ロサンゼルス在住20年以上の筆者が取材した、現地の様子をお届けする。
開幕2日前の中止発表……米国興行に立ちはだかるビザの壁

しかし10月19日、出演者の渡米に必要な米国就労ビザの承認がまだ下りていないことが明らかになる。翌20日、Cygames(サイゲームス)は公演の中止を正式に発表した。現地の弁護士やプロモーターの協力を得て、半年以上前から準備を進めていたという。それでも、最後までビザを取得できなかった。ビザが下りなかった具体的な理由は公表されていない。
アメリカに暮らす筆者の実感としても、この約2年間でビザの審査が長期化、厳格化していると感じることが増えた。一部報道によれば、興行関係者向けのPビザ申請は、かつて2〜4か月程度だった審査期間が平均約11.5か月に長期化しているという。筆者の身の回りでも、ビザの問題で帰国を余儀なくされた人がいる。
影響を受けたのは『ウマ娘』だけではない。同じピーコック・シアターで10月17日に開かれた『鳴潮』(Wuthering Waves)のコンサートツアーでは、出演予定だった歌手がビザの問題で出られず、代役が代わりに歌った。K-POPでは、10月末に予定されていた“KPOPWORLD Festival”も、ビザの遅れを理由に2027年へ延期されている。国境を越えたアメリカでのエンタメ興行は、いま厚い壁に直面している。
大勢のキャストがステージ上でひとつになって作り上げるのが『ウマ娘』のライブだ。代役を立てて開催するという選択肢は取りにくかったはずで、苦渋の決断だったことは想像に難くない。
筆者はロサンゼルスに移り住み20年以上が経ち、第2の故郷となったこの地に日本から駆けつけてくれたトレーナーたちが悲しい思い出だけを残したまま帰国するのは忍びない。少しでも思い出になる記録を届けたいと考えた。
宿泊費・交通費の返金
まず、現地観覧チケット、配信チケット、ライブビューイング、そして公式ツアーの払い戻しが決まった。さらに、現地参加を予定していたファンに対して、宿泊費・交通費に関する費用の返金方針も発表。予約をキャンセルした場合はキャンセルに伴って発生した費用を、すでに現地入りしていた人についても、対象期間や条件を設けたうえで返金するという。海外公演の中止において、遠征費用の一部まで返金対応を行うのは異例といえる。
物販についても迅速に動いた。GOOD SMILE COMPANY U.S.の協力を得て、公演で販売する予定だったグッズを、カリフォルニア州ダイヤモンドバーに設けたポップアップストアで販売することになった。期間は10月24日から11月1日までの各日12時から18時で、チケットを持っていない人も購入できる。会場に来られない人のために、全員を対象にした後日の通信販売も予定されている。
歴史ある名門サンタアニタ競馬場へ

1934年に開場したサンタアニタパーク競馬場は、歴史的なアールデコ調の建築を残し、大恐慌時代に人々を沸かせた名馬シービスケットが走った舞台としても知られる競馬場だ。芝コースとダートコースを備えているが、伝統のビッグレース“サンタアニタハンデキャップ”をはじめ、ダートコースでの戦いぶりで名高い。


建物のコンコースを抜けると、広大なコースが目の前に広がる。この日は大井競馬場との友好提携を記念した“Tokyo City Cup”が行われ、第7レースには協賛レース“Senator Ken Maddy Stakes presented by Cygames”も組まれた。



場内では恒例の文化イベント“Japan Family Day”が開かれていた。日本の“かどや製油”など米国展開するメーカーがブースを出展してサンプル配布や販売を行い、金魚すくいや折り紙などの体験コーナーに加え、たこ焼きや唐揚げなどの屋台が並んだ。




ファン有志が運営する“Cosplay Trackside”と世代を超えた交流を生む競馬場

広場にはアーティストたちによるファンメイドグッズのテントが並び、2025年のブリーダーズカップ・クラシックを制した日本の名馬“フォーエバーヤング(FOREVER YOUNG)”への応援メッセージを書き込めるブースも設けられていた。特設ステージではコスプレ大会や、ウマ娘の楽曲に合わせたダンス大会が行われ、来場者で賑わっていた。




じつはCygamesはJapan Family Dayに協賛しており、現地では2024年から『ウマ娘』ファンによる自主的な集まりが行われてきた。2026年5月にはファン有志によるコスプレイベント“Cosplay Trackside”が初開催され、今回もJapan Family Dayに合わせて開催。各日先着1000人には『ウマ娘 プリティーダービー』とサンタアニタパークがコラボした公式ピンバッジが配られることから、開門前から列ができていた。
メイン入り口近くの噴水エリアには、スペシャルウィークとシーザリオの等身大パネルが並んだ。シーザリオは日本のオークスとアメリカンオークス(当時の舞台はハリウッドパーク競馬場)を制した名牝だ。アメリカの地で歴史的な勝利を挙げたシーザリオにふさわしい展示で、まさに凱旋ということだろう。

場内にはホテルのラウンジを思わせるクラシカルな一角があり、年配のファンたちが競馬新聞やレース情報を記した手帳を広げながらレースを見つめていた。ペーパーレス化が進む現代のアメリカではあまり見かけない光景だからこそ、クラシックな建物と相まって、何とも風情がある。


筆者はそのラウンジでご年配の競馬ファンの方々と言葉を交わした。中には馬主の方もいたのだが、彼らはコスプレ姿の若者たちが集まる様子に初めは驚いていたものの、事情を知ると次のように笑顔で語ってくれた。
「若い世代が『ウマ娘』という作品をきっかけに、こうして競馬場へ足を運び、競馬そのものに興味を持ってくれるのは本当にすばらしいことだよ」
世代もカルチャーも異なる昔ながらの競馬ファンが、作品を通じて競馬場を訪れた若いファンを温かく受け入れていた。
3組のプロポーズ成功
もともとは『ウマ娘』のライブ会場でプロポーズする予定だったが、突然の公演中止。頭を抱えていたが、“Cosplay Trackside”の運営に相談し、イベント会場でのプロポーズを計画したという。
ところが、プロポーズの直前になって相手の女性が見当たらなくなるというまさかの事態が発生。予定していた時間に実施できず、運営が用意したプロポーズの枠がイベントの大トリのコスプレ結果発表後にズレるというハプニングもあったが、無事に成功して本当によかった。
ファンによる自主的な集まり
一方、公演中止が発表された直後から、すでに現地入りしていた多くのトレーナーたちはSNSで声を掛け合い、ロサンゼルス近郊の各地で自主的な交流を始めていた。
そのひとつが、オレンジカウンティにあるテーマパーク“ナッツベリーファーム”だ。西部開拓時代の町並みを再現したエリアにファンが集まり、パーク内の鍛冶屋で、好きなウマ娘の名前を蹄鉄に刻んでもらう光景が見られた。
そのほかにも本来公演が行われていた時刻にファンがピーコック・シアター前に集ったり、近くのClifton'sというロサンゼルスの伝統あるバー兼共用スペースではDJクラブイベントが開催されるなど、トレーナーたちの熱意は止まらなかった。
またアメリカへ
「遠い日本から来てくれたトレーナーに、悲しい思い出のまま帰ってほしくない」
「Cygamesもファンも何も悪くない。ただただ不運だった。」
「何年かかっても待っている。また必ずアメリカでライブをやってほしい」
ビザという制度の壁によって、公式のステージの幕が上がることはなかった。しかし、Cygamesによる宿泊費・交通費の返金対応という異例の対応、そして自分たちで場を作ったファンコミュニティの行動力は、『ウマ娘』が国境を越えて愛されていることを示していた。いつの日か、カリフォルニアの青空の下でウマ娘たちの歌声が響くことを信じたい。


















