“ファミキャリ!会社探訪”第76回はイリンクス

 バンダイナムコエンターテインメントから発売中の『ガンダムブレイカー』シリーズや『ブラッククローバー カルテットナイツ』、スクウェア・エニックスから発売中の『LEFT ALIVE』など、多くのコンシューマータイトルの開発を手かげているイリンクス。シリコンスタジオの関連会社として、小規模ながらもハイエンドのコンシューマーゲームの開発に特化した開発会社だ。2019年4月に五反田へとオフィスを移転するとともに、新たにスタッフを増強している同社。今回は、コアメンバーである田中宏幸氏、杉浦辰美氏、河西顯仁氏に同社の立ち位置やコンシューマーゲーム開発にかけるこだわりについて聞いた。

田中 宏幸(たなか ひろゆき)

代表取締役社長
プロジェクトマネージャー

杉浦 辰美(すぎうら たつみ)

ディレクター

河西 顯仁(かわにし あきひと)

ディレクター

ファミコン世代ゆえ、自然とゲームクリエイターを目指す。

――まずは、皆さんの経歴から教えてください。

田中1976年生まれで、ちょうどファミコン世代。子どものころからゲームが好きで、ゲーム業界に興味を持ち、ゲームクリエイターになりたいと思っていました。20歳に新卒で日本ファルコムに入社し、カプコンに転職。2003年にゲームリパブリックの初期メンバーとして設立に協力しました。

 その後、ゲームリパブリックのメンバーといっしょに2010年に立ち上げたのがこのイリンクスという会社になります。ゲーム業界にはプログラマーで入りましたが、いまは社長兼プロジェクトマネージャーとして活動しています。

杉浦1979年生まれなので、僕もファミコン世代です。4歳のときにファミコンが発売され、ゲームばかり遊んでいました。18歳になって上京し、2年間専門学校に通いました。最初は、いまはもうありませんがデータイーストという会社にアルバイトで入り、その後、シュガーアンドロケッツに入ったのですが、当時のSCEに吸収されてから一度ゲーム業界から離れて、映像制作会社に3年ほど勤務していました。ゲーム系だったので、東京ゲームショウで流すPVなどを制作していました。

 それから再びゲーム制作に戻ってきて、ガラケーのiモードアプリなどを作っていた会社を経て、ポリゴンマジックに入り、アーケードゲームを作りました。ポリゴンマジック時代には河西と知り合っています。退社後、イリンクスに入社しました。

河西ふたりよりは少し下で、1982年生まれなのですが、やはりファミコンがとても流行っていて、小学校のころはファミコンやスーパーファミコン、メガドライブ、PCエンジンで遊んでいました。小学校の高学年になると“格ゲーブーム”が来て、ゲームセンターに入り浸るようになりました。そのころから、将来はゲームクリエイターになると決めていました。

 中学生時代はプログラム、高校生時代はCGやサウンドを勉強し、そのまま大阪の専門学校に行きました。在学中、ポリゴンマジックにインターンに行けることになり、そのまま新卒で入社しました。最初の仕事は、アーケードやプレイステーション2向けのゲームのプログラミングでしたが、iモードが流行ってきて、他社さんと組んでテクニカルディレクターを担当しました。その後、杉浦がポリゴンマジックに入ってきたので、彼の下について企画の勉強をし、将来的にはディレクターになれればと思っていました。ただ、そのころからアーケードゲームは下火になり、世の中はソーシャルゲーム黎明期。グリーと作った某アプリがヒットし、ポリゴンマジックはグリーと合弁会社を作り、ソーシャルゲームへとシフトすることになりました。

 ただ自分は、家庭用のハイエンド機の開発がやりたいと思っていたので、勉強会などで面識のあった田中やポリゴンマジック時代の上司の梶原(※イリンクス取締役・梶原俊之氏)がいるイリンクスに入ることになりました。

杉浦ちなみに梶原は、僕のデータイースト時代の先輩です。

――業界は狭いというか、いろいろな縁でつながっていますね。2010年に起業されていますが、何かきっかけがあったのですか?

田中いちばん大きいのは、シリコンスタジオとの関係です。ゲームリパブリック時代にシリコンスタジオとお付き合いがありまして、ゲームリパブリックの経営がいよいよきびしくなり、私がプログラマーのトップでしたので、スタッフの受入先を検討していた際に、起業の提案を受けました。

 シリコンスタジオは当時ゲームのミドルウェア制作がメインの会社でしたので、そのミドルウェアを使ってゲームを作り、使用感や問題等をフィードバックするような会社であれば、起業を全面的にバックアップすると。スマートフォンのゲームが隆盛を極める中、私自身はファミコン時代からずっとコンシューマーを遊んできた人間なので、どうしてもコンシューマーゲームが作りたかったんですね。シリコンスタジオのミドルウェアはちょうどコンシューマーゲーム用でしたので、渡りに船と起業することにしました。

――イリンクスという社名の由来を教えてください。

田中これまで何度か名前の出てきた梶原の提案です。フランスの哲学者、ロジェ・カイヨワは著書『遊びと人間』の中で、遊びを4つに分類しています。アゴン(競争)、アレア(偶然)、ミミクリ(模倣)、そしてイリンクス(めまい)です。この4つは人の本質で、あらゆる文化は遊びの中から生まれる、と。その中でイリンクスはスキーやブランコ、ジェットコースターといった目まぐるしく景色が変わるときに感じるおもしろさを象徴しており、これを社名にするのはどうかと。

 その時の印象ですか? ちょっと理屈っぽいけど、確かにコンシューマーゲームの開発会社にピッタリだなぁと思いました(笑)。ほかにも、いろいろアイデアは出ましたが、これがいちばん納得させられましたので、満場一致で選ばれました。

――杉浦さんと河西さんは、イリンクスが設立後に入社されたわけですよね。会社について、どのような印象をお持ちでしたか?

杉浦恥ずかしながら、会社の存在は知りませんでした(笑)。当時在籍していたポリゴンマジックがスマホ案件ばかりになってきていたので、ちょうどいいタイミングで梶原から誘ってもらえました。「いまどき、コンシューマーだけをやるという殊勝な会社があるのか」と思いました。当時はそのくらい、コンシューマーはたいへんな状況でした。

河西僕も最初は会社のことは知りませんでした(笑)。ポリゴンマジックを離れたとき、「この先の5年、10年をどうキャリアを積もうか?」と悩んだときに、ハイエンドの開発に携わっていないと自分の技術も枯れていくと考えました。かつてゲームセンターに通っていたときに、ゲームを通して世代を超えて友だちが多くできました。ネットワーク機能を使うゲームにも同じ可能性があるなと思っていました。

 イリンクスに誘われたときの企画『ガンダムブレイカー』が、もちろんおもしろい企画のゲームだと思いましたが、それよりも何よりも、ソーシャルゲーム全盛期にコンシューマー機で、またアクションゲームで、さらにネットワークで、おまけに共闘できるタイトルとなると……これは作る価値があるなと感じたわけです。

――おふたりにとっては、やりたかったことができる会社があった、と。

河西そうですね。時代的にも珍しかったです。

杉浦あのころは、毎日ガッカリしていました。「この会社もスマホか」とか、「この会社はコンシューマーを止めてしまうのか」とか。田舎に帰ろうか、本気で悩みました。

イリンクスがコンシューマーゲームにこだわる理由

――コンシューマーゲームの開発にこだわるいちばんの理由は何ですか? コンシューマーゲームの開発ならでは魅力があればお答えください。

田中私は、コンシューマーゲームがエンターテインメントの中でいちばんだと思っていまして。映画よりも、スマホのゲームよりも、小説よりも、マンガよりも、アニメよりもすごいと。このメディアをずっと作っていきたいし、つぎの世代にも伝えていきたいというのがひとつ。

 もうひとつは、ゲーム業界がたとえば5年後どうなっているのかわからない状況ですが、トップレベルの技術力さえあれば、たとえゲーム業界がどう変化していっても乗り越えていけるだろうと。現在トップレベルの技術力が必要なのは、コンシューマーのハイエンド機なので。弊社はこれまで携帯ゲーム機の開発はあまり手掛けておらず、ハイエンド機向けゲームの開発にこだわっています。

――会社の特徴や強みはどういった部分ですか? 開発環境や社内交流など、アピールしたい点があれば教えてください。

田中コンシューマーゲームの開発に特化しているので、技術領域がむしろ狭くて済みます。スマホ向けのゲームも開発するとなれば、別のさまざまな知識が必要となるため、両方やるとなると、小規模の会社では難しい。弊社はハイエンドのコンシューマーに絞っているので、領域が狭いぶん、経験を次回作に活かしやすく、それは強みだと思います。

杉浦いままでいろいろな会社で働いてきていちばん違うのは、トップとの距離が近いこと(笑)。社長と創業した取締役の梶原がいますが、その下はもう全員がフラットです。面倒な縦割りもないですし、若い会社なので、昔からいる古参スタッフとの壁といったものもありません。いろいろな意見を言いやすい環境だと思います。

河西杉浦と近い意見になりますが、社長がプログラマー出身ですから、開発環境や手法を貪欲に追い求めることに理解があります。大きい会社になると、稟議を通したり、パートリーダーに相談したり、最後に取締役会での承認が必要だとか、実現までに何かとハードルが多いのですが、弊社は社長の判断だけでオーケーが出ます。大きい会社になればなるほど、機材や開発環境の更新はたいへんになりがちです。

田中みんな気軽に数十万円するソフトを買ってくれ、と言ってきます(笑)。しかし、スタッフがモチベーションも高く、前向きに取り組んでいるのであれば、そこに水を差したくないですし、失敗してもその経験はつぎに活きますから、泣きながら承認のハンコを押しています(笑)。

――ちなみに、シリコンスタジオの関連会社であることのメリットにはどんなことがありますか?

田中いまはあまりミドルウェアを取り扱わなくなりましたので、技術面や人材面での協力が大きいですね。あと、社会的な信用がある会社の関連会社というのは、いろいろな意味で助かります。営業の窓口として、いろいろな仕事を紹介していただくこともありますし。グループ会社に、イグニス・イメージワークスというデザイン会社があり、モデルやモーション、エフェクト等をお願いしたりといった連携などもあります。

小規模でもAAAタイトルを開発できる環境

――デベロッパーとして多くのゲーム開発をされていますが、パブリッシャーとの役割分担は?

田中ケース・バイ・ケースですね。たとえば、『ブラッククローバー カルテットナイツ』の場合は、弊社でディレクションまでやらせていただきました。ある程度の“お題”があって、それに対して自分たちが企画を出しています。そういった比較的自由度の高い案件もありますし、社外のディレクターの方と、いっしょに作る場合もあります。今後は自分たちでディレクションまでできるようなタイトルを増やしていければと思います。

――現在の会社規模ですと、いわゆるAAAタイトルの開発すべてを担当するのは難しいですよね。将来的に会社の規模はどのくらいにしたいとお考えですか?

田中先ほど杉浦が言っていたように、これからもフラットな組織でありたいと思っています。そうすると、社員数は50名程度。2本くらいを同時開発が精いっぱいだろうなと考えています。50名規模でAAAタイトルを開発するには、開発すべてを担当するのではなく、いままで通り協力会社と連携して開発していくつもりです。それぞれは小さい会社でも、一流の専門的な技術力を持った会社が集まれば、大きな会社に決して負けないクオリティのゲームが作れますので、これから人数が増えても方針は変えずに続けていきたいと思っています。

――いまはちょうどハイエンド機が世代交代を控えている端境期ですが、そういった時期ならではのご苦労は?

田中これは言っても大丈夫かな? 現在取り組んでいるタイトルは、プレイステーション5とXbox Scarlettも視野に入っています。ハードの次世代機に合わせて開発するというのは、ハードがまだ固まっていない不安定さゆえの難しさがあります。ただ、技術のベースは変わりませんし、Unreal EngineやUnityに代表されるゲームエンジンやミドルウェアがたくさんある時代です。いままで培ってきた技術力や経験、そしてこれからミドルウェアをうまく活用することでクリアーできると思っています。

杉浦僕はあくまで企画職なので、ハードが変わったときにプログラマーやデザイナーが感じるような苦労は少なく、むしろハードが変わることによって減っていると感じています。昔は「メモリが足りないからできない」ようなことが現在ではできるようになり、実際に制約があるのはハードウェア側ではなく、予算と開発期間(笑)。企画職としては、いい時代になったなぁと思っています。

河西自分はテクニカル的な業務も担当しますが、杉浦の意見に同感です。開発環境が整備され、スペックにも余裕ができて、気にしなければならないことが段々と減ってきています。新しい技術がどんどんと出てくるので、その引き出しを増やして、デザイナーやプログラマーに提案しつつ、そのハードの枠の中でゲームのクオリティをMAXまで持っていきたいと思います。いままであった“ハードの制約”がなくなっていくので、企画としては考えることが広がっていき、逆に楽しみですね。

――福利厚生にも力を入れているそうですが、具体的にどういった制度やシステムがあるのでしょうか?

田中住宅手当や引っ越し手当などはひと通り揃っています。珍しいものとしては、僕とスタッフがふたりだけで昼食を食べに行く……もちろん会社の経費でですが、“ブラウンバッグミーティング”というものがあります。おいしい食事を食べながら打合せをすると、より建設的な話ができるという研究結果がありまして、会社に対してこうあってほしいといった話やプライベートの話などを、ご飯を食べながら話します。プライベートや好きなゲームの話を、いくら私とふたりの状態とはいえ、給与査定面談の席ではできませんので、昼食時がちょうどいいんですよね(笑)。

 それにたとえば結婚するとか、ひとり暮らしを始めたばかりで困っているとか、そういったことを社長が知ることでアドバイスできたり、よりいい制度を導入できたりと会社にとってプラスになることも非常に多いんですよ。規模が小さい会社だからこそできる制度ですね。ただ、最近は会社のおごりだということで、いくらまでオーケーなのかという話題が出ていて、ちょっと困っていますね(笑)。

杉浦会社が引っ越しして通うのが遠くなり、もし引っ越すのなら会社がその一部負担すると聞いたときに「すごい会社だな」と思いました。

田中若いスタッフには引っ越し代といっても大きいですし、会社の移転は会社都合ですからね。あと、僕は満員の通勤電車に乗るのが本当に嫌いなんですよ。そんなことでストレスが溜まったり、時間を消費するのはもったいないと思っています。ちなみに裁量労働制ですから、満員電車の時間を避けて出社するスタッフもいます。

――移転されたばかりですが、働き心地はいかがですか?

田中新築ビルですから、いいですね。屋上に庭付きミーティングルームがあったりと設備は最新ですし、社内の配置なども自分たちで使いやすいようにできたので、非常に満足しています。

杉浦新しいというだけでうれしいですね。いままでピカピカのオフィスで働いた経験がないので、会社に来るのが楽しいです(笑)。

受託案件が中心だからこそ求められる柔軟さ

――求人するにあたり、どのような人といっしょに仕事をしたいとお考えですか? また、どのようなタイプの人が御社にマッチしていると思いますか?

田中今後もハイエンドのゲーム機向けにゲームを作っていくというスタンスですから、やはり最新の技術を追求することが好きな方が向いていると思います。

杉浦弊社は基本的に受託案件をメインにしている会社ですから、自分の企画を世に出したいと考えている方には向いていません。クライアントの出したオーダーから、最高におもしろいゲームは何かを考え、仕上げていくことになりますから、そうした中からいかにお客様が満足するものを作り出せるかに魅力を感じる方が向いていると思います。また、フラットな組織ですから、トップダウンで指示が下りてくることはありません。やるべきことを自分で考え、スケジュールや仕事のスピード感も自分で判断します。もちろん、新人のころは先輩といっしょに仕事をするので大丈夫なのですが、ひとり立ちして、自分の仕事を自分で考えられる人がいいですね。

河西いろいろなことがやりたいと思う人には、いろいろなことができる環境です。「○○をやりたい」と責任範囲を広げることに対して、障害となるものはありません。ですから経験は積みやすいでしょうし、小さい会社なので、指示を待つのではなく、自分で考えて動くことができる。ただ、それは向き不向きがあります。また、ネットワーク要素とか、シューターを含むアクション要素に対して、パブリッシャーさんからも評価していただいているので、タイトルもそういった要素を含んだタイトルが多いです。そういったタイトルに興味がある人は、なお向いているかなと思います。杉浦も言っていましたが、フラットな組織ということで、仕事がしやすいし、みんながやさしいです。

杉浦(笑)。いまの20歳代の若い人たちは、僕たち“オッサン世代”に物申すことはなかなか難しいと思うんです。でもやってほしいんですよ。「これはおかしくないですか?」とか、「こうしたほうがいい」とか。言うだけ言って、「それはダメだね」と否定するかもしれませんが(笑)、言うことから仕事が始まると思うんです。

田中言い出しにくくても、先ほどの“ブラウンバッグミーティング”もありますし。せっかくゲームというエンターテインメント業界に入ってきたのですから、エンターテインメントを突き詰めて発言してくれる人はいいですね。シンプルに言えば、コンシューマーゲームが好きな人。スタッフはみんなコンシューマーゲーム好きばかりですから、すぐに仲よくなれると思いますよ。

 また、ゲーム業界以外の方もぜひチャレンジしてほしいです。弊社でも、IT会社の出身というスタッフもいます。やはり根っこにゲームが好きという思いがあれば、ゲーム業界以外からでも応用できる技術はたくさんあるはずです。

――現在、転職を考えているクリエイターにアドバイスをお願いします。

杉浦僕は何度も転職してきました、この会社で6社目かな? 転職を考えている人に言いたいのは、「なぜその会社を辞めるのか?」を考えてほしいです。その理由をはっきりさせておかないと、転職した先の会社でも同じ状況になるかもしれません。転職する理由をキチンと考えて転職活動をしてほしいですね。

河西僕も何度か転職をして思ったことは、自分のスキルやキャリアを客観視できている人が、意外と少ないことですね。本人がたいしたことはないと思っていることでも、じつは求められているスキルだったりとか。自分のいいところはどこだろうかを客観視してアピールしていくことで、よりよい転職ができるのではないかと思います。

――最後にイリンクスの将来像について教えてください。

田中これからもデベロッパーとして、与えられた“お題”に対して最大限のものを作り、幅広いゲームファンに作品を届けたいと思っています。

 起業して約9年、単純にコンシューマー案件が増えたことがうれしいです。本当にコンシューマーゲームの仕事がない時期もありましたから。ソーシャルゲームの時代を、ある意味耐え忍んできましたが、気が付いたらワールドワイドでコンシューマー向けにアクションゲームを作ることができる会社が少なくなりました。また、コンシューマーゲームは全世界で好調ということもあり、いまではパブリッシャーさんからたくさんお声掛けいただいて、ありがたい限りです。今後は「イリンクスの作るゲームはいつもおもしろいね」とユーザーの方に言ってもらえるようにがんばりたいと思います。さらに、現在は小さい会社でもオリジナルタイトルが作れる市場が整っていますので、ぜひそちらもトライしてみたいと思っています。

イリンクスってどんな会社?

 日本ファルコムなどに在籍した経歴を持つ田中宏幸氏を中心に、2010年に起業されたイリンクス。近年では、『ガンダムブレイカー』シリーズや『ブラッククローバー カルテットナイツ』(いずれもバンダイナムコエンターテインメントより発売)、『LEFT ALIVE』(スクウェア・エニックスより発売)の開発を手掛けており、おもにアクションゲームの開発が多いが、格闘ゲームやネットワークを介した共闘アクション、シューターなどの開発も手掛けている。起業時から一貫して“コンシューマーゲーム制作”にこだわるデベロッパーとして、小規模ながら存在感を示している。

株式会社イリンクス

●代表取締役社長:田中 宏幸
●設立年月日:2010年12月8日
●従業員数:39名(2019年8月現在)
●事業内容:コンシューマゲームソフトの企画・制作

4月に五反田へと移転したばかり。外注スタッフも入るため、比較的ゆったり。
バンダイナムコエンターテインメントから発売されているプレイステーション4用ソフト『ブラッククローバー カルテットナイツ』。