架空の共産国で入国審査官になるインディーゲーム『Papers, Please』で小役人の悲哀を味わう

Lucas Pope氏によるインディーゲーム『Papers, Please』を紹介する。

●「はい、パスポートと書類を(Papers, Please)」

 Lucas Pope氏によるインディーゲーム『Papers, Please』を紹介する。本作のプラットフォームはPC。公式サイトのほか、SteamやGOG.com、Humble Storeなどで9ドル99セントで発売中。言語は英語のみ。


PapersPlease 2013-08-12 18-19-33-52

 『Papers, Please』の舞台は1982年、架空の共産主義国Arstotzka。隣国Kolechiaとの6年間の戦争がついに終結し、国境の町Grestinの半分を正当に取り戻し、晴れて国交が再開することに。その入国審査官として配置されたのが、とある貧しい一家の主人として妻子と義母と叔父を養う、プレイヤーその人である。

 仕事自体は非常に簡単。パスポートや関係書類を提出させ、おかしな所がないか見て、入国を許可するか却下するか判定していく。基本的にはそれだけ。それだけなのだが、シンプルな内容がしだいに深くなっていくのだ。


●早く通してあげたいのは山々ですがね、ルールですから。

 問題はその判断基準だ。いまだテロがしばしば起こる政情不安定な国境地帯であるだけに、当初は本人とパスポートだけを見ればよかったものが、審査を受けるためのチケットが必要になったり、今度は入国許可証が必要になったり、指紋と身長と体重もチェックしたり、入管の“ルール”はどんどん複雑になっていく。

 少しぐらいのミスは許容されるが、ミスが続くと減俸だ。それに収入は正しく判定した人数によって変動するため、ひとりひとりに時間がかかればそれだけ一日の収入が減る。一日の終わりには収入と支出が表示され、お金が余っていれば入管ブースや家族に投資することもできるのだが、稼ぎが少ないと食糧費や暖房費を捻出できずに家族が病気になったり、ひどい場合は死んでしまう。


PapersPlease 2013-08-12 18-22-37-53

▲ごめんな、今日は父ちゃんちょっと失敗が多かった。暖房なしだ……。「誰を救うか」というシビアな選択をつきつけられることもある。「うーん、子はまた生まれるかもしれないし、妻かな」と選んだ記者を鬼畜と呼ぶ人もいるだろうが、極貧なんだからそういったイヤーな選択もしなければならないのである。

 とはいえ、処理するスピードを上げようにも、残念ながら入管を通る人々は誰もが善良なわけじゃない。書類不備の癖して入国しようという連中はざらにいるし、ありえない場所で発行されたことになっている偽造IDを出す不届き者、そしてド直球にも武器を隠し持った連中まで出てくる。もちろん全員却下だ却下!

 それだけなら不備を見つけた瞬間に追い返せばいいが、滞在期間を自分で間違えるとか、最初に必要書類を出し忘れるとか、見た目の性別が非常に微妙といった、本当は入国資格に何ら問題ない人々もいるのが実に厄介。
 明らかにアウトなら追い返す権限もあるのだが、基本的には「今10日間の滞在とおっしゃいましたけど、入国許可証に書かれた期間と異なりますね」、「パスポートどうされました?」、「あの失礼ですが……本当に男性ですか?」などと問いただすところから始めなければいけない。
 もちろんそこで「あ、2日間でしたすいません」と正しく言い直されたり、「あ、パスポートこれです」と出し直されたり、全身スキャン検査の結果、写真(全裸だがこのアートスタイルなので全然うれしくない)を見たら本当に男性だったりすれば、疑念を残しつつもあらためてちゃんと審査続行。そうする間もどんどん時間は過ぎていく……。


PapersPlease 2013-08-12 18-19-11-32

▲不審な例その1。よく見るとパスポートと許可証で名前が違う。複数の名前を持つ人もいたりするが……。

PapersPlease 2013-08-12 18-21-48-57

▲不審な例その2。許可証に書かれた滞在期間と、審査官に口頭で申告した期間が違う。

PapersPlease 2013-08-12 19-46-46-06

▲不審な例その3。手作りパスポート。ダメに決まってんだろが!

●鬼だ悪魔だと罵られながら「はい次の方!(Next!)」

 現実の海外の入国審査の際に、「ダラダラしねーでもっと早くできねーのかよ!」と思ったり、メンドくさいがゆえにテキトーに言ったことをツッコまれて非常に面倒な事態になったことがある人は結構いると思うが、本作ではまさにあの様相が、普段とは逆の審査する側で展開される。治安がデンジャーで賄賂アリアリ、レジスタンス活動も展開中で、上級幹部が無闇矢鱈に偉そうというという、いかにも共産国なイメージばっちりのどよーんとした世界でだけど。


PapersPlease 2013-08-12 18-24-38-83 PapersPlease 2013-08-12 18-24-40-33 PapersPlease 2013-08-12 18-24-48-68

▲マニュアルマジ大事。少し進むとArstotzka国民にはIDとパスポートを同時に出してもらうようになるのだが、IDに書いてある居住地区がデタラメなんてこともある。

▲近隣国のパスポート発行地がどこなのか、外交官書類に押されているべきマークはどんな形なのか……。

▲入国許可証に押されるマークが複数あったりする。「統一しろよ!」と思うが、そんな不条理もお役所的。

 いくらお役所仕事と言われようが、こっちは職務をきちんと遂行し、ひいては家族を養っていくのが目的だ。入国基準を満たさない方はもう結構。泣き事や個人の事情なんて無視して「はい書類不備です」、「はいパスポートの期限切れですね」と追い返し、「それぐらい通してくれよ! 地獄に堕ちろ」とか、「私に死ねって言うのね!」とか、「息子が待ってるのに! 呪ってやる」といった暖かい言葉を浴びながら、「はい次の方!」と心を殺して仕事する。
 先に入国許可したダンナが「ありがとう。次に並んでるのウチの嫁だから、よろしく頼むよ」なんて言ってても、書類が足りてなければ奥さんは入国却下。「悪気があってやってるわけじゃないんだ。こっちも仕事だからさ」と、気分は完全に小役人。


●シンプルな構造に潜んだ複雑なテーマ

 とはいえ、もしこれが1982年のArstotzkaでなく現代の日本でのことなら、(偽造パスポートやら期限切れやらの人をガンガン追い返すのは当たり前だけど)「いくらなんでも裸丸見えになる全身スキャンはマズくないか」とか「一昨日と昨日と今日で必要な書類が違うってさすがにヒドいだろ」ぐらいは思うんじゃないだろうか。

 本作が架空の国家を舞台にしながらも、感情を捨てて歯車に徹するしかない小市民の悲哀、不条理なほどになっていくお役所的ルールといった普遍的なテーマを描いているのは明白だ(ちなみに“裸が見える全身スキャナー”は実際にアメリカで導入されるもすぐに問題となったハナシで、絵空事ではない)。
 しかし本作が真にすばらしいのは、そういったテーマがただの設定上の問題でなく、「基本的に疑ってかかる」ゲームプレイを通じて、自分の中に潜む何とも嫌な部分も暴き出すことだ。


triplecheckAA triplecheckAB triplecheckAC

▲疑ってかかるゲームプレイを、いろいろと問題があるオジサンを例に説明しよう。

▲まずは申告期間のズレをつついてみる……。

▲「ああそうだったそうだった」とはぐらかされたので、今度は写真と顔がどうも違うのを指摘……。

triplecheckAD triplecheckAE triplecheckAF

▲照会のために指紋押捺をしてみると……あれ?

▲「名前違わね?」と思ったら、指紋照会の紙の印刷がかすれているだけだったという罠。

▲時間がかかってしまったため、じゃあいいか……とスタンプを押してしまう審査官であった(押捺した指紋と見比べるのをすっかり忘れている)。

 例えば“どうにもパスポート上の戸籍と見た目が違う人”を見るとパスポート偽造を疑ってみたりするのだが、これが本当にそういう見た目の人だとしても、性転換した人だとしても、パッと見だけで「女性つーかこれ男性の顔だろ」ってのは結構失礼な話じゃないだろうか? 問い詰めて全身スキャナーにかけ、全裸写真(肉がたるみ、ゆがんだ生々しい身体で描かれる)で胸があるのを見た時の「あっ……」という、なんとも言えない罪悪感は、見事なしっぺ返しだ。

 または、テロのせいで早めに仕事が終わり稼ぎの少ない日が続いた時に、どうもKolechiaのパスポートを見た瞬間に一瞬身構えてしまうのは、本当にしょうがないことなんだろうか? ほとんどのKolechia人は普通の人だし、そもそもテロリストがKolechia人のパスポートを使うとも限らないのだが、思わず見返してしまう。結果、何でもなかった時の徒労感といったらない。

 まぁ実際、職務上しょうがない部分もある。というか、入国審査官としては、いろんな可能性を想定して審査にとりかかるべきだ。ただ「間違えも起こすただの人」であり、押し寄せる人の波に対してたったひとりで対処しなければいけないプレイヤーに、そういった社会問題と隣合わせのシビアな判断をさせるというのがミソ。正しく行使できないテンパった状態で強大な力を持たされ、罪もない人々を疑わさせられることで、いろんなことを思い知らされる。

 本作は、映画「未来世紀ブラジル」のような強権的で不条理な社会の歪みを、小さな入管ブース内だけで表現した傑作だ。ストーリーはマルチエンディングになっており、プレイが進むに連れて「この手紙をある人間に渡してほしい」とか「どんどん入国を却下した奴を拘留し、我が国側に引き渡してくれたまえ」といった妙なオファーがあちらこちらから来る中、プレイヤーの運命も激変していく。
 一家で極貧の中死亡したり、どうも怪しい組織に利用されまくったり、ご近所さんの告発により汚職で逮捕されたり……。『バイトヘル』の1ゲームのようなループ地獄の果てに、プレイヤーと偉大なる国家Arstotzkaはどんな結末を迎えるのか? それでは次の方、パスポートと書類を! (文:ミル☆吉村)


Papers, Please - Trailer