摩訶不思議なアクション・ アドベンチャー

 『Expand(イクスパンド)』は、アデレード(オーストラリア)に拠点を置くインディーゲームの開発者、Chris Johnson氏の最新作。幾何学的なビジュアル世界を舞台にした、摩訶不思議なアクション・アドベンチャーです。


『Expand(イクスパンド)』この世界がすべて幻だとするならば、そんな世界でテレビゲームを遊ぶことにいかなる意味があろうか?【とっておきインディーVol.51】_19

 近年の、ヘッドトラッキング機能を搭載したヘッドマウントディスプレイによって体験できるVR(ヴァーチャルリアリティー)コンテンツの進化は目覚ましく、「テレビゲーム新時代の到来!」、「これで現実とはオサラバだ」なんていう意見も、よく
耳にします。実際、これらを体験してみると、「“あれ”が“そこ”にある」という臨場感が肌感覚で伝わってきて、無性にワクワクします。多少、グラフィックの品質やキャラクターの挙動に難があったとしても、むしろ、そういう難があるにも関わらず擬似空間にリアリティーを感じ、感激できてしまうのは、「本当はないのに、あるように思えること」が、本質的に楽しいことだからかもしれません。

 今回紹介する『Expand』は、VRコンテンツではありません。じゃあさっきまでの前ふりは何だったんだ? ということは、ひとまず忘れてください。本作は、オーストラリアのインディーゲーム開発者が、地元大学のゲームジャムで制作した作品『Everything Shall Come to an End』のビジュアルコンセプトを継承・発展して開発した、2Dアクションゲームです。ゲーム内容は至って単純。ピンク色の四角を操作して、迷路のゴール地点(チェックポイント)と思しき場所にたどり着けば、新たな迷路が出現……のくり返しです。失われたかけらを探す、という物語的な目標も提示されますが、基本的には、スタート地点から分岐する一本道ルートをそれぞれ制覇していくだけで、ゲームが進行します。ピンク色の四角は、動く黒色の“壁”に押し潰されたり、赤色の“障害物”に触れたらミスとなり、直近のチェックポイントに戻されます。とはいえ、プレイタイムや、チャレンジ回数などの制限はないので、気が済むまでリトライし、もういいやというところで中断できます(※ゲーム進行は自動セーブ)。

 本作最大の特徴は、円をベースにした、大胆かつ多彩な迷路デザインです。そのすごさを誌面でどのように伝えたらいいか考えた末、バリエーションをただズラズラと並べただけになってしまいましたが、実際にはこれらが、画面中央の白円を軸とした、無段階的なアニメーションによって、リアルタイムに形を変えていくのです。ある時は平面方向の回転、ある時は、画面中央を消失点とした擬似立体表現によって躍動する迷路は、さながらインスタレーション・アート風。その一方で、先のフィールドに進むごとに、ゲームとしての難度は着実に上がっていきます。

 そういった難度上昇とともに顕在化するのが、本作の特殊な操作系。カーソルキーやゲームコントローラーの上下左右に、移動方向がダイレクトに対応しているわけではなく、上下で“外周に向かう/画面中央に向かう”、左右で“左向方向旋回/右方向旋回”という、画面中央を基点にしたラジコン風操作になっています。キーを押した方向に動く画面上部にいるうちはまだいいのですが、迷路の構造上、やむなく画面下部に移動すると、見た目上、押したキーと進む方向が逆になってしまうため、大いに混乱します。ミスするとフィールドの角度が変わる救済策はあるものの、感覚的とはいえない操作性の根本の解決にはなっておらず、このあたりはプレイヤーを選ぶ仕様と言わざるをえません。

 プレイの快適さを差し置いて、『Expand』で表現したかったことは何か──去年の東京ゲームショウ会場で出展バージョンをプレイして以来、本作に心を奪われてしまった私が勝手に想像するに、「この世には実体などない」という、般若心経でいうところの“是諸法空相”の世界認識ではないでしょうか。それは「上キーを押したらキャラクターが必ず上に移動するなんて誰が決めたんだ?」という屁理屈レベルではなく、このゲーム世界のすべての事象を“画面の中心を始原とする幻”として描く、マクロな意図があるように思います。ピアノを基調とした美しい旋律のBGMを聴きながら、万華鏡のように姿かたちを変えていく迷路を彷徨ううちに、「“進む”といっても、同じ円周上をぐるぐる回っているだけなのでは?」「難所で先に進めなくなるのは“よくないこと”なのか?」といった疑問や気づきがつぎつぎと湧き上がるゲームプレイは、ディスプレイの外側──便宜上、“現実”と言われる世界の感触にさえも影響を及ぼす、エキサイティングな経験です。

 『Expand』のゲームプレイによって浮かび上がるのは、「本当はないのに、あるように思えること」の楽しさ。日常生活に埋もれがちなこの感覚を、何かしらの身体的欲求に直接訴えかけるVRコンテンツよりも穏便な形で取り戻せるという意味で、本作は“お得”な作品と言えます。

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Expand(イクスパンド)
メーカー Chris Johnson and Chris Larkin
対応機種 PCWindows
発売日 配信中
価格 598円[税込]
ジャンル アクション・アドベンチャー
備考 ローカライズは架け橋ゲームズ