【ファミキャリ!会社探訪(27)】極上のエンターテインメント作品『龍が如く』シリーズを手がけるセガゲームス コンシューマ・オンラインカンパニーを訪問

ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。第27回となる今回はセガゲームス コンシューマ・オンライン・カンパニー。
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●ファミキャリ!会社探訪第27回はセガゲームス コンシューマ・オンラインカンパニー!

 ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。第27回となる今回はセガゲームス コンシューマ・オンラインカンパニー。
 今年、セガサミーホールディングスは、グループ内の組織再編を行った。コンシューマ事業部門を中心とするセガがセガネットワークスを吸収合併し、名称をセガゲームスへと変更したのもそのひとつだ。セガゲームスは、家庭用及びPC向けゲームとスマートデバイス向けゲームという、ふたつの事業を柱としており、それぞれ、コンシューマ・オンライン カンパニーとセガネットワークス カンパニーがその業務を担当している。今回の求人は、『龍が如く』シリーズをおもに開発している大規模プロジェクトチームによるもので、ハイエンドプラットフォーム向けの開発者の中途採用を行っている。今回は、『龍が如く』シリーズでプロデューサーを務めている横山昌義氏に話を聞いた。



●偶然の積み重ねで生まれた『龍が如く』の世界

03

セガゲームス
コンシューマ・オンラインカンパニー
第一CS研究開発部
副部長 / プロデューサー
横山昌義氏

――横山さんの経歴から簡単に教えてください。ゲーム業界を志した理由やその中からセガを選んだ理由など、差し支えない範囲で教えてください。
横山昌義氏(以下、横山) 僕は1999年にセガに入社しましたが、当時はいわゆる“就職氷河期”と呼ばれていた時期でした。それであせりもあって、いろいろな業界の合計120社くらいは入社試験を受けました。私大文系でしたから、それこそいろいろな職種を受けました。僕は広告やマーケティングの勉強をしていたこともあり、広告代理店のプランナーを目指していました。ただそれもあって、単純にプランナーという肩書に興味を持っていて、それこそウェディングプランナーから、ファイナンシャルプランナーまでジャンル問わず受けましたね。当時はプランナーがどんな仕事をするのか、サッパリ理解していませんでしたが、カッコいいなと(笑)。
 プランナーと名のついたいろいろな職種を受けていく中で、ゲーム業界にもプランナーという職種があるのに気づきました。それで入社試験を受けたのがセガでした。ただ、その面接試験がおもしろくて印象に残ったんですね。質問されるポイントがほかの会社と違って、「いままで何をしてきたのか」、「何が好きなのか」といった自分の人となりを聞いてくれました。「麻雀はできるのか」という質問もありましたね(笑)。人間としての自分に興味を持ってくれているところが、とてもおもしろい会社だと思い、入ることにしました。

――入社する前のセガの印象は?
横山 もちろん名前は知っていました。父親が百貨店でおもちゃ売り場のマネージャーをしていたので、子どものころからゲームに触れる機会は多かったです。ただ、僕自身はバリバリの体育会系環境で育ちましたし、自分がゲームを作る側に回るとは思いもしませんでした。ですから、僕がいま作っているゲームの知識や経験というのは、ゲームから導き出されたというよりは、人生そのものが反映されていると思っています。エンターテインメント作品には、生きてきた環境、家族や経験など、作り手の人生が必ずエッセンスとして入ってくる。その人の考えかたや人生観が具現化されるものだと思います。そういう意味では、ゲームを作るということに資格は必要ありません。間口の広い、入りやすい業界だと思いますよ。

――セガを選んだ決め手は何ですか?
横山 正直、会社の規模が大きかったからというのもありますが(笑)、ゲームを作るということにワクワクしたのも事実です。セガの場合、新卒でも職種で採用するスタイルで、総合職で採用して入社後に振り分けるスタイルではありません。僕はプランナーで採用されて、家庭用ゲームの部署に配属され、それから16年になりますね。

――では、入社してから会社の印象は変わりましたか?
横山 エンターテインメントを作るといっても、仕事はきちんとするものだと思いました。実際にゲームを作るというのは、コツコツと積み重ねていく必要があります。パッといいアイデアが出ても、ゲーム自体はパッとできるわけではありません。いいアイデアを100人単位のスタッフが、何年という月日をかけて作るわけじゃないですか。アイデアだけで乗り切れるほど、甘くはないですし、多くのスタッフとの共同作業ですから、努力も結果も示さないといけません。そのために勉強する必要もあるでしょう。ただ、入社して「なんてツライ仕事なんだ」と思ったことはありますが、1回も「辞めよう」と思ったことはありませんでした。つねにやり残したことがあるというか、「もっと大きいことができる」と思える環境にいるので、それはとてもいいことだなと思っています。

――プランナーとして入社して、現在はプロデューサーになったわけですね。
横山 つい先日までプランニングセクションを管理していましたし、職種的には、いまでもプランナーであることに変わりはありません。プロデューサーというのはプロジェクトごとに決まるのであって、そういう専門職があるわけではないんですよ。開発のトップや、プロデュースセンスのある人がプロデュースを担当します。僕はいまでもゲームの脚本を書いていますし、演出や音響監督もやっています。プランナーの仕事というのは、いまだにつまびらかにされていないと思うんですよ。会社によって、またプロジェクトによって、業務内容はかなり違うと思います。いわゆる商品企画がすぐ思い浮かぶと思いますが、実際はプロジェクトが始まってからゲームの仕様書を作ったり、演出的なものを担当したりとさまざまです。最初のうちは、プロジェクトが円滑に回るための雑用的な仕事が多くなるので、ディレクター候補生、ADというとわかりやすいかもしれません。

――ちなみに、どういう経緯で脚本を書くことになったのですか?
横山 たまたまです(笑)。セガにはシナリオを書く専門家はいませんし、書きたかったわけでもないんです。名越(稔洋氏。『龍が如く』シリーズ総合監督)が『龍が如く』の企画を立ち上げたときに、「おまえ、見た目が『龍』っぽいよね」と言うんです。容姿や服装には自分がやりたいことや趣向性がにじみ出るので、IP(知的財産)やその世界観と似た雰囲気を持った人がやったほうがうまくいくという考えかたからです。初代『龍が如く』の時、じつは別のプロジェクトに参加する予定でした。しかし、名越から「『龍』をやったほうがいい」という推薦もあって、スライドしてきました。また、脚本をどうするかも決まっておらず、「プランナーでシナリオのミーティングをやるから」と朝10時に言われ、そのミーティングが始まる午後3時までに人物相関図を作りました。それが初代『龍が如く』なんです。その人物相関図をもとに交友関係や起こるイベントを説明し、キャッチコピーにある“100億の少女”の理由は「後で考えます」と説明しました(笑)。当時はプロの作家にシナリオを依頼する予定でしたので、ストーリー担当としてそのための資料を作れと言われたのですが、その作りかたがわからなかったので(シナリオとして)書いたのが始まりです。

――シナリオを生み出す苦しみのようなものはあるのですか?
横山 あまりないですね。パッパッと思いつくタイプですから(笑)。ただ毎作疲れはします。『龍が如く』の脚本は、連続ドラマ1クール分のボリュームくらいなのですが、ゲームは尺的な自由度が高いですね。CMにしろ、映画にしろ、音楽にしろ、エンターテインメントのメディアというのはだいたい尺が決まっていますが、ゲームだけはそれがありません。唯一制限があるとすれば、ユーザーさんが飽きてしまうこと。それ以外は、おもしろいものであれば、制作側が全部決められます。表現者としては、自由度が高いし、スポンサー的な制約もあまり受けないので、表現はしやすいですね。

――なるべくして、いまの横山さんがある感じですね。
横山 いえ、たまたまです(笑)。でも、人生はその“たまたま”の連続なんですよ。


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