『Kingdom Come: Deliverance II』(キングダムカム・デリバランス II)は15世紀ヨーロッパを舞台にしたオープンワールドアクションRPGだ。 徹底的な時代考証によって緻密に設計されたボヘミア王国を舞台に、貴族社会と戦争に巻き込まれる騎士の青年“ヘンリー”の冒険物語が展開。リアルな剣術バトル、歴史的ロケーションの再現などさまざまな要因で高い評価を獲得した。
ゲームアワード2025ではゲーム・オブ・ザ・イヤーにノミネートされ、ゴールデンジョイスティックアワード 2025では“Ultimate Game of the Year”部門にて『Clair Obscur: Expedition 33』に次いで2位を獲得するなど、おもに海外で高く評価されている。
とくに、オープンワールドで再現された中世ボヘミアの、徹底した時代考証に基づくリアリティは大きな魅力のひとつ。この魅力的な世界で主人公“ヘンリー”は、若き貴族の助言者として旅するもすべてを失い、身勝手な貴族たちの政争に巻き込まれながらもその身ひとつで必死に生き抜く。高いリアリティのなかで濃密に紡がれるゲーム体験は、もはや“中世生活シミュレーション”と化していると言っていいだろう。

あまりに多くの理不尽が降り掛かり、何度もあっけなく死んでしまうヘンリーの境遇に、自分が“現代の日本に生まれた”という幸運に感謝したい気持ちになったことはプレイしていて一度や二度ではない。“戦って死ぬ”だけでなく、“衛生観念の低さ”によってコロッと逝くこともあるのだからなおさらだ。
“II”と付いているタイトルの通り、前作からストーリーが地続きになっている続編ではあるが、導入部から引き込まれる高い完成度を誇るゲームプレイや大河ドラマ的物語に魅了され、2作目からのめり込んでしまったプレイヤーは数知れない。筆者もそのひとりである。
本稿ではそんな『キングダムカム・デリバランス II』のレビューをお届け。剣の特訓を積んでいざ冒険に出たら、歩いた先で弓矢に撃ち抜かれる。そんな過酷な中世で主人公ヘンリーに共感しすぎた、あるゲーマーの体験談を交えてご紹介しよう。
どん底騎士は剣や弓で死ぬならまだマシ? 中世の極貧生活は意外なところに死因がいっぱい
主人公の青年ヘンリーは、鍛冶屋の息子(要するに普通の村人)から貴族お付きの騎士にまで出世した成り上がりものだ。前作で故郷の壊滅と両親の死、危険な戦争を乗り越え誰もが一目置く存在に成長。親しい間柄の若き貴族“ハンス・カポン卿”とともに、政敵の腹を探るため遠き土地“トロスキー”を訪ねるところから物語は進む。

トロスキー城へ向かうヘンリー(左)とカポン卿(右)。手紙を渡し、少し会話するだけの簡単なミッション……の、はずだった……。
しかし、トロスキーも目前というタイミングで一行を悲劇が襲う。謎の武装集団に襲われ所持品をすべて奪われてしまうのだ。謎の老婆に助けられて一命は取り留めるが、密書はなくし、身も心もボロボロに。

水浴び中に襲われたため裸のまま逃げることに。森を必死に駆け抜ける中、敵のひとりに追いつかれ重症を負わされる。
苦境を乗り越えトロスキーの城を訪ねても便所の汚物を投げつけられ、門前払いされる始末。何もかもうまくいかず、しまいにはイライラが限界を迎えたカポン卿とガチ喧嘩。剣なし、金なし、職なしの最悪の状況で、ヘンリーはどう生きぬくべきかを突きつけられ、波乱万丈の物語が幕を開ける。
酒場で喧嘩したせいで、町中で晒し者にされるという惨めったらしい導入で本格的にスタートするのだが、解放されたこの時点でどのエリアに行き、なにをするのかはプレイヤーの自由。「このどん底からお前はどうやって這い上がるんだ?」と最初からプレイヤーに難題を投げかけてくる。

晒し台で罰を受けるふたり。若きカポン卿は怒り心頭でついには親友のヘンリーにすら当たり散らす。
メインの目標は“トロスキー城”の主“オットー・フォン・ベルゴー卿”に会って主の意図を伝えること、そして自分たちを襲った者たちの正体を暴くこと。しかし、ボロボロの姿のままでは信用してもらうことなどできない、というか門前払いされるのがオチだ。

立派な鎧姿は見る影もない見た目に。それなりの身分だったはずだが浮浪者と呼ばれてしまう。
オーソドックスなオープンワールドアクションRPGならば、気ままに野山を駆け回っているだけでいろいろとアイテムや装備が集まって事態が好転することだってあるだろう。だが、本作では定期的にご飯を食べて空腹を満たさないといけないし、睡眠も取らなければならない。空腹も睡眠不足も体力やスタミナに多大なる悪影響を与え、すぐ死に繋がる。能天気にヒマを持て余しているわけにはいかない。
しかも、ここはなにが起こるかわからない治安の乱れた中世のチェコだ。道を歩けば悪漢に襲われるなんて日常茶飯事。衛生観念も未発達な時代なので、やっとのことで食料を確保してもそれが腐っている可能性だってある。食中毒になれば高価な薬が必須。飲まなければあっという間にお陀仏だ。
食料の状態はインベントリ画面からチェックできるわけだが、空腹に焦っている初心者だと見逃してしまいがち。「このままだと腹減って死ぬ!」と必死に探したものが腐ってたなんてことは序盤のあるあるだろう。

食料の鮮度は100(新鮮)~0(腐敗)の数値で確認可能。画像のパンケーキは40%で危ないライン。賞味期限切れの「いけんじゃね?」精神で食べると、この世界ではすぐ死ぬ。中世騎士すぐ死ぬ。
こうした“面倒くささ”の数々が、『キングダムカム・デリバランス II』のゲームプレイに独特の味わい深さをもたらしている。“面倒くさい”と書くとこのゲームの欠点であるかのように思われるかもれないが、逆だ。明らかに現代より劣悪な環境において、いかに理不尽な死を退け、健康体を維持するべきかを考えなければいけないという体験こそが、中世の世界へと深く没入しているという確かな感覚の土台を作っている。
そんなわけで、本作で最初に大きな困難としてプレイヤーの前に立ちはだかるのは、“敵対する人間”よりも“食料問題”になりがち。お店で買うのが手っ取り早いが、文無しヘンリーにはほんの少しの出費もかなり痛手になってしまう。かといってそのへんの廃墟で見つけた食料を口に運ぶのがさらに大きなリスクにつながるのは、ここまで読んでくれた読者であれば想像は容易いはずだ。

数日食べなければ現実同様、極度の飢餓状態に。飢餓がそのまま続けば命を落とす。
なお、正直に告白すると筆者の最初の死因もまた食中毒だった。剣や弓で殺されるものとばかり思っていたが、実際はベーコンに殺された。あまりにもダサい……。
安定した暮らしへの扉は、“手に職をつける”ことで開かれる
とはいえ光明はある。得意分野を磨いて生計を立てるのだ。さまざまなアクティビティが用意された本作では、各種技能を伸ばしていろいろな道筋を立てられる。システム的には名作アクションRPG『The Elder Scrolls V: Skyrim』(通称『スカイリム』)に近く、関連の行動をすると経験値がもらえて各種ステータスが上昇していく仕組み。各技能には特殊な効果を持つパークシステムも備わっている。
たとえば筆者は“鍛冶職人”を最初の道筋として選んだ。商人から鉄や鋼を購入。炉に火を入れて金属を熱し、蹄鉄や斧、ときには剣も作る。それらを売れば利益が出て懐も温まるし、続ければ職人技のステータスも上がってより上質な製品も作れる。つまりもっと儲かる。安定収入さえあれば明日のパンに怯えない夢のような毎日が待っている。


最初に金属を炉に入れて熱する。小麦色になるまで熱せば鍛造開始の合図だ。熱した金属は金床でまんべんなく全体を叩き、鍛えよう。

何度も叩いて鍛え終わったら、焼き入れをして完成だ。
最初から剣で生計を立てるのもいいが、案外これは茨の道だ。鍛冶職人と違って生活基盤も作らず純粋に命のやりとりで得た金品をもとに生きてゆくのは過酷そのもの。ゴロツキたちに四方八方から斬りつけられるなど、アクションの腕前だけではどうにもならない“人数差の壁”というものがある。盗賊が脅してきたり、村人が襲われていたりしたら正義感を発揮したくなるだろうが、やたらと剣を抜くのは自殺行為になりかねない。

武装した3人に囲まれボコボコにされている様子。数で来られたらどうにもならないこともある。
だが各種技能を組み合わせれば、その茨の道も歩けるようになっていく。“職人技”を鍛えれば高品質な剣が作れるようになる。要するに強力な武器が手に入るわけだから戦闘が楽になって、剣の技能も磨きやすくなる。一見遠回りだが剣を極めたい場合も鍛冶からはじめてみるのはアリだ。
さらに、ここに“錬金術”を加える手もある。自身のステータスを上昇させる薬を作れば、戦闘でより有利に立ち回れる。ドーピングでムキムキになれるし、回復薬やセーブ時に使うお酒(本シリーズではセーブに特定のアイテムを消費する)など探索時に役立つアイテムも安定供給される。とどのつまり、よりしぶとくなるわけだ。


錬金では薬、毒を作れる。まずはレシピに従って材料を用意。火にかける時間、材料をいれるタイミングなどに気を配りつつ大鍋に材料をいれて煮詰める。お料理みたいで結構楽しい。

蒸留、あるいは瓶詰めで完成。売ってお金にしてもいいだろう。
悪の道に手を染めたっていい。ピッキング、隠密、スリのステータスを磨いて夜な夜な窃盗に励む。バレなきゃ犯罪じゃない精神でガンガン悪事を働くこともできてしまう。そして隠密は悪人相手にも有効だ。闇夜に潜んで寝首をかき、遠くから矢で射る。隠密×弓の技能を育てれば暗殺者ムーブが可能となる。

隠密と弓術に長けていれば剣を抜く必要なし。相手を近寄せず一方的に葬れる。
各技能を育て活かせば幅広い場面で効果を発揮し、シナジーも生まれる。筆者のプレイでは、移動で役立つ“馬術”を、“長柄武器(ポールアーム)”のスキルと組み合わせることで、馬で走り去りながら斬りつけるカマイタチムーブに化けることもあった。
そう、本作のおもしろさは王道の剣で往く騎士アクションとしての要素だけに留まらない。さまざまな方法を駆使して、過酷な乱世を生き抜く。その道のりが数多く用意されており、あらゆる選択権がプレイヤーに委ねられているのが“中世生活シミュレーション”と呼びたくなる所以だ。
過酷さは比較にならないものの、特技を活かし軸になる生き方を見つけるというのは、現代の生活にも通じるリアリティの妙を感じさせてくれる。
大河ドラマ的体験が味わえるヘンリー物語。深い感情移入の果てに、引き返せない“毒沼”へ……
青年“ヘンリー”の生き様を描く本作。彼の人生を追体験するような大河ドラマ的ストーリーテリングに仕上がっており、それがゲームプレイに強く影響を及ぼす作りとなっている。ここまで書いてきた過酷な日々への没入感も相まって、プレイするほどに彼と深くシンクロしていく感覚に、筆者は夢中になっていった。
物語は徹頭徹尾、ヘンリーに共感し同情したくなるように作り込まれている。鍛冶屋の息子として平和に過ごすも戦争で故郷も両親も失い、父に託された剣は政敵に盗まれ、出張すれば襲われる。アンラッキーというにはあまりにも度が過ぎている。

前作で故郷のスカリッツは壊滅。剣を領主に届けろという父の遺言も果たせぬまま生き延びてしまったことも、過ちとして深く悔やんでいる。
それだけにとどまらず、主人には見捨てられ、前述の通りどん底な状態で過酷な中世に投げ出される。本当に普通の青年だというのにだ。疫病神に憑かれているとしか思えない。
ネタバレを避けて詳細は伏せるが、ベルゴー卿に無事会えてからも不幸は続く。裏切りに次ぐ裏切り。謀略に巻き込まれ出兵させられ盛大に大事故。ゲームプレイ中でさえ過酷だというのに、ストーリー中も死の影がヘンリーにつきまとう。
メインストーリー以外でもヘンリーの不幸は続く。決闘することになるエピソードはとくにひどい。名誉を傷つけられた商人のため代理でヘンリーが戦う相手は貴族。貴族なので殺してはいけない、しかし負けるわけにもいかないという理不尽な状況に苛まれる。
「こっちは貴族だからフルプレートのロングソードで戦うけど、君は庶民だから鎧なしの棍棒ね」とか装備に制限もつけてくる。名誉とはなんなのかを考えさせられる……。結局、力加減に四苦八苦しながらも、死なない程度にボコってその場を収めた。これはこれで問題ありそうだが、この時点ではこうするほかなかったのだ。
ちなみにこれは“邪悪さ”で言えばまだマシなほう。強盗殺人を働いておいていざ処刑しようとしたら「オレ貴族だけどいいの? 大問題になるよ」とか脅してくる輩もいる。結果、その強盗貴族は恩赦をもらい、部下の庶民たちだけが首吊り刑に処された。貴族は学があるぶん悪質なケースが多く、これはその典型だ。

納得できないが貴族というだけで罪が罪でなくなってしまう。平等社会はまだ遠そうだ。
冒頭パートでは“赤の他人”としてヘンリーの悲喜劇を眺めているような立場だった筆者だが、何十時間もいっしょに旅をして、戦闘や仕事もいっしょにこなした。すると、自分の心のなかで彼はいつしか“苦楽をともにする無二の親友”のような存在になっていった。会話では選択肢を複数用意された中からプレイヤーがひとつ選び、これがヘンリーの選択となるシステムも相まって、ここまで来るともう他人じゃない。
不幸な生い立ちと波乱万丈な人生に苦しむヘンリーが、プレイヤーをも苦しませる。「どんなに理不尽な世界であっても、絶対にヘンリーだけは幸せにしてみせる」。気付けばそんな、半ば使命のような感覚さえ抱いていた。

頭脳労働から荒事まで、あらゆる面倒はヘンリーに丸投げされる。何でも屋じゃないぞ!
キーボードとマウスを握る両手にも強い感情がこもる。道を歩けば悪漢に囲まれ殺されるような世界。ヘンリーが斬られればこちらも痛みを感じる。死んでほしくない。救いたい。そうした思いが、当初思い描いた「清廉な騎士でいよう」という理想を跳ねのけた。気づいたら毒殺を厭わなくなっていた。ヘンリーに生き残ってもらうためなのだから、仕方がない。
食中毒で簡単に逝けるこの世界。それはもちろんヘンリー以外にも当てはまることで、毒をはじめとした状態異常は、屈強な戦士をいともたやすく蝕む。正攻法の戦いかたでは勝てない? オーケー、それなら毒の出番だ。剣がどうとか、名誉がどうとかはもう関係ない。
錬金術で夜な夜な毒をひたすら瓶詰めし、弓矢に塗ってはひたすらヒット・アンド・アウェイでひとりずつ消す。どんなに固いフルプレートの敵だろうが関係ない。傷つけばあとは毒がジワジワと体力を削ってくれる。

ボルト(矢)に毒を塗り射撃。どんな重装でも刺さった時点でそいつの死は確定してしまう。非常に恐ろしい……。
「腹がぁ……」とわめきながら地面に倒れる姿にヘンリーに感情移入し切った自分は邪悪な笑みがこぼれる。最初は毒で死んでいたダサいヘンリーも、相手に毒という理不尽を押し付ける最凶の存在になってしまった。
もういまとなっては毒なしでは生きていられない中毒状態(もちろん誤用)。ゴロツキ相手のみならず、正式な剣の試合や決闘でも毒を使うほどになっている(決闘など公式の場面では致死性の毒は使えないので、これを見越して非致死性の毒も準備しておく)。しかし、貴族の横暴や法が裁けぬ暴漢がまかり通るなら、こちらも卑怯な手を使えてようやく公平になるというもの。危険な敵には危険な技を使う、目には目を、理不尽には理不尽を。ただそれだけの話。

たとえ決闘でも容赦はしない。ルールの範囲内のあらゆる手を使う。ルールに“抜け穴”があるのなら……そこを突くのも戦術のうちだ。
中世のチェコは優しさや誠実さで生き残れるようにはできていない。無茶振り貴族、暴漢、飢えた野生のオオカミ、戦争、強盗騎士、横柄な傭兵たちなどなど死の影を挙げればキリがない。であればこそ、過酷な中世を生き抜く術もまた、正攻法ばかりではない。そして、そんな邪悪な搦め手がしっかり有用な手段として機能するのも、このゲームの懐の深さの証左と言えるだろう。
筆者の場合は錬金術による毒にそれを見出しただけ。気づいたときには、もう引き返せなかった。しかし、手段を選んでもいられなかった。
もちろん、最初から毒殺に手を出そうと思ったわけではない。町でひたすら鍛冶に勤しんでいるときは、安心できる寝床もあるし、安定した収入もある。カポン卿と騎士の仕事なんか忘れて、このまま鍛冶職人として生きるのもいいんじゃないかという考えが頭をよぎったこともあった。ヘンリーには幸せに生きていてほしいからである。

鍛冶職人スローライフを送るヘンリー。平和な世の中ならそういう未来もあったかもしれない。
だが、その安定した暮らしが決して今後の人生を保証してくれるものではないことも、ヘンリーのこれまでの人生が証明している。なぜなら鍛冶屋として平和に生きていたにもかかわらず、故郷のスカリッツを戦争で滅ぼされているのだから。そして奇しくもヘンリーは、これから起きようとしている戦争の行く末を動かす一因(ベルゴー卿との会談)に関わっている。
1度故郷を滅ぼされたヘンリーに2度目の絶望を味わわせたくはない。そう考えるとけっきょくはどんな手を使ってでも騎士の仕事を全うするほかないのだ。ここまで使命感に駆られてプレイできるとは思ってもみなかった。だが、このヘンリー追体験物語こそが本作の大きなキモだと確信している。

苦労も理不尽もみっともなさも、すべてヘンリーとの思い出
『キングダムカム・デリバランス II』は、騎士ロールプレイを楽しめる王道アクションRPGでありながら、多彩な技能で道を切り拓く中世チェコ生活シミュレーションとしての要素も強い作品といえるだろう。
歴史的再現性も非常にハイレベルで、当時の様子に思いを馳せながらプレイしたい期待にも大いに応えてくれる。難度は高いのでお手軽に楽しみやすいゲームとはいえないが、じっくり時間をかけて向き合えば、そのぶんだけできることも増えていろいろな遊びかたに気付ける、味わい深いスルメゲーとなっている。
面倒ごともひっくるめて楽しめるかどうかが、夢中になれるかどうかの分かれ目になることは間違いない。移動、戦闘、制作などあらゆる点がリアリティ高めで、何事にも手間がかかる。ファストトラベル中でも襲われることがあるし、戦闘がサクサクうまくいくことは少ない。鍛冶や錬金術ではいちいちミニゲームが挟まるし、食料や眠気に気を使う必要もある。昨今のゲームにしては、煩わしいと感じる要素は少なくない。

しかし、これらをすべて“中世の生活をプレイヤーに手ずから体験させ、ヘンリーと同化させるための行程”と捉えられた人なら、単なる手間とは感じないはず。苦しみも喜びもヘンリーたちといっしょに分かち合い、困難を乗り越え、やがて起ころうとしている大きな戦争を必死で乗り越える。苦労や理不尽にたくさん見舞われるからこそ、成長し栄光を掴むカタルシスが醍醐味になっている。
筆者は数多くの人々を毒で苦しめ殺める邪悪で卑劣なヘンリーになってしまったが、これも間違いなく“この過酷な世界を必死に生き抜いた証”だ。全体を見れば壮大な歴史絵巻だが、その細部によく目を凝らすと、腐っているかもしれないベーコンを一か八かで口に含んだり、フルプレートの貴族を必死にどつき回したりと、みっともない場面が山ほど見つかる。外道に成り果てたことも含め、すべてが筆者とヘンリーのかけがえのない思い出なのだ。
本作に興味を持った方にも、ぜひ自分だけの物語を、ヘンリーとともに歩んでほしい。