前半パートは“Enlighten”の魅力を紹介

 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催された、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。最終日の26日には、“NPRでの大域照明活用事例 ~Street Fighter V meets Enlighten~”と題されたセッションが行われた。その模様をリポートしよう。

 このセッションは、『ストリートファイターV』における、“Enlighten”を用いた照明活用事例を紹介する内容だ。講師は、“Enlighten”を開発したARM株式会社のシニアエンジニアであるウィリアム・ジョセフ氏と、カプコンでアートディレクターを務める亀井敏征氏。セッションは前半をウィリアム氏が、後半を亀井氏が担当する形で進行した。

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▲前半の講師として、“Enlighten”を説明したウィリアム氏。

 前半はウィリアム氏が、大域照明技術“Enlighten”の最新デモを披露して、実際にどのような設定をして作成したかを説明した。
 スクリーンでは、海辺や山などの自然風景を描いた3DCGを題材として、自然光だけでの表現と“Enlighten”を用いた表現とを比較。“Enlighten”を用いた場合の特徴として、影になるエリアがベタっと平坦ではなく、深みのあるライティングになっているということが示された。

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▲屋外の風景CGが作成例として示された。
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▲Enlightenなし(左)と、Enlightenあり(右)では、ありのほうがより深い表現が可能。

 また作成過程の紹介では、背景をパーツに分けて、それぞれ違う効果をつけていることなどが説明された。たとえば、渓谷の壁などの大きなものはライトマップで、樹木のように小さくて細かい部分がたくさんあるものはライトプローブでというように、分けて作成したほうがより効率的となる。ほかにも、プレイヤーが近づいて見ることのない遠景などは、解像度を落として作成するなど、技術的な手法もいくつかの事例とともに解説された。

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▲岩(オレンジ部分)はライトマップで、樹木(グリーン部分)はライトプローブで作成。
▲パートによって、画像のクオリティーを微妙に変更。
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▲そのほか、クリエイター向けに、専門的な作業過程も紹介された。

『ストV』での事例が紹介された後半パート

 後半は、『ストリートファイターV』(以下、『ストV』)のアートディレクターである亀井氏が、同作で目指した絵作りや、それを表現するためにどのように“Enlighten”を活用したかを、Unreal Engine 4上での実演を交えながら紹介した。

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▲亀井氏は、『ストリートファイター』シリーズの『IV』および『V』でアートディレクターを担当。

 最初に語られたのは、『ストV』で目指した絵作りについて。亀井氏によると、目指したのはズバリ、セッションのタイトルにもある“NPR(Non Photorealistic Rendering)”。つまりは世界中のハイエンドタイトルで採用されているフォトリアル“ではない”方向性だ。
 「ひと目見て『ストV』とわかる、個性的なNPRの絵作りを目指しました。歴代の名作イラストはファンの記憶に残っていると思いますし、そのイメージを逸脱したくないという想いもありました」(亀井氏)。
 NPRといえど、画面の解像度や情報量にはこだわりたい。そこで亀井氏が取った手法が、油彩タッチをベースに、リッチなライティングで存在感を出すこと。そのライティングを実現するために必要だったのが、“Enlighten”という技術だったわけだ。

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▲ハイエンドで主流となっているフォトリアルとは、まったく違うグラフィックを目指す。

 続いてのテーマは、NPR表現のために、どのように“Enlighten”を使ったかについてだ。亀井氏がポイントとして挙げたのは、“間接光の誇張”で、その効果により色彩豊かな表現が可能になるという。作業フローとしては、背景ライト、キャラライト、間接光といった順に、ライティングが行われる。その間接光の調整で活用されたのが、“Enlighten”だ。
 「リアルとか正しい、ではなくて、絵的にカッコよく、色鮮やかに見えることに重点を置いています」(亀井氏)。

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▲間接光を入れることで、絵に奥行きが出る。
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▲ライティングの作業は3段階となる。

作業実演コーナーでは開発手順を解説

 ここで亀井氏がPCを手に取り、実際にどのように“Enlighten”でライティングしたのかを、Unreal Engine 4上で実演。開発画面を操作して、作業の手順や、色付けの効果などを説明した。キャラクターはもちろん、フィールドもエリアごとに間接光の調整は可能。多彩な照明表現が実現できる。

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▲サンプルとなったのは、中国ステージのマップだ。
▲作業画面では、マップに球体を出して、光の当たり具合をチェックできる。
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▲バーディーのボディに注目。青い間接光の処理が施されている。
▲左エリアでは暖色系、右エリアでは寒色系の間接光を使用。
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▲ライトの光の矩形を、エリアごとに設定することもできる。

 実演コーナーが終わり、セッションはここで終了。まとめとして亀井氏は、「アーティストが間接光を思うがままに操れるツールとして、『ストV』では“Enlighten”が大いに役立ちました。豊かな色彩表現はもちろん、ライティング設定のコスト削減にもつながったと思います。今後もこの“Enlighten”を使って、コンテンツ制作を進めていきたいと考えています」(亀井氏)とコメント。
 さらに亀井氏は最後に、従来は2種類の間接光を併用していたが、「今後は“Enlighten”オンリーで考えています」と、方針を発表。ちょっとしたサプライズ発言で、セッションを締めくくった。

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▲作業工程がひとつ減ると、さらなるコスト削減も期待できる。