あの刀剣をナマで見学! 思わずひれ伏す(?)参加者たち
2015年5月30日、よく晴れて暑いくらいの土曜日。陽気に負けないくらい熱気に溢れたイベントが開催された。コンテンツ文化史学会2015年第1回例会“歴史的遺物とコンテンツ”だ。テーマとして取り上げられたのは、日本を揺るがすほどのブームを起こしている、DMMオンラインゲームにてサービス中のPC向けブラウザゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』。土方歳三資料館、日野市立新選組のふるさと歴史館への訪問や、『刀剣乱舞-ONLINE-』のシナリオ・設定を手掛けた芝村裕吏氏らが登壇した例会など、新撰組ファンや“審神者”にはたまらない内容となったであろう本イベントの模様をお届け。
まずは朝8時50分に、多摩モノレール万願寺駅に集合。ぞろぞろと参加者たちが集まり、いつもは(たぶん)静かな駅前が、さながらライブ前の武道館である。


まず向かったのは、土方歳三資料館。館内には、石田散薬の実物や、ものすごい直球しか詠わない歳三の“豊玉発句集”など、新撰組と土方歳三ゆかりの品がずらりと展示してあり、館長の土方愛氏により、ひとつひとつ丁寧に説明されていく。
そして、展示室の奧にあるのが、今回のお目当て(!)とも言える和泉守兼定。刀剣の説明に入ると、展示の前に立っていた女性たちが、波紋を描くようにバタバタとひれ伏した。実際は「うしろの人にもよく見えるようにしゃがんだ」のかもしれないが、どちらにしてもマナーのよいことには変わりがない。
ナマの和泉守兼定をよく見てみると、おや、鞘の模様や紋に見覚えが……。色もエンジで、『刀剣乱舞-ONLINE-』に登場する刀剣男士、“和泉守兼定”との共通点が多く見て取れ、真剣に見学していた参加者たちからも「ざわ……ざわ……」と、どよめきが起こっていた。
『刀剣乱舞-ONLINE-』の制作秘話から感じる、学問レベルの調査姿勢
土方歳三のお墓をお参りしたあと3時間ほどの休憩ののち、午後からはお待ちかねの例会である。登壇したのは、日野市立新選組のふるさと歴史館学芸員の松下尚氏、“歴ドル”の遠野ゆき氏。そして芝村裕吏氏と、コンテンツ文化史学会会長の吉田正高氏を司会に迎えて、濃い議論が始まった。

会で語られたのは、『刀剣乱舞-ONLINE-』がここまで愛される理由だった。ダイレクトに理由を尋ねられたわけではなく、語られる言葉ひとつひとつが、「なるほど、ユーザーはハマるわけだよ」と思えるものだったのだ。とくに感じたのは、芝村氏の「刀剣や歴史をディスるために作ったのではない」といった刀剣に対する愛情や、その周辺にいる人たちへの敬意だ。
芝村氏は、ゲームを立ち上げるに当たって2000人以上に会って話を聞いたそうだ。しかし調査を進めていると、矛盾する情報に行き当たることも多い。資料にある記録と、実物の長さが違うこともあり、どちらの情報を取り入れるかを悩むこともあったという。その場合は、制作チームで会議を開き、方向性を定めていったとのこと。
『刀剣乱舞-ONLINE-』に登場する刀剣男子たちを見て「自分の知っている刀剣の情報とは違う」と思うユーザーもいるかもしれない。しかし、そういう情報があることを踏まえたうえで、データを選択し、キャラクターを作り上げているのだという。具体的な情報としては、「和泉守兼定には2パターンの設定がある」とのこと。本当に実装されるかはさておき、ファンにはたまらない情報だ。また、『刀剣乱舞-ONLINE-』内の“刀帳”では現在138番まで番号が振ってあり、そのうち45振りが公開されているが、芝山氏によると「設定自体は100体以上作ってある」という。
芝村氏は「ゲームが売れる、売れないは作り手の愛次第。どんなに周りから予算や時間のことを言われても、プレッシャーに負けずに作りきれるか」と言い、決して手を抜かないクリエイター魂の一部を聞かせてくれた。

作品の善し悪しは「史実に忠実かどうか」ではない
松下氏の意見も芝村氏に添うものだった。新撰組は非常に創作物の多い歴史的団体であるため「新撰組ファンの99%は創作から入ってくる」という。「しかし史実に近いからその作品がよい作品で、創作度合いが高いからよくない、といったランク付けはすべきではない」としている。一方で「ちょっと調べればわかることをやらないのは、いかがなものか」と、「新撰組ものをやれば流行るだろう」といった安易な企画に対しては手厳しいコメントも。芝村氏の刀剣調査に対する姿勢は、松下氏を十分納得させるものだっただろう。

当日、参加者たちはナマの和泉守兼定を見て、改めて作り手のこだわりを知ったわけだが、こうした作り手の熱意や愛情は、ユーザーたちに間違いなく伝わるものだ。ただゲームを提供するだけではなく、そこを入り口にして、歴史の世界へどんどんと引き込み、歴史からまたゲームに戻って巡回させるには、こうした“こだわり”がなければ難しいのだろう。
歴史上の人物などをモチーフにした作品は、すでにたくさん存在している。その中のどれかを好きなファンにとっては、新しい作品のキャラクターを受け入れ難いいこともあるかもしれない。しかし、刀剣を擬人化した作品というのは、ほとんど見かけなかった。遠野氏は、『刀剣乱舞-ONLINE-』の魅力を「それまでなかった人格や価値観を与えられたこと」だと語った。

〆は日野市立新選組のふるさと歴史館を訪問
いくつかの質問を受け付け、2時間強の討論会を終えると、一同は日野市立新選組のふるさと歴史館へ。ここでは、現在“二十一世紀の新選組~新選組のコンテンツ化とファン層の広がり”が6月7日まで開催中だ。マンガやゲームなどで取り上げられた新撰組像を追っていき、近藤勇や沖田総司といったキャラクター像が、時代とともにどのように変わっていったかを解説している。『銀魂』や『幕末Rock』、『薄桜鬼』を始めとする作品群を丁寧に読み解いていて、じつに興味深い。
また常設展では、刀剣(模造刀)や新選組の法被などが置いてあり、コスプレして撮影できるコーナーも。参加者たちは興味深そうに模造刀を鞘から抜いて眺めたり、実際に構えてみたりなどしていた。

史跡を訪ね、歴史的遺物を目の当たりにし、そして創作の現場について耳を傾け、学術的な展示から作品の立ち位置を知る。まさに“コンテンツを文化史として捉える”1日だった。“歴史的遺物とコンテンツ”の例会部分に関しては、ニコニコ動画にてタイムシフト視聴が可能となっている。興味がある方はぜひ視聴してみてはいかがだろうか。
・【『刀剣乱舞』監修の芝村裕吏さん登壇】コンテンツ文化史学会 例会「歴史的遺物とコンテンツ」生中継
余談ではあるが、記者は現地で知り合った“審神者”たちと夜まで語り合ってしまうという、朝の9時から夜までの半日コースをなんなくこなしてしまった。いわゆる“沼にはまる”、とは、まさにこのことかもしれない。