“Indiecade”とはそもそも何なのか? ビデオゲームからアナログゲームまで、インディーの濃い部分が濃縮された異色のイベントを解説【Indiecade 2015】

南カリフォルニア、ロサンゼルス近郊の町カルバーシティで、今年もIndiecadeが開幕。そもそもどんなイベントなのか、特徴を解説しよう。

●規模は夏祭りレベルなのに、独創的な表現を追求した作品が集結

 今年もアメリカのカリフォルニア州南部、ロサンゼルス近郊の街カルバーシティで、インディーゲームイベント“Indiecade”(インディーケード)が開幕した。

 “インディーゲームの祭典”と称して紹介されることが多い(というか記者も去年そう表記した)このイベント、それだけ聞くとなんとなく数万人が参加する超巨大イベントに思えるかもしれないが、実は規模としては小さな街の広場で行われる夏祭りレベル。日本でその実態がほとんど報じられていないのも当然で、そもそも日本のメディアどうこう以前に現地アメリカのメディアの参加すらも限定的だ。

▲開場前のバッジ受け取り用テント。こんな感じの温度のイベントです。

 しかし、だからと言って“祭典”と呼ぶのが嘘になるのかというと、そうでもない。幅広いインディーゲームの世界でもある種の界隈に絶大的に支持されているのは事実で、自分のゲームの出展がないのに自費で遊びに来るインディーゲームクリエイターも多い。
 ではそもそもIndiecadeとはなんなのか? 何をもって注目を集めているのか? 本イベントに2年続けて参加している記者の視点から、あらためてご説明しよう。

●ビデオゲームを中心に、幅広いインタラクティブな遊びをサポート

 Indiecadeの発足は2005年。インタラクティブメディアの芸術性と進歩にフォーカスしたE3会期中の展示会としてスタートした。その後ワシントンで単独のイベントとして開催されるようになり、2009年からカルバーシティで開かれるようになっても、その基本は変わっていない。
 インディーゲームの展示会としては、E3やPAX(ペニー・アーケード・エキスポ)といったさまざまな大規模イベント内で合同展示を行う“Indie Megabooth”なども有名だが、Indiecadeに集まるゲームには明確に特徴があり、「経済的に独立した個人またはチーム、あるいは会社が制作したゲーム」という程度の共通点以外は幅広い定義を持つインディーゲームの中でも、特に独創的だったりアーティスティックと形容されるゲームが強いイベントだ。

 しかも、定義に“インタラクティブメディア”と書かれている通り、その範囲はビデオゲームに留まらない。Indiecadeにはボードゲームやカードゲームなどのアナログゲームや、電気は使うものの専用に作られた機器で遊ぶもの、果ては「俺の考えた新球技」とか「箱を被って遊ぶゲーム」といった体を使って遊ぶゲームまで出展される。

▲カゴを背負ってチームで対戦する『Hermitug』。考案者のSeemingly Pointlessは兄弟によるチームで、「5年間に100個のゲームを考える」のが目的。1年チョイの活動ですでに65個考えたそーです。

▲アナログゲームコーナー。考案者に直接レクチャーしてもらいながら遊べる。

●製品としての完成度や商業性よりも表現としてのコンセプトを重視

 「インディーゲーム」と「芸術」という言葉が並ぶと何か難解で高尚なものに感じられるかもしれないが、特にかしこまって姿勢を正さなければいけないようなことはまったくない。実際はゲームを通じて何か大きなテーマやアートとしてのコンセプトを表現しているというのを重視しているという程度で、(セレクションに通るか通らないかはともかく)要は「俺の考えた新球技」でも「身体を通じた遊びを問い直す」とか言い換えられるように、一応の説明さえつけば問題なし。

 ちなみに、近年はジャンルとしてVRとカウチゲーミング(隣り合って座って遊ぶローカルマルチプレイゲーム)が強いのだが、それもこの性質から説明がつく。前者はVRヘッドマウントディスプレイを通じて何か新しい“体験”そのものをデザインできるから、後者は隣り合って遊ぶからこそ生まれる人間の感情の動きを(オンライン時代だからこそ)あえて掘り下げるという意味合いがあるから強いのだ。

▲女子小学生2名にめっちゃ受けてた『Codex Bash』。お題に合わせて4隅のカラーボタンを順番に押していくというもので、最初は単純に色に合わせて押していけばいいのだが、問題が進むに連れて、お題とボタンとの対応表が複雑になっていくという仕掛け。まぁひとりでやっても同時押しに対応できないし、楽しくない。この子みたいに「〜ちゃん、青押して! 次同時押しだから緑色! いち、に、さん!」とか言いながら遊ぶのが正解。

 というわけでコンセプト重視なこともあって、下手にちゃんとした中規模インディースタジオのタイトルよりも、むしろUSC(南カリフォルニア大学)やNYU(ニューヨーク大学)のゲームデザイン科の学生の作品の方が通りやすかったりもする(ただし、流石にコンセプトだけで面白くもない作品は通らない。何時間も遊びたいかはともかく)。

 もうひとつ、新しい表現であることや作品性が問われる分、商業化を特に考えていないようなものも多くて、昨年本誌で掲載したプレイリポートが話題を呼んだUse of Force』など、再び体験したくなっても、手作りのオリジナル周辺機器がプレイに必要だったりして、どこかの展示会に出展されないと遊べない作品になっていることもしばしばある。こうなってくるとほとんどゲームの形を取ったインスタレーション作品だ。

▲今年出展されていた「1次元ダンジョン探索ゲーム」こと『Line Wobber』。ビデオゲームとして表現することもできると思うが、これはもう、このビヨンビヨンする自作のジョイスティックと、LEDを連ねたディスプレイ(緑が自機で赤が敵、オレンジが触れちゃいけない壁を示す)込みの展示として初めて意味がある感じの作品。

●ハリウッドの外郭を為す映画の街

 ちなみにイベントの開催にあたっては、カルバーシティ市がスポンサーの一員となり、広場や消防署のガレージまで会場として提供している。せっかくなのでカルバーシティについてもご紹介しておこう。

 カルバーシティは、ハリウッドの南西、ビバリーヒルズの南、サンタ・モニカの東に位置する小さな街。不動産開発業者のハリー・カルバーの主導により市として成立したのは1917年のことで、カルバーシティのカルバーとは、このカルバーさんのカルバーなんである。
 ハリー・カルバーは近所であるハリウッド伝いに映画産業の誘致を行い、ライオンが吠えるマークで有名な映画会社MGMなどが本社を置くようになって、カルバーシティはハリウッドの外郭として成長してきた(そのほか、かつては大富豪ハワード・ヒューズのヒューズ・エアクラフトなどもあったが、ここでは割愛する)。

 その関係で現在もソニー・ピクチャーズの本社がカルバーシティにあって市内最大の雇用人数を誇っていたり、映画「ショーシャンクの空に」などで知られる俳優ティム・ロビンスの主催する劇団“アクターズ・ギャング”が活動していたりするのだが(ちなみにIndiecadeのスポンサーでもある)、映画・演劇だけでなく、90年代からの再開発では映画・演劇に加えてアートギャラリーなどが流入し、アートシーンも活発に。そういった流れもあって、会場近くにはLA近郊のインディー開発者が集まる“Glitch City”という一種のシェアオフィス的スペースもあったりする。

●ユルユルの空間で新しい遊びの提案を満喫できる3日間

 とまぁ、コンセプトを説明しちゃうとやっぱり堅苦しく聞こえてしまう人もいるかもしれないが、写真の通り中身はユルユル。子供、大人、女装してる人、男装してる人、いろんな人がいて(性的マイノリティなども含めた多様性はIndiecadeにとって大きなテーマ)、みんな好きなタイトルに並んで遊んでるだけ。「ほう、これは〜〜を〜〜的に表現しているんですな」「なるほど」というような会話をしている人はひとりもいない。
 E3やTGSのように好みどうこうをすっ飛ばして速報しなければいけないタイトルもなし、並んでも数人程度で、場合によっては「あ、よければプログラム後で送るけど」とか言われるレベル。まぁそんな感じに緩い空間から、「こんな発想があったか!」と思わず膝を打つような作品をお届けしていきたいと思う。

▲インテルがスポンサーしていた「Gaming for Everyone」のテント前の落書きボード。性的マイノリティや社会的なマイノリティでもゲームを遊んだり、その立場からのゲームを開発したりといった平等を扱うテーマ展なので、メッセージもいろんな立場からのものが書かれていた。