1995年12月にナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)のオリジナルRPGとして産声を挙げた『テイルズ オブ ファンタジア』と、1996年9月に、アトラスの人気シリーズ『真・女神転生』のスピンオフ作品として生まれた『女神異聞録 ペルソナ』。さまざまなRPGがしのぎを削っていた1990年代に誕生した両作は、個性的なキャラクターや独自のシステムで好評を博し、シリーズ化。やがて日本を代表するRPGとなり、30年にわたり、多くのゲームファンを楽しませてきた。 本記事では、両シリーズのプロデューサーへの特別インタビューをお届け。30年のあいだ、互いの存在に刺激を受けながら、譲れないものを守りながら進化してきた両シリーズの歩みを、過去の週刊ファミ通記事とともに振り返っていこう。
富澤祐介氏(とみざわ ゆうすけ)
バンダイナムコエンターテインメント
『テイルズ オブ』シリーズIP総合プロデューサー
互いを意識しながら歩んできた30年
――今回は、長い歴史を持つ日本のRPGでプロデューサーを務めるおふたりの対談ということで、過去のファミ通の表紙や記事を抜粋してお持ちしました。これらを見ながら『テイルズ オブ』と『ペルソナ』の歴史を振り返り、両シリーズの今後についてお話を伺えればと思います。
和田
よろしくお願いします。歴代の誌面がズラっと並ぶと、すごいですね。懐かしい。
富澤
よろしくお願いします。『テイルズ オブ』シリーズは、1作目の『テイルズ オブ ファンタジア』が1995年12月発売なんですが、そのころ僕はまだ高校生でした。完全にユーザーとしてファミ通を読んでいました。
『テイルズ オブ』が30周年、『ペルソナ』もほぼ30周年、そしてファミ通は40周年ということで、先輩であるファミ通さんにこういった場をご用意いただけたのは、非常に光栄です。

和田
30年以上前の雑誌がここにある、というのがすごいですよね。もうお宝じゃないですか。1冊1冊に懐かしさがビッチリ詰まっていますね。
富澤
こんな機会もなかなかないですよね。ただ、読み込んでしまうと企画が崩壊してしまうので、ちゃんと対談も進めましょう(笑)。
――そうですね(笑)。では改めて、まずはおふたりの交流について伺いたいのですが、これまでにお話しされたことはありましたか?
富澤
ここ最近、お会いする機会が多かったですが、今回のようにお互いのタイトルと向き合いながらお話を、というのは初めてだと思います。ぜひお手柔らかにお願いします。
和田
こちらこそです(笑)。
――将棋の対局前みたいになっていますね(笑)。
和田
『ペルソナ』は、1作目が発売されたのが1996年9月なので、『テイルズ オブ』のほうがちょっと先輩なんですよね。僕が本格的に『ペルソナ』に関わりだしたのは『ペルソナ3』からなんですけど、当時、僕らが意識していたIP(知的財産)のひとつが『テイルズ オブ』だったんですよ。「俺たちもこうなっていかないと」みたいな思いを持ちながら見ていました。
富澤
でもRPGというもの自体は、それこそファミコン世代やそれ以前にもたくさんの名作があって。スーパーファミコン後期に出た『テイルズ オブ ファンタジア』(以下、『ファンタジア』)も、そういった先達の背中を追いかけながら、独自の表現を求めて始まったのだと思います。
タイミング的に『テイルズ オブ』より後になったとはいえ、『ペルソナ』のようなタイトルにグッと迫って来られると、危機感と言ってもいいくらいの感覚があったと思います。ものすごい勢いと、まさに哲学を持って作品をどんどん拡大されているのを拝見していると、「僕らもがんばらなくちゃ」という思いはありますね。これはプロデュース側だけでなく、開発側も同じだったと思います。いつも刺激をいただいています。
和田
それはこちらもです。『テイルズ オブ』と『ペルソナ』って、キャラクターを強く愛してもらうコンテンツという意味では、近い気がしているんです。そういう意味で親近感もあるんですけど、やっぱり、“旅”を通して作品に熱を乗せるうまさ、その熱の広がりが、内面を深掘りしていく『ペルソナ』とは違うのかな、と思います。
富澤
「そういう違いがあって助かったな」というところもあるんですけど(笑)。でも和田さんのおっしゃる通り、キャラクターを主軸にしているところは共通していると思います。
ただ、キャラクターの深掘りを、システムも絡めて突き詰めていくスタイル、そのゲームデザインは、僕たちからすると簡単には真似できないものなんですよね。そういったキャラクターの描きかたは、本当に『ペルソナ』が卓越されている部分だなと思います。
――キャラクターを軸にしている点は同じでも、表現のしかたがまったく違うのはおもしろいですよね。
富澤
直接話さなくても、シリーズをプレイさせていただくだけで、勝手ながら、お互いの目指しているところみたいなものがわかる気がして。自分としてはすごく腑に落ちるんですよね。自分たちには自分たちのやりかたがある、というところも含めて、ある意味で鏡のような存在だと思っています。プレイしながら、キャラクターの描きかたを勉強させてもいただいている、そんな感覚ですね。
和田
これは本当にお互いさまですね。
富澤
じゃあ、このふたつを混ぜたらどんなゲームができるのか? というのも気になりますよね。
――おっと、早くもすごい話になってきましたね。まさかのコラボが……!?
和田
いくらかかるんでしょうね(笑)。
富澤
壮大すぎて終わらないと思います(笑)。
すでに多数のRPGがある中で産声を上げた理由
――そんな両シリーズの始まりを、ファミ通のバックナンバーとともに振り返っていきたいと思います。1995年当時、すでにさまざまなRPGがあった中で、『ファンタジア』はどのように立ち上げられたのでしょうか。
富澤
僕が『テイルズ オブ』のIPプロデューサーになったのは2016年で、シリーズに関わった開発者の中ではまだまだ若輩ではあるのですが、先輩たちから教えられてきたことも踏まえてお伝えできればと思います。やっぱり『ファンタジア』が特徴的だったのは、スーパーファミコンのゲームなのに、歌やボイスが入っているというところです。
当時のファミ通にも、発売日や値段が書いてある枠に“48メガ”っていう記載がありますけど、当時のユーザーはみんな容量を気にしていましたよね。


週刊ファミ通1996年1月19日発売号より。『テイルズ オブ ファンタジア』は当時最大の48メガビット(=6メガバイト)ROMを採用し、その容量を活かした歌やボイスの演出が話題となった。
――当時は、容量がアピールポイントになっていましたね。
和田
そういえばそんな時代でした。
富澤
そうなんですよ。スーファミで48メガビットのゲームはほとんどなくて、あのボリューム感やボイス、歌を入れることができたのは、容量のなせる業だったのかなとも思います。歌については、そもそも日本テレネットさんからの最初の持ち込み段階から歌が入っていたところから企画が始まったくらいだ、と聞いているので、やっぱり他作品との差別化は強く意識していたと思います。最初からシリーズ化を狙っていたかと言えば、おそらく、そういう風には考えていなかったと思いますが。
こうして当時の誌面を見ると、攻略記事の需要がすごくあったことを思い出しますね。発売後にも継続して展開していただいたり。雑誌や友だちの噂みたいなところからゲームが広がっていた時代だったな、というのを思い出しました。『テイルズ オブ』がシリーズになれたのも、まだネットもない時代に、雑誌展開や口コミで盛り上がってもらえたからなんだろうなと思うと、ちょっと感慨深いですね。
――完全新規のRPGとして生まれた『テイルズ オブ』に対し、『ペルソナ』は『真・女神転生』シリーズ(以下、『メガテン』)の派生作品という形で生まれました。1作目が出たころは、和田さんはまだユーザーの立場だったのでしょうか。
和田
まだギリギリ、ユーザー側でしたね。『女神異聞録ペルソナ』がやろうとしていたのは、神話や悪魔といったモチーフを借りながら、より個人の内面に近づいていくRPGを作ることだったのかな、と思います。
“女神異聞録”と銘打たれている通り、やっぱり『メガテン』のスピンオフとして始まっているんですよね。だから剣と魔法の世界ではなくて、学校や街が舞台になっていて、日常の延長線上にある非日常、みたいなものがにじみ出ています。それは当時のアトラスらしさみたいなもので、それが最終的に『ペルソナ』らしさにもつながっているのかな、と。
――『女神異聞録ペルソナ』のビジュアルの印象は、近年の『ペルソナ』作品とは違いますが、同作を構成する要素はまさに『ペルソナ』だと思います。
和田
主人公と仲間の関係や会話、ダンジョン攻略や悪魔との交渉、そしてタロットカード。こういうところはやっぱり原点ですよね。自分の分身と言えるペルソナを切り換えて戦う、仲間との関係で物語の温度感が変わっていく、かつ人間の内面に深く切り込んでいくテーマ性も、かなり早い段階で核になっていったんじゃないかと思います。
初代の『ペルソナ』は、いまのものに比べると湿度が高くて、オカルトというかホラーというか、そういう気配が強いんですよね。いまの作品とはまた違った魅力、尖りを持っています。とはいえ、それは時代によって届けかたや表現が変わった結果であって、核となる部分はしっかりと抱えたまま、いまもシリーズ展開できているのかな、と思っています。


週刊ファミ通1996年4月5日号より。キャラクターや仲魔、悪魔たちを見せたいという思いから、このビジュアル表現を採用したとインタビューで語られている。
――『女神異聞録』というタイトルになっていたあたり、当時はシリーズ化するとは考えていなかったのでしょうか。
和田
たぶん、最初は考えていなかったと思います。それまでの『メガテン』って、キャラクターが前に出てくるような作品がほぼなかったんですよね。『真・女神転生if...』で少しその傾向が出て、『ペルソナ』で明確にその路線を狙って行ったところがあるのかな、と思います。そういう意味で、『メガテン』との明確な差別化を図ったのが『ペルソナ』なのかな、と。
富澤
初代『ペルソナ』は本当にオカルトチックというか、まさに湿度を感じるようなテイストで。ゲームの難度も含めて、独特の空気を感じる仕上がりでしたよね。
和田
このころはまだ主観視点の3Dダンジョンでしたしね。
富澤
まだ『真・女神転生』に近いところがありましたよね。あと、ゲームタイトルに“異聞録”っていう言葉を使われていたのが、個人的にすごく印象的なんですよ。スピンオフ作品の企画を考えるときに、異聞録っていう言葉がよく浮かんでくるんですけど、それは『ペルソナ』でもう使っているからダメだ、って(笑)。そういう風に思っていたのを思い出しました。
サークル感が重要な『テイルズ オブ』1対1の関係を深堀りする『ペルソナ』
――ファミ通で、『テイルズ オブ』が初めて表紙を飾ったのは『テイルズ オブ デスティニー』(以下、『デスティニー』)でした。表紙にはスタンの格好をしたネッキーを、裏表紙にはいのまたむつみ先生のイラストを載せていますね。

週刊ファミ通1997年12月12日号より。表紙に松下進氏、裏表紙にいのまたむつみ氏のイラストを採用。テーマソングや声優陣、オープニングアニメをアピールするキャッチが目立つ。
富澤
『ファンタジア』のときはまだシリーズではなかったですからね。いきなり表紙というのは難しかったんじゃないかなと思います。この号、裏表紙で“テイル通”に濁点を付けて“テイルズ”と読ませているのがいいですよね。
キャッチにも“テーマソングはあの人気グループ DEEN登場!”、“豪華声優陣”と書かれていて、すでに『テイルズ オブ』らしさを自覚しているところがありますね。このイラストも“いのまたむつみ 渾身の一筆!”とあり、裏面で描き下ろしをされているというのがむしろ味わい深い。ちょっとラフなテイストもあって、手作り感みたいなところがいいですね。あと、同じく裏表紙に“体験版配布開始”とありますけど、けっこう早い時期にそういう試みをしていたんだなと。
和田
付録としてロムが付いていたんですか?
富澤
雑誌には直接付いていなくて、ファミ通のデータ協力店に行くと、体験版をもらえたんですよ。ネットがない時代は、そういった店舗を絡めた試みをいろいろやっていましたよね。
和田
僕らは体験版という文化に対して、当時はあまりアプローチをしていなかったんですよ。物語を提供するにあたって、体験版を出すことが有効なのかがよくわかっていなくて。そもそも、体験版を出すこと自体がたいへんじゃないですか。
富澤
たいへんです(笑)。
――当時は東京ゲームショウなどで、体験版が配布されていましたよね。私は田舎出身なので、「都会の人は体験版が遊べてうらやましいな」と思っていた記憶があります。
富澤
どのメーカーも工夫していましたよね。みんなが施策を考えながら、そのときの状況に合うアイデアを試していた時代でした。

――もう少し進んだ時代のバックナンバーを見てみましょうか。2009年には、初代『ペルソナ』のリメイク版となる『Persona』がPSP向けに登場しました。このころになると、誌面に載るキャラクターのサイズが大きくなって、よりキャラクターを前に押し出す形になっています。


週刊ファミ通2009年5月8・15日合併号より。片観音折り(印刷物の加工の一種)を活用し、キャラクターが映える誌面構成に。
和田
改めて記事を見ると、やっぱり『ペルソナ』シリーズは、各時代の若者が抱える悩みや葛藤を描いてきているということがわかりますね。そういう部分は、初代から変わらぬ姿勢で作れてきているなと思いました。30年前の若者の悩みにも、意外といまの時代と共通する部分がありますよね。
富澤
そこはまさに『ペルソナ』の特徴ですね。現実的な街が舞台だからこそ、プレイヤーは感情移入しやすいし、引き込まれるテーマがあります。それが作品としての尖りにもつながっていて、うらやましいと思えるポイントのひとつでもあります。
『テイルズ オブ』も、開発段階ではその時代にある社会や人どうしの問題意識をテーマにしていまして、ターゲットとしているユーザーの層も、近いと言えば近いと思うんです。思春期のモヤモヤを晴らしたいとか、そういう根源的な思いに対して、我々の場合はファンタジー世界、いまで言う“異世界”のようなアプローチを取っているんですよね。そのなかで、仲間どうしの葛藤、絆などを描いています。
『ペルソナ』は“コミュ”や“コープ”のシステムに代表されるように、1対1の関係性が深掘りされている。一方で『テイルズ オブ』は、パーティーとしての関係、サークル感みたいなところを前面に出しています。
和田
そうですね。その違いはありますよね。
富澤
『テイルズ オブ』は主人公=プレイヤーというタイプのゲームではないんですけれど、プレイしていると、主人公たちといっしょに、同じサークルの一員になったような感覚になれるような気がしています。
和田
それが斬新でしたよね。パーティーのみんなでワイワイしているのが楽しくて。
富澤
そうなんですよ。そこが『テイルズ オブ』らしさであり、自分たちの尖っている部分だというのを自覚したからこそ、ブレずにやっていこうという思いにもつながっていったのかなと思います。
――“スキット”で描かれる、少人数の掛け合いはまさにサークル感を強める要素であり、『テイルズ オブ』ならではのものですよね。
富澤
仕様自体はわりとシンプルなんですよ。でもそこで丁寧に紡がれる会話のひとつひとつが、ゲームを通して浸透していって、気づいたときにはサークル感、仲間感を醸成してくれるんですよね。
本筋とは関係ないものも含めて、むしろそういう会話があるからこそ、かつ、その会話を自分がボタンを押したタイミングで聞けるからこそ、自分もそこにいるような感覚を生んでくれるのかなと思います。シンプルな要素ではありますが、捨ててはいけない要素でもあるなと思っています。
――そんな『テイルズ オブ』ですが、ファミ通の通巻765号、“ナムコ”号では『ファンタジア』のゲームボーイアドバンス版が裏表紙になっています。いま考えると、過去作の移植に対する取り組みが早いですよね。
富澤
そうですね。とくに『ファンタジア』は移植版やリマスター版を出す機会が多い作品でした。この後にもPSPやiOSでもリリースしているんですけど、やはり1作目である、というのは大きいと思います。でもこの裏表紙に書いてある、“君とはじまるRPG”っていうキャッチコピーはここで初めて見ましたね。

週刊ファミ通2003年8月15日号より。通巻765(ナムコ)号ということで、ナムコ作品を大特集している。
和田
これはリメイク用のキャッチですか?
富澤
かもしれませんが、ひょっとしたらこの広告用のキャッチという可能性もありますね……。『ファンタジア』自体のキャッチコピーは“伝説のRPG”でしたから。
――『デスティニー』のキャッチコピーは“運命という名のRPG”でしたね。こういった、作品を端的に表現するキャッチコピーも『テイルズ オブ』の特徴ですよね。
富澤
かつてのプロデューサーの吉積(信氏。数々のシリーズタイトルでプロモーションやプロデューサーを担当)さんが宣伝担当のころから発案されて始められたと聞いています。『テイルズ オブ』は、シリーズではありますけど、直接的にはつながりのないことが多くて、毎回新しい世界やキャラクターを提供しています。だからこそ、どんなRPGなのかをひと言で伝えるのは重要なんです。
和田
毎回考えるのもたいへんですよね。
富澤
新作を作るときは、毎回悩んでいます。もう20作を超えてくると、伝説も運命も絆も、「全部過去に使ってるよ!」みたいになるんですよね(笑)。『テイルズ オブ アライズ』(以下、『アライズ』)のときは非常に苦労して、“心の黎明を告げるRPG”という、ひねり切ったものを出しました。でも、“君とはじまるRPG”はいいですね。また使おうかな(笑)。
ハードや演出の進化とともにボイス収録にも変化が
和田
あと『テイルズ オブ』と言えば、やっぱりボイスですよね。あれもだいぶ先取りされていましたよね。
富澤
そうですね。初期作はフルボイスではありませんでしたけど、それでも当時はインパクトがあったと思います。やっぱり『テイルズ オブ』の骨格はアクションバトルの楽しいRPGという部分がありつつ、表現においては、藤島康介先生やいのまたむつみ先生のキャラクターデザイン、ボイス、歌、そしてオープニングのアニメといったキャッチーな要素が初期から支えてきたんですよね。それらが初期の段階から確立されていたというのは、すごいことだなと思います。
和田
「自分たちもそこを目指さないと」と僕らは必死でした。『ペルソナ』シリーズとは違うんですけど、2004年の『デジタル・デビル・サーガ アバタール・チューナー』という作品で、僕らは初めてボイスを本格的に入れたんですよ。それまでも、バトルの「ハッ!」みたいなボイスはあったんですけど、劇中でキャラクターが喋るような演出をしたのはそこが初めてでした。
そこで音声収録を始めたときに、「これ、『テイルズ オブ』はいくらかけているんだろう」っていう話になったんですよ(笑)。こんなお金、どこから捻出しているんだ、みたいな。いま考えると、当時の我々の収録コストはビックリするくらい低かったんですけど。
富澤
2004年だと、『テイルズ オブ シンフォニア』(以下、『シンフォニア』)のころですよね。そうなると、初期よりコストの桁はひとつ上がっていたと思います。やっぱり『テイルズ オブ』にとって、声ってすごく重要で、声優さんの選定もかなり重視しています。最近はスケジュールの調整が難しいんですけど、一時はアニメ収録のように、声優さんが横並びになって収録をするようなスタイルを採用していて、より臨場感を出すようなこともしていました。
和田
すごいですね。それをやったんですか。
――ゲームの音声収録は、アニメとは違って個別で収録されることが多いイメージがありますよね。
富澤
そのぶん、苦労もあったと思います。収録に約1年を費やすのも当たり前になっていましたからね。加えて、最近だと英語版の収録もあるので、ボイス収録は開発の中でも大きなウェイトを占めています。
和田
以前は、ほとんどテキストでしか表現しなかったので、開発の終盤でも物語の修正ができたじゃないですか。それができなくなるのは大きいですよね。
富澤
わかります(笑)。フルボイスに近い部分と、「おいっ」とか「うん」とかのパートボイスで回せる部分を上手く組み合わせて、開発期間と収録期間を何とかやりくりする、みたいな工夫をしていますね。
――いまはもう、イベントシーンはフルボイスが当たり前になっていますからね。シナリオを後から書き直すのは、やるとしたら相当な苦労がありそうです。
富澤
修正するとなったら、1回収録したボイスを没にして、シナリオを書き直したうえで再収録ですからね。でも、最初から完全にシナリオを書き切ることは不可能なので、そうせざるをえないというのが実情です。
和田
一発で、というのは無理ですよね。
富澤
ゲームの調整が入ればシナリオにも影響が出ますし、デバッグしていたら整合性が取れていない箇所が見つかるのも当たり前なので……1回収録して、もう1回収録して、泣きの3回録り! みたいな感じになっています。
和田
完全にいっしょです。「1日だけください」とスケジュールをもらって、最後の数ワードだけ録り直すとか、そういうことはありますね。しかもいまは世界同時発売ですから、海外のローカライズチームから、「セリフまだですか?」、「まだ修正するんですか?」と突っつかれたりして……。
富澤
ありますね(笑)。ボイスの収録が終わらないと、口パクの動きを合わせる作業もできないじゃないですか。だからクオリティーを保つためには、まず日本語のボイスを仕上げて、それに合わせた動きを作って、そこからセリフを翻訳してまた収録して、みたいなことをしっかりやらないといけないんですよ。英語の収録も丁寧なフローで進めようとすると、ステップがどんどん積み上がっていくんですよね。日本語の収録が終わらないと、めちゃくちゃ怒られます。
和田
そこはどの会社でも同じなんですね(笑)。昔は、それこそ悪魔のボイスなんかは開発チームのスタッフが担当していたんですけどね。時代の変化を感じます。
富澤
ありましたね、そういう時代が。開発がだいたい終わったら、よし、「じゃあみんなで音声録ってみよう」っていう。
背水の陣で挑んだ『ペルソナ3』宣伝にも気合を入れて臨む
――2000年代中盤に入ると、『ペルソナ3』が登場して、『ペルソナ』シリーズのカラーが大きく変わりました。ファミ通でも当時、独占映像DVDを特典として付けさせていただきました。

週刊ファミ通2006年3月24日号より。『ペルソナ3』発表に合わせ、独占映像を収録したDVDを付録に。前作から大きく印象を変えたバトルやイベントシーン、さらにはアニメムービーも堪能できる内容だった。


和田
『ペルソナ2』から時間が空いてしまって、「『ペルソナ』を改めて盛り上げていかなきゃ」となったときに、やっぱり大きな変化は必要だと思ったんです。ただ、変化が大きいと、当然メリットとデメリットがあるんですよね。昔からのファンの方にどう見られるのか……と考えながらも、「新しく切り拓いていかないといけない」という意識を持って、『ペルソナ3』を作っていました。だから、露出のしかたにもだいぶ気合いを入れていました。雑誌に完全初出の映像が入ったDVDを付けるというのは、あまりなかった施策じゃないですか。
富澤
ファミ通の本誌にディスクが付く、っていうのがそもそも珍しいですよね。
和田
もう本当に、「モノはこちらで用意するので、付録をつけるための工程はお願いします」という風に交渉をしていました。当時、『真・女神転生III -NOCTURNE』でも、プロモーションビデオは開発の僕が作っていたんですよ。DVDはある意味その作業の延長線上で、スタッフを総動員して作っていました。
富澤
記事に載せる内容も、意識して変えたんですか?
和田
そうですね。キャラクターイラストの大きさや、記事全体の色味や背景などにもうるさく注文をつけさせていただいたな、というのを覚えています。
――記事内に、橋野さんや副島さんのコメントが挿入されていて、新しい『ペルソナ』を伝えるぞ、という意思を感じます。
※橋野桂氏。『ペルソナ3』~『ペルソナ5』ではプロデュース&ディレクションを担当
※副島成記氏。『ペルソナ3』~『ペルソナ5』ではキャラクターデザインを担当

富澤
これだけ大きな変化を作るのって、本当にチャレンジだと思うんですよ。それまで続いてきた直線の上にはないわけじゃないですか。チーム内で、方針をどう決められたんですか?
和田
『ペルソナ2』の後、3作目を作る計画がない時期が続いていたんですよ。このままだと『ペルソナ』というものがなくなってしまう、くらいの状態でした。そこからしっかりと復活させる必要があったんです。
それまでに作ってきた『メガテン』や『ペルソナ』って、もちろんちゃんとおもしろいし、好きになってくれる人はすごく好きでいてくれるんですよ。ただ、これはもう当時のアトラスという会社自体のイメージでもあったんですけど、「コア層向けだよね」というイメージが定着していたんですよね。そのイメージを大きく変えないといけない。そのときに参考にさせてもらったのが、『テイルズ オブ』なんです。
富澤
『ペルソナ3』から、より広く受け入れられやすいRPGのフォーマットになっていきましたよね。でも僕たちにとって衝撃だったのは、やっぱりこのUI(ユーザーインターフェース)ですよ。これだけバチッとハマるものが突然生まれてきたっていうのは、本当に衝撃的でした。
それまでの『ペルソナ』で培われた流れでもないのに、いきなりトータルコントロールの効いたデザインが出てきた。タイトルを“P3”と省略するやりかたもすごくセンスがありますし、「どれだけ内部で意見を戦わせたらこんなものが出てくるんだ」と思いました。
和田
僕は当時、デザインのディレクションをさせてもらっていて、UIまわりなどはわりと僕のほうで好き勝手にやらせてもらったんですけど、気持ちとしては背水の陣みたいなところがありました。シリーズを続けられるかどうかの瀬戸際でしたから。ですので、それまでのものから変えることへのためらいはあまりなくて、楽しんで作った部分もありました。
富澤
そうだったんですね。副島さんのイラストも、グラデ影の付けかたなどが衝撃的で、フラットなのに質感がありますよね。キャラクターとUI、ゲーム全体のテイストが統一されていて、「こんなに計算された画が出てきたらマズいぞ」と思ったのを覚えています。
和田
でも『ペルソナ3』でUIに特化した理由って、予算的にほかのリソースを押し上げる余裕がなかったからなんですよ(笑)。あえてUIに投資することで、統一感も出せるし、作品全体を高められるんじゃないか、と考えたんです。
富澤
「UIが主役」という言いかたをしたときに、ポジティブに受け止められるのは『ペルソナ』ぐらいですよね。このころからもう少し経つと、UX(ユーザーエクスペリエンス)っていう言いかたも出てきますけど、その点で、みんなが最初に衝撃を受けたのが『ペルソナ3』だったと思います。
――カッコいいUIは、もはや『ペルソナ』の代名詞ですしね。
富澤
ほかの追随をまったく許さないですよね。UIにこれだけの投資をするっていうのは、ほかの会社だとやっぱりできないんですよ。
和田
もともとはコスト削減のために取った手法だったんですけど、いまとなっては逆にコストが……(笑)。
富澤
先ほどの、ボイス収録の話と同じですね。差別化、尖りとして用意したものが高く評価されて、そこが主軸のひとつになっていくという。にしても、『ペルソナ』のUIは本当に、動きすぎです(笑)。
――『ペルソナ3』は、BGMにボーカルが多用されている点も衝撃でした。
富澤
これが『ペルソナ』だ、というのが直感的に伝わりますよね。
和田
このころは橋野さんがディレクターとして全体を見ていて、僕はデザイン、副島さんがキャラクターデザイン、目黒さんがサウンド、という体制だったんですけど、“ゲーム作りのセッション”みたいなかたちで作りあがっていった印象が強いですね。
富澤
今日の対談のヘッドラインが出ましたよ。ゲーム作りのセッション! それがあって初めて、あそこまでの統一感が出るんですね。ビジュアルもBGMも強烈で、いざゲームをプレイしてみたらその内容も濃いし、それでいて全体がまとまっているんですよ。もう神業ですよね。最初から、皆さんの方向性は揃っていたんですか?
和田
最初はそれぞれが自由に動いていたというか、まずテーマ、お題があって、それを受けて絵などのイメージを作って、それを受けて曲ができて……という感じでした。それがいい感じにまとまって完成したというのは、けっこう奇跡的なことかもしれません。
ゲーム内の変化もありましたけど、『ペルソナ3』ではゲームの外側も変えたんですよね。それまで、僕ら開発チームはプロモーションに対して口出ししていなかったんです。でも『ペルソナ3』からは、開発側が積極的に宣伝も考えて協力するようになりました。
富澤
でも、開発が終わってから取り組んだのでは宣伝は間に合わないですよね。それはもう「両方やるぞ」ということだったんですか?
和田
そうですね。もう、並行で(笑)。このころはまだ対応ハードもひとつでしたし、言語もまずはいったん日本語で、という時代だったので、何とか対応できました。
富澤
確かにそうですね。いい意味でキリがいい時代でした。いまは開発の調整やローカライズ、海外用音声など、ベースの開発後に対応すべきことが増えましたからね。ゲーム自体ができてから、リリースまで1年以上はかかるじゃないですか。
和田
そういう意味では、いまはプロモーションの素材が豊富になったというか、用意しやすくなりましたよね。

複数の作品を展開しながら道を模索した『テイルズ オブ』
――『ペルソナ3』が出たころの『テイルズ オブ』を見ると、『シンフォニア』などが登場していますね。
富澤
2000年代中盤で象徴的なのは、シリーズで初めて3Dにシフトしていった『シンフォニア』ですね。当時は複数のラインを動かして作品の数を積み上げていた時代で、2Dをそのまま成長させていくタイトルもあった一方で、やっぱりハードの成長に合わせて3Dにチャレンジしていく流れもありました。
その中でまず『シンフォニア』が立ち上がって、その後『テイルズ オブ ジ アビス』(以下、『アビス』)、『テイルズ オブ ヴェスペリア』(以下、『ヴェスペリア』)と3Dを進化させていった時代でした。
――『アビス』のころのファミ通を見ると、表紙と裏表紙がつながるイラストを掲載していたりします。「おもしろい試みをしよう」という気持ちが伝わってきますね。
富澤
『アビス』はシリーズ10周年記念作品でもありましたからね。アニメ化の機会もあって、メディア展開も2000年代後半から拡大していきました。3Dの進化も含めて、『テイルズ オブ』らしさを維持しつつRPGとしてどんな表現をしていくか、ゲームデザインのチャレンジが続いていった時期でしたね。でもいいですね、このころはまだ、誌面に技表とかが載っていて。『アビス』が出た2005年はインターネットもまだ黎明期ですし、スマートフォンも登場していないですから、皆さんがこういった記事を読んで、術技を組み合わせていたんですね。
昔のタイトルの記事だと、キャラクターのイラストのサイズはそこまで大きくなかったんですけど、『アビス』のころから大きく載せるようになっていますね。2000年代後半は、いのまた先生や藤島先生のイラストのパワーをお借りしながら、ゲーム画面にも没入してもらえるように、合わせ技一本を狙っていたところもあります。

週刊ファミ通2003年8月15日号より。3D表現に挑戦し始めても、キャラクターとアニメはタイトルの軸として大事にされていたことが誌面からも伝わる。

週刊ファミ通2005年12月30日号より。週刊ファミ通の表紙と裏表紙がつながるイラストで、『テイルズ オブ ジ アビス』の壮大さをアピール。攻略情報が詰まった小冊子が付録に。

――このころの『テイルズ オブ』は、ほぼ毎年新作が出ていたのがすごいです。
富澤
毎年ゲームを出して、アニメーションも作って、タイアップ曲も決めて、でしたね。
和田
アニメのクオリティーも毎回すごいですよね。
富澤
プロダクションI.Gさんやufotableさんを始め、各社ともすばらしいものを作ってくださっています。『ペルソナ3』の「UIに一点投資」という話とは少し違いますけど、『テイルズ オブ』はアニメに相当な力を入れて、深いセッションをしながらひとつひとつのアニメーションを作ってきたので、そこはほかの作品と比べても突き抜けることができたんじゃないかな、と思っています。
和田
僕らはもう『テイルズ オブ』のアニメーションを見ながら、「ギギギ」ってなっていましたから(笑)。
メディアミックス展開とチームのブランディング
――さらにシリーズ作品が続いて、今度は2008年の『ペルソナ4』ですね。シリアスな雰囲気だった前作から、明るいテイストになりました。
和田
『ペルソナ3』でも当然差別化を図っていたんですけど、『ペルソナ4』はさらに明るい方向を目指していました。UIも寒色系のものから完全に逆の方向にして、暖色系にしていこう、と。
富澤
これも衝撃でしたよね。なかなかRPGで黄色は使わないですよ。
和田
最初はいろんなところから反対されました。とにかく目立たなきゃ、と思っていたんですよ。誌面でも背景を黄色くしてもらって、目立つという部分はかなり実現できたと思います。
富澤
UIから誌面のトンマナ(※)まで、作品の世界観がUIから広がっていく、っていうのが恐ろしいですよね。『ペルソナ』の恐ろしさを改めて感じたのを思い出しました。
※“トーン&マナー”の略称。 デザインや表現において、コンセプトや雰囲気に一貫性を持たせること。
――そういったご意見をいただいて、「誌面もゲームに合わせたデザインにするべきだ」という考えが、編集部でもより強まってきたころなのでは、と思います。
和田
このころって、『ペルソナ3』、『ペルソナ3 フェス』、『ペルソナ4』、『ペルソナ3 ポータブル』と立て続けに出していたんですよね。ここで本当に、いまの『ペルソナ』シリーズの根幹と呼べる、“日常と非日常”っていうところが固まってきたな、と思います。ライブやアニメなどの展開を始めたのもこのころですね。最初は赤坂BLITZで、まだ規模も小さかったですけど。
――両シリーズはリアルイベントを始めた時期も近いですよね。『ペルソナ』初のライブイベントが2008年8月、“テイルズ オブ フェスティバル”の第1回が2008年9月でした。
富澤
初回は文京シビックホールでしたね。最初は本当に、いわゆるプロモーションイベントでした。その後パシフィコ横浜、横浜アリーナ、と開催場所は大きくなっていったんですけど、どの規模の会場になっても、やっていることは声優さんとのわちゃわちゃっていう(笑)。そのユルさはずっと変わらないんですけど、おかげさまでいまでも熱心なファンの皆さんとのいっしょの時間として大切にさせてもらっています。
――『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』のころに、P-STUDIOのロゴを作るなどのブランディングも始まったのですね。
和田
ブランドというものを意識し始めたのが、やっぱりこの時期なんですよね。未来を考えたときに、「いい人材を集めていかないとIPが先細っていってしまう」、そういう思想は橋野さんが当時から持っていました。「このスタジオが作っているなら信頼できる」と思ってもらえるブランディングをしていくぞ、と動き始めたころですね。


週刊ファミ通2012年6月21日号より。インタビューでは、P-STUDIOのロゴを作った意図や、さまざまなメディアとのコラボレーションへの意欲などが語られている。
――『ペルソナ3』のときには、「このままだとシリーズが終わってしまうかもしれない」といったお話もありましたが、この時期からメディアミックス展開も積極的に行われていて、『ペルソナ』を広げていく意思を感じますね。
和田
このころからアニプレックスさんとの付き合いも増えましたね。最初にやったライブも、アニプレックスさんのアニメのライブだったんですよ。『ペルソナ ~トリニティ・ソウル~』という、『ペルソナ3』のスピンオフ的なアニメ作品ですね。そのライブにゲームも交じって、というのが最初だったんです。やっぱりアニメ化は大きかったですね。
富澤
アニメ『ペルソナ4』は、『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』が出る前のタイミングでの展開でしたよね。何となく想像はつくんですけど、そのあたりもご苦労はあったんだろうな、と思いながら見ていました。
和田
いや、めちゃくちゃ苦労しました(笑)。(アニメとゲームの)タイミングを意図的に合わせる、みたいなことは当時まったくできていませんでしたね。ゲーム自体、いつ完成させられるかがわからない時期でしたから。
富澤
それがなかなかお約束が難しいですからね(笑)。
――アニメ『ペルソナ4』が2012年3月までの放送で、『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』は同年6月の発売でしたが、3月のタイミングでは対戦格闘ゲームの『ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ』が稼動していましたね。
和田
そうですね。正直『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』はもっと早く出る予定だったのが、ズレにズレてあのタイミングになったんですよ。でも、結果的にはそのズレが効果的に作用してくれたのかなと思います。
富澤
結果論にはなりますけど、ひとつのタイトルを広く派生させていくなかで、アニメもあれだけうまくハマっていたのは、ファンとしても驚きでした。
――『P4』と同じ2008年で言うと、『テイルズ オブ ヴェスペリア』ですね。こちらも劇場版としてアニメが制作されていました。
富澤
『ヴェスペリア』はまずXbox 360で出て、翌年PS3版が出たんですよね。PS3版と近い時期で『テイルズ オブ ヴェスペリア 〜The First Strike〜』という劇場版アニメを展開して、シリーズとしても大きな取り組みとなりました。とくに2008年は、『テイルズ オブ』シリーズタイトル発表会を開催していた時期でもあって、こちらもタイトル数が多いタイミングでしたね。
和田
盛り上がっていましたよね。
富澤
当時、僕も社員として発表会を見ていましたけど、『テイルズ オブ』なりのメディアミックス展開が生まれたことに、ちょっと晴れ晴れしいような気持ちでした。『ヴェスペリア』はいまで言うセルシェーディング、アニメチックな3D表現を突き詰めたタイトルだったので、アニメ化との親和性も高かったんですよね。
――『ヴェスペリア』と言うと、やはり主人公のユーリですよね。人気がありすぎて、人気投票で殿堂入りするというのは非常に珍しいことだったと思います。
和田
あの人気はすごいですよね。見ながら、やはり「ギギギ」となっていたのを思い出します(笑)。
富澤
本当に、ものすごく愛していただいているキャラクターですよね。やっぱり、『テイルズ オブ』にとってキャラクターは宝だなと思います。作品ごとに作りかたもテーマも異なりますが、魅力的なキャラクターを送り出すというブランドとしての積み上げは、昔から変わらずに続けられているな、と。
クオリティーを妥協しない『テイルズ オブ』のアニメ
――『ヴェスペリア』から少し時代が飛びますが、『テイルズ オブ』のアイコニックな要素のひとつであるアニメーションに変化が訪れたのが『テイルズ オブ エクシリア』(以下、『エクシリア』)でした。アニメーション制作が、プロダクションI.Gからufotableになったのがこのタイミングでしたよね。
富澤
ufotableさんとは、僕は先に『ゴッドイーター』でお付き合いをさせていただいていたんですが、並行して、『テイルズ オブ』でもお願いしてはという話が出まして。シリーズ15周年記念作品に新しい風を入れよう、と。もちろん、プロダクションI.Gが描いてくださったアニメーションも、非常に歴史がありましたし、評価もいただいていましたけど、『エクシリア』ではそれを超えるという目標のもと、オープニングアニメもW主人公に合わせて2パターンあって、インパクトがありました。

週刊ファミ通2011年9月15日号より。ufotable描き下ろしのビジュアルが表紙と裏表紙を飾り、同ビジュアルをあしらったポストカードが付録に。
富澤
ゲーム作りとアニメ作りって、当然違うところがたくさんあるので、毎回苦労はあるんですよね。ゲーム用に作ったキャラクターにも、実機では表現しきれていないニュアンスやディテールが詰め込まれているじゃないですか。そんなキャラクターをアニメーションで動かしてくださいと言ったら、首を縦に振ってくれるスタジオはなかなかいないと思うんですよ。
――でも、ゲームの表現力が上がるとキャラクターのデザインもより凝ったものが求められますよね。
富澤
そうですね。Tシャツにジーパン、みたいなラフな格好を主人公に据えられるかと言えば、少なくとも『テイルズ オブ』の世界では難しいですからね。やっぱりディテールを作り込む方向にはなってしまうんですけど、「でもこれ、アニメーションも作るんだよな……」というのはいつも難しいところです。
和田
キャラクターをデザインする時点で、そういった部分に関するリクエストは出されるんですか?
富澤
ゲームのモデルとして動かせるか、という点は検証しますけど、自分からはあえてアニメに関しては気にしないでデザインを進めてもらっています。そのぶんufotableさんには「申しわけないですけど、今回もがんばってください」、とお詫びから始まります(笑)。
お互い、ものづくりの優先順位や要件がイコールではない中で、ゲーム作品におけるアニメーションという特殊な部分で、本当に苦労しながら協力していただいています。その苦労がありながらもクオリティーを追求しているからこそ、いまでもアニメーションが『テイルズ オブ』らしさのひとつとして認知していただけているのかなと思います。

アトラス激動の時期を経て『ペルソナ5』へ
――両シリーズのイメージがユーザーにも浸透していった中で、2010年代に入ります。シリーズは今後どうなっていくのか、というところで登場したのが『ペルソナ5』でした。『ペルソナ3』、『ペルソナ4』と好評だった2作を経て、『ペルソナ5』はどのように動きだしたのでしょうか。
和田
前段部分がちょっと長くなるんですけど、2010年代は、アトラスとしても激動の時代だったんですよ。2010年に一度アトラスは会社としては消滅していて、その後インデックス・ホールディングスのブランドになって、今度は2014年にセガの傘下として復活したんですよね。その流れを経て、2016年に『ペルソナ5』が発売しました。
会社のさまざまな状況はありつつも、スピンオフ作品を展開してシリーズの熱量を維持しながら、何とか『ペルソナ5』にバトンをつなげられるように取り組んでいました。いまでこそ『ペルソナ5』もご好評いただいているんですけど、出す前はみんな不安のほうが大きかったですね。
富澤
それは、扱っているテーマに対する反応が読めなくて、ということですか?
和田
新しいことに挑戦していったのもありますし、あまりにも長い期間で開発をしていたので、感覚がマヒしてしまったんですよね。もう、スタッフはカモシダパレスを何度プレイしたか(笑)。
富澤
わかります。最初のダンジョンは、開発者がいちばん触る部分なんですよね。
和田
本当に何回も見てきたので、いいのか悪いかがわからなくなってきていたんですよね。それもあって不安は大きかったです。ただ、ファミ通誌面を見ていただいてもわかる通り、強い要素を全部ぶつけて固めたタイトルなんですよ。これもまた、背水の陣でしたね。
――シリーズ復活をかけた『ペルソナ3』のときと同じような心境だったと。
和田
アトラスの状況という意味でも、『ペルソナ』シリーズの未来という意味でも、ここにすべての強い要素を持ってきたタイトル、という意味では同じでしたね。それをしっかりと、こういった形で受け止めてもらえてよかったです。誌面で映えますよね。
――この号(2016年9月29日号)は、“怪盗団にファミ通がジャックされた”という設定になっているんですよね。なので、ノンブル(ページ番号)も『ペルソナ5』仕様になっているんですよ。

2016年9月29日号より。「怪盗団がファミ通をジャックした」というコンセプトで作られた号で、ジョーカーが表紙のファミ通ロゴを掴んでいる。

富澤
本当だ。1ページ丸ごとキャラクターイラストが入っていたり、かと思えばほぼテキストしかないページもあったりして、相当メリハリが効いていますね。そういえば、『ペルソナ5』では、イラストだけじゃなくて、3Dモデルもリアル頭身になっていますよね。
和田
キャラクターのモデルをリアル頭身にするっていうのは、すごくハードルとして大きかったですね。これまではある程度、プレイヤーの脳内で補完させるような演出にしていましたけど、ワールドワイドに広げていくという意味では、この表現は必須になっていたのかなと思います。
富澤
でも、改めて誌面を拝見すると、画面写真の構図のうまさが飛び抜けているなと思います。『テイルズ オブ』と違って、『ペルソナ』は同じ街を舞台にしてお話が進むじゃないですか。同じ場所で、カメラアングルが変わっていなくても、キャラクターのちょっとしたポーズのクセとか、動きだけで臨場感が出ているんですよね。この画面だけでご飯食べられるな、っていうものばかりなんですよ。
SEをオノマトペにするのもそうですけど、『ペルソナ5』はUI以外も含めた画作り、画面全体が進化していますよね。初報の記事を見たときに、「あぁ、もう完成してしまっている」と思ったんですよ。僕らにはマネできない方向性を突き詰められたのを見て、うれしくも恐ろしく感じていました。
和田
このころは、いろいろな商品化のことも考えてデザインを作っていたんですけど、誌面で使っていただく星の模様なんかも、プレスキットとして提供していたんですよね。
富澤
色だけに留まらず、デザイン自体も宣伝アセットになっていたんですか。でも確かに、そうじゃないとこの誌面は作れませんよね。いま、たぶんうちの宣伝チームがメモしていると思います(笑)。
和田
『ペルソナ5』であればこの素材を使ってほしい、でもこっちの場合はNGで……みたいな細かい指定もやっていました。

週刊ファミ通2015年2月26日増刊号より。星の模様の素材を活用し、『ペルソナ5』の世界観を表現する誌面に。
――編集部としても、模様の素材をいただけると助かります。
富澤
僕たちもエンブレムくらいであれば提供できますが、雑誌レイアウト用の汎用性がある模様となると、話は変わってきますよね。この記事の背景に使われている星も、単に星を1個だけお渡ししているわけではないですよね。
和田
そうですね。ある程度アセットとして使えるものをお送りしたうえで、「こういう風に使ってほしい」というのも併せてお伝えしていました。
富澤
僕たちも公式サイトを作るときにはそういった設計をしていますが、ゲーム雑誌にも、というのはすごいですね。そもそも、雑誌側にそんなご相談をしていいものか、と思っていたんですけど、そこまでのセッションがあるからこそ、この誌面ができるんですよね。これはほかのタイトルだと見られないですよ。

最新ハードで“旅”を描き出す『テイルズ オブ』の挑戦
――『ペルソナ5』が出た2016年は、『テイルズ オブ ベルセリア』(以下、『ベルセリア』)が発売した年でもありますね。
富澤
このころになってくると、『テイルズ オブ』もフル頭身に近いモデルになっていますね。『テイルズ オブ』はやっぱり広い世界を旅していくので、世界の美しさ、新しい場所に来たうれしさを提供し続けたいと思っています。この時代はPS3からPS4に移行していった時期で、ハードのスペックも上がってきているなかで、3Dの冒険RPGとしてどんなルックを提供できるかという、チャレンジのハードルがグッと上がってきた時代でもありました。
『テイルズ オブ』はカットシーンも多いですし、ボイスもあるので、その面でもしっかりとクオリティーを出さないといけない。それと並行して、この時代にふさわしいCG表現を維持・拡大していくのは、開発の規模が大きくなってきていたこともあってたいへんなことでした。物理的な課題もあって、このままやっていけるか、と不安もありました。
和田
でもやっぱり、『テイルズ オブ』は旅ですよね。そこが強みだと思いますし、ああいう背景作りは僕らではできないですよ。
富澤
もう、旅をしないわけにはいかないですからね(笑)。『ベルセリア』でも、とくに最初のアバルの村は、美しい姿を見せることを強く意識されていると思いますし、そこで起きる事件とのコントラストも強烈だと思います。
『テイルズ オブ』はもともと、キャラクターデザインからして水彩調のルックがベースになっていたので、2Dでも3Dでも、その柔らかさ、雰囲気を出すことがひとつの共通項だったんです。

週刊ファミ通2015年7月2日号より。『ベルセリア』の第一報でも、美しい紅葉の風景がアピールされている。
――街や景色を美しく映したカットもそうですが、キャラクターもかなり大きく誌面に載るようになっています。
富澤
キャラクターに関しては、多角的に見せるのも大事だと考えていて、たとえば『ベルセリア』の記事で、キャラクターたちがわちゃわちゃしているCGカットを載せているんですけど、じつはこれ、宣伝用に作ったものです。ゲームの中にはないシーンなんですよ。こういう素材を作ったのも初めての試みでした。
いわゆるムービーシーンでは、少数のキャラクターにフォーカスが当たるので、全キャラクターがちょうどよくレイアウトされているシーンって、意外とないんですよ。『ペルソナ』だと、わりとみんなが揃っているレイアウトが、ゲーム内にあるじゃないですか。でも『テイルズ オブ』だとあんまりないので、宣伝用に別で用意したんです。これもCGのクオリティーが上がったからこそできたことですね。

週刊ファミ通2016年9月1日号より。キャラクターを魅力的に見せるために作られたCGカットが掲載されている。
和田
宣伝用に改めて作る、っていうのは新しいですね。
富澤
『ベルセリア』の開発終盤あたりから、「宣伝用に、CGの立ち絵とカットを作ったほうがいい」みたいなことを裏でお願いしていたのを思い出しました(笑)。
日本発のRPGをグローバルで展開していく
――グローバル展開が当たり前になった現在の状況の中で、おふたりは海外市場とどのように向き合っているのでしょうか。
富澤
『ベルセリア』から『アライズ』が出るまで、シリーズの中で初めて5年間という期間が空きました。その裏では、まさにいまあった、ワールドワイドに向けて『テイルズ オブ』ブランドをどう提供していくかという議論が行われていました。
世界的な展開を考えて変えなければならないことは何か、逆にシリーズとして変えていけないのはどこか、そういったことに向き合って、苦悩しているあいだにハードも進化して、PS4で開発していたはずが、PS5に変わっていたんですよね。『アライズ』の誌面を見ても、これまでとの違いは出ているなと思います。
――パッと見の印象だけでもかなり違いますよね。画面写真がより大きいサイズで掲載されていたり。
富澤
ひとつひとつの画面を大きく打ち出せるようにはなりましたし、そのうえで、絵の見せかたや、全体としてのバランスの取りかたが、『テイルズ オブ』としても変わってきたのを感じます。もちろん、時代とともにファミ通の誌面作りが変化していったという側面もあると思いますけれど。
――当時のインタビューでもお話を伺いましたが、『アライズ』は『テイルズ オブ』らしさを守りつつ、アニメ調のグラフィックから雰囲気を変えていくなど、挑戦的な試みをしたタイトルでした。
富澤
ゲームエンジンも変わり、画作りも当然変える必要があったんです。でも、いきなり水彩調のタッチを捨ててリアル志向になってしまうと、『テイルズ オブ』らしさがなくなりすぎてしまうんですよね。なので、まずは新エンジンでどんなタッチを表現できるか、その改良をチームとずっと模索していました。
加えて、キャラクターデザインをいのまた先生、藤島先生ではなく、社内スタッフが担当することにしたのも、ブランドとしては非常に大きな変化でした。『アライズ』でキャラクターデザインをした岩本くん(岩本稔氏)は、もともと過去作でサブキャラクターを中心にデザインしていて、両先生のサポート役として並走してきたデザイナーではあるんですよ。でも、『アライズ』ではアートディレクターとメインキャラクターデザインを担当してもらったので、今作のルック全体の統括はかなりの重責になっていたと思います。


週刊ファミ通2021年9月23日号より。岩本稔氏がキャラクターデザインとアートディレクションを担当し、従来とは画作りが大きく変わった『テイルズ オブ アライズ』を紹介。

リンウェル用の武器“週刊ファミ通”が手に入るDLC付録も。序盤の武器としてはなかなかの性能を持っていたため、しばらくリンウェルに装備させていた人も多いはず。
和田
それはすごいですね。キャラクターデザインに関して、グローバル展開を意識して作った部分はあるんですか?
富澤
はい。たとえば、全身に黒い鎧をまとった、しかも最初期はフルフェイスのマスクまで被っているキャラクターが主人公に立つというのは、これまでにはない発想でした。前作の『ベルセリア』とは、ある意味真逆のデザインですね。
主人公でありながら、キャラクター性をある意味で排除したデザインでしたし、初報のタイミングでは後ろ向きで見せていたので、『テイルズ オブ』には見えないという意見もありました。ただ、それもある種狙っていた反応で、ひとつのブラフではあったんです。一見ハードな、ワールドワイドでも目を引くようなルックを提供する。でも仮面は取れるし、記憶が戻っていく中でキャラクター性も立ってくる。そういった部分はインタビューなどで早めにお伝えしていました。
――従来のユーザーが、「『テイルズ オブ』らしくないキャラクターなんじゃないか」と不安に思わないように、ということですね。
富澤
国内外の両方で反応を得るためにはどうしたらいいか、と当時は意識していました。キャラクターデザインから、最終的なプロモーションのカットひとつひとつにいたるまで、かなり詰めていましたね。
――『ペルソナ』シリーズは、海外人気も高まっている中で、海外のことはどう意識しているのでしょうか。
和田
『ペルソナ』シリーズは、現代日本が舞台なのでそこまで意識せずに作っていますね。『メタファー:リファンタジオ』のようなファンタジー作品の場合は、かなりカルチャライズの面で考えないといけないとは聞いていますけど。
昔から海外のファンの方々の声が届くことはあったのですが、いまはその声がかなり増えたなとは思います。ですので、いろいろな意見を吸収できる機会が増えて、データとして活用して作品に反映しやすくなっていったなとは感じています。
富澤
2010年代の中盤ごろから、SNSの台頭などもあって、海外ファンの皆さんから声が届きやすくなりましたよね。いい意味で海外への意識が強くなりましたし、やっぱり現状維持するだけではIPが先細りしてしまうので、そういった声をどう取り入れるか、というのは本当に真剣に考えるべきことだと思います。
自分たちらしさを維持しつつ、しっかりと選択していかないといけないな、と思っているんですけど、個人的に『ペルソナ』には変わらないでほしいです(笑)。『ペルソナ』シリーズって、日本のよさみたいなものを可視化してくれているじゃないですか。僕は田舎生まれだったので、『ペルソナ4』が出たときにすごくうれしかったんですよ。ジュネスが学生生活の中心にあるのが、すごくわかるんですよ。
――大きなショッピングモールにみんなが集うというのは、地方出身者としてはすごく共感できる部分です。
富澤
フードコートでアルバイトするよねとか、神社も行くよねとか、「そうそうそう!」っていう懐かしさが詰まっていて、ビックリしました。
和田
『ペルソナ4 リバイバル』で田舎の景色もさらにブラッシュアップされているので、ぜひよろしくお願いします(笑)。
富澤
『ペルソナ』の描く日常って、それを体験してきた日本人にとってもすばらしいですし、海外の人からすれば、見たことのないリアリティーみたいなものがあると思うんです。これは本当に、ほかにない魅力だと思います。仮に、ニューヨークを舞台にしたらどうなるんでしょうね。
――それはそれで見てみたい気もしますね。
和田
向こうのハイスクールが舞台になったり? 考えたことはあるんですが、なかなか難度が高いんですよね(笑)。
富澤
すみません、ただの無茶ぶりです(笑)。懐かしさと憧れを刺激する『ペルソナ』のフォーマットは、世界中で受け入れられるものだと思います。ただ、それをこの強度で作るには、やっぱり自分たちの原体験がないと無理だろうな、というのは本当に思いますね。
時代とともに情報発信のしかたも変わる
――海外のイベントに出展される機会も多いかと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。
富澤
先ほど、『ペルソナ』はいい意味で海外を意識せずにものづくりをされているというお話がありましたけど、海外イベントのブースなどを見ても、やっぱりブレがないんですよ。UIから来るゲーム内の統一感ともつながっているかもしれないんですけど、本当にすばらしいブースを作られているんです。
海外イベントには、本当にいろいろな国の人たちがやってくるんですけど、皆さんキラキラした目をされているんですよね。『ペルソナ』には、人の心に向き合うという根幹があるからこそ、ゲームの舞台が日本であっても、世界中の人々に刺さっているのかなと思います。そこは僕らが、「くそ~」と思いながら見ている部分ですね。
海外のイベントのクオリティーをコントロールするのって、本当に難しいんですよ。各地域の独自性もあるので。でも『ペルソナ』のブースは、多少の違いはあるとは思うんですけど、どこに行っても変わらないトンマナで展開されているのがわかるのが強いと感じます。
和田
ゲームの中身に関しては、あまり海外向けにどうしようかということは意識していないんですけど、イベント展開やプロモーションについては、海外のスタッフと相当連携を取るようになりました。国内だけでなくアジアや北米ともコミュニケーションを取るようになったので、仕事の話をしないといけない人が一気に増えたんですよね。正直パンクしそうです(笑)。
――場合によっては、トレーラーも地域ごとに個別で用意しないといけないですしね。
和田
海外の方と話していると、考えかたに違いがあることを実感するんですよね。その中でベストな判断をしていかないといけないので、たいへんです。ちょっと前までは、各地域がわりと自由に動いていたんですよ。でもそれだとコントロールできないし、いまは国内と海外とで熱量とタイミングをしっかり合わせるのが大事になってきているんですよね。もう世界同時発売もほぼ当たり前ですから。
富澤
同時発売になると、いかに動きや温度感を合わせるか、グローバル展開への意識が一気に強まりますよね。いまはSNSなどでも同じタイミングで情報を発信しますから、地域によって方向性がブレていたり、どこかでネタバレしてしまったりしたら問題になるので、制限が増えた側面はあると思います。でもそのぶん各地とのコミュニケーションを厚くして、各地の独自性とワールドワイド共通性を両立しようと、現在は『テイルズ オブ』でも鋭意努力中です。
そういう、世界に合わせた情報展開がファミ通からどう捉えられているか、というのも気になりますね。情報発信の形が昔とはすっかり変わった中で、だからこそ紙媒体には企画性がある、紙で読むからこそ楽しいものが求められると思うんですよね。その点で、我々も何かご提案できないだろうか……と考えています。
――最新情報はWebや動画で得る時代になっていますし、だからこそファミ通でも、Webサイトや動画を展開しています。ただ、自分のペースでじっくり読み込みたい場合、やはり紙が適しているのかなと思いますね。ゲームファンの皆さんが、そのゲームをより好きになれるような、密度の濃いコンテンツを提供できるのも、紙の強みだと思っています。
富澤
『アライズ』は発売4ヵ月後に特集を組んでいただいて、改めて評価をしていただけたんですよね。発売後のいまだからこそ言える……みたいなこともお話できて。改めて見るとけっこう痛いところも聞かれているのですが(笑)。
我々も、ゲームを発売したら終わりではなく、ひとつのタイトルを長く展開しているスタイルに移行してきています。こうやって、発売から時間が経ったタイミングで特集を組んでいただけるというのは、非常にありがたいです。
――特集のページ数も、昔は8ページくらいだったのが、いまでは20ページくらいは当たり前になっていますからね。それも、読者から密度が求められているからだと思います。
和田
僕らも周年の特集記事で30ページも用意してもらえて、これまでの歴史をしっかりと載せていただいたんですよね。本当にありがたいです。特集号は資料価値がすごく高いものになってきていますよね。

週刊ファミ通2022年1月27日号より。『テイルズ オブ アライズ』の振り返り特集では、発売後だから話せるネタバレありのインタビューを掲載。
“IPとしての幹”をどんどん太くするために
――最後に、今後のシリーズの動きについてお聞かせください。まず『ペルソナ』ですが、『ペルソナ4 リバイバル』の情報が公開され、さらに、ついにナンバリング新作『ペルソナ6』も発表されました。
和田
IPのプロデュースって、まず自分がユーザーの視点に立ったときに望む形をイメージして、そこに向かうための方法を現状の体制を見て構築していくもの、という風に自分では考えているんです。
そのためには、チームがIPの核を明確に掴んでいることが重要なんですよね。IPを成長させるうえで、何を足すかも大事ですけど、何を失ってはいけないか、これを見極めておくことが大事だと思うんです。その核を、自分だけでなくスタッフにどれだけ浸透させられるか、それがIPの持続的な拡大と成長の可能性につながると考えています。
そういった考えがあったうえで、実際にIPの幹を太くしていくには、やっぱりいろいろな角度からコンテンツを準備して、展開していく必要があるんですよね。リメイクもそうですし、運営型タイトルも、そして当然ナンバリングの新作も大事です。
――『ペルソナ6』、非常に楽しみです。
和田
ありがとうございます。いまって、年々開発に時間がかかるようになってきちゃっているじゃないですか。だからつねに数年先を見越して、逆算しながら動いていかないと、幹の太さは維持できないんですよね。目の前だけを見て動いていると、きっとどこかで先細っていってしまうと思うので、そうならないように動いています。グループ内では「企画を立てすぎだ」と言われることもあるんですけど(笑)。
でもそれくらい、かなり先まで考えて動かないと、気づいたら手遅れになる。そう考えて、皆さんに期待していただける『ペルソナ』の未来をしっかりとお届けできるよう、一生懸命がんばっています。
――シリーズの核をつかみ、それをチームにも広げていくのが大事とのことでしたが、プロジェクトが大きくなるほど、スタッフに熱を伝えていくのが難しくなりそうです。
和田
ひと言で伝えられるものではないですけど、基本的にはくり返し伝えていくことが大事だと思っています。ひとりで大勢に伝えるのは難しいので、しっかりリーダーからチームメンバーへ連携をとって、お互いの関係性を作りながら伝え広げていかないと、どこかで途切れてしまうと思うんですよね。最終的には、何が大事で、そのために何をすべきなのか、それを全員理解できているのが理想です。
開発チームをいったんそのステージに上げてしまえば、その流れ、文化は引き継がれていくと思うんですよ。そうなれば理解も途切れにくくなって、幹も太くなっていくと思うので、そういう環境作りも、作品を作ることと同じくらい大事だと思っています。
――ありがとうございます。では富澤さん、『テイルズ オブ』の今後についてはいかがでしょうか。
富澤
『テイルズ オブ』も、おかげさまで30周年を迎えました。ブランドとして、1作1作独立した作品をさまざまな表現で作り続けてきたので、皆さんにとっての初めての『テイルズ オブ』、自分にとってのベストとなる1本があると思います。
ひとつひとつの完結した旅、そのなかで描いてきた数百名のキャラクターたちも、ひとりひとり愛していただいています。そのキャラクターたちを、未来に向けてどう活かしていくか、それがつねに皆さんから求められているというのは、もちろん把握しています。いまは運営型のゲームを展開していないため、過去作のキャラクターに触れる機会が減ってしまっているというのは、ひとつの課題ですね。まずはリマスター化を進めて、数ある作品をプレイできる環境を、少しでも早く、そして多くご提供することが大事ですし、そこに向けて邁進しています。先日『テイルズ オブ エターニア リマスター』を発表しましたが、想定以上の多くの反響をいただいており、今後も取り組みを続けたいです。
――『テイルズ オブ』は作品の数が多いので、すべてをリマスター化するのはなかなかたいへんそうです。
富澤
そうですね。すべてを一度に、というのはなかなか難しいですが、できるところから少しずつ取り組んでいかないと、 和田さんがおっしゃった“IPとしての幹の太さ”が先細っていってしまうという危機感はあるので、その太さや熱量を維持していきたいと思っています。今日の対談で、「そこを改めて意識しないといけないな」と、すごく刺激を受けました。
当然、新作も絶対に必要です。これはシリーズとしての期待に応えられる作品でないといけません。開発の規模感も含めてそこはハードルが上がっていて、正直かなりお待たせしてしまっているのが実状です。なかなか具体的な情報をお伝えできていないのですが、当然ながらシリーズの未来に向き合って、現在も作り続けています。
1作1作を長く愛していただけるゲーム、長く愛していただけるキャラクターたち。『テイルズ オブ』はその積み重ねで作ってきたシリーズですので、そこは絶対にブレないようにしたいと思っています。お待ちいただくことが多くて申し訳ないのですが、今回の対談を経て、僕自身『ペルソナ』のファンではありますが、「負けていてはいけない」と思いました。『テイルズ オブ』の開発チームもこの記事を読むと思うので、ぜひ刺激を受けてもらいたいなと。今回、和田さんとお話しできてすごく勉強になりました。
和田
いえ、僕こそですよ。
富澤
今回振り返った歴史の中にもたくさんのヒントがあったと思います。30年間ファンでいてくださる方も、いまからシリーズに入ってくださる方も、改めて意識しないといけないなと、本当にいい機会をいただきました。ここからまた一段、ギアを入れてがんばりたいと思います。
和田
最初にもお伝えしましたけど、『ペルソナ3』が動き出したとき、僕らは『テイルズ オブ』が進んできた道を追いかけていたんですよ。今日お話しして、当時抱いていた「負けないぞ」という気持ちを思い出しました。『ペルソナ』シリーズは9月で30周年、僕が携わるようになってからだと20年くらいなんですけど、振り返るとあっという間ですね。
本当にがむしゃらに進んできて、つねにシリーズとしてお互い意識しながらがんばってきたのかな、と感じましたし、それが結果的に、JRPG全体を盛り上げていくようなことにつながっていたなら、本当にありがたいなと思います。歩みかたも見せかたも違っていますけど、だからこそ互いにリスペクトし合いながら、日本のRPGにはこんな豊かさがあるんだ、というのをいっしょに伝えていけたらいいなと思います。
富澤
すばらしいですね。そう言えば今回、お互い“JRPG”という単語を使っていませんでしたけど、近年、JRPGという言葉の評価がワールドワイドで復権してきていますよね。そんな中で、自分たちが今後どうあるべきか、社内でも前向きに話す機会が増えています。今回は過去を振り返る内容でしたけど、またいつか、将来のJRPGについて話す機会があったらおもしろそうですね。いろいろと書けないことだらけになるかもしれませんが(笑)。
