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『ゴースト・オブ・ヨウテイ』篤役・ファイルーズあいさん&ローカライズチームが語る開発秘話。「収録中は“斎藤”の表札を目にすると……」

『ゴースト・オブ・ヨウテイ』篤役・ファイルーズあいさん&ローカライズチームが語る開発秘話。「収録中は“斎藤”の表札を目にすると……」
 ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)より2025年10月2日に発売されたプレイステーション5用タイトル『Ghost of Yōtei』(ゴースト・オブ・ヨウテイ)。開発はサッカーパンチプロダクションズが務めている。

 本作は2020年に世界中で大ヒットを記録した『
Ghost of Tsushima』(ゴースト・オブ・ツシマ)の後継作。物語などのつながりはなく、新たな舞台と物語を楽しめる。2025年11月2日時点では世界累計販売本数が330万本を超えたことが明かされ、前作に続くヒットを飛ばしている。

 そんな本作の主人公・篤(あつ)の日本語音声を担当しているのが、声優のファイルーズあいさん。本記事ではファイルーズあいさんと、日本語テキスト・音声を担当したローカライズチームへのインタビューをお届け。

 前半はファイルーズあいさんへの単独インタビュー、後半はローカライズチームを交えたメディア合同インタビューの模様をお伝えしていこう。なお、
物語に関するネタバレを一部含んでいるので、気になる人はご注意を。
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ファイルーズあい さん

『Ghost of Yōtei』主人公・篤役。(文中はファイルーズ)

坂井大剛 氏サカイ ヒロタカ

SIE・ローカライズスペシャリスト。(文中は坂井)

関根麗子 氏セキネ レイコ

SIE・ローカライズプロデューサー。(文中は関根)

ファイルーズあいさん単独インタビュー

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勇気をくれた、篤の存在


――ファイルーズさんが今回、篤役に選ばれたのはオーディションだったのでしょうか?

ファイルーズ
 オーディションでした。2025年が始まってすぐに、この話をいただきまして。私事で恐縮なのですが、2024年の末に心身の不調により、活動を一部制限する発表をさせていただいた直後でした。これから大丈夫かな、今後いただけるお仕事が減ってしまうんじゃないかと、正直すごく不安な時期で、精神的に難しいタイミングでした。

 そのなかで、私にオーディションのお話をいただけた、チャンスをいただけたことがすごくうれしかったです。ただお話をいただいたときは、機密があるので何のタイトルなのかわからない状態でしたね。蓋を開けてみたら『Ghost of Tsushima』のつぎの『
Ghost of』シリーズ作品ということで、すごく驚きました。

 そこからオーディションに臨むのですが、オーディション用の台本をいただいてすぐに、篤が等身大の人間であることがわかりました。劇中のセリフが一部ピックアップされたものだったのですが、復讐に燃える流浪人・篤の、単なる復讐劇ではないんだなと感じて。

 そして、篤の自立しようともがいているイメージが、当時私が自分の内面と戦っている気持ちと、すごくリンクする部分がありました。篤の近くにいたい、声だけでも彼女の一部になれたらいいなと思って演じてみたところ、オーディションの合格をいただけました。

 そのときに、まだ声優として存在していいんだ、私を求めてくださる方々がいるんだと実感し、とても感慨深い想いがありました。もちろん、篤役に決まったこともうれしいです。それと同時に、篤を通して私自身に期待してくださることがうれしくて。すごく、篤に勇気をいただけました。

――まさに仰る通り、篤は等身大の人間ですよね。サムライとも違う、流浪人の立場で。

ファイルーズ
 (篤の声で)「俺は侍じゃねぇ」、ですね(笑)。

――いきなりファンサービスをありがとうございます! それでいて、復讐に燃えていたり、女性らしさや男勝りな面もあるなど、非常に複雑なキャラクターだったかと思います。演じるにあたって、どのように演技プランを固めていったのでしょうか。

ファイルーズ
 単なる復讐鬼ではないことは把握していましたし、幼少期のシーンから、本来は男勝りというよりも明るくて快活な女の子だったんだなと。それが凄惨な事件によって、心に影を落とすことになってしまった。それが篤の軸だと思いました。

 しっかりとバックボーンが描かれていたこともあり、自然に演技を組み立てることができました。また、人間誰しも愛情深い部分があったりするものです。本来の目標に向かって走っていたはずなのに、途中で心が揺らいでしまうシーンもありますよね。私もそういった経験はあるので、自分の中にあるものを引っ張り出して、篤に投影していきました。そのおかげで、自然に彼女に寄り添うことができたのかなと思います。
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――収録の際には、ゲームのシーンなどを実際に見ながら収録されたのでしょうか?

ファイルーズ
 カットシーン、ムービーがあるシーンについては映像を見ながら収録をしましたが、ほかのサブ要素である会話シーンやアクションなどは、すべて文字情報だけで収録に臨みました。ほかのゲームと違って特殊だったのは、海外で制作されているゲームならではの部分ですね。

――もとは、篤役であるモデルを務められている、エリカ・イシイさんの英語音声がありますよね。

ファイルーズ
 そうなんです。そのため、エリカさんの音声の尺と、同じ尺で日本語音声を収録しなくてはなりませんでした。ゲームのシーンの長さを変えるわけにはいかないので、まず最初にエリカさんの音声を聞いて、2回目のタイミングで同時にセリフを発する、といった方法で収録しました。海外映画の吹き替えに近いような形なんです。

 ただ難しかったのが、短いセリフです。英語ですと、たとえば「it」に多数の意味を持たせたりした、短いセリフになっていたりしました。それを日本語にすると、情報を詰め込まないといけないし、でもそうすると尺と合わなくなってしまったりして。また、現代のような言葉遣いにもできませんし。

 そこをローカライズチームの皆さんが創意工夫をしてくださったおかげで、日本語でも自然だし、英語版のセリフの解釈も同じ尺でしっかり入っているセリフになりました。私も、間の取りかたなどを合わせたりして協力させていただきました。脚本はあるのですが、ゲームに合わせてその都度、テキストや音声で調節していったので、みんなで一丸となって日本語版を作り上げた気持ちです。
――ストーリーのセリフ量も大量だったかと思いますが、本作はアクションゲームでもありますから、アクションのセリフ量もたいへんだったとお聞きしています。

ファイルーズ
 本当にビックリしました。走る、泳ぐはもちろんのこと、「剣を振るだけの音声でも、こんなに種類があるんだ!?」って(笑)。ですが、プレイヤーの皆さんの声を聞くと納得ですよね。何十時間も遊んでまだ本編を終わらせていない、技(いわゆるスキル)を全部習得していない、と長くプレイされている方々の感想を見ています。

 それだけ長く篤と旅をしてくださるということは、それ相応のボイスバリエーションも必要なんだと感じました。プレイヤーの皆さんは、ずっと篤といっしょに旅をするわけですよね。ですので、プレイヤーを飽きさせないように、同じセリフは聞き飽きた、なんて思われないように心がけていました。
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 そのために、同じようなセリフでも、ちょっとでも別のボイスになるように差別化して収録に臨みました。ただ、やはり尺の都合があって、工夫の幅を取るのもすごく難しい部分もあったりしました。また、高難度の“万死”に挑戦している人は、篤が倒されてしまうボイスをたくさん聞いたりしていると思います(笑)。

 声優として初めての挑戦も多かったので、私としても成長につながった作品になりました。

――英語音声がもとにあり、イシイさんが演じる篤があり、映画の吹き替えともまた違う苦労があり……と、声優としても、なかなか珍しいお仕事だったのではないでしょうか。どのようなことを考えて臨んでいましたか?

ファイルーズ
 映画の吹き替えと決定的に違うのは、始まりから終わりまでのストーリーが、1本道でつながっていないことです。本作はメインストーリーもありますが、サブクエストなどの横道もたくさんありますよね。また、本作はサブクエストなどをプレイヤーの皆さんが自由なタイミングで挑めるので、プレイヤーによって“いまどんな状態の篤なのか”が変わってきますよね。ですから、サブ要素はいつどのタイミングでもおかしくないようなテンション感の篤を演じる必要がありました。

 本作の収録はすべて順番に収録していったわけではなく、本筋の物語を一部収録したら、そのつぎにサブクエストの音声を収録した日もあります。自分がいまどの篤なのか、感情を込めていたものを1度リセットして収録しなくてはならなかったりと、ふだんのお仕事以上に考えることが多くて難しかったです。そのぶん、すごくやりがいのあるお仕事でした。

――本筋の部分は篤の感情の変化が描かれていて、それが音声からも伝わってきましたが、たしかにサブ要素はそこを気にすることなく、違和感なく楽しんでいました。

ファイルーズ
 ありがとうございます。サブクエストなどを通すことで、篤の意外な一面や気持ちを知ることもできますので、ぜひ余すことなくプレイしていただきたいです!
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――また、“案内(あない)”など、昔ならではのセリフが日常に染みついてしまったともお聞きしています。
ファイルーズ
 とくにほかの収録現場で苦労しました(笑)。“連中”というセリフに“れんじゅう”とルビを振ってしまったり、あとはあまりにも言いすぎて、単に“手前”と書かれているセリフを“てめぇ”と呼びそうになってしまったり(笑)。

 普段使わない言葉遣いなので、最初はセリフを発するのも苦労したのですが、だんだんと慣れていったと言いますか。やはり違和感があったら、せっかくのセリフが台なしですし、プレイヤーの皆さんも戸惑われてしまうと思うので、あまり考えずに自然にその言葉が出ることを意識していましたね。

 あと、苦労した話ではないのですが、私はお散歩が好きで、お散歩しているときにたまたま一軒家の表札に目が留まり、“斎藤”と書かれていたときには「斎藤……!」と、篤のように反応してしまいますね(笑)。

――全国の斎藤さんがうらやましいような、怖いような(笑)。作中で、とくに印象に残っているシーンはありますか?

※ここから物語に関する重要なネタバレに言及します。未プレイの方はご注意ください※
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ファイルーズ
 十兵衛との再会のシーンも好きなのですが、やはりお雪の正体が判明したシーンは印象的でした。とくに「狐への恨みはずっと消えねえ でも宿の娘への恨みは いつか消えるかもな」というセリフは、すごく大好きです。お雪も自分が許されないことをした自覚がありますし、篤も復讐のために生きてきたのに、そこの信念を曲げるのって……。生きる目的そのものだったので、意地や頑固な気持ちではできないと思うんです。

 そこに至るまでのエリカさんの演技がすごく繊細で、強いセリフの中にも幼少期の篤が見えるような深みのあるお芝居をしていて。それもあって、お雪のことを許して、狐の名を消すシーンにはジワッと心に来るものがありました。

 ちなみにオーディションのセリフのなかには、十兵衛とのセリフと、お雪とのシーンがありました。ですので私は、十兵衛がじつは生きていて、お雪が狐であることは最初から知った状態で収録したんですね。そこから、そこに至るまでのシナリオを読んでいったので、より篤の気持ちに寄り添いたくなりました。

――また、今回幼少期の篤もファイルーズさんが演じられていましたよね。スタッフロールを見て驚きました。

ファイルーズ
 そうなんです。私は元気いっぱいな女の子を演じる機会が多いので、幼少期の篤のほうが、ふだん演じているキャラクターの声に近かったのですが、篤のような強い女性を演じる機会も増えてきたので、今回どちらも演じることができてうれしかったです。

 なにより、誰が出演しているのかを知らずにゲームを遊んでくださった方々が「え、幼少期と現在の篤、声優同じなの!?」って最後に驚かれている人が多かったのが、すごくうれしくて! ひとりの声優としての“誉れ”ですよね。

 幼少期の篤は、意図的に明るい女の子であることを意識して演じていました。本当は明るくて、弟と張り合って負けん気の強い女の子、といった部分が、明るければ明るいほど現在の篤の悲痛さが増して、過去との対比になると思ったんです。

 現在の篤と幼少期の篤は、気持ちを切り替える幅が大きいので、音響監督さんが気を使って大きく分けて収録してくださったりして。そのおかげもあって、いいものができたのではないでしょうか。
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――主人公としてヒロイックに活躍するシーンがメインですが、その横には馬と寝る篤、お風呂に入る篤、食事をする篤など、日常的な部分もゲームに取り込まれていますよね。どういった気持ちを、演技に取り込んでいるのでしょうか。

ファイルーズ
 そこは、現代の私たちでも経験できることですよね。私はキャラクターを、日常に取り込んでみるという手法が好きで、よくやっています。たとえば、温泉のシーンを収録するとなった前日には、お家でお風呂に入るときに、「ふぅ」と自然に出てくる吐息を篤みたくしたらどうなるだろう? と考えたりするんですね。

 吉田師匠と瞑想をするシーンがありますが、私も趣味で瞑想をしています。収録の当日には、森林の香りがするアロマキャンドルを焚いて、森のなかで瞑想する感覚を味わって収録に挑んだりしました。生きた時代も背景も違う女性ですが、少しでも篤に近づくために、彼女にフォーカスした生活をしていたんです。

 あと、ペットを飼っているのですが、撫でるときに「ヨシヨシ~♪」といつものようにやるのではなく、篤がやったらどうなるのかなと考えて、「よぉし、いい子だ……」とやってみたり。その、ペットはふだんと違いすぎて驚いてましたけど(笑)。それが、狐を撫でるシーンにつながったりしていて。あと、蝦夷地は寒いですから、狐の体温の温かさを感じると思うんです。そういった細かい部分も想像しながら、演じていましたね。

――最後に読者の方々へ、メッセージをお願いします。

ファイルーズ
 たくさんの方々にプレイしていただけて、本当にうれしいです。世界中から篤に対する共感ですとか、愛情のお声をたくさん聞きました。私も、篤に勇気づけられたひとりです。人生、辛いこともあると思いますが、篤といっしょに歩み続けてください。篤も、歩みを止めません。いっしょにどんなことも乗り越えてくれる存在だと思うので、みなさんの中で生き続けてくれるとうれしいです。

&ローカライズチーム合同インタビュー

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『ヨウテイ』だからこその世界観を


――坂井さん、関根さんはローカライズチームとして、どのようなことを担当されていたのでしょうか。

坂井
 ローカライズスペシャリストとして、台本の制作、収録現場への参加や、収録音声のゲーム内でのチェックなども担当しています。ゲーム内で見て、修正が必要な場合はそこをピックアップして再収録し、製品版に近づけていくのがおもな役割でした。

関根
 私はローカライズに関するその他もろもろを担当しました。坂井が収録に立ち会えるようにスケジュールを取りまとめたり、アドバイザー(監修)の方とのやり取りや監督モードの準備をしたり、あとはサッカーパンチプロダクションズとのやり取りなどといったことも担当しています。

――ローカライズチームと、ファイルーズさんが直接やり取りすることもあったのでしょうか?

坂井
 音声収録に関していうと我々としてはローカライズした台本を納品するまでが、おもな仕事です。そのあとは音響監督さんと、ファイルーズさんとのやり取りが基本ですね。我々はそれを後ろから見ながら、シーンのシチュエーションやキャラクターの心情を解説したりしていっしょに作品を作り上げています。ですので、ファイルーズさんの演技をディレクションする、みたいなことはなかったですね。

ファイルーズ
 「篤を演じるの、どうですか?」と気さくに話しかけてくださったりして、それで緊張がほぐれたりして、とくに収録の初期は現場の空気をよくしてくださったのが、ありがたかったです。やはり作品のテーマがとても重いので、いろいろな心遣いをしてくださり、安心して収録に臨めました。

――ファイルーズさんはオーディションで選ばれたとのことですが、ローカライズチームの皆さんが抜擢されたのでしょうか?

坂井
 はい。オーディションに使用するシーンの選定なども含めて、我々が用意して選ばせていただきました。篤のキャラクター性は最初から決めていて、言葉数は短めですが、でも切れ味の鋭いセリフを放つような。でも、その強いセリフは、あくまで篤の弱い心を守るための言葉であること。強さと弱さの両方を併せ持つキャラクターなので、演じていただくのは難しいだろうとも考えていました。

 とくにオーディションでピンときたのが、篤が十兵衛たちとご飯を食べるシーンでした。冗談を言い合いながら屈託のない笑顔を浮かべる篤をファイルーズさんが演じてくださって、ものすごくいいシーンだなと思ったんです。

 また、オーディションでは強めの言葉で啖呵を切るシーンも使用しました。その日常的なシーンとのギャップが大きいほどに篤というキャラクターの深みが増すと考えていて、その両方をうまく演じてくださったのがファイルーズさんでした。もうこれはピッタリだなと。

ファイルーズ
 うれしいです……! 私は強い女性を演じさせていただく機会も多いのですが、ほかの作品だと「圧が強すぎます」って言われることがたまにあって。すみません、“篤”と“圧”でややこしいのですが(笑)。ですので、自分は音圧や勢いが強いんだと自負していましたし、その圧の強さが、篤に生きた部分もあります。

 ただ、オーディションのときは、私が精神的に難しい時期だったこともあって、自分の心の弱さみたいなものと直面しなくてはならない時期でした。その少し弱っているような部分が、坂井さんの仰っている、強さと弱さの両方を出すことにつながったのかなと。言葉で心の弱さを守っている等身大の篤と自分が、うまくハマったんじゃないでしょうか。そのタイミングが重なって、篤と出会えた奇跡に感謝しています。 
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――本作は蝦夷地の方言や、アイヌ民族の言葉、江戸時代初期の言葉なども含まれ、ローカライズの難度は高かったのではないでしょうか?

ファイルーズ
 いやもう、坂井さんがすごすぎるんですよ。まず、英語ボイスの原音があって、それを1度日本語に直すわけですよね。でも、セリフの尺って英語版に日本語音声を合わせる必要があって。短くしたり、長くする必要もあります。それって、実際に役者が話してみないと、どれぐらいの長さが必要かってわからないですよね。それを考えながら台本に落とし込まないといけないのに、そのうえで時代考証や、さまざま地方の方言も入り乱れたテキストを用意しないといけないなんて、それはもうすごく苦労されたんだろうなって。いやもう、月並みですが本当にすばらしかったです。

坂井
 ありがとうございます、苦労が報われた気持ちです(笑)。ちょっとお話が長くなるのですが、最初に1603年の蝦夷地が舞台になると聞いたときに、どうしたらいいだろうかと悩みました。

 『Ghost of Tsushima』は鎌倉時代で、元寇という歴史の事象があって、対馬島という場所がフィールドとなり、最初からわかりやすい舞台があります。また、主人公は仁という武士です。武士言葉を基準に考えていけば、時代劇感は出せるだろうと最初に考えていたんです。

 一方で、『Ghost of Yōtei』の篤は流浪人で、武士言葉を使いません。時代も江戸時代となり、使える言葉が増えました。たとえば「〇〇しまくる」とか、「マジで〇〇」とかもです。時代としておかしくはないのですが、それを使うべきかどうかは別ですよね。言葉の自由度が広がったぶん、それをそぎ落とさなくてはならない、と考えたのが最初の仕事でした。

 そして、当時の蝦夷地がどんなものだったのか、東京大学で日本中世史の教授を務める本郷和人さんに、お話をお聞きに行ったんです。本郷さんは、『Ghost of Tsushima』でもお世話になりました。

 詳しくお聞きすると、江戸時代への転換期であり、蝦夷地にはいろいろな土地から人が渡ってきたため、いろいろな文化が混ざり合った土地であると。それを表現していったら、『Ghost of Yōtei』の世界観を作れるのではないかと考えて、方向性を決めました。

 そこから方言を入れたり、江戸言葉や武士言葉ではないもので篤に似合うもの、十兵衛だったらこういう言葉にしよう、などと決めていったんです。

関根
 それを音響監督さんに相談したところ、日本各地の方言が使用できる声優さんを起用してくださって。坂井が書き上げたテキストを声優さんそれぞれの故郷の方言化をしてもらい、演じてもらいました。本当にいろいろな方々を巻き込んで、作り上げていきましたね。

――前作の『Ghost of Tsushima』でのローカライズ経験を経て、本作に活きたポイントや進化できた要素はありますか?

坂井
 前作から裏テーマとして持っていた、日本語版ではなく“日本版”を作る、といったベースの部分は大きく変わっていません。英語版がこうだから、原文ではこう言っているから、ではなく、もっと日本のプレイヤーが楽しむにはこうしたほうがいいだろうと、作っていきました。

 進化したわけではないですが、言葉選びの面で先ほど「幅が増えた」とお伝えしたように、セリフに出せる表現が増えています。その、篤は強い言葉ばかりで申し訳ないのですが(苦笑)。

ファイルーズ
 多かったですね(笑)。

坂井
 ああいった言葉も江戸時代に使われていたものを選んでいったら、かなりバリエーション出せました。

ファイルーズ
 時代劇要素が強すぎない言葉遣いだったので、堅苦しさがなくて、すごく入りやすかったです。ですので、共感しやすさもありました。

坂井
 ありがとうございます。

ファイルーズ
 ちなみにお聞きしたいのですが、今回はよく見る一般的なマイクではなくて、頭にかぶって頭の上からマイクが垂れている、みたいな特殊なマイクで収録しましたよね。あれは、なぜだったんですか?

関根
 ゲーム内の環境に馴染む音を録れるからです。一般的なスタンドマイクと比べると、音質の差は歴然です。

ファイルーズ
 そうだったんですね! オーディションのときから、すごいマイクだなって驚いてました。声を張るときってマイクから離れて収録したりするのですが、物理的に離れられなくてどうしようって(笑)。

――ちなみに羊蹄六人衆は、蛇、鬼、狐、蜘蛛、龍と来て、最後に“斎藤”という、日本人としてはわりと一般的な名前が来ますよね。あれはもとから?

坂井
 はい、もとからです。

――“日本版”として、変えたいなと思われたりしましたか?

坂井
 個人的には、少し考えました。とはいえ、斎藤は大軍を束ねる将なので、コードネームを付けるのもそれはそれで違うかなと。

――本作より日本語音声のリップシンク(※音声と唇の動きが日本語らしく自然になる表現)に対応し、最初から世界中のプレイヤーが自然な形で日本語ボイスでゲームを楽しめるようになりました。どのような取り組みで挑んだのか、そして日本語音声が海外でも遊ばれていることにどう感じていますか?

関根
 ローカライズチームとしては、音声収録の方法はさほど変わっていません。私たちが開発チームに渡した音声を、開発のアニメーションチームがひとつひとつ日本語に合わせて動かしてくれました。それを最後に、私たちがチェックして、ちゃんと日本語の口パクになっているのかフィードバックする、といった流れでした。

 基本は問題ないのですが、当初は多少、日本語の口の動きと違う部分がありました。そこはしっかり監修させていただいて、修正していただいたので、自然な形にできたと思っています。

 また、偶然なのですが、じつは開発チームにもファイルーズあいさんのファンがすごく多いそうで。実際に篤役に決まったことを開発に伝えると、とても喜んでいましたね。実際に海外プレイヤーも、今回日本語音声で遊んでいる人たちがいるので、本当にできてよかったと思います。

ファイルーズ
 “誉れ”ですね! 私は最初、リップシンクのことは気づかなかったんですよ。皆さんが遊んでいるプレイ動画などを見て、「口パクまで日本語に合ってる!」みたいな驚きかたをされている人がいて、そこで初めて気づいたんです。「えっ、そんなところまで!?」と。自然すぎて、当たり前のように見ていたのですが、英語版は英語に合わせた口の動きになっているんですよね。こんなにリスペクトしてくださっているんだなと、すごくうれしかったです。
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――サッカーパンチプロダクションズから、日本語版について何か要望などはありましたか?

関根
 そこまで細かい注文はありませんでした。むしろ、我々の意見をすごく求めてくれて、好きにやっていい、という感じでしたね。日本語音声を納品するにつれて、どんどんいい反応もいただけて、開発チームにも日本語音声で遊んでいる人もいましたね。

坂井
 日本語版のトレイラーを、サッカーパンチプロダクションズさんのオフィスで上映して、拍手喝さいだったという評価もいただいていましたね。本当にありがたかったです。

関根
 『Ghost of Tsushima』からの関係性があったので、強く信頼いただけたように感じています。最初から日本語版は第二の原音として扱うと言っていただけて。それを可能にするために、お互いどうすればいいか話し合っていましたね。

――英語版であるエリカさんの演技を聞いたうえで、ご自身の役に落とし込む点で意識したことはありますか?

ファイルーズ
 エリカさんの演技は飾りっ気がなくて、ご自身のいろいろな体験と重ね合わせて篤を演じているんだなと感じました。また、エリカさんはアニメや漫画などが大好きとのことで、やはりキャラクターの気持ちに寄り添うことが大好きでたまらない人のお芝居だなと、英語ネイティブではない私でも、まっすぐ心に伝わってきました。

 私は英語に明るいわけではありませんが、エリカさんの言い回しや言い方、一部単語を強調している部分などは、日本語でもその意図を汲み取れるようにセリフに取り込んだりしました。

――とくに印象に残っているシーンはありますか?

坂井
 共感が得られないかもしれませんが、篤とお雪が出会うシーンで、松前藩と素手で戦うシーンがあるんですよね。そこでお雪に向かって「弾き手 撥(バチ)止めんなよ」と言うセリフがあって、これはカッコよくなるだろうと思っていたので、ファイルーズさんがビシっと決めてくれて最高でした。

ファイルーズ
 そのあとのお雪の三味線の演奏とバチッとハマって、カッコいいですよね!

関根
 私はもう全部お気に入りといいますか、私たちが想像していた何倍もの魅力を、演技でファイルーズさんが返してくださるので、とてもありがたかったです。

坂井
 そうそう。すごいなと思ったのは、ファイルーズさんは会話する相手によって、自然に言葉の強さややわらかさを変えてくださったんですよね。

ファイルーズ
 そうですね、骸漁りの太郎は悪ガキにやさしくするような感じで。

坂井
 十兵衛はやはり姉弟なので、気持ちのなかに甘えているような感覚があって。悪いヤツらにはガッと強くいく。それを台本上に書かなくても自然に演じてくださって、すごいなと。

ファイルーズ
 ありがとうございます。私は、蜘蛛とのやり取りのシーンも好きです。復讐にまつわるやり取りのなかで、篤が大人になったなと感じられて、成長を感じられました。

坂井
 あのあたりから、篤がどんどん人間味が増していくんですよね。

――最後に、本作のオススメポイントを教えてください。

関根
 個人的に好きなのは、シブい親父だらけのゲームということです(笑)。ぜひ皆さんもプレイして、推しオジを見つけてみてください。ちなみに私は斎藤も好きですが、とくに榎本師匠が好きですね。

ファイルーズ
 ですよね! 榎本師匠メッチャ好きです!

坂井
 (笑)。今回、さまざまな外部の方とコラボレーションしていて、画面が白黒になる黒澤モード(黒澤明監督)だけでなく、ダイナミックな表現とカメラになる三池モード(三池崇史監督)、Lo-Fiな音楽が流れる渡辺モード(渡辺信一郎監督)といった要素があります。渡辺モードはすごくいい音楽なので、ぜひ体験してみてほしいです。

 ちなみに、三池監督は三池モードだけではなくて、三池監督自身が刀装具の名前と説明文を書いてくださったものがあります。“血錆之禍蜜”という刀装具なのですが、じつはこれ、装備すると映画『
十三人の刺客』をモチーフにしたエフェクトが楽しめるようになっています。三池監督が名前を付けたことを聞き、開発チームが専用エフェクトを刀装具に付けてくれたんですよね。ゲーム中ではさらっと出てくる刀装具なので、ここでアピールしておきました。

ファイルーズ
 もちろん本作からでも楽しめますが、『Ghost of Tsushima』を遊んでいる人にはたまらない要素もあります。たとえば、明言はされていませんが、仁を思わせる何かとか、ゆなを彷彿とさせるものとかがあって。前作への愛情も継承しているんだなとたまらない要素でした。篤のセリフも、すごくエモくて素敵でした。ぜひ2作とも併せて、何度も遊んでみてください。
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