2018年3月13日、大阪の大阪成蹊大学にて、ディライトワークスと同大学の連携協定調印式が行われた。ディライトワークスといえば、人気スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』の企画・運営・開発を行っている“FGO PROJECT”の一社としてご存知の読者も多いことだろう。そんな同社が大阪成蹊大学と連携協定を結ぶという。本稿では、調印式と記者会見の模様をリポート。また、記者会見後に行われた庄司顕仁氏、塩川洋介氏へのミニインタビューもお届けしよう。
この調印式では、ディライトワークスと大阪成蹊大学が連携協定を結び、ゲーム制作分野の発展と拡大、そして新たな若手クリエイターの育成を目指すというもの。ディライトワークスが持つゲーム制作のノウハウと、大阪成蹊大学の教育カリキュラムを連携させたプログラムの実施や、情報交換を通じた知的・人的な交流を図るという。
調印式の挨拶で、「教育機関と連携した取り組みは、ディライトワークスとしては初めてになります。ディライトワークス自体はまだ非常に新しい会社でして、2014年に創業させていただいて、今年の1月で丸4年が経ちました。僕らがゲーム開発を行っていく中で、クリエイターの育成や教育は、非常に重要な課題だと感じています。今回、大阪成蹊大学様と提携させていただき、僕らにできることを精一杯やっていきたいと思いますので、ぜひ応援をお願いいたします」と庄司氏。それを受けて石井氏も、学生にとっていかに充実した学びの場を構築していくかが重要だとし、2019年に大阪成蹊大学 芸術学部 造形芸術学科にゲーム・アプリケーションコースを新たに開設すると説明。「ディライトワークス様が持つ、ゲーム制作の最先端のノウハウと、本大学の教育プログラムを連携させることで、新たな若手クリエイターの育成を図りたいと思っております。知的、人的なさまざまな連携プログラムを実施することで、相互の授業ならびに教育の充実に努めてまいります」と、展望を語った。
調印式の後は、ディライトワークスとの教育連携および2019年4月に新設されるゲーム・アプリケーションコース開設発表に関する記者会見が行われた。
武蔵野氏は、大阪成蹊大学が全体で取り組んでいるのは“教育の改革”で、学生が主体的・能動的かつ協同一致して学ぶことが大事だと説明。その一例として、とくにアクティブラーニングを推進しているそうだ。ディライトワークスとの連携では、さまざまなプログラムの実施や、クリエイターの育成のための教育教材の開発を行いたいと語ったほか、「今回の連携協定で、最先端のクリエイターから学べるという点が大きいと思います。関西では、最先端の現場でやっている先生は少ないんです。ゲーム会社で、実際にどのようにゲームが作られているのか、考えかたなどを授業の中に組み込んでいきたいです」と、糸曽氏からも補足の説明がなされた。
また、塩川氏は客員教授という立場で今回の取り組みに携わることになった理由を、“日本のゲーム業界の教育を変えたいと思っている”からであるとし、「とくに自分がアメリカで働いていたときに、現地で現役バリバリのトップクリエイターたちが、ゲームの学校などで教鞭と取っている状況を目の当たりにして、これからゲーム業界を目指す方、ゲームのことを学んでいく方に対して、現役で最前線でやっている人間からしか学べないこと、そういった人間から学ぶことが当たり前になるように今後なっていけばいいなと考えました。これからどんどん、いろいろなクリエイターさんが現場の最前線でやっていることを学生さんに教える……という風に広がっていくといいなと思っております」と説明。「学生に対する授業という気持ちは自分の中にはあまりなく、ふだんの新人教育と同じように、現場ですぐに使えることを話したい」と意気込みを語ってくれた。
具体的な産学連携事業の取り組みとしては、
1 創点 弟子入りプロジェクト 出張!塩川洋介独演会 in 大阪
2 ディライトワークスのクリエイター陣による特別講演
3 塩川氏がオープンキャンパスにて高校生を対象にしたプログラムを実施
上記を始めとしたさまざまな取り組みが予定されているとのこと。
メディア質疑応答&ミニインタビュー
――今回の協定に至った経緯をお聞かせください。
川和氏 きっかけは私自身が現在までゲーム業界で17年ほど現役として仕事をしておりまして、その中で塩川さんといっしょにお仕事をする機会があったんです。この大学に着任してからいろいろな方とお話をさせていただく中で、塩川さんの物作りの仕方は非常に本質的で、現場で私も感銘を受けました。そういったことを大学で教えてほしいと思い、昨年のオープンキャンパスで塩川さんに来ていただいたところ、学生たちから非常に好評だったんです。そこから具体的に何かいっしょに取り組めないかという話し合いになり、個人と個人から大学と企業へと話がつながっていきました。
門脇氏 オープンキャンパスで塩川さんと話したときに、クリエイターでマネージメント能力もある方だなと感じました。そこで客員教授の件など、何度か話し合いの場を設けていただいたんですが、その際ディライトワークスの社員さんも毎回いらっしゃってくれて。それなら、大学と会社を連携させていただいたほうがいいのではと思ったのが、今回の協定のきっかけですね。
――ゲームの専門学校などもありますし、いまは個人のクリエイターが自分でゲームを作れる状況だと思います。その中で、大学でゲームを教わることの意義をお聞かせください。
糸曽氏 長期間をかけて、さまざまなことを教えられるのが専門学校との違いかなと。私自身、専門学校で学生さんを教えていたこともありますし、うちの学校には専門学校の校長をされていた方もいます。ですので、専門学校がどういったことをやっているかや、その意義も理解しているつもりです。大学は学ぶ期間が4年間ありますので、人間力、コミュニケーション能力、考える力――これは塩川さんに来ていただいたいちばんの理由でもありますが――技術的なことだけでなく、考えて、それをどうやって作り上げ、最終的にどうやって人に届けるのか? そこまでコミットして、長く考えられることが大きいのではないでしょうか。
――塩川さんに伺います。客員教授になるということで、授業を希望される学生さんたちにはどういった心構えで来てほしいと考えていますか?
塩川氏 教えかたも講義や講演など、いろいろな形式がありますが、私がやろうと思っているのは“授業”の形式です。たとえば自分が遊んでいるゲームの人が来るから話を聞いてみよう……といったお客さん気分ではなく、自分が興味を持っているゲームの現場では、(クリエイターが)どういったことを考えているのかを一個でも盗んでやろうという、貪欲な気持ちの方に来ていただけるといいかなと。そういった方の受講を楽しみにしています。
糸曽氏 今日のお昼に庄司さん、塩川さんとお話をさせていただいていたときに、「若い人たちに、高い目標を持っている子が減った」という話が出たんです。そこで面白いなと思ったのは、庄司さんが「ぜひ打倒塩川を目指すような学生に来てほしい」とおっしゃって(笑)。ぜひとも志の高い方に来ていただけたらうれしいなと思います。
質疑応答後に庄司氏、塩川氏に少しだけお時間をいただき、ミニインタビューの形式で本日の感想などを伺った。
――ディライトワークスとして大学と協定を結ぶとのことですが、庄司さんはそのお話が来たときにどのように思われたのでしょうか?
庄司氏 あまり難しいことは考えていなくて。ゲームを作っていくのに必要なものは、マネタイズの部分を除くと3つあると考えています。ひとつは当然、“技術”。それから“熱意”。そして3つ目に大事なのは“チーム力”だと思うんです。そのチーム力に影響を与えるのは、人間性であったり、物事の考えかたであると思うんですよね。それをどういう風に育んでいくかは日々課題だと思っていました。技術は伝えていけるし、本を読んでいてもわかることがある。さらに、実践する場もある。熱意は、持てるか持てないかはその人次第なので、教えられるものではない。一方で、豊かな人間性は、どんな環境で、どんな人たちに囲まれて仕事をするか、学んでいくかで、とても大きな影響を受けます。どこかでそれをゆっくり伝えられる機会がないと、本当の意味でのクリエイター育成にはならないなとずっと思っていました。今回、大阪成蹊大学様からお声掛けをいただいたときに、専門学校とは違う、人間性……チーム力まで含めて学ぶ機会というものを提供できるのではないかなと思いまして、可能性があるならやってみようと。
――それは大学が4年制だということも大きく関係していますか?
庄司氏 そうですね。僕も大学で学んだことで、周りの人たちとの関わりかただったり、仲間の大事さも教わりました。そういうことをゲーム開発という観点で、カリキュラムとして提供できれば、実際に自分が受けてきたことに対しての恩返しができる。いまは、自分たちがそれをやり切れていないという自覚があるので、そのためのチャンスをいただいたという感覚ですね。人は育てていくものだし、物事はちゃんと教えていかなければならない。その機会は多ければ多いほどいいと思っています。
――大学との連携協定という取り組みは本当に珍しいことだと思うのですが、塩川さんはどのようにお考えでしょうか?
塩川氏 クリエイターたるもの新しいことに挑戦することは大事だなと思っていて、そういう意味ではこういった席に立つことはなかなかないですし、客員教授になる機会だってそうそうありません。あまりなじみのない場所に来ることも含めて、どれだけ自分に刺激があるかは、かなり重要です。そういった意味で、今回は独特の体験ができて楽しいですね。
――どちらかと言えば、客員教授になられるプレッシャーよりも、興味が勝つ、と。
塩川氏 そうですね。やはり前例のない新しい取り組みなので、正直何が起こるかわからない部分もあります。でも、何が起こるかわからないからこそ楽しみで、それってエンターテインメントですよね。
――なるほど。大学の4年間は、ゲーム業界とは時間の進むスピードも違う……どちらかというとゲーム業界はサイクルが早いと思うのですが、学生さんを教えていくという立場でその点はどうお考えでしょうか?
塩川氏 自分が教えることは技術ではなく、どういう状況でも通用する人材の育成です。たとえば、少し前まではゲームエンジンはUnityが流行っていて、いまはUnreal Engineですよね。技術はどんどん移り変わっていきますが、そこはキャッチアップして教えてくださる先生がいらっしゃると思いますし、私は技術者でもなければ絵を描く人間でもないので、そういうことは教えられないです。じゃあ、何ができるのとなると、どういう状況でも変わらない、どういう状況でも通用することをこれからのクリエイターに教えていきたいなと。
――クリエイターとして不変的な部分を。
塩川氏 ちょっと抽象的ですが、若手と話すときは、よく“物の考えかた”という言いかたをしています。物事をどう考えれば結果が出せるかや、結果を出すためのメンタリティみたいな話は、ジャンルやハード、職種に関わらず変わらないと思いますので、そういうことを伝えていきたいです。
ディライトワークスと大阪成蹊大学の連携協定調印式に出席された方々のお話を伺って、この取り組みは短期的に結果を出すものではなく、中~長期的な人材育成を目指していることが感じられた。そして、その先に何があるかは誰も“わからない”とも。ネガティブな誤解のないように補足すると、大阪成蹊大学はすでにほかの学部で、企業や地方自治体との産学連携で実績を残しており、ゲーム・アプリケーションコースでも優秀な人材の育成、輩出が行われることが期待できる。そのうえで、あえて“わからない”と表現したのは、今回の塩川氏を始めとした現役のクリエイターたちの授業を受けた学生が、この後、ゲーム業界の内外でどのような化学反応を起こすか、その未来についてだ。たとえば、この5年先、10年先に、ゲームメディアとして記者が革新的な作品の取材を行ったときに、取材対象の方から「私は大阪成蹊大学の出身なんですよね」という話が聞けたら、それは素敵なことなんじゃないかなと、そう思う。そんな未来を感じさせてくれる今回の取り組み、その動向にこれからも注目したい。