シナリオライター・虚淵玄氏の原点がここに

ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_07

Phantom PHANTOM OF INFERNO』とは、ソフトメーカー・ニトロプラスの名を最初に世に知らしめたアドベンチャーゲームである。シナリオは、テレビアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」や「Fate/Zero」などを手がけた虚淵玄。その伝説的な作品が、テレビアニメ「Phantom ~Requiem for the Phantom~」の要素を追加して、Xbox 360でリメイクされた。Xbox 360版では、新エピソードの追加、キャラクターグラフィックの一新(テレビアニメ版に統一)、声優はアニメ版に準拠した形になっている。
 本作はアメリカと日本を舞台に、組織の殺し屋として生まれ変わった主人公たちがたどる数奇な運命を描いた物語である。主人公(ツヴァイ)は、組織の人間に記憶を消され、強制的に暗殺者となるべく仕立てられる。“ツヴァイ”とは、過去を抹消された主人公に新たに与えられた名前。彼はいやおうなく陰謀渦巻くギャングたちの抗争の場に駆り出されるが、潜んでいた殺し屋の才能を開花させ、その過酷な運命に立ち向かっていく。

ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_03
ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_09
▲本作の主人公は記憶を消され、組織の殺し屋として生まれ変わることになる。“ファントム”とは、秘密組織“インフェルノ”の最強の殺し屋につけられる名前だ。

生と死の狭間でくり広げられる愛憎劇

 本作は、いわゆる美少女ゲームや恋愛アドベンチャーとして知られている作品とは一線を画す内容である。主人公は秘密組織“インフェルノ”の殺し屋であり、血なまぐさい抗争に巻き込まれていく。そのストーリーはマフィアを題材にした洋画のそれと、ベースとしては似た世界観を持っている。
 では恋愛要素はないかといえば、そういうわけではない。主人公の周りには、“アイン”と呼ばれる先輩の殺し屋(先輩といっても同年代の女性)、“キャル”というスラム街に住む少女などが登場する。だが状況が状況だけに、それは楽しい恋愛とは言いにくい。お互いの運命を預け、情念をぶつけ合う激しい形になる。
 裏の世界でのし上がろうとする幹部たちは、さまざまな手段を講じてライバルを排除しようとする。そのときに駆り出されるのが主人公たちだ。裏切りが日常茶飯事なこの世界で、どのように行動し、生き抜いていくか。主人公は組織を抜け出し、過去を取り戻すことができるのか? 二転三転するストーリー展開は、プレイヤーを飽きさせることはないだろう。純粋なストーリーのおもしろさが、ここには詰まっている。
 新たにリメイクされたXbox 360版では、キャラクターグラフィック、声優をアニメ版に準拠している。そのため元祖となるPC版よりも、より広いプレイヤー層に受け入れやすくなったのではないかと思う。近年のテキストアドベンチャーゲームを楽しんできたプレイヤーなら、違和感なく楽しめることだろう。

ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_01
ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_05
▲あたかもマフィア映画を見ているようなストーリー展開が続く。その一方で、過去の記憶を消されて暗殺者となる主人公、という設定にはオリジナリティーがある。

テキストアドベンチャーならではの楽しみ

 既存のテキストアドベンチャーは、恋愛ものやミステリーといったジャンルが多かったように思う。本作のようなマフィアの抗争を描いた路線は、むしろ映画や小説という媒体でおなじみである。では本作において、アドベンチャーならではのおもしろさとはいったいどういうところにあるのだろうか。
 筆者がプレイして感じたのは、主人公の視点で描かれることによる没入感の強さである。テキストアドベンチャーの多くは、主人公の一人称視点で描かれる。本作は別の人物の視点で描かれるパートもあるが、多くは主人公(ツヴァイ)の視点で進行していくことになる。
 主人公はサイス=マスターと呼ばれる人物によって記憶を消され、暗殺者として訓練される。これは客観的に見れば、かなり現実離れした設定である。映画やアニメなら、他人を見るような冷めた目で主人公を見てしまうかもしれない。なぜなら映画やアニメは、客観的なカメラ視点で登場人物を絵の中に収めることが多いからだ。
 ところがテキストアドベンチャーの場合は、主人公そのものを画面に出す必要がない。そこがカメラの視点で展開するアニメや映画と違うところだ。また小説のように、主人公の心の中の言葉を語ることもできる。そのため、自然な形で自分イコール主人公として認識できるのである。
 そうなると、主人公の“記憶を失った設定”が強みを持ってくる。ゲームの冒頭部分をプレイするプレイヤーは、本作の背景をまだ知らない。何も知らない主人公とプレイヤーは同じ立場である。そのためにシンクロしやすくなり、没入感は一気に高まる。主人公に感情移入できるかどうかは、作品を楽しむための大きなポイントだ。ここでうまく感情移入できれば、殺し屋になってしまった主人公が窮地を乗り切れるかどうか、ハラハラドキドキしながら読み進められるだろう。

 またテキストアドベンチャーには、選択肢というものが存在する。これも映画やアニメ、小説にはない独特のシステムだ。本作においては、恋愛モノのアドベンチャーに比べ、選択肢がかなり重い意味を持つ。選択はみずからの生死を賭けたものとなっており、また、重大な意志の表明にもなっているからだ。主人公たちは生き残れるのか、それとも死を迎えるのか。果たしてどのような運命を選び取っていくのか。それをプレイヤー自身の選択とともに体験できるのが、小説やアニメにはない、アドベンチャーならではのおもしろさではないかと思う。

ニトロプラスの骨太テキストアドベンチャー、『Phantom PHANTOM OF INFERNO』プレイインプレッション_02
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▲記憶を消されて暗殺者として仕立てられる。そんな主人公に対して、自分のことのように一喜一憂できるか。そこが本作を楽しめるかどうかのポイントだ。

虚淵作品に共通する人物の描きかたと、そのドラマの結末

 本作には、その後の虚淵作品に共通する多くの要素が含まれている。たとえば銃器に対するこだわりがそうだ。『Fate/Zero』に登場する衛宮切嗣は、魔術師でありながら現代の銃器を駆使する殺し屋であった。「魔法少女まどか☆マギカ」の暁美ほむらは、魔法少女でありながら重火器を使っていた。ファンタジーにおいては異質な組み合わせとなる現代の銃器だが、本作では本来の舞台で使われている。銃火器が世界観に完全に溶け込んでいるので、ミリタリー系のマニアにとっても興味深く読めるだろう。
 だがそれ以上に共通して感じられる魅力は、登場人物の描きかたである。登場するキャラクターはそれぞれ自分なりの考えかたを持っており、それゆえに個性が際立っている。自分の過去を取り戻し、自分の意思で動こうとする主人公、ツヴァイ。つねに受け身で動いていたが、主人公と過ごすうちに自分の意思を持とうと思い始めるアイン。そのほかにも、目的のためには手段を選ばない者、忠節を守る者、憎しみだけを糧にして生きる者など、本作では登場人物たちがそれぞれの信条に基づいて行動している。彼らがそれぞれの意思で行動した結果、ストーリーは決まるのである。だからこそ奇抜で、ドラマティックなストーリー展開でも納得感が生まれるのだ。
 それゆえストーリーは、必然的な結末を迎える。それがたとえ悲劇であろうと関係ない。無理やりハッピーエンドにする、というような強引な展開は見られない。虚淵氏の最近の作品がそうであるように、本作でもそういうことはない。そこにはただ生き残り、無難に暮らすことだけが正しい結末ではない、というメッセージがこめられているかのようだ。自分の信条に基づき行動した結果、信じてきた相手に撃たれて殺されたとしても、それは本当のバッドエンドではなく、望んだ結末なのだ。むしろ救われている、とさえ言ってもいいのかもしれない。
 とはいえ、長い物語を読み進めてきての結末がバッドエンドでは、プレイヤーとしてはやりきれない思いをするのも確かである。元祖のPC版、アニメ版と、異なる結末で話題を呼んだ本シリーズ。Xbox 360版ではどのようになっているのだろうか。ぜひプレイヤー自身の手で確かめてみてほしい。

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▲登場人物がそれぞれの信条を貫いて最後まで駆け抜けていく。そんな骨太で起伏のあるストーリーのおもしろさを、ぜひ味わってみよう。

■著者紹介:石井ぜんじ

おもにファミ通Xbox 360誌で攻略、クロスレビューを担当してきた古株ライター。ゲームの文章を書き始めてから20数年、飽きずに続けております。過去に『NINJA GAIDEN』シリーズ攻略本、「シュタインズ・ゲート公式資料集」、「科学アドベンチャーシリーズマニアックス」などに参加。これらからも、ファンが喜ぶ本作りを目指していきたいですね。


Phantom PHANTOM OF INFERNO
メーカー デジターボ
対応機種 X360Xbox 360
発売日 2012年10月25日発売
価格 7140円[税込]/完全生産限定版9240円税込]
ジャンル ハードボイルドアドベンチャー
備考 開発:ニトロプラス シナリオ:虚淵玄/ヤスカワショウゴ/スタジオオルフェ、キャラクターデザイン:山下喜光/佐々木睦美/菊地洋子/門智昭/つばたよしあき/芝美奈子