『ワンピース・オン・アイス』を追いかけている。アニメ『ONE PIECE』を題材にしたフィギュアスケートのショー。好きで記事を書いていたらこんな日が訪れてしまった。
僕の目の前に宇野昌磨さんがいる。ふしぎですね。
フィギュアスケート世界選手権2連覇、平昌オリンピック銀メダルなど、数々の実績を残す超人である。2024年5月に競技選手としての引退を発表。現在はプロスケーターとして活躍している。
一応はインタビューという体裁でお会いしたのだが、半分くらいは雑談だった気がする。周りのスタッフさんも笑ってたし。順を追って説明していく。
この記事担当のミス・ユースケ。ただの宇野昌磨ファン。
※この記事の『ワンピース・オン・アイス』写真は2023年公演 公開リハーサルのものです。上映会に知人を連れていく
『ワンピース・オン・アイス ~エピソード・オブ・アラバスタ~』は2023年夏に開催されたアイスショーだ。砂漠の国アラバスタをめぐる人気エピソードをスケートで表現するというもの。
主人公モンキー・D・ルフィ役の宇野昌磨さんを筆頭に、キャスト陣は実力派スケーター揃い。そして現役選手が何人も出演するというからフィギュアスケートファン界隈がざわついた。すると僕は興奮して記事を書くことになる。
そしたら一部ファンから「ファミ通.comのフィギュアスケート記事は間違いない」と評価してもらえるようになった。ありがたいけど、その言葉に違和感を抱いてほしい。僕は趣味で記事を書いただけである。
上の記事に登場する橋本誠也さんをはじめゲーム好きなフィギュアスケーターは多く、ゲームのBGMを競技プログラムに採用する選手もいる。フィギュアスケートはゲーマーと相性がいいと思っていたら、果たしてその通りだった。
2024年夏に再演が決定したのでもっと広めたい。おたく特有のホスピタリティをもってしてゲーマーをこちら側に呼び込みたい。昨年の公演映像を使った上映会と舞台挨拶に知人を連れていくことにした。
ゲーム配信やeスポーツ界隈に詳しいアユハさんだ。イベントを主催する側ということもあり、こういうの好きかなと思って。
アユハさんから「興味がありそうな人を誘っていいですか?」と提案があったので即了承。こちとらひとりでも多くの人に布教したいので望むところである。やってきたのはこのふたり。
keptさん(左写真の右)としょーぐんさん(右写真の左)だ。ゲーム好きな宇野昌磨さんと親交があり、宇野昌磨さんはふたりの配信を観ていると公言している。
僕はkeptさんの配信番組に宇野昌磨さんがゲスト出演したときに記事を書いている。ファミ通.comがフィギュアスケートファンに広まるきっかけを作った人と会えてうれしい。
フィギュアスケートに興味はあるかと尋ねると、
kept
僕はもともと見てなくて、昌磨くんと絡んでから気にするようになりました。昌磨くんが出てるんだったら見てみようかなって。
しょーぐん
いまはテレビ持ってない(から見ていない)ですけど、昔はちょいちょい見てましたよ。ゲーマーの中では見てる方だと思います。
と、何だかんだで気にかけている様子。ここで「ジェイソン・ブラウンというアメリカの男子シングル選手がすてきなんですよ」と畳みかけるとうざがられるので「へぇー、そうなんですね」と相槌だけ打つ。おたく歴が長いので、布教の難しさと自分のせいで離れていく悲しみを知っている。悲しみを知った男はいつだって強いものだから。
舞台挨拶&上映会の会場は東京・有楽町の映画館 丸の内ピカデリー。ファンの方もたくさん。
スタッフさんから案内してもらった席につく。
待ち時間は「最近はゲーム配信界隈もたいへんですね」みたいな話をして過ごした。なお、keptさんは『ワンピース』好きで、わりとアラバスタ編に思い入れがあるタイプ。『ワンピース』への熱量は僕と同等か少し上くらいだと思う。
一方、アユハさんとしょーぐんさんはほとんど知らないらしい。日本のエンタメ業界に関わっていて、しかも情報を発信する側の人間が4人集まったのに半分が『ワンピース』知識ほぼゼロってある? その場で講習会を開くべきだったか。
しょーぐん・アユハ「知らないキャラがめっちゃ出てくるな……」(もらった資料に目を通しながら)
とはいえ、しょーぐんさんは舞台演劇系は嫌いではないらしく、この後始まる上映会をふつうに楽しんでいた。『ワンピース・オン・アイス』に興味はあったものの何となくタイミングを逃していたとのこと。
それはkeptさんも同じで、観たかった理由はやっぱり「昌磨くんが出演しているから」。宇野昌磨という存在が、ゲームとフィギュアスケートの懸け橋になっている。ありがたいことですね。
少し待つと宇野昌磨さん、本田真凜さん、無良崇人さん、本郷理華さんが登壇する舞台挨拶が始まった。みなさん正装をされていてかっこいい。
kept
昌磨くんってやっぱり……。
しょーぐん
わかる。“あっち側”の人間なんだなー。すごいわ。
大スクリーンの前で堂々とコメントする宇野昌磨さんのオーラにあらためて感じ入り、
「ワンピース・オン・アイス~」
「出航ー!!」
というコール&レスポンスで上映会スタート。
お客さん全員で「出航ー!!」。アユハさんが浮かない顔をしている(伏線)。
やっぱりよかった。すごくいい……。
上映中は撮影NGだったので爆速で終わったように見えるが、およそ105分しっかり楽しんだ。僕は公開リハーサルと通常公演の計2回観覧しているにも関わらず、ちょっと泣いた。keptさんもしょーぐんさんも楽しんでいたようで何よりである。
ちなみに、アユハさんは仕事で急ぎの対応が発生したそうで、クライマックス直前くらいに離席。開始時の写真で元気がなかったのは気が気じゃなかったためだ(伏線回収)。
編集された映像はスケーターたちの表情もしっかり見えて、演技内容がわかりやすかった。フィギュアスケートをスケートリンクで現地観覧する場合、アップで顔を見ることはあまりない。後で合流したアユハさんは「フィギュアスケートって双眼鏡を持っていくものですか?」と気にしていた。
アユハ
妻が宝塚好きなんですよ。1回は双眼鏡で出演者さんをしっかり観て、もう1回は(全体を観るために)持って行かないんですよね。2回観るのがちょうどいいと。
『ワンピース・オン・アイス』の特殊性として、明確なストーリーを演じる点がある。多くのアイスショーはイメージの世界。スケーターは身体の躍動で美しさや強さ、感情を表現するが明確な説明はない。スクリーンに大写しになることもないため、どんなに表情を作っても、観客には顔があまり見えなかったりする。
一方、『ワンピース・オン・アイス』では声優さんのセリフがあるので展開も心情もわかりやすく、それをスケーターの動きが補ってくれる。ストーリーもののアイスショーが増えたら、“この動きをしたら悲しんでいる”、“このジャンプの入りは喜びの表現”みたいな型(お約束)が確立されていくのだと思う。
無声劇のバレエでは低い姿勢で悲哀を表現したり、歌舞伎では見栄を切ったら大きなことが起きたり、つまりそういうこと。言葉がなくても伝わる表現が浸透したら海外公演や海外へのライブ配信のハードルがひとつ減りそうなので、僕はそういう点でも『ワンピース・オン・アイス』に可能性を感じている。
上映会終了後、しょーぐんさんとkeptさんは、ふたりを知る宇野昌磨ファンのマダムたちに話しかけられていた。おもしろい。
上映会の感想戦「日常の延長で華麗な動きをする。だからすごい」
さて。ここからが本番だ。
事前に公式側のスタッフさんから「宇野昌磨さんの取材時間が取れそう」と聞いていた。まじめな話はスポーツ系メディアが記事にするはず。うちではゲーマー同士の雑談にしたかったというのもkeptさんたちに来てもらった理由のひとつだ。
取材場所に移動して、待っている間は大スクリーンで観た『ワンピース・オン・アイス』の感想戦。しょーぐんさんは「映画館で観たからかもしれないけど、競技よりもイケてるような気がしたんですよ」と振り返る。
しょーぐん
競技って非日常じゃないですか。ものすごい回転したりジャンプしたり。日常と違い過ぎるからすごさが伝わりにくいんじゃないかなって。
アユハ
すごいのはわかるけど実感がわかないということでしょうか。観ている人にとっては別次元ですからね。
しょーぐん
日常の延長みたいな流れで華麗な動きをするから、よりわかりやすく映えるんじゃないかな。きれいだなーって。
初観覧とは思えないベテランみたいな視点。そうそう。僕もそれが言いたかった。しょーぐんさんに触発されて、keptさんも饒舌になっていく。
kept
(ビビ役の)本田真凜さんの比重が大きくなかったですか? 昌磨くんが主役だからスポットライトが当たるのはわかるんですよ。キービジュアルもかっこいい。でも、ビビがW主人公かそれ以上にすごかった……。
kept
ルフィは戦闘が派手だったけど、ビビは感情をちゃんと演技で伝えてる。本田真凜さんはすごいんだなって。
アユハ
ルフィの出番が少なく感じるくらいでした。
kept
そうそうそう!(笑)
ユースケ
話を追うとね、どうしてもビビがメインですから。
しょーぐん
印象的なシーンはだいたいビビ。
アユハ
ファンはビビを観たいものなんですか?(アユハさんは『ワンピース』のことを知らないので、ファンの感覚がピンと来ない)
ユースケ
アラバスタ王国編とか『ワンピース』全体が好きな人はビビを観たいはずです。僕は本田真凜さんはすごく華のあるスケーターだと思ってるんですよ。難しいジャンプをばんばん跳ぶというより、細かい動きがきれいで力がある。だからビビという役が合ってるんじゃないかな。
kept
あー、その感じわかります。
ユースケ
僕の中ではビビとコーザ(演:友野一希選手)がMVP。
kept
ボン・クレーもよかったなー。やり切ってた。
ユースケ
完璧ですよね。キャスティングした人と飲みに行きたいくらい。
Mr.2(ボン・クレー)を本郷理華さんが演じると発表されたときはほんとに驚いた。でも合ってるんだこれが。
しょーぐんさとkeptさんからすると、宇野昌磨さんはいっしょに遊ぶゲーム仲間みたいな関係だ。そんな人が華やかなスポットライトを浴びている。ふたりの目にはどう映ったのだろう。
しょーぐん
やっぱりすげえ人なんだなって思いますよ。
kept
あらためて、スーパースターだよなー。僕らが接するときはスーパースターとして扱わないことが多いから。
ユースケ
あくまでいちプレイヤー、いちゲーマーってことですか。
kept
そうですそうです。友だちみたいな感じで。
しょーぐん
がつがつ前に出るタイプでもないですしね。僕らが撮る動画の中では……何だろう、モブみたいな立ち回りするんですよ。あんなにすごい人なのに。
kept
そうそう。ふつうの人として出てくれる。
きっと、それがいいのである。ファンからしたら宇野昌磨という人間の素を見るのがおもしろい。そもそも、ああいう人(何度も言うが超人である)がモブでいること自体がおもしろい。
kept
終わった後のありがとねタイムがあったじゃないですか。ああいうのはいいですね。
kept
ルフィとしてなのか昌磨くんとしてなのかわからないけど、ファンサービスが楽しそうで。
ユースケ
フィギュアスケートファンからすると、あんなに笑顔ではしゃぐ宇野昌磨さんは珍しいんですよ。寡黙なイメージがあるから。
kept
ルフィの役を借りてるとファンサービスがやりやすいんだと思います。宇野昌磨としてだと恥ずかしいんだろうけど。
しょーぐん
そうそう。おれもそう思った。
フィギュアスケートは“演技”をするスポーツだ。明るい性格のキャラを憑依させることで、別の顔を見せられる。ルフィとマッチングできたのはファンからするとありがたいだろうなと思う。
同じように、ファンはこのふたりにも感謝しているはず。スポーツ系の大手メディアとは違う面を引き出してくれるから。
しょーぐん
がっつり演技じゃないですか。やってることは舞台の演劇みたい。ああいうのって宇野さんはどれだけやってきてるんですか?
ユースケ
役を演じる、みたいなのはほぼやってないと思います。アイスショーにトップスケーターが出るときって、ゲストとして自分のプログラムを滑ることが多いんですよ。あとはオープニングとエンディングで演出に合わせて滑ったりとか。
しょーぐん
ってことは人(演出家)の言う通りにやるのは慣れてないのかな。でも、表情の作り方も動きも、そうとは思えないくらいさまになっていて。たいへんなこともあるんだろな、きっと。
kept
そういうのは本人に聞いてみたいですね。
そうですね、聞きましょう。なんて言いながら、僕は少し緊張していた。25年近い職歴のなかで、いろいろな人を取材してきた。そうそう緊張することはないのだけど、宇野昌磨さんはずっと応援してきたスケーターだ。
そう言えば前回の取材も緊張した。橋本真司さん(※)と初対面なのにゲームじゃなくてフィギュアスケートの話をしたから。
※橋本真司さん:チャカを演じる橋本誠也さんのご尊父。以前はスクウェア・エニックスで『ファイナルファンタジー』や『キングダム ハーツ』のブランドマネージャーを務めていた。その頃より前の愛称は“橋本名人”。ゲーム業界のすごい人。 『ワンピース・オン・アイス』の取材は緊張とセットになっている。
しょーぐん
おれ、申し訳ないくらい緊張してないっす。
もはや心強い。
▼あらためて登場人物を確認しましょう。
宇野昌磨(うのしょうま)
フィギュアスケート世界選手権2連覇、平昌オリンピック銀メダルなどの実績を誇るフィギュアスケーター。『ワンピース・オン・アイス』ではルフィを演じる。文中は昌磨。
しょーぐん
宇野昌磨さんと親交のあるゲーマー。文中はしょーぐん。
kept(けぷと)
宇野昌磨さんと親交のあるゲーマー。文中はkept。
アユハ
配信技研 取締役、一般社団法人令和トーナメント理事。配信やゲーマー界隈に詳しい。文中はアユハ。
ミス・ユースケ
ファミ通.com編集者。服が派手。文中はユースケ。
宇野昌磨インタビュー「僕次第なんだ」
取材は宇野昌磨さんの照れ笑いから始まった。
昌磨
ふたりが見に来られるって昨日聞いて、登場の仕方をどうしようか悩みました。恥ずかしかったー。
念のため整理しておくと、しょーぐんさんとkeptさんが宇野昌磨さんのファンである以上に、宇野昌磨さんがしょーぐんさんとkeptさんのファンなのである。
昌磨
日々ふたりの配信を見てますし、keptさんとは笑いの方向性もツボもいっしょ。
昌磨
僕はどっちかというとゲーム側の人間だと思ってます。性格というか人間性はとくに。
kept
あんなステージに立ってるのに?
昌磨
ふつうに生活してたら(自分は)あっち側の人間じゃないですよ。
(笑)
しょーぐん
そんな影響を与えてたのか。
アユハ
壇上から気付きました?
昌磨
ずっと探してたんですけど、暗くてさすがに。後ろの方だとは思ってました。
しょーぐん
おれも謎に意識して、目が合ったら恥ずかしいなって思ってた。
kept
自意識過剰。
ユースケ
ガチ恋勢じゃん。
しょーぐん
初めてああいう華やかなところにいるのを目の当たりにして、本当に月並みだけど、すげえ人なんだなって改めて思いました。
昌磨
日々、一応こっち(フィギュアスケート)をメインとしてやってます。
ユースケ
めちゃくちゃ知ってます。keptさん、今日の感想はどうですか?
kept
僕はしょーぐんさんとは違って『ワンピース』好きなので、ファン視点で見てました。やっぱり“ルフィを演じる”というのが、ね。僕らと絡んでるときの昌磨くんのイメージはかなりルフィとかけ離れてるのでどうなるんだろうなって、もうわくわくですよね。
kept
なんだろうな、いちばん印象的だったのは、演目中もそうなんだけど、お客さんにあいさつして回るところ。昌磨くんのハツラツとしたファンサービス。
昌磨
それかー(笑)。
kept
規模は全然違うんですけど、僕もファンが応援してくれるような活動をしてるので聞きたいことが。100%の気持ちで「みんなありがとうね」って言えるのは、やっぱりルフィの役を借りているから?
昌磨
そうなんです。僕もいつもはあそこまでは絶対にやらないので。
「絶対って、そんなに強い気持ちで!?」とひと盛り上がり。やはり宇野昌磨である。体幹が強いことは知っていたが、そんなところまでブレないのか。
詳しくない方に説明しておくと、宇野昌磨さんはインタビュアーの質問には丁寧に答えるものの、わかりやすいファンサービスをしないことで知られている。ファンもそういうものと理解したうえで応援しているのでまったく問題なし。
7月28日に“THE ICE”というアイスショーで宇野昌磨さんのファンサービスを見たところ、前より少し積極的だった(ような気がする)。ルフィの影響だろうか。
昌磨
ルフィも『ワンピース』もとんでもないブランドじゃないですか。だから中途半端な気持ちでやれない、やりきるならキャラになりきるしかないなって。
昌磨
去年『ワンピース・オン・アイス』の稽古期間が始まる前日はめちゃめちゃ不安でしたもん。まさかここまでそのキャラを演じてると思ってなかったので、初日からすごい顔して帰りました。
(笑)
kept
ルフィはゲーマーといちばんかけ離れてる存在じゃないかな。
ユースケ
陽の象徴だから。
しょーぐん
メディアっぽい質問で恐縮なんですけど、ルフィをやってほしいという仕事が来たときはどういう気持ちでした? すぐにオッケーとは言いづらいだろうし。
昌磨
……いや、ほんとにそれなんです。
しょーぐん
絶対に一回考えると思うんですよ。その辺の葛藤がわりと気になるっすね。
昌磨
この話が記事で使えるかどうかわからないんですけど、同じ時期にほかのショーのオファーもあったんですよ。
しょーぐん
あー。使えなさそう……(笑)。
昌磨
こういう話ばっかりしちゃうんです。
ユースケ
いい感じに書くので大丈夫です。
昌磨
ひとつはすごく○○○○○○○のショーで……。
ユースケ
そこまで言わなくていいよ!
しょーぐん
だからカットされちゃうんだって。
kept
そういうこと急に言うからビビる。
昌磨
そっちが合わなかったわけじゃなくて、やっぱり『ワンピース』というものが大きかったんだと思います。みんな知ってるじゃないですか。だってあの『ワンピース』ですよ。
昌磨
それに、たくさんの方にオファーする選択肢があったと思うんです。僕よりも知名度が高くてビッグな方に話が行きそうなものなのに、 僕に来たというのがうれしかった。そういう目線で見られているのかなって。
ユースケ
「ルフィを演じてほしい」って、よく考えたらものすごいラブレターだもんなあ。
しみじみとしすぎて何とも言えない顔になっている僕の写真があったので載せておきます。
昌磨
できそうにないけど、1度トライしてみたい気持ちが出てきたんですよ。
ユースケ
ルフィに「うるせェ!!!いこう!!!!」って言われたらやるしかない。
昌磨
承諾したのが……2年前くらいだったかな。めちゃめちゃ不安でした。そういうのは僕の得意な分野ではない。ひたむきに、感情を無にしてがんばるほうがやりやすいんです。
ユースケ
最初は不安があったんですよね。「これはイケる」って確信した瞬間はあったんですか?
昌磨
やっぱり『ワンピース』っていうのがほんとにすごく大きな存在で。制作してくれる人もいっしょに演じてくれる人も、同じ熱量で「いいものにしなきゃいけない」っていう責任感が感じられたんですよ。周りを見渡す限り、いちばん不安なのは僕っていう認識は完全に一致してました。だから……
昌磨
僕次第なんだなって。
この言葉を聞いてぞくぞくしてしまった。確信と言うか決意だ、これは。
昌磨
僕ひとりの影響でこの作品が悪くなるのが嫌だったんです。1回振り切っちゃえば、恥ずかしいのも全然大丈夫でした。
ユースケ
覚悟を感じる。出演者の中で、この人ハマってるなと感じたのはどなたですか?
昌磨
ウソップ。
kept
そのまんまだからなー(笑)。
昌磨
Netflixに出てます? みたいな。
ユースケ
何であんなに安定してるんでしょうね。
実家のような安心感のウソップ役・織田信成さん。
昌磨
そういう人たちの中に自分がいるんですよ。そんなの不安しかないでしょ。
アユハ
ウソップでオファーされる人とルフィでオファーされる人は、だいぶ空気感が違いそう。(ウソップ役の織田信成さんが)どんな気持ちだったか気になりますね。
kept
さっきそこで世間話してたとき、僕の感想は「ビビの存在感が半端ないな」。
ユースケ
ルフィの出番、少なくね? って。
昌磨
そう!(笑) クロコダイルとビビがずっと出てるから。
ユースケ
あのふたりはほんとにすごい。なんというか引力があるのよ。見てしまう。
クロコダイルを演じる無良崇人さんの男の色気たるや。
昌磨
あとは本田望結ちゃん(ナミ役)。俳優として活躍しているので、すごい助けられました。
しょーぐん
そうか、たしかに。
昌磨
僕たちは何かを演じることってないんです。セリフに合わせて踊ることもない。こう、声優さんのセリフが流れますよね。セリフのどのタイミングでつぎに切り替えるとか、顔(表情)をどのタイミングでつけるとか。
kept
いやー、『家政婦のミタ』見てましたよ。ほんとちびっこの頃だから、だいぶ長いこと役者さんをやられてますよね。周りの人にもいい影響を与えていると?
昌磨
困ったらみんなで望結ちゃんに聞きに行くって感じです。
しょーぐん
表情の作り方ってどういう風に練習したんですか? やっぱり本田望結さんの存在がでかい?
昌磨
そうですね。これは本当に難しいところで。僕たちはトップのフィギュアスケーターなわけです。自分で言うのも何なんですけど。で、向こう(制作スタッフ側)はいろんな『ワンピース』のショーを作り上げてきたその界隈のプロ。お互いに接し方がわからないんですよ。
昌磨
僕たちは演技に関しては素人だから教えてほしいんですけど、向こうはどこまで意見を言っていいかわからない。
アユハ
「プロのスケーターにこんなこと言っていいのかな」って遠慮してしまうわけですね。
昌磨
そこが最初は難しくて。でも望結ちゃんが間に入ってくれたんです。
kept
懸け橋的な。役者もスケートも両方やってるから。
昌磨
ふだんから知ってるので僕らからも質問しやすくて助かりました。あと演出家の方がすごくリスペクトしてくれて、やりやすかったです。「こうしなさい」じゃなくて「これはできますか?」と聞いてくれる。
昌磨
最初はお互い遠慮する感じではあったんですけど、1ヵ月の期間があったので、だんだん仲よくなっていきました。みんな揃って再演が決まったのはそういうのも関係しているのかも。
アユハ
勝てるタイプの空気に。
しょーぐん
いける! って。
kept
上映会の最後に舞台裏の映像ありましたよね。がっつり見せてくれて、あれがすごくよかった。空気がいいんだろうなって思います。
昌磨
ゲームでもそういうのありますよね。競技シーンだけじゃなくて、ときどき見える競技界隈の仲よさそうな雰囲気は僕もすごいいいなって思うんです。そういうのと近い雰囲気が(『ワンピース・オン・アイス』には)あるんじゃないかな。
kept
うそ!? さすがにそれは(笑)。
昌磨
ショーごとに雰囲気って違うので。今回はいい雰囲気を周りが作ってくれた。僕が作るタイプではないので。あの~……
昌磨
……スケートの話を真剣にするの、恥ずかしいですね。
(笑)
もっとサンジを見たかった。
kept
そうだ。僕、『ワンピース』の話で聞きたいことがあって。
ユースケ
いきましょういきましょう。
kept
僕はアラバスタ編をこと細かに覚えてるんですね。このシーンが使われて、このシーンが演出上カットになったんだなって感じで見てたんですけど、昌磨くん的にやってみたかった、見たかったシーンはありますか?
昌磨
……サンジ。すごい(サンジ役の島田高志郎選手と)仲いいんですけど(※)。サンジって、なんだろう、かっこいいけどいじられるキャラ。女性たちにないがしろにされるキャラじゃないですか。それがまたひとつの魅力で高志郎くん本人も近いんですよ。めっちゃ近い。
※ふたりともステファン・ランビエールコーチに師事。kept
スマートでかっこよくて。
昌磨
そう。スタイルがよくてかっこいいんですけど、女性陣に「ちょっとやめて」ってあしらわれたりして。そういうのを言いやすい子なので。
ユースケ
うわー、なんかうれしい。イメージ通りだ。
昌磨
そういうシーンがもっと見たかったというのはありますね。
しょーぐん
おれ全然『ワンピース』知らないから、サンジってイケメン・クール・かっこいいキャラなのかなって思ったくらい。
ユースケ
細かいところでくねくねしてますけどね。
昌磨
女性に目がなくて、かっこいいけど雑に扱われる。その感じがおもしろくて、もっと見たかったな。
ユースケ
アラバスタ編ってアニメだと30話以上あるから端折るしかなかったのかなあ。
昌磨
あ、アラバスタの映画のほう(『ワンピース エピソード オブ アラバスタ 砂漠の王女と海賊たち』)がもとになっているんですよ。
ユースケ
そっか、だから2時間以内に収まってるのか。
昌磨
エースもいないですし。アニメ版をフルにやったらロビン(ミス・オールサンデー)のシーンがもっとあるんじゃないかな。
しょーぐん
ユースケさんたちより詳しいじゃないですか。
kept
Mr.プリンスのくだりも観たかったな。サンジを深掘りしてほしい。
昌磨
Mr.プリンス!
ユースケ
そう! あれかっこいいよねー。
しょーぐん
……。
アユハ
……私たちも会話に混ぜてください。
話に入れなくて悲しそうな『ワンピース』知らない組。
しょーぐん
ユースケさんは“ファイナルファンタジー・オン・アイス”が観たいって言ってましたよね。おれだったら『ゼルダの伝説 時のオカリナ』とか。
ユースケ
ゼルダ!
しょーぐん
ストーリーものをもっと観たいんですよ。宇野さん的に、どういう役をやってみたいとか考えることありますか?
昌磨
たぶんルフィができれば何が来ても大丈夫って感じ。いろいろなキャラをやってみたい気持ちはあります。
kept
たしかに、この宇野昌磨からルフィへの距離を演じきったから、振れ幅の間にいるキャラだったら大丈夫なんだろうな。
昌磨
うーん、でも、『ワンピース・オン・アイス』が続くんだったら、ルフィを続けたいかなあ。今回は再演ですけど、ほかのエピソードもありますし。
ユースケ
フィギュアスケートって試合でも“演技をする”って表現するスポーツですよね。その演技とキャラを演じることはやっぱり違うんでしょうか。
昌磨
そうですね……僕、ゲームとかアニメがすごい好きなんですよ。好きだからこそ、感情を込めてキャラを表現したいとは思っています。
しょーぐん
どんなアニメを見るんですか? そんなイメージなかったけど。
昌磨
何でも見ますよ。スケートで氷上にいる時間って多くて1日4時間とかなんですよ。トップスケーターがめちゃめちゃ練習するって言っても4時間。残りの時間は別にやることないんです。ずっと(しょーぐんさんとkeptさんの)配信を追いかけてます。
kept
練習してよ!(笑)
昌磨
しょーぐんさんの雑談配信、共感することばっかりなんですよ。感情的な部分はめっちゃ近いんだろうなと思います。何度も言うんですけど、“ルフィ”ってキャラが自分と全然違う……!
kept
しょーぐんさんにルフィのオファーが来たら断りますもんね。
しょーぐん
断るよー。ちょっと無理っすねって。
kept
そんなしょーぐんさんと昌磨くんは精神的に似ていると。
しょーぐん
近いと言っても、さすがに違いはありますよ。宇野さんはファンサービスの旺盛さは前からあるというか、そういう話は聞くから。役があったらそれに乗っかって(サービス精神を)出せる。おれとは根本的にそこが違うなあ。……やっぱり、おれだったら断るな。無理だ。
アユハ
長い人生、何があるかわからないですよ。
しょーぐん
おれにルフィのオファー出すやつおかしいでしょ。その人おれのことしか知らない?
kept
ルフィはこの人しかいない。
しょーぐん
節穴すぎる。
(笑)
しょーぐん
おべんちゃらみたいになるけど、ルフィと宇野昌磨という人間の間にそんなに距離あるのかなあ。自分で「全然違う」って言うわりに、ハマってるように見えましたよ。
昌磨
フィギュアスケート界隈の中では、性格はかなり遠いと思います。
ユースケ
この記事を読んでる宇野昌磨ファン、ものすごい勢いで首を縦に振ってそう。
昌磨
もともとルフィの演技ができる性格じゃないけど、でもスケートをやってきたからこそ、ルフィという存在に乗っかれるようになったというのはあるかな。人間、やれば何とかなるんです。
kept
やっぱりスケートという存在が大切ということ?
昌磨
スケートとゲームだったらゲームの方が好きなんですけど。
アユハ
しっかり落としてきますね。
しょーぐん
あの、まじでくだらない質問していいですか?
ユースケ
この流れで!?
しょーぐん
エンディングで最後みんな出てきて、難度高そうなジャンプを跳ぶじゃないですか? 3回転? 4回転? あれってどんぐらいの確率でこけるんですか?
昌磨
あー。
しょーぐん
あそこでこけたくないじゃないですか。何%くらいの確率で成功するのかなって。
昌磨
あれ僕4回転やってるんですけど(上の写真は別シーン)。
しょーぐん
あれが4回転。
昌磨
成功率は……8割くらい。試合でも8~9割くらいかな。フィギュアスケートはジャンプがメインのイメージありますよね。あのショーはジャンプがほぼないんです。だから、ノーアップの一発勝負。言い訳じゃないですけど。
ユースケ
そうか。練習してないようなものなんだ。
昌磨
ただ、自分の中で保険はあって。失敗してもルフィみたいに……
kept
あーーーーー(言いたいことを察する)。
昌磨
おちゃらければ、それもファンサービスになるっていう心持ちで飛べる。
ユースケ
ずるい!
しょーぐん
4回転か。4回転って競技だったらキメ中のキメの技ですよね。
ユースケ
ジャンプの種類はいろいろあって、いちばん難度の低いジャンプでも4回転の得点は上の方です。
しょーぐん
保険があるとはいえ、すごいですよね。だって試合のときとは助走の仕方とかも違うわけでしょ。
昌磨
でも、たとえば、3回転を跳びに行って失敗するのと4回転を跳びに行って失敗するのでは違うんですよ。4回転で失敗するのなら自分にとってのダメージは小さいっていう。
ユースケ
意外と計算高いな。
(笑)
昌磨
昔から言ってるんですけど、挑戦的失敗と保守的失敗なら挑戦的なほうが(精神的に)痛くないから、こういうことやってます。
ショーやエキシビションでは高難度ジャンプを跳ぶ必要はない。にも関わらず、日本人スケーターはあえて難しい技や試合では使わないコンビネーションに挑む傾向があった。試合と違って得点は関係ないし、失敗しても盛り上がるので、理にかなっているのかもしれない。
バトルシーンは物理法則との戦い
アユハ
動きについてお聞きしたいことが。私、諸事情によりふだんから殴る蹴るをやっていまして、氷の上で殴る蹴るって難しくないですか?
ユースケ
何で説明を省略するの。空手をね、空手をやってるんです。
kept
暴力関係の人じゃないから。
(笑)
昌磨
そうですね。意外と難しかったのは戦闘シーン。体が流れちゃうんですよ。
ユースケ
そうか。足を踏ん張れないから力が入ってるように見えなくなっちゃうんですね。
アユハ
強く撃つには、突きでも蹴りでもそうとう地面を使うんですよ。スケートの場合、踏ん張ってコントロールしてるんですか? それとも慣性のうえで動いている?
昌磨
スケート靴の刃で踏ん張っています。ふだんよりつま先で止まることは多いですね(※)。
※スケート靴の刃:フィギュアスケート靴の刃はつま先にブレーキがついている。昌磨
その場で止まって氷を蹴れば力を入れやすいけど、ずっと止まっているわけにもいかなくて。スケートリンクって広いじゃないですか。止まったまま演技をすると、見ている人は何をやってるかよくわからないんですよ。どアップで(大きなモニターに)映るんだったらその場で動いてもいいのかもしれないですけど。すごくそこは難しかったです。
昌磨
リンクを大きく使わなきゃいけないし、でもしっかり止まらないといけないときもある。あと、スケートは初速が遅いので。
ユースケ
あー、それは気づかなかった。迫力を出すためにスピードを出したいけど、動き出しがゆっくりだから難しいんだ!
アユハ
物理法則と戦っていますね。パンチは前後の動きだから、氷の上でやると体が後ろに下がってしまう。物を前に出すと反対の力が生じる反作用ですね。殴る蹴るにはどうしても邪魔。
昌磨
そうなんです! 立ち止まって殴り合うシーンもあるじゃないですか。僕自身はダイナミックに動いているつもりでも、想像より動きが小さく見えるんです。やられるシーンの方が楽ですよ。どーん! って勢いよく吹っ飛べるので。
ユースケ
『ワンピース』、めちゃくちゃ吹っ飛ぶもんなー。
keptさんは「僕もしょーぐんさんも競技としてゲームをやっているので気になるんですけど」と前置きして、
kept
自分が関わっていない大会を観るのはすごい気が楽なんですよ。昌磨くんはどうですか? 現役の頃と現役を引退したいま、ほかの選手を見るときの感情に変化はあるのかなって。
ユースケ
めちゃくちゃいい質問するじゃん。
昌磨
答えはふたつあって、ひとつは使えないと思います。
ユースケ
すぐそういうこと言うー。
昌磨
もともと○○○○○○○○○○○です。
しょーぐん
・
kept
(声にならない笑い)
ユースケ
絶対使えない。
昌磨
ゲームにハマっている時期があったからこそ、ほかの人の映像を観るのも好きになったのかな。いまはスケート以外もちゃんと見るようになりました。たとえばダンサーとか。いままでは“点数の取れるもの”が大事でしたけど、今後プロスケーターとしては見栄えのいいもの、エンタメ的な部分にも力を入れないといけない。見方は変わったと思います。
kept
いろいろなジャンルを見るのも勉強だ。
ユースケ
さっきの発言を忘れたいほどまじめな内容。
昌磨
バラエティー番組にも出させていただくことがあると思うんですけど、複数で話すときがちょっと心配で。今回は僕がメインですよね。取材を受けたときは、僕が話せば反応をもらえる。これからはみんな同じ立場なので、どのタイミングでしゃべっていいのかが難しいんです。テレビを見るときにそういうことを考えるようになりましたし、明日は勉強させていただきます(しょーぐんさんやkeptさんと動画収録の予定があるらしい)。
ユースケ
スケートもゲームもバラエティーも間が重要。
ご協力ありがとうございました。
興味深い話あり雑談ありで楽しかったので、話した内容や順番はほぼそのままで編集してみた。ところどころに(笑)と入れたもの、実際はずっとくすくす笑い。現場の空気が伝わっていれば何より。
アイスショー『ワンピース・オン・アイス~エピソード・オブ・アラバスタ~』2024年再演版は、9月7日(土)・8日(日)に、LaLa arena TOKYO-BAY(千葉県船橋市)にて各日2公演を実施。チケットの一般発売は8月4日(日)10時からスタートしている。僕も観に行く予定です。
しかし取材楽しかったな。今度はみんなで『ワンピース』のゲームやりたい。
空き時間にペンを買いに行って、集合写真はこういうパターンも撮っていた。バツマークはしばらく取れませんでした。
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ボーナストラック:写真いろいろ