Blu-rayで高音質の音楽を楽しむBDMとは?
スクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)シリーズ25周年を記念して制作されたフルオーケストラアルバム『FINAL FANTASY ORCHESTRAL ALBUM』(2012年12月26日発売予定)。高音質な音楽が楽しめるBDM(Blu-ray Disc Music)を採用し、かつ収録曲のmp3データを収録しているという意欲的な試みがなされている。そんな本アルバムの発売に先駆けて、2012年12月23日から25日にかけて、東京・銀座のソニービルにて先行試聴会が開催中。また、2012年12月23日には、本アルバムの発売を記念し、ソニービル8階の“コミュニケーションゾーン OPUS”にて、『FF』シリーズの作曲家として知られる、植松伸夫氏によるトークショウが行われた。本記事では、植松氏のトークショウリポートを掲載する。
まずは、本作のついて語られたトーク部分を抜粋してお届けしよう。
――今回の選曲はどのように決めたのでしょうか?
植松 オーケストラアレンジされたのは22曲あるんですが、14作品の中から曲を選ぶのって、たいへんなんですよ。できれば、ものすごい枚数で出したかったんですけど(笑)。それは、皆さん、スクウェア・エニックスさんにリクエスト出してくださいね?(笑) それで最初、曲数を提出したときは、もっと数を出していたんですが、現実的なことを考えると、もっと絞らなければならないとなりまして。本当はもっとオーケストラアレンジしたかった曲もあるんですが、それは50周年のときにでも(笑)。それで選曲基準は、やっぱり25周年で四半世紀という区切りのいい年ですから、代表的な曲はすでにオーケストラになっているわけです。とはいえ、まだ「この曲オーケストラにしたいなあ」と思っていてできていなかった曲もあったので、それを入れ込んだり。もしかしたら、地味な選曲だなと思われるかもしれませんが、聴いていただければ魅力がわかると思いますので、これは買って聴いてみてください(笑)。
――今回は、『オペラ~マリアとドラクゥ』の完全版も入っていますね。
植松 これねえ、フルオーケストラとソリスト3人と合唱とナレーションが入っていて、ものすごいことになっていますよ。ミックスはたいへんでしたけど(苦笑)。
――ほかにも苦労したエピソードがあれば、お教えください。
植松 オペラはチェコのプラハで録音したんですけど、バトルシーンの譜面が複雑すぎて形にならないんです。オーケストラの人たちがふだん弾く譜面にないようなものなので、まったくうまく行かなくて。それで、オーケストラレーターの成田(成田勤氏)に、「こんなんじゃ録音終わらないから書き直そう」ってお願いして。いいアレンジと、仕事としてあげるべきアレンジは違うってことなんですね。それで、翌日録り直したのですが、苦労したぶん、印象深いですね。そのプラハで録音したホールが、音がやたらときれいに響くホールで、リバーブが伸びるんですねー。ここでコンサートやりたいな、って思いました(笑)。
――それは、ぜひツアーを組んでください!
植松 スクウェア・エニックスさんにお願いしてください(笑)。チャイコフスキーが立ったこともある、歴史あるホールなんですね。
――改めて過去の作品に向き合うというのは、どういうお気持ちなんでしょう?
植松 うーん、恥ずかしい部分もあるわけです。何十年も前に作ったものを改めて向き合うというのは。あと、「ああ、こういう曲作れたんだ、自分。いまは作っていないなあ」というのもありましたね。若気の至りの無謀なチャレンジもあったわけですし、純粋だからできたものもあります。年取るごとに、人間って、だんだんズルくなっていく部分があるじゃないですか。
――植松さん、ズルいんですか?
植松 腹黒いですよ(笑)。もちろん、いい曲は作りたいんですけど、もっとこうしたほうが効率がいいとか、術を覚えていくんですよね。でも昔はそんなこと知らなかったから、がむしゃらに作ったものもあって。若気の至りでやっていたころのパワーを、いまも持ち続けているんだろうか……と反省することもありますね。
――植松さんにそう考えさせた曲は?
植松 『FFVII』のセフィロスの曲ですね。いろいろなところで言っているのですが……。あれは、当時変わったバトルの曲を作ろうと思って、毎朝出社しては、シーケンサーの中に思いついたフレーズを入れていくのを2、3週間続けて、それで「よし、これくらい作れば曲になるだろう」と思ったタイミングで、順番を変えて組み合わせていったものなんです。ああいう実験的な作りかたは、いまはしていないですね。いまは実験よりいいメロディーを作ろうという気持ちが強いので、サラリーマンのころに、ああいう実験的な曲作りができたのは幸せでしたね。
――25周年のあいだには、植松さん自身にもいろいろなことがあったと思いますが。
植松 当時は、僕も20代でしたからね。『FFI』を手掛けた坂口(博信氏)も大学を卒業していなくて……留年って言うんだっけ?(笑) 当時のゲーム業界は、日本でこんな大きな産業になっていなかったので、映画を作りたいけど作れない人間、小説家になりたいけどなれない人間、音楽をやりたいけど音楽業界で食べていけない人間なんかが集っていたんです。その道ではうまくいかなかったけど、このゲームという新しいもので、何か僕らが本当に作りたいものをやりたいねっていう熱さがあった。それが年々ものすごいことになって、日本のゲーム業界もうまくいって、いまは産業になっていますよね。産業になることが悪いことじゃないんです。でかくなると、あちこちに広がりやすいですからね。それをうまく利用して、ゲーム業界もあぐらをかくんじゃなく、いまだったらもっといろいろな人に伝えやすい時代になっているので、最近はゲーム業界も落ち込んでいるという噂がありますが、作り手の意識が変わったら、やり方次第でもっとおもしろいエンターテイメントになりえると、いまだに思っていますね。お金儲けでやっているんだけど、それだけじゃなく、作り手がなんでものを作っているのか、自分はなんでものづくりをしているのか、冷静に自分の立ち位置を見る必要っていうのがあると思う。なんつって(笑)。
また、トークショウでは、前田氏が本アルバムについて解説する場面も。前田氏は、まずBDMというメディアを説明。BDMは、その名のとおり、Blu-ray Discを使った音楽パッケージソフトのこと。視聴には、Blu-rayに対応したレコーダー、プレイヤー、PCなどが必要で、前田氏も話していたが、ゲームユーザーにはプレイステーション3がもっとも馴染み深いだろう。前田氏いわく、「PS3を使って、自宅のテレビで聴いたとしても、音の違いは歴然なので、ぜひ聴いてみてください」とのことだ。実際に視聴をすると、テレビ画面には楽曲名とシリーズ作品のロゴが表示されるほか、ボーカル曲などには歌詞も表示されるようになっている。また、BDMには携帯音楽プレイヤーなど用にMP3データをまとめたZipファイルが仕込まれている。BDMはCDなどのようにリッピングができないため、これは外で音楽を聴く機会が多い人にはうれしい仕様だ。なお、プレイステーション3をルーターなどにつなぎ、同じルーターにPCなどで接続している人は、ホームネットワーク経由でデータをダウンロードするだけ(ダウンロード方法は、BDMを再生すると記載されている)。また、ホームネットワークを構築していない人には、インターネット経由のダウンロードやPCを通じたMP3データのコピーなどの方法も用意されている。ちなみに、ホームネットワーク経由でダウンロードできるデータは、320kという高ビットレートになっているので、高音質で聴きたい方にオススメしたい。
続いて、トークショウはクリスタル・ケイのボーカルによって生まれ変わった『Eyes On Me』の話題に。前田氏いわく、植松氏が「こう、歌ってください」とクリスタル・ケイにボーカルディレクションをしている点に感銘を受けたという。「最近は、アーティストよりも経験の浅いディレクターが多くて、ディレクションができない人もいるんです」と語る前田氏を受け、植松氏は「クリスタル・ケイさんは“こうしてくれ”というと、自分なりの歌い方を持ちつつ、リクエストに応えてくれるので流石だなと思いました。先日、オーケストラコンサートの25周年公演を、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでもやったんですけど、クリスタル・ケイさんが、ロイヤル・アルバート・ホールで歌うのがすごくプレッシャーだったようで、“どうすればいいんでしょうか。やっちゃっていいんでしょうか、おとなしくやればいいんでしょうか?”と言ってきたんですね。それで、“好きなようにやっちゃってください”と言ったら、リハーサルと本番でパフォーマンスがぜんぜん違うんですよ。本番では振り付けも堂々としていて、すごかったですね」と、クリスタル・ケイを評していた。
イベントの後半では、BDMとCDの音質の聴き比べも行われた。なお、CDはこの聞き比べのために用意されたもので、同じ音源、同じミックスされたものをCDにしたものだという。音楽は素人である記者の拙い感想ではあるが、BDMとCDの音の違いは素人でもわかるほどのものだった。CDでも十分にいい音に聴こえるのだが、BDMで聴くオーケストラは、生のオーケストラの演奏を目の前で聴いているかのような広がりが感じられた。途中、前田氏が語った「多くの人がBDMのほうが、CDよりボリュームが大きいように感じるかもしれませんが、音量は同じです。音圧が違うのでそう聴こえるんですね」という説明と、植松氏の「DVDとBlu-rayで映像の見えるクッキリさが違いますよね。あれと同じで、BDMはCDよりも見通しがいい」という説明は、素人にもわかりやすく、「なるほど」と実感を持って納得できるものだった。
ちなみに、今回の『FINAL FANTASY ORCHESTRAL ALBUM』のジャケットは、『FFI』のロゴをモチーフにしたものになっている。カタカナのロゴを、当時のものよりも高級感のあるクリスタルにしている。また、本作の限定版には、アナログ盤を封入。植松氏も、「アナログの音はふっくらしてて、いいんですよ」と、アナログならではのよさを語っていた。
まもなく、本作の発売と同日に開催される、オーケストラコンサート“FINAL FANTASY 25th Anniversary Distant Worlds music from FINAL FANTASY THE CELEBRATION”については、「さすが神奈川フィルハーモニーさんですね。非常にうまいです。リハーサルも順調ですので、楽しみにしていてください」(植松氏)とのこと(リハーサルの模様は、こちらの記事を参照)。
以前から話が出ている“Piano Opera”シリーズの続編については、植松氏が「まだ決定はしていないんですけど、スクウェア・エニックスさんと作ろう、作ろうとは言っています。つぎは、7、8、9かな」と語ると、ファンの集まった客席からは「おおー!」と喜びに溢れたどよめきが広がっていた。
イベントの最後に、前田氏は「新しい音楽を聴くスタイルが、『FF』のファンの皆さんと共有できたことは、BDMに携わった人間からするととても光栄です。ありがとうございました。CDは発売されたのが1982年で、30年経っているんですね。CDがメインストリームになって25年。配信を除くパッケージ商品でCDが出ない音楽作品はこれまでになかったと思います。『FF』が、CDを出さないパッケージを初めて出したというのは、歴史に残る1ページを刻んだということですので、ぜひこの歴史に残る作品を聴いていただきたいと思います」と、BDMとともに本作をアピール。一方、植松氏は「僕は小中高大学ぐらいは、音楽をずっと聴いていたんですね。音楽で感動していたんです。最近、音楽だけをステレオの前に座って聴く方、涙する方は少ないかもしれない。何かをしながら音楽を聴く方が多いと思うんですけど、せっかくのBDMで、すごい音質になってきているので、音楽を感じてほしいんですね。自分の音楽で感動しろというのもおこがましいのですが、自分のだけではなくて、音楽からの感動というのを忘れないでほしいとつねづね思っています。映画もすばらしいです、アニメもすばらしいです、でも音楽だけでも感動しますよ。音楽とがっぷり取り組むと、得られる感動もスゴいと思うので、音楽を一生懸命聴いてください」と、音楽そのものの魅力を語り、今回のトークショウを締めくくった。