●意欲溢れる学生の研究発表

 GDCの見どころはゲーム開発者の講演だけではない。通路脇の開けたスペースでは、学生たちによるポスターセッションが行われており、なかなか興味深いテーマのものも多い。今回は、ゾヤ・ストリートさんによる日本のRPGに関するセッションに参加してみたので、そのリポートをお届けしよう。

 彼女曰く、ゲームデザインとは歴史を反映するものだという。ゲームの中の経済も等しくそうで、現実の経済の動きを色濃く映し出すそうだ。その実例として、『ファイナルファンタジーII』(以下、『FFII』)の“ミスリル”、『ファイナルファンタジーVIII』(以下、『FFVIII』)の“ライオンハート”、そして『ファイナルファンタジーX』(以下、『FFX』)の“正宗”を例に分析していこうじゃないか、という内容。なんだか無茶苦茶な感じはするものの、彼女はただの『FF』ファンではなく、経済を学ぶ学生さん。専門用語も織り交ぜつつ、15分間マシンガンのごとくしゃべりまくっていたため、要約になってしまうことを勘弁いただきたい。

●“ミスリル”の価値はゲーム内通貨で推し量れる

 『FFII』のストーリーにも大きく絡むことになるミスリル。ミスリル武器、防具はいずれも価値が高いが、それは“珍しいものだから”という設定上の理由だけでなく、ゲーム内の経済でも表現されている。『FFII』におけるミスリル武器、防具は町で購入することになるため、ほかの一般的な武器や防具との価格差によってその価値を感じるわけだ(例:かわのぼうし→80ギル、ミスリルのかぶと→3000ギル)。

 『FFII』が発売された1988年の日本はバブル経済と呼ばれていた時代だ。資産価格は上昇し、物とお金に溢れていた。価格の差こそが、価値基準の中心にあった時期で、これがゲームにも反映されているとゾヤさんは言う。

●“ライオンハート”はいらない?

 『FFVIII』の主人公・スコールの武器ライオンハートは強い。おまけにカッコイイ。究極技である“エンドオブハート”を見ずにゲームを終えるなんてもったいない! と思うほどだが、じつはゲームをクリアーするために必須なアイテムでもない。入手するかどうかは、プレイヤーに委ねられているのだ。入手方法は世界中からアイテムを集めてきて改造するという仕掛けのため、“ミスリル”のようにギルで換算できる価値も感じることはない。

 『FFVIII』が発売された1999年は、『FFII』のころと比べて経済が大きく異なる。生涯同じ会社に従事する社会ではなくなり、日本の若者はこれまでのシステムに不安を感じるようになった。お金で何でも価値が決められる時代から変わったということだろうか。(そういえば、『FFVIII』には給料システムとかあったな……。)

●“正宗”への道のりは険しい

 『FFX』のアーロンの最強武器である正宗は、入手しただけではそれほどの強さではなく、3段階の強化を行うことで最強の武器となる。真の正宗にするためには多くの労力と時間を割かなければならない。しかし、その困難さゆえに得られる達成感、ステータスも大きい。

 『FFX』が発売された2001年当時の日本は、いまも続く就職難の時代。ゲームマーケットのメインである20歳~24歳の若者は、あえて定職に就かずに自由に暮らす人も増え、その結果、いわゆる勝ち組、負け組の格差が生まれてきた。誰もが勝者になりたい時代。ゲームというメディアは、仮想経済で勝利を味わわせてくれる。しかも、実生活へのリスクもほとんどない。くり返しゲームに時間を費やして強力な武器を得るという行為は、ゲームに大量のお金を使うという行為に非常に似ているとゾヤさん。実際に、『FFX』が発売された2001年は若年失業率が急上昇しているのに反し、プレイステーション2は何百万台単位で売れたのだとか。

 いずれも非常にユニークな考察ですね。RPGの進化の過程もあるので、一概に日本の経済とリンクしているとは思いませんが、ゲームが世相を反映するというのはすばらしい着眼点だと思いました。それにしてもゾヤさん、『FF』がお好きなようで(笑)。日本に来て講演すればいいのに!