ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩

ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩
 世界で活躍する日本のeスポーツチームが見たい。
広告
 いわゆるティア1と呼ばれる世界で人気のeスポーツタイトルにおいて、欧米チームと並んで長年トップで戦い続けているのが、韓国や中国だ。私はふだんこの辺りの取材や通訳を生業としつつ、いつか日本もそこに加わってほしいとずっと願い続けてきた。

 一時的にその夢を叶えてくれたチームがあった。『
VALORANT』のZETA DIVISION(以下、ZETA)だ。2022年に世界大会3位の偉業を成し遂げ、ファンを熱狂の渦に包み込んだ。しかし、あのとき見た景色も長くは続かない。まるで夏の夜の花火みたいな、一瞬の煌めきだった。
 そのチームの一員にcrow氏という人物がいる。私は彼がまだ『Counter-Strike: Global Offensive(CS:GO)』の選手だった頃、韓国の大会に通訳として同行したことがある。もう10年も前のことだ。日本でもようやくプロゲーミングチームがいくつか立ち上がったばかりという時代であり、選手たちもいまのような人気者ではなかった。私が携わっているeスポーツ通訳に至っては、職業として成り立ってすらいなかった。

 そんな時代を経て、日本のeスポーツが驚くような発展を遂げたのは周知のとおりである。そして今回、ZETAが業界の人材育成に乗り出した。しかも教える側の中心人物としてcrow氏が名を連ねていた。

 2027年4月からeスポーツ分野の専門スクール“ZETA DIVISION GAMING ACADEMY POWERED BY VANTAN”が開校する。VANTAN(バンタン)はエンタメやクリエイティブ系を得意とするスクールだ。

 このところ、eスポーツ×教育が動き始めているのは感知している。子ども世代から親世代まで幅広くeスポーツ文化が浸透するという意味でも、私はこの動きに興味津々ではあるのだけれど、自分にできることがあまりピンと来ないせいで、かれこれ1年以上も悶々としていた。
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩
2026年3月19日に開催された開校発表会の模様。
 そんな中、ZETA DIVISION GAMING ACADEMY POWERED BY VANTANの概要を紹介する発表会が開かれることとなり、「取材として発表会に来ませんか?」とお誘いをいただいた。正直、どんな記事を書けばいいのかまったく思いついていなかった。それでも教育に対する自分なりの答えを探すきっかけになればと、会場に足を運んでみることに。

 個人的な話をすれば、crow氏を昔からひっそり推していたことも大きい。彼の新しい挑戦の始まりをこの目で見てみたかったというのもある。

「プロのプレイヤーは強いだけじゃダメだと思う」

 当日は各メディアの記者だけでなく、見学に来ていたバンタンの学生たちがひときわ目を引いた。後述の“特別授業”の生徒役なのだろう。ちなみに発表会後にこのオーディエンスの前で筆者がcrow氏へのミニインタビューを行なうことになろうとは、このときはまだ知る由もない。

 発表会ではZETA DIVISIONを運営するGANYMEDE代表取締役・西原大輔氏や、スクール事業を行なうバンタンの木村良輔氏が登壇。各社の事業について紹介した後、GANYMEDE執行役員・千葉哲郎氏から新スクールの紹介があった。

 スクールの詳細は以下の記事を参照していただきたい。
 今回の目玉企画が西原氏とcrow氏による特別授業。篠原光氏のMCのもと、トークショー形式でスタートした。

 初耳でありおもしろかったのが、西原氏から見たcrow氏の選手時代の印象が「尖っていた」という話。西原氏は「西原うるせぇ」みたいな感じだったというが、crow氏は「言ってない」と否定。最終的には「crowは一応バランスタイプではあったものの、当時のメンバーは全員尖っていた」という話に落ち着いた。
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩

 crow氏も負けじと西原氏について、JUPITER(ZETAの前身)に入るときは「ちょっとうさんくさかった」と当時の印象を暴露。最初は「ずっと甘い言葉を言ってくる」と感じたそう。当時のeスポーツ界が厳しかった分、そんなうまい話があるわけないと思ってしまうのは仕方がない気もする。しかし「事実だった」と西原氏のeスポーツに対する熱意を認めていた。

 仲がいいからこその掛け合いなのだろう。ふたりのこんな姿を見られるのは本当に貴重である。さらに学生からの質問に答える時間もあった。印象的だったのは、「eスポーツ関連の最前線で活躍するために最も重要なことは?」という質問に対し、両者とも“人間性”と“社会性”という回答に帰結したこと。とくにcrow氏の、
「応援してもらえることの大事さに気づいた。強いだけじゃダメだと思う」という発言には実感がこもっていた。

 ここに紹介したのはほんの一部である。欲を言えば、もっとオープンな場で大勢のcrowファンに見てもらいたいような内容だった。仕事とはいえ、これを独占するかのごとく楽しんでしまった自分に罪悪感すら覚える。
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩

 自分のオタクな部分を抑えつつ、彼らの会話の核心に耳を傾ける努力をした。話を聞くうちに、自分の中でこの新しい動きを多少なりとも整理できた。

これまでのeスポーツ教育の違和感

 これまでのeスポーツ教育は、どちらかというと教育機関が主体となって自分たちのテリトリーにeスポーツを取り入れようとする動きがメインだったように思う。高校のeスポーツ部では、“コミュニケーション能力を高める”ことや“他者を尊重し協調性を養う”といった教育目的を掲げているケースが目に留まる。専門学校に至っては“引きこもりの子どもを外に連れ出す”ことだったり“不登校の子どもを社会活動に参加させる”ことを売りにしているパターンも見られる。

 これらの動きが活発になり始めたとき、eスポーツに注目してもらえてうれしい反面、心の奥底にほんの少しだけ素直に喜べない自分がいた。意地の悪い言い方をすると、“学費を出さない層に出させる仕組みを考えた末にひねり出された結果物”であるようにも感じてしまったから。

 もちろんeスポーツを教育に役立たせること自体は、すばらしい取り組みだと思う。eスポーツを通じて社会性を学ぶことも人とのつながりを得ることも、たいへん有意義なことである。だからこそ、どこか気になっていた。その教育を作り出す側の大人たちは、我々eスポーツファンの”熱狂”にどこまで共感してくれているのだろうか、と。

 自分がひねくれた見方をしている自覚はある。それとこれとは別の話であることもわかっている。それなりに長くeスポーツを見てきた人間のわがままだ。単なる感情論だ。でも、教育関係者もいっしょに熱狂してほしいのだ。
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩
『VALORANT』で世界3位を成し遂げた翌年の2023年、韓国で行なわれた“VCT Pacific”に出場したZETA DIVISIONの面々(左からDep選手、crow選手、SugarZ3ro選手、TENNN選手、Laz選手)。
 そうして年を追うごとに、eスポーツを扱う教育機関は少しずつ増えていった。それに伴い、教育関係者と話す機会も自然と増加。その過程で、自分の中にあったネガティブな印象も徐々に薄れていったように思う。

 本当にeスポーツに熱中している学校の先生もいたし、最近ではeスポーツ関係者が直接教育に携わるケースも増えてきたからだ。そんな流れをさらに後押しするように、今回のZETAの取り組みが発表された。

 少しネガティブな気持ちを抱えている筆者には、今回のZETAとバンタンの取り組みはこれまでと少し違って見えた。教育機関がeスポーツを取り入れるのではなく、eスポーツチーム側が主体となって人材育成に関わろうとしている。コースによっては大学の卒業資格も得られるということで、これまでのeスポーツ教育に近い部分もある。

 スタート地点も、見ている景色も、我々eスポーツファンときっと同じ。だからこそ、これまでよりずっと身近に感じられたのかもしれない。

選手、コーチ、ストリーマーの経験を活かして

 発表会終了後、私はcrow氏に軽くお話を聞く機会をいただいた。彼は特別顧問を引き受けた理由をこう話してくれた。

「自分の若いころを思い返すと、ゲームは好きだけど関連の職業に就くとしたら何があるかというのはまったく知りませんでした。今回のスクールではこの分野が得意ならこういう職業がありますよ、みたいなことを知る手助けになると思うんです。当時こういうことを教えてくれるところがあったらいいなと思っていたからこそ、方向性に共感できたので特別顧問を引き受けました」
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩
2016年に韓国で開催された“World Electronic Sports Games”に、当時crow氏が所属していたRascal Jester Absoluteが出場。冒頭でも触れたとおり、筆者は日韓通訳として同行した(左からSakura選手、Ao選手、barce選手、スイニャン、crow選手、Laz 選手)。
 長年eスポーツに携わってきた筆者の立場としても、非常に納得のいく話である。当時は業界そのものがほぼ形を成していない時代であり、大人たちですら手探り状態だった。

「僕はこれまで選手、コーチを経て、いまはストリーマーとして活動しているのですが、この3つを経験してきた人ってそんなにいないと思うんです。それらの職業のことはもちろん、関わってくれたマネージャーをはじめ、いっしょに仕事をしてきた人たちの職業に必要なスキルもある程度わかっているので、自分に教えられることがたくさんあるんじゃないかな、と。とくに現状、日本の『VALORANT』ではコーチが圧倒的に足りていないので、コーチを目指している人に道を示せたら、と思います」
ZETAがeスポーツスクールを開校、eスポーツに長く携わる通訳スイニャンの期待。あのとき見た景色の先に進むための一歩

明確な答えは見つけられていないが期待は大きい

 たしかに日本はeスポーツの歴史が浅い分、コーチができる日本人は少ない印象がある。外国人コーチに頼るケースも少なくないのが現状だ。そう考えると今回の取り組みは単なる教育ではなく、あのとき見た景色の先に進むための一歩でもあるのかもしれない。そこに乗り出したのがZETAであるというところにも、何やら運命的なものを感じてしまう。

 結局、教育の現場において自分に何ができるのかについては、はっきりとした答えは見つけられなかった。それでもZETAという日本屈指のeスポーツチームが教育現場に足を踏み入れることで日本のチームが世界で戦い続ける未来が訪れるのだとしたら、私はいままでと同じように通訳や執筆という立場で関わっていけばいいのではないだろうか。教育に関わることをすっぱり諦めたわけではないが、少なくとも今回の発表会を通じて自分なりの心の折り合いはつけられそうな気がした。今回のZETAの取り組みがあのときの景色の先につながっていくのなら、私は素直に期待したい。
この記事を共有

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

週刊ファミ通最新刊
週刊ファミ通表紙
購入する
ebtenamazon
電子版を購入
bookWalker