新クトゥルフ神話TRPGソロシナリオ『Dからの餞別』レビュー。どうしようもなく強大な力に翻弄される“怪奇物語の登場人物”を体感

新クトゥルフ神話TRPGソロシナリオ『Dからの餞別』レビュー。どうしようもなく強大な力に翻弄される“怪奇物語の登場人物”を体感
 神奈川県南部、相模湾に面する七伏市のはずれに、その施設は建っていた。
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 この建物のどこかに、数日前から連絡の取れない友人――薬師寺藍子がいるのだろうか。

 “私”は、プリントアウトしてきたチラシを胸ポケットから取り出し、目を走らせた。

「治験にご協力いただける方を探しています

 ◆「Dゲート」が才能を開花させます!◆

 ~その“眠っている力”、光の中で咲かせませんか?~」

 よくある胡乱な勧誘チラシに見えた。それでも、心ない声に苦しみ、命を絶とうとするほどに追い詰められていた画家志望の藍子にとっては、希望の光だったのだろう。

 彼女の安否を確かめようとやってきたのだが、才能を開花させる治験というやつに興味があるのもたしかだった。その機会を差し出されたとき、“私”はどうするだろうか。

 心を決めると、かつては病院であったのだろう建物の正面玄関に向かった。

 治験の一日目は、そんな風にして始まった――。
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藍子が送ってきた治験のチラシ。Dゲートとはいったい何なのか……。
本記事は『Dからの餞別』と旧支配者の提供でお送りします。
 2026年1月29日、“新クトゥルフ神話TRPG”の公式サイトにて、少々変わった形のソロシナリオ『Dからの餞別』が発売された。

 『新クトゥルフ神話TRPG』というのは、おもにKADOKAWAから日本語版製品が刊行されている、その名の通りクトゥルー神話(クトゥルフ神話)が題材のテーブルトークRPG(会話型RPG)だ。テーブルトークRPGは通常、ゲームの進行役であるゲームマスター(『クトゥルフ神話TRPG』の場合はキーパー)と、不特定人数のプレイヤーの対話によってあらかじめ用意されたシナリオをプレイするもの。ソロシナリオというのはストーリーを簡略化して選択方式アドベンチャーあるいはゲームブックのような形に落とし込み、ゲームマスターなしでプレイできるように設計されたシナリオのことである。

 『Dからの餞別』には、もうひとつの特徴がある。ソロシナリオであろうがなかろうが、TRPGをプレイする場合には通常、ルールブック――この場合は『新クトゥルフ神話TRPGルールブック』(KADOKAWA)――やサイコロ、筆記用具などが必要になるのだが、この作品では、PCとある程度解像度の大きいモニタ、そしてインターネット接続環境さえあれば、Webブラウザ上で最初から最後までプレイ可能なのである。

 ちなみに、シナリオの舞台となる土地“七伏市(ナナフセシ)”は、神奈川県南部にあるという設定の架空の地方都市だ。共通の舞台として使用するために、『クトゥルフ神話TRPG』の運営スタッフがこしらえたものだという。

 のみならず、先の2月14日にはリアルの静岡県掛川市が、観光促進・関係人口創出プロジェクトとして七伏市との間で姉妹都市提携を結び、話題になったばかりだ。
 さて、そろそろ導入が長くなってきた。まずは論より証拠。

 2020年発表のシナリオ『カタシロ』で人気を博し、“1対1の対話で進める物語体験”に定評のある脚本/演出家・配信者のディズム(原案)と、『クトゥルフ神話TRPG』日本語版のライター集団であるアーカム・メンバーズの一員、七峰きざし(シナリオ)の両氏による、短いながらも本格派の神話世界に飛び込んでみよう。

キャラクター・メイキング

 『新クトゥルフ神話TRPG』をプレイするにはプレイヤーの分身となる探索者の作成が必要だ。

 通常は、ダイス(サイコロ)を振ったり、ルールブックで規定されている職業を選んだり必要な技能を取得したりと、そこそこ時間のかかる作業が必要なのだが、『Dからの餞別』では10項目ほどの質問に回答することで探索者を作成できる“治験申込ページ”が用意されている。
 たとえば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のような、バリバリ戦闘をくり返してダンジョンを攻略し、強大なモンスターを倒したり宝物をゲットしたりすることが勝利条件となるロールプレイングとは異なり、『新クトゥルフ神話TRPG』は、非日常的な怪事件に巻き込まれ、どうしようもなく強大な力に翻弄される“怪奇物語の登場人物”を体感するのがゲームの主要な目的で、“怪事件の解決”が勝利条件とはならないこともしばしばだ。

 よって、キャラクターの能力値の高低が、ゲームを進める上での有利不利には必ずしもつながらない。

 シナリオ『Dからの餞別』における探索者の目的は、才能を開花させるという触れ込みの治験に参加した後、連絡の途絶えた友人を探すべく、自らもその治験に参加すること。キャラクター設定には18~45歳という年齢設定がある以外に、性別や職業、能力などの条件は設けられていない。このストーリーを踏まえて、自分が演じようとしているのはどんな人間なのか、そのことだけを念頭に置きながら回答するとよいだろう。
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キャラクター作成は簡単な質問に答えるだけ。
 作成されたキャラクターは、このゲームで使用されているオンラインセッションツール“ココフォリア”に移せるほか、『新クトゥルフ神話TRPG』で使用可能な探索者シートを画像出力することもできる。
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ゲームの始めかた

 『Dからの餞別』のゲーム本編は、下記2ヵ所のサイトで販売されている。
 購入後、オンラインセッションツール“ココフォリア”で開くことで、プレイを開始できる。推奨ブラウザなどの環境については、ココフォリアのWebサイトに表示されているが、このゲームの場合、けっこう広い範囲の画面を使うので、筆者としてはPC+液晶モニタを推奨したい。
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 基本的なゲームの進行には、画面中央のグラフィックウィンドウと、その下部のメッセージウィンドウがおもに使用され、ときおり、行動や会話の選択肢や、移動先を選ぶ地図画面が表示される。
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物語を進めていくと、行動選択肢が表示されることも。
 ただし、左カラムや右カラムにゲーム中に出てきたキーワードの解説や、手に入れた手がかりなどが表示されることがあり、右下のチャットウィンドウはダイスロール(画面指示に従ってサイコロを振る)に用いられる。

 とくに注意したいのは、画面左下に表示されている、1から15までの番号が並ぶ情報パネル(INFORMATION)が見切れやすいことだ。これがすべて見えていて、なおかつクリックできる位置にある必要がある。環境によっては、見やすいようにブラウザ上の文字の表示サイズを調整するとよいかもしれない。
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画面右下の情報パネルを右クリックし、公開する。
 操作説明を読み進めていくと、途中で“作成した治験の申込書”の設置を求められる画面になる。ここで、前述の“治験申込ページ”で作成したキャラクターをコピー&ペーストすると、画面上に自分の分身となるキャラクターが表示されるはずだ。
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このメッセージが表示されたら、作成したキャラクターをペーストする。
 そうして、基本的な操作方法の解説が終わると、「さあ、物語をはじめましょう」というメッセージと共に、記事冒頭で導入部を紹介したシナリオ本編がスタートする。

 プレイヤーキャラクター(以下、探索者)の友人である薬師寺藍子の紹介と、彼女が怪しげな治験に参加するに至ったいきさつが語られるのだが、その過程で事件の真相につながる“情報”が開示されたり、TRPGにつきもののダイスロール(サイコロの出目によって、イベントの成否や結果が変動する)が発生する。

 『クトゥルフ神話TRPG』の代名詞ともいうべき〈正気度ロール〉も、この導入部でさっそく登場。藍子からギョッとするような動画が送られてきて、それを目にした探索者の精神を揺さぶる展開になるのである。
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明らかに様子のおかしい友人の姿に、探索者は〈正気度ロール〉を余儀なくされる。

TRPGらしい“ダイス・ロール”もブラウザ上で可能

 ゲーム本編は、ノベル形式のアドベンチャーゲームと似ている。プレイヤーは矢印キーや選択肢を押下することで物語を先に進めたり、必要があれば巻き戻すことも可能である。

 アドベンチャーゲームと異なっているのは、ダイスロールの存在だ。プレイヤーは、シナリオの進行に応じて〈正気度〉ロールや〈対人関係技能〉ロールなどを求められることがある。たとえば、横並びに表示されているサイコロのアイコンから選んで[送信]ボタンを押すことによって、指定されたダイスを振ることができる(画面右下のチャットウィンドウに“1d100”というテキストを打ち込むことでも可能)。きちんとサイコロが転がる様は見ていておもしろい。

 家庭用ゲーム機向けアドベンチャーゲームとはUI(ユーザーインターフェース)が異なるため、初心者は面食らうポイントかもしれないが、慣れてしまえばどうということはない。

 要するに、TRPGに必要な

  • キャラクターシート
  • ダイス
  • シナリオ
 これらがすべて製品内に入っており、ブラウザ上で完結してプレイできるという点が本作の特徴であり遊びやすいポイントで、ゲームマスター(キーパー)役もコンピュータが代行してくれるわけだ。
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画面右下のチャットウィンドウでダイスロールを実行する。
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ダイスロールの成否は自己申告だ。
 たとえば〈正気度〉ロールであれば、“1d100(100面ダイスを1回振る)”で出た数値が、画面左上に表示されている探索者の正気度を下回っていればそのダイスロールは成功で、上回っていたら失敗だ。

 この際、中央のグラフィック画面上には成功と失敗の選択肢が表示されているはずだが、この回答はダイスの出目と連動しておらず、プレイヤーの自己申告制となる。ダイスロールの結果、正気度などの能力値を減らすよう指示された場合についても、同じく手作業になる。このあたりは、書籍形式のゲームブックと同様で、プレイヤーの自主性に委ねられている。もちろん、きちんと画面の指示に従うことが望ましいのは当然だが、すでに2周目、3周目で、異なる展開を見てみたいのであれば、ダイスロールを省略して恣意的に進めてしまってもよいかもしれない。

 エンディングにたどり着くまでの、実プレイ時間は1時間程度。TRPGにあまり慣れていなくても、2時間を超えることはないはずだ。筆者の確認したエンディングは3種類だが、プレイヤーによってそれぞれの結末から感じるものはさまざまだろう。

 怪奇・恐怖が題材のゲームということで敬遠される向きもあるかもしれないが、この『Dからの餞別』には、いわゆるゴア(スプラッター)的なシーンはなく、人間の不快感を刺激するような音響効果もなく、恐怖の要素はかなりマイルドに抑えられているので、そのあたりも初心者に向いている。

 看板に違わず、クトゥルー神話的な要素もちゃんとある。

 具体的な言及はさすがに避けるが、ひととおりプレイを終えて、シナリオ中で言及された事物について興味が向いたなら、ラムジー・キャンベル作品集『
グラーキの黙示』第1巻(サウザンブックス社)を読んでみることをお勧めしたい。

“TRPGへの入り口”として遊びやすい

 ゲームマスター(キーパー)と数人のプレイヤーが、飲み物や軽食を口にしながら、テーブルを囲んでワイワイ遊ぶという、映画『E.T.』以来のテーブルトークRPGのプレイ風景は近年大きく変化し、とりわけ『クトゥルフ神話TRPG』で遊んでいる若いユーザー層の多くは、ココフォリアなどの専用ツールやDiscordなどの音声通話ソフトを用いたオンラインセッションに移行している。

 HTMLチャットやIRCを利用したオンラインセッション自体は、それこそインターネット黎明期の1990年代後期から行われていたのだが、2010年代に入り、ニコニコ動画のTRPGリプレイ動画によってTRPGユーザー人口(中でもとくに人気を集めたのが『クトゥルフ神話TRPG』だ)が急激に増加したタイミングで、どどんとふやココフォリア、ユドナリウム、TRPGスタジオなどの、無償利用可能な専用ツールがつぎつぎ登場したことが大きい。決定的だったのは、2019年末から世界的に流行したコロナ禍。安全な娯楽としてオフラインからオンラインへの移行が一気に進んだのである。

 若いころにTRPGを熱心に遊んでいたものの、社会人になって昔の仲間で集まれなくなり、TRPGから離れたという年嵩のユーザーが、オンラインで遊べるなら、また復帰してみたいと考えるかもしれない。

 2010年代頭から、動画配信サイトの紹介などを通して急激に人気を集める『クトゥルフ神話TRPG』について、どこかで見聞きしたことのある人は多いことだろう。前述した通り、TRPGを遊ぶためにはふつう、ルールブックはもちろん、いっしょにプレイするための仲間が最低1人は必要になる。実際に手を出すのはちょっと、ハードルが高いかもしれない。

 ひとりきりで遊べるうえに、別途必要なものも少ない『Dからの餞別』は、そういう人間にとって、恰好の入門ツールになるはずだ。もちろん、すでにTRPGで遊び慣れている人間も楽しめる内容であることは言うまでもない。

 また、ルールブックやソースブックを参照する際、公式アプリ“クトゥルフ神話TRPG ルールブックPLUS”を使えば検索機能などを使って便利に参照することも可能なのがありがたい。
 なお、『Dからの餞別』には、キーパーレス版とは別にキーパー1人、プレイヤー1人で遊ぶことのできる“1on1シナリオ”も用意されている。ブラウザでひととおり遊んでみた後に、未プレイの友人を相手にオフライン/オンラインでプレイしてみるのも一興だ。

 1作で2度、3度と美味しい製品なのである。

シナリオ概要

  • プレイ人数:1人(※)
  • デジタル販売(オンラインセッションツール“ココフォリア”を使用します。推奨環境:PC /詳細はココフォリアの最新推奨環境に準拠します)
  • システム:新クトゥルフ神話TRPG
※本シナリオには“1人で遊べる・キーパーレス版”と“2人で遊べる・1 on 1セッション版”があります。どちらもシナリオは同一のものですが、1 on 1セッション版を遊ぶ際は、1人がキーパー(進行役)を担う必要があります。初めて遊ぶ際はキーパーレス版から遊ぶことをおすすめします。

価格

  • キーパーレス版&1on1セッション版セット:1500円
  • キーパーレス版のみ:800円
  • 1on1セッション版のみ:800円
※すべて[税込]。それぞれ単品での購入も可能です。

担当者プロフィール

  • 森瀬繚

    森瀬繚

    ディレッタント気質のライター、翻訳家。隅田川の川べりで、本とレトロパソコンに埋もれて生きている。最初期に遡るファルコムゲーマーだが、日々の雑事に追われて最近作を積んでしまっているのが困りもの。

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