まずはこの写真を見てほしい。
ここは神奈川県横浜市のイオンシネマ港北ニュータウン。その1番スクリーンである。1、2階合わせて488席あり、会場もスクリーンもめちゃくちゃでかい。
どれくらいでかいかと言うと、
これくらいだ。イオンシネマの担当さんに頼んで、はしゃいでいるところを撮ってもらった。
2018年7月1日の深夜0:00から、こんなすごい環境で『ハースストーン』世界大会“HCT夏季選手権”の観戦会が開かれた。
飲食物を持ち込み可能で、常識の範囲内なら多少のお酒もオーケー。ほろ酔い気分で最高峰の頭脳バトルに声援を送る。そんなの楽しいに決まってる。
特筆すべきは、主催者が一般プレイヤーという点。開発・運営の米Blizzard Entertainment社でもイオンシネマでもないのだ。
イオンシネマ側は1000円のチケット代をもらっているとはいえ、この環境を一般のプレイヤーに貸し出すってすごくないか。
イベント企画チーム“BeerBrick(ビアブリック)”による大規模観戦会。興味深いので少しばかり見学させてもらった。
なお、こちらのイベントが始まる数時間前には、別のイオンシネマで『PUBG』大会のライブビューイングも行われていた。あわせてどうぞ。
日本人選手の健闘に会場が沸く
0:00を回って観戦会がスタート。スクリーンに公式の日本語配信が映し出された。
僕自身は『ハースストーン』に詳しいわけではないが、Tansoku選手とGlory選手、ふたりの日本人選手が出場していることは知っている。彼らを応援すれば十分楽しめると踏んだ。
試合は3本先取で勝ち抜け。この日の試合で2勝すると決勝トーナメントへの進出が決まる。
注目の第1試合目からTansoku選手が登場した。対するはブラジルのRase選手だ。
カード運に恵まれず、やきもきしたまま1戦目を落としたTansoku選手。その後は2戦を連取し、4戦目は取り返された。2対2で迎えたラストセットはまさにTansoku選手の時間。中盤以降に一気に攻め立て、3対2で勝利を手にした。
ラストセットを観ていて、『ハースストーン』は会場のざわめきが長いと感じた。こういった思考型の競技は、有利(もしくは不利)な時間が長く続くからだろう。
アクション性が高いジャンルの場合、グッドプレイの瞬間に観客が大きく沸くのがふつうだ。一方、カードゲームはコンボの足掛かりが見えるとざわざわがスタートする。
「おぉぉぉぉぉ……(胎動のような低い声)」
「あぁぁぁぁぁ……(うまく決まらずに残念がる声)」
が、何度か続いた後、
「おぉぉぉぉ……?(期待を込めた声)」
と来て、
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
という叫びに結実する。この空気の中に身を置くのは何とも気持ちよかった。
実況・解説のトークを聞いていれば、盤上で起きていることは何となく理解できる。だが、できれば観客と同じ心境で盛り上がりたかった。彼らの仲間に入りたい。
これは僕も『ハースストーン』を始めたほうがいいな。
もうひとりの日本人、Glory選手はLeaoh選手とのマッチアップ。相手は中国のトッププレイヤーで、優勝候補のひとりだそうだ。
そんな強豪を相手に、Glory選手は完璧なプレイで3本連取。手に汗握る接戦もいいが、こういうスピード勝利はぞくぞくする。メガネをくいっとやってほしい。
Glory選手は勝利者インタビューもおもしろかった。
インタビュアー 昨日、登場するときにかけていたサングラスが特別なものだと聞きました。それについてお話を聞かせてもらえませんか?
Glory選手 去年の冬季プレイオフに参加したb787選手から託されました。渡されたからには同じようにサングラスをかけて登場しようかなと。
試合の中身だけでなく、周辺事情や選手同士の人間関係も知ると、観戦はもっと楽しくなる。インタビュアーさんはすばらしい仕事をしてくれた。
続いてTansoku選手がドイツのViper選手と激突。2連敗を喫した後に怒涛の2連勝で盛り返したが、あと一歩のところで敗退してしまった。残念だが、すばらしい粘りに乾杯。
だいたいこの辺で、会場の利用時間の都合によって観戦会はお開きに(たしかTansoku選手のラスト1戦の時点で退館準備をしていた)。
後日、アーカイブでGlory選手の2戦目を確認したところ、アメリカのkillinallday選手相手に1本目は取ったものの、その後に3本取られて敗戦。日本勢はあと一歩のところで決勝トーナメント進出を逃してしまった。
さらなる大舞台に進む日本人選手を応援するのはお預けとなった。楽しみはつぎに取っておこう。
コミュニティーの輪を乱したくない
『ハースストーン』には、もともと一般プレイヤーが公式のサポートを受けてイベントを開く文化“炉端の集い”がある。
スマホがあればどこでも対戦できるということもあり、コミュニティー主催のイベントとも相性がいい。
今回は観戦がメインの大規模イベント。しかも会場は大手企業が運営する映画館だ。どういうきっかけで実現したのか、イオンシネマの担当さんに話を聞いてみた。すると、いい話がぽろぽろ出てきた。
・イオンシネマ側から主催のBeerBrickにアプローチした
・esportsには2015~2016年頃から注目していた
・世界ではPCタイトルが主流だが、日本ならではの発展を想定
・2016年に実施した『Vainglory』ライブビューイングが初
・いっしょにイベントを開けるコミュニティーリーダーを探した
昨今はゲーム業界の外から大々的にesportsに参入する企業も増えている。だが、イオンシネマは3年近く前から時間をかけてesports施策を進めていた。イオンシネマほど名の知れた企業なら、大きく打ち出しそうなものだが。
これらの話をしているとき、担当さんは印象的なひと言を口にした。
「外から急に企業が入ってくるのが嫌な人もいると思うんですよ」
これまでのesportsを支えてきたのは、あくまでもファンたちであり、そのファンに寄り添ってきた先輩企業。自分たちが主動するというよりも、彼らへの配慮を忘れないようにして、少しずつ馴染みたいのだという。
イオンシネマからすれば映画館に来るやチケット代を払ってゲーム大会を観覧するという行為が根付けば、いつしか自分たちの利益にもつながる。焦ることはないのかもしれない。
「業界を盛り上げたい」的な定型句を掲げてesportsに参入する企業は少なくない。もちろんそういう気概も大切だが、僕はイオンシネマの奥ゆかしいやりかたを好ましく思う。これからもファンやコミュニティーのことを第一に考えたイベントを続けてほしい。