2018年3月8日、ゲームの要素を社会貢献に応用した研究に贈られるFOST賞(第11回)の受賞者が発表されました。
厳密には“最も優れたシミュレーション&ゲーミングの研究者”に授与される賞で、公益財団法人 科学技術融合振興財団(foundation for the Fusion Of Science and Technology。通称FOST)が2008年より毎年実施しています。
一般にはあまり聞きなれないシミュレーション&ゲーミングという単語ですが、以下のように分解するとわかりやすいのではないでしょうか。
シミュレーション:ある問題の解決方法を探るために、現実の仕組みを再現してみること。
ゲーミング:ゲームすること(※)。
シミュレーション&ゲーミング:社会的・心理的な問題など、人間がかかわる複雑な問題の解決方法を探るために、ゲームのような形で現実の仕組みを再現し、そこに参加したプレイヤーの行動や意識に注目する手法。
※実際には、“ゲーミング”だけでより学術的なニュアンスを含むようです。
これでもまだわかりにくいという方もいらっしゃるかもしれませんが、冒頭に述べたようにゲームの要素を社会貢献に応用した研究とざっくり理解していただければ、記事を読むぶんには問題ないかと思います。
FOSTとはそうしたゲーマーにとっておもしろくて、社会的にも意義のある研究(本来なら順序が逆なのでしょうが、ファミ通なのでこうご紹介させてください!)を支援する団体であり、FOST賞とは研究者に贈られる賞なのです。
今回の授賞式で贈呈された賞は、最も優れた研究に贈られるFOST賞、若手研究者に贈られるFOST新人賞、実業の領域も対象として贈られるFOST社会貢献賞の3種類。
加えて、審査委員長・白鳥令氏による「賞金も半分になってしまい申し訳ないのですが……」という前置きが会場を沸かせたのち、FOST賞は2名の受賞となることも発表。合計4名の研究者が受賞する運びとなりました。
第11回FOST賞 『異なる利害を乗り越えた共通目標の成立要件についてのゲーミング研究』
大沼 進氏(北海道大学大学院 准教授)
“社会的ジレンマ”という言葉があります。ある集団の全員が自分の利益だけを追求すると、結果的により大きな不利益を被ってしまう……という、もやもやした状況を指す言葉です。囚人のジレンマが有名ですね。
解決すべき問題として描かれることの多い“社会的ジレンマ”ですが、大沼氏はその有用性に注目しました。人間は、自分たちが“社会的ジレンマ”に陥っていることが集団内で共有されると、リスクとリターンを天秤にかけた結果、“自分だけの利益”と同時に“社会全体の利益”も目指すようになるというのです。
大沼氏はその仕組みを実証するために、ロールプレイングゲーミングなどの手法を用いました。たとえば『産業廃棄物ゲーム』は、それぞれのプレイヤーが持っている情報を共有することで、全体が最も損をせずにゲームを終える方法がわかるようになっています。逆に有利な取引をするために誰かが情報を隠してしまうと、最適な廃棄物処理方法がわからず、結果として全員が不利益を被ってしまう可能性があります。結果として、こうした社会的ジレンマ状況下で相互協力が達成しやすいことが示されたそうです。
FOSTは本研究の受賞理由として、こうしたゲームを通じて、プレイヤーたちが自分自身の意志で社会全体の利益を求めるようになるプロセスが解明された点を挙げています。
第11回FOST賞 『ハイブリッドシミュレーションの社会的利活用に関する調査研究』
出口 弘氏(東京工業大学大学院 教授)
FOSTによれば、「シミュレーション&ゲーミングには、2つの大きな潮流がある」とされています。
第一に、人間どうしのコミニュニケーションや、現実にある道具や装置を使って行うアナログなゲーミングの領域。第二に、人間どうしのゲーミングでは体験の難しい課題に関して、コンピュータを用いて行うデジタルなシミュレーションの領域です。
シミュレーション&ゲーミングの分野では、このふたつの領域をいかに融合させるかが課題となっており、出口氏の研究内容であるハイブリッドシミュレーションは、「ある部分ではコンピュータシミュレーションによって複雑な行動を計算し、ある部分では人間のゲーミングが意思決定に関与するようなシミュレーション&ゲーミングを可能にする」とのこと。
まさにFOSTの理念と密接に結びついた研究で、受賞した出口氏は「自分ひとりが受賞したとは思っていない。代表して受け取ったと思っている」と述べました。
第5回 FOST新人賞『ゲーミフィケーションを活用したスマートフォン依存抑制アプリケーションの開発』
長谷川 達人氏(福井大学大学院工学研究科 情報・メディア工学専攻 講師)
長谷川氏はスマートフォン依存症を抑制したい人のための画面ロックアプリ『タイマーロック3』を開発しました。しかし本アプリは、ユーザー自身の操作でロックを開始するシステムになっており、結局は利用者の強い意志が求められます。
そこで継続的な利用を促進するための仕組みとして、長谷川氏は画面ロックアプリにゲーム的要素を導入しました。用いたゲーム的要素のひとつが“課金”です。
本アプリでは一度ロックが開始されても、100円を課金することでロックを解除できるようなシステムが導入されています。またロック開始時には“スマホに使う時間を貯金した”という意味の演出も表示。ロックを継続した時間は、金額に換算されてゲーム内の貯金箱に記録されていきます。
こうしたゲーム的なシステム・演出は、「お金を使えばロックを解除できる」という心理的抵抗の軽減のみならず、利用者の努力を“貯金”という形で可視化することで、利用者のモチベーション向上を狙ったもの。事実、ログ情報とアンケート結果の分析により、本アプリがスマホ依存の抑制に効果的だったこと、ゲーム要素がアプリの継続利用に繋がったことが統計的に実証されたと長谷川氏は述べます。
課金システムに対するユーザーの反応はむしろポジティブとのことで、中にはアンケートに「100円の課金額じゃ足りない!」と回答したヘビーユーザーもいるそう。今後もシステムのさらなる改善とともに、スマホ依存改善の重要性を広く理解してもらうための活動や、技術面からのアプローチでの研究への意欲を示しました。
第7回 FOST社会貢献賞『仮想世界ゲームの開発、研究、応用』
広瀬 幸雄氏(関西大学 社会安全学部 教授)
広瀬氏が開発した『仮想世界ゲーム』とは、具体的にどのような内容なのでしょうか? 配布資料から引用してみます。
『仮想世界ゲーム』は、20人から100人が1つのゲームに参加して、2~3つの豊かな地域と、2~3つの貧しい地域に分かれて、異なる役割(企業、政党、環境団体、労働組合など)を演じ、互いに競争したり協力したりするロール・プレイングゲームである。
このゲームでは世界における南北間地域間の葛藤と協調のプロセスをシミュレートしており、飢餓から環境汚染まで様々な地球規模のリスク問題が単純な形で組み込まれている。
プレイヤーの目的は、このゲームの世界で最後まで安全安心に生き残ること。
すべてのリスクを完璧に解決するためには、誰かと協力したり、あるいは議論する必要も生まれます。たとえば飢餓に苦しむ地域で生まれたプレイヤーは、裕福な国のプレイヤーに食料を要求しますが、後者の資源も無限ではありません。また途上国の急速な発展は深刻な環境汚染につながりますが、この汚染の責任は誰が背負っているのでしょうか。
広瀬氏によれば、仮想世界ゲームを通じて体験できるものは、リスクコミュニケーション、リーダーシップ、集団意思決定、社会的ジレンマ、集団葛藤解決など多岐にわたります。そうした状況をゲームのプレイヤーとして主観的に体験し、ゲーム後は自分の行いを客観視する時間が与えられるとのこと。
こうした、社会についての理解を深めるためのゲーム開発を40年近く続けている広瀬氏ですが、まもなくご退職をお迎えになります。しかし今回の賞に選ばれたことで、今後も業界のために貢献していきたいという気持ちを新たにしたそう。受賞挨拶を締めくくったのは、そんな機会を作ったFOSTへの感謝の言葉でした。