アドレナリン全開超特急の96分
アメリカで封切られたばかりのアクション映画、イリヤ・ナイシュラー監督による「Hardcore Henry」を観てきたので、ご紹介しよう。というのも本作、全編が主人公“ヘンリー”の一人称視点で構成されており、FPSライクな銃撃戦、そして『ミラーズエッジ』のようなパルクールアクションと、新『DOOM』バリの人体破壊しまくりの肉弾戦を96分間にわたって体験させ続けるという、洋ゲーファンなら見逃せない超怪作なのだ!
近未来のロシアは(やっぱり?)命が安い
舞台は近未来のモスクワ。主人公ヘンリーは何やらサイバーな装置に繋がれ、記憶なし、片手と片足の先がなし、発声機能もなしという、ないない尽くしで目覚める。ヘンリーの妻であるという白衣の美人女性がサイボーグ義肢をセットアップしてくれたのもつかの間、念動力を操るサイコ野郎と特殊部隊によって研究所が襲撃され、ヘンリーは逃亡の過程で彼女と離れ離れに。そして突如目の前に現れた男“ジミー”の助けを受けながら、彼女を奪い返す戦いが繰り広げられる。
オープニングのタイトル映像から人体破壊描写が盛りだくさんの本作、命がとにかく安い! 銃殺、爆殺、刺殺、撲殺、焼殺と、あらゆる手段で敵味方が延々と死体を積み上げ続け、そこそこ重要そうな脇役すらも、お役御免となったらシーンの終わりには大体死んでいるという有様。あまりにも「はい、出番おしまい!」とばかりにあっさりと死ぬので、観客は笑うしかない。
さらにロシアンストリップバーでのエロスなシーンや豪快なドラッグ描写もあるため、アメリカでのレーティングは成人指定スレスレのR。17歳未満は保護者の同伴がないと入場お断りという、頭と四肢がぽんぽん取れるエグいバイオレンスを絵空事として笑って楽しめる、違いのわかる大人のためのタイトル通りハードコアな映画になっているのだ(というわけで痛そうな描写が苦手な人にはもちろんオススメしません)。
すべてはヤバい一人称視点アクション映画の実現のために
脚本とプロデュースも務めたナイシュラー監督はこれが初長編となる。ロシアのインディーロックバンド“Biting Elbows”のシングル「Bad Motherfucker」のPVを一人称視点アクションとして仕上げて話題を呼び、その発想を本作で長編映画に発展。ポストプロダクション(撮影した映像を加工する仕上げ)のための資金をクラウドファンディングサービスIndiegogoを通じて集め、完成に導いている。
というわけで「一人称視点のヤバいアクションを作りたい!」という一念で突っ走っている作品なので、ほかのすべてがそのコンセプトに従う作りになるのも当然のこと。
勘の良い人はお気づきだと思うが、記憶なしで喋れない主人公をどんでん返しの連続に巻き込んでいくという設定も、そうすることで、状況に対して肉体でリアクションしていくしかないヘンリーと観客を限りなく近づけられるからだろう(一人称視点を活かすために無口な主人公にするというのは『ハーフライフ』的手法)。
後から冷静に考えるとプロットのおかしな部分がそれなりにあったりするのだが、観ている間は次から次へと起こることについていくのに忙しいんだから、こまけぇこたぁいいんだよ!
またヘンリーが観客のための透明な入れ物であるのと対照的に、周囲を取り巻くメインキャラクターは、アクションの合間にいきなり出てきても一発で覚えられる、わかりやすい極端な人たちが登場。これも裏返せば「薄っぺらい」とか言えるかもしれないが、長々と自己紹介させる時間がないんだから仕方ない(本作の場合、ヘンリーがいないシーンはないし、ヘンリーとの会話で掘り下げることもできないのだ)。
そんな中で怪演しているのが、ジミーを演じるシャールト・コプリー。SF映画「第9地区」で発掘されたコプリーが、あの何を考えているかわからない不安定な雰囲気を活かし、さまざまな変装をしたジミー七変化をしてみせる。トレイラーに映っているだけでもグラサンジミーとパンツ一丁ジミーと軍曹ジミーとギリースーツジミーが存在し、「またお前か!」と笑える、いい息抜きになっているのは間違いない。
そして劇場映画としては映像が粗いが、それもそのはず、撮影に使用しているのはアクションカメラの「GoPro HERO3: Black Edition」。個人で持っている人も多いこの機材を顔の前に設置する器具を組み上げて、複数のスタントマンやカメラマンが主人公のヘンリーとして走り、アクションをしながら撮影を行っている(このため、明確な主演男優が存在しないほど)。
だからシーンによっては暗部が結構潰れちゃったり、激しい動きにフレームレートが追いつかずに何が起こってるのかなかなかわからないシーンもあるのだが、そのおかげで制作費を抑えつつ、カットをほとんど割らないハードコアなアクションの連続を“ヘンリー視点”(正確には実際にアクションしているヘンリー役のカメラマン/スタントマンの視点)で楽しめるので、これも仕方ないっちゃあ仕方ない。少なくとも、デメリットに見合ったメリットがある。
そして当然のように本作、FPSで酔う人などはちょっと向いてない。視線があんまりフラフラしないように撮影されているなど、できるだけ配慮はされていると思うが、これはもう原理上限界がある。バイオレンス描写同様、万人に向けた作品ではないのは確かだ。
また、劇場の前列で見上げるように観るのも、自分と中心が合わない端っこの席で観るのも、酔いに繋がったり、没入感を削いだりすると思う。自然な角度で鑑賞できる、スクリーンから程よく距離を取った中央の席を取るのがオススメだ。
そんなこんなでいろんな部分が一般的な劇場映画としての尺度から外れた作りになっているため、評論家からの評判は正直微妙(10点満点で平均が5点前後)。しかしその反面、観た人からの点数はそこそこ(7点台)になっており、記者が観た劇場も入りはイマイチながら、金曜日の夜にわざわざそんなものを観に行くスキモノからの反応は抜群。ラストでは悲鳴混じりの爆笑とともに拍手が巻き起こっていた。
というわけで日本公開の予定はわからないが、もし上陸することがあったら、ピンと来た人はぜひチェックしてみて欲しい。とりあえず映画版「DOOM」(2005年)よりは100倍いいよ!(※FPSの元祖的作品である『DOOM』の映画化ということで、ラストバトル前に唐突に一人称視点になるというギミックがぶっ込まれていたが、なかなかにアレだった)