10000文字オーバーで語る、競馬+『ソリティア』という新機軸が実現した理由
ゲームフリーク初のパブリッシングタイトルとして、2013年7月31日にニンテンドーe-ショップで配信された『ソリティ馬』は(⇒関連記事はこちら)、競馬とソリティアの楽しさが融合したダウンロード専用タイトル。爽快にトランプゲームが楽しめ、かつレースの興奮が味わえるという、新機軸の1作となっている。極めて意欲作とも言える本作だが、そこで記者の頭の中に渦巻くのは、「なぜ、ソリティアと競馬?」、「なぜ、ゲームフリークがこのソフトを?」とのギモン。そこでギモンは直接聞いてみるのがいちばん(!)ということで、『ソリティ馬』の開発を担当した、田谷正夫氏、一之瀬剛氏、小幡敏宏氏の3名にお話を聞いてみた。
★田谷正夫氏(中央)
ゲームフリーク 開発部 プログラマー
『ソリティ馬』を企画・立案する。本作ではディレクションを担当。
★一之瀬剛氏(左)
ゲームフリーク 開発部 サウンドデザイナー リーダー ゲームデザイナー
田谷氏とともに、『ソリティ馬』を企画・立案。本作では、プランナーを務める。
★小幡敏宏氏(右)
ゲームフリーク 開発部 プログラマー
本作では、プログラムを担当。
すべては“ギア”から始まった
――『ソリティア』と競馬ということで、最初は「なにそれ?」という感じだったのですが、まずは開発の経緯を教えていただけますか?
田谷 はい。まず前提としてゲームフリーク独自の制度からお話したほうがいいですね。ゲームフリークには、“ギア”という制度がありまして、誰かがゲームの企画を立ち上げて「おもしろそうだ」というスタッフが3人集まれば、試作を始めてもよいというシステムがあるんですよ。これは3年くらい前から始まった制度なんですが、それに応募したのがきっかけですね。
――それはまた、おもしろそうな制度ですね。
田谷 ゲームフリークには、「おもしろいオリジナルタイトルを作りたい」と思っているスタッフが多くて、いつも何かしら新しいゲームのことを考えています。会社的にも、新規タイトルをリリースしていきたいという方針があって、そのための制度ですね。で、自分もいくつかアイデアのストックがあったのですが、もともと競馬が好きで、「競馬とカードゲームを組み合わせたタイトルが作れないかな」って思っていたんです。
一之瀬 僕は、iPhoneアプリの『ソリティアゴルフ』を遊んだときに、『ソリティアゴルフ』と競馬を組み合わせて、ライトなコンテンツにしたいなと思いました。ライトなコンテンツから入って競馬のおもしろさを伝えられたらいいなと。その話を田谷に持ちかけたのが始まりです。
田谷 『ソリティアゴルフ』は、いわゆる一般的な『ソリティア』とは違って、素早くカードを取っていく感覚が、とてもスピーディーなんです。それが競馬をイメージさせるということで、「これを競馬と組み合わせよう!」ということで、『ソリティ馬』の元となる発想が生まれたんです。それで“ギア”として申請することにしました。で、小幡を巻き込みまして(笑)。
小幡 僕はそんなに競馬には興味がなかったのですが、『ソリティア』を競馬に落とし込むという話を聞いて、これはおもしろそうだな……と思いました。
――“ギア”が始動してからはどうだったのですか?
田谷 じつは“ギア”には、期間ごとに社内審査があるんですよ。まずは3ヵ月の試作の期間があって、それを通ると晴れて正式プロジェクトとして認められるんです。で、さらに6ヵ月後に審査があって、それを通れば製品化が決定されるというプロセスです。だから、当初はいかに3ヵ月でプロジェクトを形にするかで、どうやって頭の中にあるものを形にするかで精一杯でした。
一之瀬 最初の2ヵ月間は、みんなで会議室とかに集まって、とにかく企画を考えていましたね。そこから1ヵ月くらいでプロトタイプを作ったという。最初のアイデアは、『ソリティア』で取ったカードの分だけ馬が進める……という、すごろく方式でしたね。でも、すごろくだとほかの馬が動いたりするのに時間がかかるだろうということでNGになりました。で、タッチペンだと線を引けるし、すごろくと同じようなギミックで行けるということで、いまのようなスタイルになったんです。
――ニンテンドー3DSならではの操作方法ということですね。
一之瀬 最初は、途中でセリフが出現して、そこから選択肢を選ぶ……というのもあったね(笑)。
田谷 レース展開を見て、「このままだとペースが速すぎるから、抑えようかな」というのを、騎手のセリフから選んで決めるという。最終的には、いまの直観的な操作方法に落ち着きました。
――3ヵ月後の審査のときに、手応えはあったのですか?
田谷 うーん、どうでしょう。ただ、『ゴルフ』のおもしろさは揺るぎなくあったので、そこはいちばんの強みではありましたね。あとは、インターフェースの気持ちよさには力を入れていたので、触ってみたら気持ちよさは伝わるんじゃないかな……とは思っていました。審査時には、上長の渡辺から「これ、楽しいけど『ソリティア』なのでは? 『ソリティア』は無料で提供されているので、有料で提供できるの?」とは指摘されましたが、何とか通りました。
――おお、そこからはどんな感じでした?
一之瀬 3ヵ月後の審査が、プロジェクトの“本気度”を測るものだとすれば、さらにその3ヵ月後(都合6ヵ月)の審査は、ビジネスになり得るか、というのをきびしくチェックされるものだったんです。
田谷 6ヵ月目の審査というのは、製品として開発されるかどうか許可される振り分けだったので、もちろん「通りたい」という思いはありつつも、通ってしまって本当に製品にできるのかどうか、自分の中で確信がほしくて、そこはすごく悩みながら作っていました。
――確信ですか?
田谷 はい。手応えを得たかったんです。そのため、「これでいいのか?」みたいな感じで、ケンカみたいになりながらも、スタッフ間で打ち合わせを重ねていきました。
一之瀬 ケンカはめちゃくちゃしましたね(笑)。仕事が終わっても納得できないから、夜中の12時過ぎに(田谷さんに)電話して、「ここはこうしたいんだけど!」みたいな。「こうしたほうが、自分としては絶対にいいと思っている」という意見を、すべて伝えていきました。僕は、叩いて叩いてモノをよくすることをしたいと思っていたんですね。もちろん、最終的にはディレクターである田谷が決めるわけですが、僕も嫌がられることはある程度わかっていながらも、自分がおもしろいと思っていることをすべて伝えていきました。
――それは、アツいですね。ちなみに、どんなやり取りが?
田谷 とにかく、細かいところでケンカしましたね。とくに、牧場に入れた馬のステータスをどう見せるかという、インターフェースの部分で、ものすごくケンカをした記憶があります。当時は仕事が山積みで……。そこは優先度が低いので、「作業効率的を考えると現状維持でいいのでは?」みたいな感じでケンカになりました。
――ああ、なるほど。
田谷 大きなプロジェクトだと、インターフェースの専門家がいて、「どうすれば見やすいのか」という点でものすごい知見が溜まっているのですが、我々3人はプログラマーやプランナーがもともとの専門なので、その辺のノウハウがないんですね。僕もゲーム業界に十数年いますが、ユーザーインターフェースの部分に関しては、そこまで専門的な知識はないという……。デザインできる人間がいない中で、自分たちで決めていかなければならないということで、まあ、苦労は多かったですね。
――小さいプロジェクトならではの、苦労であり、醍醐味であり……といったところですね。小幡さんは、そんなふたりのケンカを仲裁しつつ?
小幡 仲裁はしません。「ケンカするなよー」とは思っていましたけど(笑)。
一之瀬 小幡はなんでも吸収してくれるので、「本当に大丈夫?」と心配することも多々あったのですが、僕が無理難題を言うのを、いい感じにゲームに落とし込んでくれましたね。
小幡 僕はどちらかというと、プランニングには関わりがなかったのですが、ふたりが出したアイデアは、「形になったら絶対におもしろい」と思っていたので、そこはがんばりました。
一之瀬 でも小幡はプログラムを組みながらも、プランニング的な要素も入れていましたよ。馬が跳ねるとか……勝手に入れていました(笑)。そういったギミックがゲーム性につながったりもしましたね。
――勝手にって(笑)。
一之瀬 「勝手に」って言いかたはよくない(笑)。でも、いつの間にか入れいたんですよ。で、実際に触ってみるとそれがおもしろいので、「これは活かしたほうがいいね」ということで、ゲームに盛り込んだりしました。
――そういったフットワークの軽さも、コンパクトなプロジェクトならではですね。それで、田谷さん的には、6ヵ月後には『ソリティ馬』に対する確信は得られるようになっていたのですか?
田谷 どこかのタイミングで、「これは行ける!」とはっきり思ったわけではなかったのですが、怒涛のようにいろいろなものを詰め込んで、まとまっていく中で、徐々にゲームらしくなってきたんですね。ゲームバランスを考えるために、毎日ちょっとずつプレイするのですが、「ゲームらしいゲームになっているなあ」とか「いま、けっこう戦略を立てながらプレイしているなあ」という手応えが伝わってくるんです。昨日と今日とでは身長はそんなに変わらないけれど、3ヵ月経つとずいぶん成長したな……っていう感じです。
とにかく、あまりの物量に忙殺されて……
というわけで『ソリティ馬』は、プロジェクト始動から6ヵ月後に、製品化の可否を巡る審査を受けることになった。審査は、渡辺哲也氏(ゲームフリーク 取締役 開発一部長)を始めとする数名が相談して行ったのだが、『ソリティア』に対してお金が払ってもらえるかどうか……という点に不安を感じつつも、ゲームとしてはおもしろいとの評価でゴーサインが出ることに。「値段をつけても、きっと価値のあるものを作れるだろうと信じてプロジェクト化した感じですね」と取材に同席していた渡辺氏。ちなみに、“ギア”という制度で、6ヵ月審査まで辿りついたのは6つで、そのうち通ったのは、『ソリティ馬』がふたつめという狭き門。製品化のメドは、さらに6ヵ月後ということで、あとは粛々と作業をするだけ、と思われたのだが……。
――6ヵ月目の審査が通って、感慨もひとしおという感じだったと思うのですが、いよいよ製品化を目指して、プロジェクトも本格化した感じですか?
田谷 待望のグラフィッカー! そこで、採用してよいということになりましたね。それまでは、僕らの下手くそな絵で組んでいましたからね。
――ああ、なるほど。
田谷 プロジェクト始動当初から、馬を滑らかにアニメーションさせて、気持よく走っているさまを表現したいという思いはあったのですが、その技術がなくて……。JRAのテレビCMに、武豊選手がすごくきれいに馬に乗っているシーンを、真横から何十秒も収めた映像があるのですが、その動画をお借りしてゲームに組み込んで使ったりしていましたね。
――絵柄は、当初からかわいい感じに?
田谷 グラフィックのテイストをどうするは、けっこう迷ったのですが、きっかけはふたつありました。ひとつめは、リサーチの結果ですね。『ソリティ馬』をニンテンドーeショップでダウンロード販売していこうというのは、割りと早めに決めていたのですが、eショップで売れているタイトルを研究してみると、けっこうかわいらしい絵柄のタイトルが上位に来ていたんですね。ちょっと頭身が高かったり、リアルに近くなると順位が下る傾向があったので、「eショップで売るんだったらかわいらしい絵柄のほうがいいかな」という判断がありました。もうひとつは、「リアルな馬の絵だったらゲームを買わない」って小幡が言い出したんですよ。
――ああ、あまり競馬が詳しくない小幡さんはリアルな絵柄だったら買わないと?
小幡 本当にリアルな馬が走っていると、競馬に興味のない人は、「自分向けに作られたゲームじゃないんだな」って判断してしまうと思ったんです。
田谷 それならば、かわいらしい絵柄のほうが掴みがいいだろう、ということで、小幡がインターネットで、自分にもフックする絵を見つけてきてくれたんです。それが、WEB上で、競走馬をデフォルメしてブログとかにアップされている方で、「これはイメージに合う」ということで、『ソリティ馬』のデザインをお願いしたところ、ご快諾いただいた感じです。
――肝心のデザインが決まったら、あとは開発は順調に?
田谷 というわけでもなかったんですよ。6ヵ月目の審査が通ったあとに、当初はさらに6ヵ月くらいかけて仕上げようと思っていたのですが、けっきょくは、さらに1年かかってしまいました。
――あら。
田谷 『ソリティ馬』のプロジェクトが正式決定したとは言え、やはりどうしてもほかのビッグプロジェクトにパワーを割かないといけない時期があったんですね。そうすると、決定しないといけないことのスピード感がどうしても落ちてしまう。さらに、要素をもう少し入れたいとか、ゲームバランスを詰めたいと思ってズルズルとやってしまって、トータルで延びてしまったという感じです。あとは、やっぱり経験不足が大きかったですね。
――それは、どのような点で?
田谷 僕らに絶対的な経験値がないので、デザイナーさんに無理なお願いをしてしまったりとか、デザイナーの方が「これくらいが妥当」とか、「こういうのが常識」というセンスを共有できなかったりとか。ある程度デザインの知識がないと、仕事を発注するのにも差し障りがあるということがよくわかりました。
――なるほど。たとえ本職ではなくても、知識くらいは知っておかないと意志の疎通も図れないということですね?
田谷 はい。たとえば、僕が頭の中に浮かんだイメージを「こういう感じでお願いします」って言葉で伝えたりしますよね。その伝えかたにもひと苦労するわけですが、さらにいくつか挙げてくれたデザイン案から、ひとつを選択する際も、びっくりされてしまうことが多いんです。「え、これを選ぶとは思いませんでした!」と言われてしまうケースも多々あります。インターフェースとかのデザインを担当されている方からすれば、「これ一択だろう!?」みたいな感じらしいんですよ。もちろん、「僕がいいと思っているんだから、これで作ってよ!」と言って作るのは簡単なのですが、僕もなるべく多くの人に気持ちよく作ってもらいたいし、独断で進めていいものでもないし……。自分の好みで「こうしたい」という部分と、プロの方の冷静な意見というのを、うまいことまとめていくのがすごくたいへんでした。
一之瀬 僕の中では完成形は見えていたので、あとは、「何とか形にして、とにかくおもしろくする!」という思いだけでしたね。ただ、想定がかなり甘かったという反省はあります。たとえば、『ソリティ馬』には1000頭以上の馬を収録しているのですが、そのパラメータ調整にどれくらい時間がかかるかということを見通せていなかった部分もありました。馬の強さや属性がしっかりゲームに反映されているかを全部チェックする必要があったので、全部見るのにけっきょく2ヵ月くらいかかりましたね。
小幡 もう本当に作業量が多くて、ひたすらそれをこなすしかない……という思いしかなかったですね。「絶対に完成してやるぞ」という感じです。
――僕らもそうなんですけど、あまりにも量が多くなると、呆然としてしまいますよね。
小幡 そうですね。マラソンみたいなものですよね。
田谷 僕も、以前に『ポケットモンスターブラック・ホワイト』を作っていたときに、そんな状態になりました。そうすると、わりと人の声を聞きたくない状態になりまして、情報をシャットアウトしてモニターだけを見ていたい気分になります(笑)。今回はディレクターなので、さすがにそうするわけにもいかなくて……。いろいろな人の意見を聞いたり、できあがってきたデザインをチェックしたりしなければいけなかったので、けっこうヘビーでした。
――それにしても、パラメータ1000頭分の調整というのは、たいへんですね。
一之瀬 あれは、本当にたいへんだった。
――ふつうに考えて、1000頭の差別化なんて、できるわけないですよね。
小幡 それはケンカしましたね。
一之瀬 馬には、先行馬とか、差し馬とかタイプがあるわけですが、レース展開によっても結果が変わってくるんですよ。このくらいのハイペースだと、差し追い込み馬が有利になって、スローペースだと逃げ先行馬が強い、みたいな調整を何度もシミュレーションしています。小幡にそれが伝わるまで、いろいろなケンカをしたというわけです。
田谷 ただ、僕も一之瀬も競馬がすごく好きなので、競馬ファンの方が遊ばれて「なんか変だ」、「こんなの競馬じゃない」と思われるのだけは、すごくイヤだったんですね。明らかにデフォルメしている場合は別ですが……。だから、レース展開に関しては、実際のレースっぽくなるように、こだわりがありました。
――1000頭となると、馬の名前を決めるのもたいへんそうですね。
一之瀬 たいへんでした! 馬名はプレイヤーが自由に決められるのですが、全部デフォルトで用意しています。で、冬休みの宿題として、スタッフ全員に馬のデータが記載されたExcelシートを渡して、「ひとり100頭分考えてきてください!」ってお願いしたんですよ(笑)。Excelには、性別とか距離属性とかが記入されているのですが、名前のところだけが空白になっているという。
――それでもひとり100頭となると、ネタに詰まりそうですね。
田谷 馬名にもけっこうこだわりましたね。タテガミが炎のような真っ赤な馬がいまして、 “ファイヤーボーイ”ってつけたんですよ。で、子どもが生まれると“ヒノタマコゾウ”にしてみたり。馬名が受け継がれるというのは、実際の競馬でもけっこうあって、競馬好きな方には、そういうところでもニヤリとしていただけるとうれしいですね。
――実際の競走馬のパロディもあったり?
一之瀬 僕は、比較的それを入れたほうですね。“ナリタブライアン”を“ナリブタライアン”っていう名前で入れたりしています。“ニジンスキー”を“ニンジンスキー”ともじって入れたりもしています。僕に競馬を教えてくれたスタッフが、「その“ニンジンスキー”というネーミングがいちばん好きだ」と聞いたときは、何かうれしかったですね(笑)。
田谷 ゲームフリークの歴代ゲームタイトルをちょっと思わせるタイトルを馬名にしているものもあります。
――1000頭いたら、自分の名前くらい入れてもいい勢いだなあ(笑)。
田谷 それも入っていますよ(笑)。スタッフを思わせる名前が。
――小幡さんは、あまり競馬に詳しくないとのことですが、どうやって付けられたのですか?
小幡 詳しくないなりに、「ヘンテコなものはつけられないな」と思ったので、歴代の競走馬を調べて、それっぽい単語をひねり出しました。あとは、昨年の自分の1年を振り返ってつけてみたり。クリスマスひとりだったので、“ロンリークリスマス”とか……。
一同 (爆笑)
小幡 マヤ暦で世界の滅亡と言われていたので、“セカイノオワリ”ってつけたり。
一之瀬 実際の競走馬にも、へんな名前はいっぱいついているんですよね。あと、このあいだ『ソリティ馬』を遊んでいたら、“ニバンメノハハ”という名前がついていて、びっくりした。“ニバンメノハハ”って、けっこう深刻だなって……。
小幡 それもつけたのは僕なのですが、なぜつけたのかは覚えてないです(笑)。
――最終的に、プロジェクトがいけそうだと思ったのは、どのへんのタイミングですか?
田谷 だんだんと『ソリティ馬』の完成度を高めていった中で、社内のいろんな人に遊んでもらって感想を聞いたんですよ。フラットな意見を聞きたかったので、競馬を知らない人にもたくさん遊んでもらったのですが、「おもしろかった!」と言ってくれる人がたくさんいて、「ああ、やっていることの方向性は間違っていなかった」という気持ちになりましたね。
『ソリティ馬』を経て掴んだものは……?
こうして、1年半の長きにわたる試行錯誤のすえに、『ソリティ馬』は完成。最終的にゲームフリーク初のパブリッシングタイトルとしてリリースされることが決定した。なぜ、ゲームフリークは、パブリッシャーとしての立ち位置を選択することになったのか? 取材に同席されていた渡辺氏によると、「任天堂のセカンドパーティーとして、ニンテンドーeショップ向けに『リズムハンター ハーモナイト』を展開してみて、うちの規模の会社でも(パブリッシャーに)手が届きそうだなっていう感覚が出てきたんです。それでチャレンジしてみようかな……と」とのこと。パッケージソフトだと敷居が高かったことが、ダウンロードビジネスだと夢物語ではなくなっているというのだ。そういう意味でも、『ソリティ馬』は、期待値の高いプロジェクトだったのだと言える。最後に、3人に、プロジェクトを経て“得たもの”を聞いてみた。
――今回のプロジェクトを経験して、掴んだものを教えてください。
田谷 ディレクターという仕事は、自分にはない能力を持っているスタッフに、いかに全力を発揮してもらうかを考える仕事だということがよくわかりました。「ディレクターというのは、こんなにも考えないといけないことがあるのか」というのがいちばん大きいですね。その道何十年みたいなプロの人と、共通の言葉でしゃべれないとこっちの思っていることは伝えられないし、プロの方に対しても失礼にあたる。そういうことが身にしみてわかったというのが大きかったですね。
一之瀬 僕がいちばん思ったのは、仲よくやっていくのはたいへんだなってことですね(笑)。そういうところがすごく大切だと思います。単にやりたいことをやるとか、言われたことだけをやるというだけではなくて、ゲームをおもしろくするためには、ケンカをしてでも、言いたいことを言い合えないといけない。そのためは、けっこう自分が踏み込んでいかないといけない。『ソリティ馬』では、最終的に6~7人で作ったのですが、メンバーのひとりひとりが思っていることをちゃんとぶつけ合えるような関係性を作ることを、すごく大事にしていました。
――関係性を築くためには、何が必要になりますか?
一之瀬 コミュニケーションですかね。もともと僕は、殴りあうのは好きなんですよ。おもしろくするためには殴りあいたい。ただ、相手がどう感じるかというのはわからないので、殴りあったあとのケアが大切になるのかなって思っています。プロジェクトの関係性を維持するためには、そういうこともしていかないといけない。あとは、スケジュールを考えて、開発を期間内に収めないといけないとか……。スケジュールが延びると、てきめんに予算に跳ね返ってきますからね。これまでは、「企画がおもしろければ、それでいい」と思っていたのですが、今回のプロジェクトを経て、ビジネスとしても成立していないといけない……ということに気付かされました。もちろん、おもしろくないのは論外ですが、ビジネスとのバランスですかね。なにしろ、自社パブリッシングだと、デバックやプロモーションなどにも費用がかかるわけですからね。つぎにつながるプロジェクトでないといけないと思いました。
田谷 今後も“ギア”は続いていくと思うので、そういった制度を活かして、おもしろいタイトルを世に送り出していきたいです。個人的には、たとえビジネス的に成功しなくても、「このタイトルは一部の人には、ものすごく刺さったよね」といった尖ったタイトルを提供することにも意義はあると思っています。ビジネスとして成り立たせることはもちろん重要ですが、おもしろいゲームを世に送り出せる存在感のある会社になれたらいいんじゃないかなと。ユーザーの皆さんにさらなる存在感を示していきたいですね。
小幡 僕も、これからもたくさんの人におもしろいと思ってもらえるゲームをどんどん作っていきたいです。
少人数での取り組みということもあり、『ソリティ馬』のプロジェクトは試行錯誤の連続だったようだ。日頃経験のなかった業種に取り組まざるを得なかったゆえに、勝手がわからず、右往左往した……というのは、その最たるものと言えるだろう。とはいえ、『ソリティ馬』で得た経験は大きかったようで、「大きなプロジェクトを手掛けるときにも、役立つことは多かった」という3人の言葉が印象的だった。
そして何よりも、皆さんは少人数での開発の楽しさに目覚めたようだ。3人ともそれぞれ“ギア”での新しいプロジェクトを始動させているという。「今回の“ギア”が通るか通らないかはわからないのですが、みんなどんどん種を播いている最中ですね」と田谷氏。「冒険する心を忘れないということで、会社としてもうれしいですね。今後も“ギア”を継続したいと思っています」と渡辺氏も語る。ゲームフリークの第2、第3のパブリッシングタイトルはどのようなものになるのか、楽しみだ。まずは、今回配信された『ソリティ馬』を遊んで、ゲームフリークの最新の成果をご確認されたし。