グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が、2016年1月からファミ通.comで連載“須田寓話”を始めている(現在、つぎのエピソードを制作中)。4月に催されたPAX EAST 2016では、待望のゲーム新作『LET IT DIE』のプレイアブル出展がなされた。さらにグラスホッパー・マニファクチュアの処女作である『シルバー事件』のHDリメイク作品が、秋の予定でリリース決定。現在 SteamPLAYISMにて、第1章“デコイマン”の一部が体験可能となっている。このようにここへ来て動きが活性化している須田氏に、現在の心境を尋ねてみた。取材は日を置いて数回に分けて行っている。

須田剛一氏ロングインタビュー「何かを絶えず発していないと、呼吸ができなくなってしまう」_05

『シルバー事件』について

――すでにデモ版などが配信されている『シルバー事件』のHDリマスターが楽しみなのですが、フィルム・ウィンドウシステムのUI更新を含むグラフィックスの刷新、英語版の配信など、いまの技術で再構成されている部分が盛りだくさんですね。

須田剛一氏(以下、須田) もともとグラスホッパーの代表的なタイトルのうち、海外で発売していなかったのは『シルバー事件』くらいなんですね。英語化されていなかったので、数年前からとにかく実現したかったんです。じつは2007年のGDCの講演の最後で「ニンテンドーDSに移植する」と発表したのですが、この約束がけっきょく果たされないまま9年が過ぎています。そのあいだも、やはりその約束をちゃんと果たしたいとずっと考えていました。そんなモヤモヤを抱えていたところ、昨年あたりからSteamに『シルバー事件』を移植しようという機運がそれとなく高まり、プラットフォームがコンシューマーではありませんが、ようやく約束を果たせるようになったわけです。

――“「移植しよう」という機運”とはどういうことでしょう?

須田 いろいろな会社の皆さんが、『シルバー事件』をPC版として移植したいと話を持ちかけてきてくださいました。それがアクティブゲーミングメディア(以下、AGM)から英語化する前の話で。もともとAGMの運営するPLAYISMから『シルバー事件』のPC版を出したいという話があったんですね。だったら英語化も含め、全世界に向けて『シルバー事件』を移植、発信しようと。ただ、解像度の問題もあってベタ移植をするくらいなら、HDリマスターというカタチでできないか? とAGMと話しながら進めていたんですね。そして最終的に発表に至ったと。

――海外でもファンが沸いていました。

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▲パイ インターナショナルから発売中の大型書籍。200ページ以上にわたり、デザインを中心に、グラスホッパー作品に関する資料がまとまっている。

須田 昨年に発売されたアートブック(『THE ART OF GRASSHOPPER MANUFACTURE』)によって、ここまでのグラスホッパーが総覧できるカタチになったのですが、それがけっこう後押しになっているんですね。昨年のComic-Conでも売りながら、ファンの方たちにいろいろ質問すると、やっぱり「『シルバー事件』の英語版はいつ出るの?」という話になるんです。

――『SILVER CASE』はまだかと。

須田 そうですね。海外でまだそういう反応があるんだなって肌で感じられました。Comic-Con自体は1年前からチケットを買うようなイベント。僕が来るからといってチケットが買えるようなイベントではありません。そういうお客さんの中にそう言っていただける方たちがいたのは、ありがたいなと。「『シルバー事件』をいつか出します」とそのときに話したら盛り上がりましたね。

――そして英語化だけでなく、いろいろなところを刷新していったわけですね。

須田 ええ。グラフィックで言えば、当時にしては高めの解像度で作っているんですが、単純に初代プレイステーションの解像度なので、いまのディスプレイに表示すると粗いんです。とはいえ当時は縦を通常の倍の解像度にして、それをインターレスで表示するという、比較的綺麗に見える作りかたをしていました。じつはそれをベタ移植するだけでもけっこうヘビーな作業量になるんですね。

――グラフィックにそんな工夫が。

須田 オリジナルのエンジンでガリガリと作っていたわけです。それをいまの解像度に置き換えられるかの検証から始めて、いろいろな問題がクリアになり、「じゃあHDリマスター化できるね」と。

――トレーラーやデモ版を拝見すると、ビルのカットひとつとっても新しいポリゴンモデルで作られていますよね。こういう調子ですべて置き換えていく?

須田 ぜんぶ変えます。すべて目コピーに近い状態ですが(笑)。ただ、リッチにし過ぎるといくらでもリッチになってしまうので、そこは多少抑えています。初代プレイステーションのローポリゴンの色気みたいなものも残したいとは思っていて。ひとシーンごとに、微妙なサジ加減でチェックしながら作っていますね。『シルバー事件』の世界観を壊さないように、多くのゲーマーの皆さんに気に入ってもらえるような、余白や行間のある画にしたいなと思っています。

――『シルバー事件』は内製なのでしょうか?

須田 AGMがすべて手がけています。彼らにはそれぐらいの覚悟をもって作ってもらわなくてはいけません。

――シナリオには手が入っているのでしょうか?

須田 更新したのは100問組手というクイズくらいです。時代の推移によって正解がすでに塗り替えられているものがあるので。

――では基本的に問題は変わらないと。つまり当時楽しんでいた人も違和感なくプレイできるし、いまあらためて触れる人も楽しめるようになっているんですね。ほかにちょっとしたオマケなどは?

須田 いまのところ特別なものは考えていません。Steam版ならではの実績の解除や、トレーディングカードみたいなものの収集などは追加されます。あとは“パレード”という第3話のイラストだけ、当時お願いしていた宮本崇さんのものじゃなかったのですが、それをぜんぶ宮本さんに差し替えています。もちろん、さらにプレミアムな何かが用意できたらおもしろいなと思っています。

――2016年の秋リリースということですが、詳細は?

須田 10月の上旬には発売できる勢いですが、Steam側のタイミングもあるので、大作と大作のあいだになる11月などかもしれません。

――PLAYISMさんも同タイミングですか?

須田  GOGなど含め、タイミングは共通です。

――心待ちにさせていただきます。

須田 ともかくグラスホッパーのデビュー作が海外では遊べないという状況を一日でも早く克服して、9年前にした約束を果たすというのが、今回のHDリマスターを実現させた理由のひとつになっています。リリースするからにはひとりでも多くの方に遊んでいただいて、これがある程度売れれば、つぎは『25区』という、いまでは遊ぶことができない『シルバー事件』の続編であるシナリオの移植まで持っていきたいです。じつはそれが今回のリマスターの最大の目的ですね。

――『25区』については正式なアナウンスとして捉えていいのでしょうか?

須田 『シルバー事件』HDリマスターが売れればです。作りたい気持ちはありますが、もちろん結果次第なので、ぜひ応援をしていただければと思います。