曲を探して、スパイものから見つけたんだっけ?

そのときはまだササキトモコさん(※)が担当していると思います。1960年代中心のB級映画などのコンピレーションアルバムから選んだと聞いています。

※ササキトモコさん……元セガで、現在はフリーのサウンドクリエイター、アーティスト。『ROOMMANIA#203』のゲーム内ガールズポップアーティスト“セラニポージ”を手がけ、のちに実在ユニットとして活動したり、姉妹ユニット“東京ハイジ”として子ども向け楽曲を制作し、YouTubeチャンネルを運営したりなど多方面で活躍中。また、幡谷氏の細君でもある。ちなみに『Mexican flyer』は、『The Thriller Memorandum』というコンピレーションCDからササキさんが発掘したとのこと。

最初のプレゼンビデオは湯田さんとササキさんと私で作っていたんです。『Mexican Flyer』ともう1曲候補があったんですが「ゲームのテンポを考えるとこっちだね」と。

スタッフ結集! の巻

当時はササキさんが『ROOMMANIA#203』の原案を同時に進めていたので『スペチャン』から外れることになったんです。それで僕が「絶対に引き継ぎたい」と『スペチャン』チームに入りました。

私も『スペチャン』を制作するのなら、『ROOMMANIA#203』のディレクターもやってと言われていました。それで2ヵ月くらいディレクターをやったあと、違う人が見つかってこちらに専念したんです。

プロデューサーの水口哲也さんはいつ合流するモロか?

水口哲也氏

水口さんは1年くらい経ってからです。水口さんの部署(第9研究開発部)にまだプロジェクトがなく、それまでに企画の通っていた『ROOMMANIA#203』と『スペチャン』のどちらかを選ぶことになり、そこで『スペチャン』を選んだと。

ともすれば水口さんが『ROOMMANIA#203』を作っていた可能性もあったんですね。

そう考えるとその2作は兄弟みたいだ。

そんなある日、僕らのところに短パンの男(水口氏)がやって来て「渋谷に部署ができるんだけど、いっしょにやらない?」と言われ、「渋谷、いいですね」と返事をした(笑)。

このプロジェクトが通るまでがたいへんだったから、私も「企画が残せるならそれもいいかな」と。その後、正式にスタッフを呼び集めたときに岡村は合流したんだよね?

そうです。それが1997年の10月ごろ。もともと宣伝畑でしたので、水口さんのもとで広報兼アシスタントをしていました。

それからチーム全員で逗子マリーナで合宿をしたんですが、主人公のことばかり話してたなあ。それが作品の芯になりましたね。

そこからいまのうららになったのモロ?

リポーターであるのはゲームの機能として最初から決まっていました。

デザインは色気がありすぎても、そっけなさすぎてもなんだし、と考えたとき「バービー人形くらい」となり、そこでキャラクターデザインの宮部(由美子氏)に作ってもらったのが最終的にこうなりました。

完全パッケージのキャラクターモデルにキャプチャモーションを付け、うららが初めて動いた瞬間の映像を、開発スタッフが当時の携帯電話で撮影したもの。1999年5月30日1:18AMの出来事。これがうららの誕生日の起源となる。うららのゲーム中の誕生日の設定は、2477年5月30日生まれ。

顔をあえて左右非対称にしたり。要は整った美人さんじゃなく、印象に残る魅力的な顔を作るためなんですけど。

1作目のうらら

ふつうに作ったらカッコよすぎちゃうので、セリフもズレた感じにしないと愛嬌がないんです。踊って戦うこと自体が間抜けだから、限りなくコメディだけどギャグではない。そのバランスは気にしていました。

タイトルは初期から決まっていたモロ? それになんで“5”なのモロ?

湯田さんが“5”を好きなんですよ。

当時乗っていたクルマのナンバーも5でしたから。『スペースチャンネル』というタイトルも最初から決まっていましたね。

主人公をリポーターにした時点でね。『帰ってきたウルトラマン』に『怪獣チャンネル』という回がありますが、語感的に“スペースチャンネル”はそこから来ていると思います。

吉永さんはウルトラシリーズが好きモロね? 『パート2』ステージ2の“緑の恐怖”って題は『ウルトラセブン』の第2話といっしょモロ。

第2話で舞台が植物園だったら「まあ付けるよね?」と。特撮は好きですけど湯田さん以外のメンバーはあまり詳しくはないので、ちょうどいい塩梅になったかと思います。

その塩梅のおかげか、企画の初期と比べて明るい雰囲気になったモロね。

明るくと意識しましたけど、デザイナーの子たちが明るくて自然とそうなりました。

チームの女子率が高かったのもあります。チーム全体は20人ちょっとなんですけど、半分近くは女性でした。たとえばパンツが見えるにしても、いやらしくないラインがわかりやすかったかな。「女性メンバーが嫌じゃなければ大丈夫」というフィルターがありました。

『Part2』のうらら

ところで名前はどう決まったモロか?

最初のムービーのころはジェニファーと呼んでいました。でもある日突然、水口が「うららがいいんじゃない?」って言い出して。人にいっぱい案を出させておきながら(笑)。

歌劇やフランス語かなどに出てくる「ウ~ララ♪」がグローバルな響きもありつつ日本的な名前でもあるし、セクシーにもなりすぎなくていいと。英語表記をULALAにするかURARAにするかも最後まで悩みましたね。

プロモーション狂想曲の巻

『スペチャン』はプロモーションもハデだったモロ。我々が渋谷をジャックしたモロね。

ええ、1999年の年末にドリームキャストごと盛り上げようと渋谷ジャックをして。センター街に下がるフラッグも『スペチャン』一色にしたり、スポーツ新聞に“宇宙人襲来”と記事広告を出したり。モロ星人画像 20体を呼んで(着ぐるみを制作して)宮下公園あたりの歩道橋を練り歩いたりしましたね。

東急百貨店東横店の壁面に巨大なポスター!
懐かしの東急電鉄東横線のホームは、うららだらけ!

そのあと全国を回っていたよね?

水口さんのサイン会で全国行脚しました。お店の会場でソフトを手売りして。

全国行脚、ちょっと楽しそうモロ~。

楽しかったといえば、私は音声収録に立ち会うのが楽しかったですね。

湯田さんはヒューズの声を担当しているけど、収録はドッキリだったらしいモロ?

そう。「こんなノリのゲームです」と声優さんに参考にしてもらうためのサンプル音声を1面ぶんだけ録ったんです。でも「2面もついでに」と水口に言われて。どんどん録っていったら「これ本番で使うから」って。「えーっ」となりましたけど、まあいいかと。

湯田さん芸達者だから(笑)。

いま聴くと学芸会味がすごくてさ。自分では恥ずかしくて聴けないよ。

そういう「最後まで真面目にやったら恥ずかしい」みたいな、そこが湯田さんの味なんですよね。だから『スペチャン』も少しヘソ曲がりというか。

チャンネル』イズムですね。

セリフ回しで1回だけリテイクされた気がするなあ。「少し恥ずかしいから感動させるような言いかたでなく、おちゃらけたらいいんじゃないか」と。そういう感覚も吉永が持っているものに影響を受けて「こうあるべきなんだな」とだんだんわかってきた感じかな。

まるで設計! 特殊すぎる作曲の巻

音楽のお話も聞きたいモロ。幡谷さんはどうやって曲を作ったモロ?

ふつうとは違う作りかたとしか言いようがないですね(笑)。

先に「ここでバトルして、セリフが入ると2小節ぐらいかかるから……」という小節を割った表を作るんです。そうやって全体を作ったうえで出題部分をツールを使って作ります。

スーパープログラマーの中西仁さんが作ったツール。だから“スーパーひとしくん”と呼ばれています(笑)。

そうやって手元でBPMや入力パターンを変えられるようになった状態で「幡谷さん、お願いします」と渡すんです。

つまりチュー、チューっていうリズムが先で、そこに曲を乗っけていったモロ?

そうです。水口がこだわっていたのは戦闘中のテンポ変化。それを盛り込みやすいシステムにしようと、MIDIを使ってテンポを可変できるような根幹の思想が逗子の合宿で決まり、ツール化されたんです。

「いちばん気持ちいいところで音楽が鳴る」というのが『スペチャン』の特徴です。でも作曲家としては、テンポや入力のタイミングを先に指定されたら困りますよね。ほかにも移動と戦闘の区切りが指定されていたり、セリフもあったりして。幡谷さんはゲームの機能も保ったうえで、芸術性を乗せていくのがたいへんだったと思います。もちろん幡谷さんから「これだったらこっちのほうが」というフィードバックもありました。

やっぱりたいへんだった?

いや、たいへんですよ(笑)。ボタンを押したときの手応えなど、機能面が重視されていましたから。でも一方的な注文ではなかったし、プレイヤーに何をしてほしいのかがあらかたわかっていたので、僕はそのタイミングをいかに活かすかを考えていましたね。……でも、湯田さんたちに持っていくと○か×かの答えしかないんですよ(笑)。

「あー、なんか違うんだよね」だけで何でダメか言わない人の話は巷ではよく聞くモロ。

サンプルはいっぱい聴かせてたよね? 「この曲のここを聴いて」とか。すると「じゃあここの素材を抜き出せばいいわけ?」という乱暴な返事がきたのを覚えていますよ(笑)?

このふたりのやり取りはね、基本コワイんですよ、同期なので(笑)。

なんでも言い合える仲なのモロね。

音楽の方向性は見えていたけど、ゲームとして置き換える部分がまとまらず。ただ、僕も双方が納得できないことをするのは絶対に嫌だったんです。それがステージ3の“アステロイドベルト地帯”の突入の曲(『asteroid belt~go!go!“astrobeat jr.”』)で、やっと「これ!」というのが見えて。

そう、それからはもうお任せでした。

うらら再び! 『VR』大作戦の巻

あらためて伺うモロけど、『VR』を作ることになった経緯とは?

オーケストラコンサート(※)で幡谷さんが「オカミネ(岡村さんのニックネーム)が『スペチャン』作れよ」と言ってくださったのが最初ですね。

※オーケストラコンサート……2016年に東京芸術劇場にて開催されたゲーム・シンフォニー・ジャパン セガスペシャル2016のこと。『Mexican flyer』のオーケストラアレンジ、『パート2』のエンディング『This is my happiness』を光吉猛修氏が熱唱したりと豪華だった。

それまで何もそんな話はなかったの?

そうですね。『パート2』が個人的にとてもよくできたと思っていて、「あれを超えるものってもう無理かな。シリーズで出す意味ってあまりないかな」と思っていたんです。ところがコンサートで『スペチャン』の楽曲と寸劇にお客さんが喜ぶ姿を見て、峰子さんが言うように「恩返しはしたほうがいいかも」と。

ええ、Twitterなどで盛り上がっているのを見て「ずっと好きでいてくれる人たちに恩返しできないかな」と思ったんです。そこへ先ほどの幡谷さんのひと言があって、吉永さんにも話したところ、「ふつうに『パート3』を作ってもつまらないよね」という結論が出て、それでVRに向かうことになったんです。

やるならテクノロジー込みで何かないと。

『VR』はどう作っていったのモロ?

出題や曲、セリフの組みかたは先ほどの作りかたを踏襲しています。一方の3Dモデルは最新の作りかたなのでポリゴン数も増えていますけど、あえて塊っぽさを出しています。それでいて生々しい動きを丁寧に作れば、絶対に『スペチャン』になると確信が持てたんですね。

確かにサラサラ髪がなびくうららになってたら違和感があると思うモロ。

『あらかた★ダンシングショー』のうらら

宇宙船なども1作目のデザインを残しつついまの形にアップデートしたりと、『VR』版ディレクターの堀田(昇氏)がこだわっています。彼も『スペチャン』ファンですから。

それはうれしいモロね。

湯田氏は旧作の制作時、チームのためにレトロフューチャーな資料をたくさん用意。宇宙船であっても宇宙船そのものではなく、レトロフューチャーなポットなどからヒントを得たりして作られているという。写真右は旧作でジャガーたちが乗るバッドチューニング号。左の最新作では船尾がスタイリッシュになり、ボディーがスクリーンになる機能も搭載されている。また、旧作全体のデザインコンセプトとして、1960年代に放映されたアメリカのアニメ『宇宙家族ジェットソン』も参考にされたとのこと

この世界の“いち出演者”の巻

VRでの変化はほかにあるモロ?

演出ですね。これまではPVのようなカメラ割りでしたが、『VR』はプレイヤーが360度自由に見られるので、何かが起こる場面では視点誘導をしたりと試行錯誤しました。それから酔いの軽減にも気を遣いましたね。

ササキさんの三半規管は究極のヨワヨワなんですけど、あの人でもちゃんと遊べたから大丈夫だと思います。そういえばササキさん、「そこにうららがいる」って言っていたね。

ああ、水口さんもそんなこと言っていました。VRゴーグルは疲れやすいんですけど、「ゴーグルを外したくない」とも(笑)。まあその前に水口さんは、ゲームオーバーになっていたからという理由もありますが……。当初は少しシビアな設定だったんです。

いまは調整してありますから大丈夫ですよ。『VR』で“自分が動く”って思ったよりもたいへんで。ポーズの記憶も3つ以上は難しいんです。それが最初はわからず、4つにして覚えられなかった。そもそも人間のモーションって、動き始めたらなかなか止められないもの。従来は「上から下は入れやすい。下から右は入れづらい」などボタンの配置を気にしていましたけど、今回はそれ以上に体の動きを考えましたね。

これまでと勝手が違うモロね。

「なんでふつうのバージョンは出ないんですか?」という問い合わせもありますが、体験していただけばVRで『スペチャン』が帰ってきた意味合いを感じてもらえると思います。“あの世界に入れちゃう時代がやって来たんだよ感”のすさまじさ。とっても『スペチャン』なのに、この『スペチャン』はスゴい……という。

本物であると同時に、奥行きが出たモロ。

それを皆さんに届けたいと思っていて。映像だけでなく、誰かのお家で遊ぶのでもいいですから、まずは体験してほしいですね。

そういえば『VR』の制作スタッフに湯田さんはいませんが、湯田さんからのプレッシャーはなかったモロ?

いちおうありませんでした(笑)。でも湯田さんは東京ゲームショウ(以下、TGS)の『VR』ブースに来てくださいましたよね。ほかにも当時の皆さんが集まって同窓会みたいで私は感無量でした。これまで関わってきた皆さんの気持ちが『VR』に全部乗っていった気がします。『スペチャン』ってそういう“ハッピーなバイブレーションが大事”と思いましたね。

TGS2018の様子

なんだか、シリーズでおなじみの、アカペラで始まって、みんなが集まってきて最後にドーン! となる演出みたいですてきモロ。

その演出は吉永と企画を考え始めた当初から決めていたもの。もとからそういうハッピー感を気にしながら作っていたんです。

プレイヤーにラストでどう感じてもらうか、それに向かって最初から全部を組み立てているのは僕も最初から感じていました。

『VR』では、この世界のいち出演者になるので感動がさらに上乗せされると思います。大事なキメを成功させなくてはならない緊張感も従来より格段に上がっていますが(笑)。

こ、恐いモロ……(笑)。これから『スペチャン』はどんな感じになっていくモロ?

まずは『スペチャン』20周年なので、ゲームがお届けできたあとも、うまくつなげて、できる限り盛り上げたいと思っています。湯田さんと何か作るという展開もおもしろそうですね。

(笑)。

ステキなおしらせを待ってるモロ~。

そう、海外の関係者さんとのやり取りで、事務的なメールの最後に「新作の発売をものスゴく楽しみにしている」という一行をいただいたりすると、待ってくださった方がいっぱいいるんだ、と身が引き締まります。

うららの突き抜けた明るさは、いまの時代にこそ待たれているものかもモロね。

ええ、辛いことは現実世界に任せて。

それがいいんですよね。TGSなどで見るとみんな楽しそうに踊ってくれている。僕ね、ゴーグルをつけたみんなの口が逆三角形になっているのを見るのが好きでね。

とっても美しい光景だなと思いますね。

(2020年2月6日 東京・大崎にて収録)