2026年5月28日に集英社ゲームズより『シュレディンガーズ・コール』が発売された。滅亡まで残りわずかな世界で、電話を通して魂を救済していく異色のアドベンチャーゲームだ。本作の体験版はSteamで500件超の好評を獲得し、総評が“圧倒的好評”になるなど、発売前から熱い視線を集めている。 開発を手掛けるのは、京都を活動拠点とするゲーム制作チーム“アクロバティックチリメンジャコ”。幸いにしてBitSummit PUNCHの会場も京都であり、そこでインタビューの機会が得られたので、開発チームの面々と集英社ゲームズの林プロデューサーに発売を迎える感想や、4年間の活動秘話を聞いてみた。
Achabox(アチャボックス)
映像・MV制作のディレクションや撮影、イラストなどを手掛けたあと、room6のデザイナーを経験。Ske6の『ことだま日記』ではゲームデザインやキャラクターを担当。アクロバティックチリメンジャコで開発中の『シュレディンガーズ・コール』ではディレクター・アートを担当。
入交星士(イリマジリ セイシ)
アニメーションクリエイター、ゲームデザイナー、グラフィックデザイナー、ミュージックコンポーザー、ライターなど多岐に渡って活動。『シュレディンガーズ・コール』ではシナリオ・音楽を担当。
ame(アメ)
2022年よりアクロバティックチリメンジャコに参加。メインエンジニア・サブシナリオ担当として『シュレディンガーズ・コール』を開発中。
林真理(ハヤシ マコト)
集英社ゲームズ・シニアプロデューサー。過去にはディレクター・プロジェクトマネージャー・アートディレクター・3DCGデザイナーなども経験しており、ディライトワークスでインディーゲームのプロデュースを手掛けていたことも。
「3時間しか眠れない」と「とくに何も考えず寝ている」――発売直前、4人の温度差
――いよいよ発売となりますが、いまのお気持ちはいかがでしょうか。
Achabox
緊張しすぎて、ここ最近は3時間ぐらいしか眠れてないです……。
データはマスターアップしているので、あとは発売されてみなさんからのお声が届くのを待つしかないのですが、やっぱり緊張します。できることは少ないけど、それでも「もっと宣伝をがんばる方法はないかな」とか「もっと盛り上げる方法はないかな」って考え始めたら眠れなくて。ちょっとアドレナリンが出すぎちゃってますね。
4年間、必死に『シュレディンガーズ・コール』を作ってきた想いが、いまこの瞬間に集約されている気がします。
ame
私も似たような感じです。ちょっと前までは「やっとみんなに見てもらえる!」と楽しみに思っていて、Achaboxさんが「緊張するー!」って言っていても「たいへんだなぁ」と他人事のように見ていたんですけどね。3日前ぐらいから急にドキドキしはじめて、眠れなくなっちゃいました(笑)。
――入交さんはいかがですか?
入交
僕は緊張とかはないですね。もうやることはやったので。作っていたときと比べれば、いまはぜんぜん楽。
一同 (笑)。
入交
入学試験を終えて、結果待ちをしているような感じだと思うんですよね。もうここから自分たちにコントロールできることって、あまりないと思うので、しっかり寝ています。
――林さんはいかがでしょうか?
林
僕はやっと発売まで来れたなという達成感を噛み締めています。またアクロバティックチリメンジャコさんから「あとは任せた!」とバトンを渡された状態なので、『シュレディンガーズ・コール』をお客さんにしっかりと届けられるよう、すごくがんばっているところです。
――“BitSummit PUNCH”に出展して、目の前でプレイヤーが遊ぶ姿を見る機会もあったかと思うのですが、ご覧になった感想をお聞かせください。
ame
まず驚いたのは、日本語以外の言語で遊ぶ方がたくさんいらっしゃることですね。英語でプレイされる方、中国語(簡体字、繁体字)でプレイされる方、選ぶ言語はさまざまですし、人種を問わずプレイしてもらえていて、うれしくなりました。
そして以前からの傾向ではあるのですが、『シュレディンガーズ・コール』に期待をしてくださっている方に性差がないんですよね。会場の男女比を見れば、試遊者も男性が多くなると思うのですが、『シュレディンガーズ・コール』の試遊台にいらっしゃる方の半数は女性だと思います。
性別や国境を越えてグローバルに興味を持っていただいているんだなと、改めて実感しました。
Achabox
今回BitSummitに出展しているものは、オリジナルをベースに15分くらいで遊べるようにした特別短縮版で、ギリギリまでストーリーを削っているので、本当に楽しんでもらえるのか不安だったんですよ。
でも実際にプレイしている方の様子を見たり、直接話しかけて声を聞いてみると、感動して泣いてくれる方もいらっしゃって。うれしかったですね。
――しっかり届いていそうですね!
ame
それにプレイしている様子を後ろから見ていても、退屈しているようには見えないんですよね。そういうの、文字を送るスピードでなんとなくわかるんですよ。
たとえば、退屈している方は選択肢が出たらすぐにピッとつぎに進むと思うのですが、同じ読み進めるスピードが早い人でも、今回試遊してくだった方の多くは、選択肢が出た瞬間に手が止まって、ちゃんと悩んでくれているんですよね。そういうテンポ感で伝わってくるものは多く、楽しんでくれている方がたくさんいらっしゃるんだなと実感しています。
Achabox
待ち時間が多いのも、作り手としてはうれしかったですね。試遊台は12台用意しているのですが、それでも最大40分待ちぐらいまでいったことがあって。本当に多くの方にご期待いただいているのを感じます。もちろん、集英社ゲームズというブースが持つパワーも大きいと思いますが。
入交
今回のブースもすごくかっこいいですよね。かっこいいブースって、そこで何が展示されているのかをよく知らなくても「なんか気になる」、「ちょっと遊んでみようかな」って思いますよね。だから短いビルドでもちゃんと伝わっているのは、ブースの力もあってこそだと思います。
ame
「でも短縮版で泣いている人は、フルバージョン(製品版)をプレイしたらどうなっちゃうんだ!?」とも思いますね(笑)。短縮版よりもいい体験ができることは保証しますので、体験版で泣けた人は製品版も遊んでみてほしいですね。
「予想よりかかりました」――4年の試行錯誤と、黒電話に込めた“わざわざ”の価値
――4年という制作期間を振り返ってみて、当初の予定通り進んだのか、それとも波乱万丈だったのかというと、どちらになりますか?
Achabox
『シュレディンガーズ・コール』って、最初の企画段階ではスマホで遊べる縦画面のゲームだったんですよね。ボリュームも、3〜4時間でクリアーできるくらいを想定していたので、もうそこから当初の予定通りではないですね(笑)。
ちなみにスマホで遊べるショートな内容から現在の仕様に変わったのは、林さんからいただいた「このゲームは、どっしり腰を据えて遊んでもらったほうがいい」というアドバイスの結果です。当初はそれでも、もっと早くリリースできるつもりでいたのですが、紆余曲折あって、気が付いたら4年も経っちゃいました。本当はもう1年くらい早く出したかったんですよ。
入交
“人に寄り添う”というコンセプトを、どうやってゲームで表現するか。部屋を移動することのない会話劇の中で、どう表現するか。最初の1年ぐらいは、そうしたこのゲームのフォーマットのようなものを模索するのに使いましたね。なんども作っては何度も捨ててといったことをくり返していました。
Achabox
いわゆる0から1を作る部分ですね。その1年間は林さんから「好きなようにやってみなさい」と言われ、さまざまな表現手法を試しました。文字をパズルのように組み合わせるギミックがあったらどうかとか、こうすれば救われるとゲーム的なルールを作ったりとか、いろいろ作っては林さんに意見をもらいというのを、何度やったかわかりませんね。
入交
0から1を作るのもたいへんでしたけど、1を100にするのもたいへんでしたね。フォーマットができたことで1章は形になりましたが、それと同じパターンをくり返して2章3章を作っていっても、飽きちゃうじゃないですか? だからフォーマットを崩さないように変化を付けていく必要があったのですが、これも難しかった。
ame
思い出した。表現を模索しているときのエピソードで、じつは入交さんを恨んでいることがありまして……。
入交
恨み? なんで?
ame
黒電話を使った表現として参考になるかもしれないって、映画『ブラック・フォン』(2022公開のサスペンス・ホラー映画)を見せたじゃないですか? 似たような感動系の会話劇だと思ってたらホラーで! めちゃくちゃ怖かったんですよ!
一同 (笑)。

――入交さんは、どういった意図で『ブラック・フォン』が参考になると考え、みんなに見せたのでしょう?
入交
タイトルの通り黒電話が大きなカギになる映画で、黒電話一本でどうやってストーリーを転がすかが見れると思ったんですよ。まぁ実際には黒電話は物語を進めるツールになっていただけで、会話劇で展開をするようなものではなかったですね。
Achabox
あのときは黒電話が出てくる映画、小説、ドラマを見漁りました。参考になるかならないかはともかく、よさそうな演出があったらすぐ実装。それでフィードバックを受けて削除「よくないね、捨てよう」みたいなことをくり返していた感じですね。
――そもそもの話なんですけど、なぜ黒電話を採用したのでしょうか? スマートフォンにしたほうがギミックも入れやすそうだし、最近の若い世代は黒電話の使いかたがわからないという話も聞きます。

Achabox
ひとつ目の理由は、アイコニックな存在として強かったからですね。スマートフォンでも、電話アイコンは黒電話時代の受話器をデザインしたピクトグラムじゃないですか? 黒電話自体は古いものですが、世代を超えて伝わるものになるのではないかと思い、採用しました。
入交
それと『シュレディンガーズ・コール』では、“わざわざ”という行動を大事にしています。
いまの時代、誰かと話をするってかんたんですよね? スマートフォンでアプリを開いて1~2回タップするだけでいい。でも話をするということ自体は本当に大切なことで、多少面倒なことがあってもする価値があるんです。それを伝えたくて、わざわざ電話番号を覚え、わざわざダイヤルを回さなくては通話できない、黒電話を採用しました。
ame
この“わざわざ”をこなすからこそ、本音が聞けたり、真実がわかったときに得られる感情も大きくなるんですよね。
あと、黒電話だと誰から電話がかかってきたかがわかりませんよね? その要素も大事なんです。誰からかかってきているのかわからない電話って、出るのに緊張するじゃないですか? ほとんどの人は「誰からだろう?」と想像を膨らませ、相手のことを考えながら受話する。その体験をしてほしかったんです。
入交
受話器を取るときの覚悟みたいなものは、ぜひ味わってほしいですね。
このチームのゲーム作りはジャズに近い――"ひと続きのセリフ"を3つに割る理由
――選択肢に関する工夫が多いゲームですよね。個人的には、本来ひと続きのセリフを3つに区切って選択肢にしているものが印象的でした。あれはどういった意図で作られたシステムだったのでしょう?
林
選択肢って、ユーザー側にボールが渡るってことなんですよね。同じボタンを押すという操作でも、ただテキストを送り続けるだけではユーザーにボールは渡っていませんし、ユーザーの意図も入りません。あの分割したセリフ(選択肢)は、ユーザーに一度ボールを渡すことで「これはあなたの言葉ですよ」と意識付ける役割を果たしているんですよね。
入交
この点については僕も「なぜなのか」を言語化してこなかったので、こうした質問をもらったのはいい機会になりそうです。
選択肢の扱い、ルールについてはチーム内でも議論を重ねてきました。本作の選択肢はすべてメアリの言葉になっているのですが、それ以外にも“電話を切る”という行動を選択肢にしていいのか、セリフを短くして選択肢として提示するのはアリか、とか。
このセリフの分割は、そうした議論の中で自然発生的に生まれた表現なんです。メアリの発言はそのまま選択肢の形で出なければいけない、という考えはあったのですが、長い発言をそのままひとつの選択肢にしてしまうと、不格好で。それで分けてみたら、それが表現としてしっくりきたんですよね。
Achabox
どれを選んでもルートが変わらない選択肢も多くありますが、選択肢を3つ並べることでユーザーに引っかかりを作ることができ、「さぁ、考えて」と丁寧にボールを渡すことができるので、こうした形に自然と落ち着いていったという感じです。
林
アクロバティックチリメンジャコさんのゲームの作りかたって、一般的なゲームメーカーのそれとはぜんぜん違うんですよね。たとえば私がチームを作ってアドベンチャーゲームを作るとなったら、しっかりと仕様をまとめた上で作業を割り振っていくことになると思います。きっと多くのゲームクリエイターもそうするでしょう。
しかしアクロバティックチリメンジャコのみなさんは、文章も仕様も音楽も映像もすべて「そのシーンをどうしたいか、どうやって感情を動かすか」を大事にして、それを最優先しているんですね。そしてすさまじい勢いで試行錯誤をする。だから、選択肢の作りかたやルールも状況に合わせて変わってくるんだと思います。
セリフを分割して選択肢とする表現は、そうした環境が生んだひとつの発明かもしれませんね。
――話を聞いていると、ジャズのライブをやっているみたいですね。
Achabox
あー! 言われてみれば……!
林
いや、確かにそうかも。クラシック音楽のようにカッチリ決められたものの中で表現を作っていくのではなく、ベースはありつつもフィーリングでそのときの最適を見極めて奏でていく。誰かがリードをしているときはほかのふたりがそれをフォローする。まさしくそんな感じに見えます。
入交
そう考えると、ユーザーさんも含めてジャズバンドを組んでる感じがありますね。このゲームはユーザーさんの想像力により表現が完成するシーンもあるので。

通話中はオートセーブを入れない――感情を途切れさせない仕様
――通話中はオートセーブが動かないようになっていますよね。この仕様を採用した理由を教えていただけますか?
Achabox
演出が流れるように入ってくるゲームなので、入れるタイミングが難しいというのもありますが、最大の理由は再開時の体験を考えてのことです。
入交
会話で得られる情報量が多いので、会話中に中断・再開したら「なんでこんな話になってるんだっけ?」と混乱してしまうケースが出てくると思ったんですよね。会話の前半があるおかげで後半に感動が生まれるシーンもあり、そこで中断・再開がなされると思ったような感情を届けられないので、通話中はオートセーブを切っています。
Achabox
10~15分ぐらいの通話中に感情を乱高下させるシーンも多いので、会話中の中断・再開があると一気に体験の質が下がってしまうんです。情報面でも情緒面でも、切ってほしくなくて、通話中はオートセーブが働かないようになっています。
ame
実際の電話でも、通話を切った瞬間にホッとすることってありますよね。通話が終わったあとにオートセーブが入るのは、区切りをつけて感情を落ち着かせ、そこで振り返るタイミングであることを伝えるものでもあるんです。
林
ただ、ユーザーさんによっては“セーブが始まらない”ことに不安を感じる人もいるかもしれません。とくにSwitch版で遊ぶ人は好きなときに始めて好きなときに中断したい人もいるでしょう。それがハードの特徴ですし。ですが、今回に関しては私たちの意図を汲み取っていただき、ご容赦いただきたいと思います。
『シュレディンガーズ・コール』を“やさしさの連鎖”が生まれるスタート地点に
――最後の質問です。本作はどんな人に、またはどんな環境で遊んでもらいたいですか?
入交
いわゆる典型的なゲームではありません。ビジュアルノベルかなと思ったらそうでもなく、アドベンチャーゲームかなと思ったら、ちょっと違う。そんな内容になっているので、ちょっと変わったものや、おもしろいものが好きな人に遊んでもらいたいです。まずは遊んでいただかないと、このゲームから得られる感覚・感情は言語化しづらいと思うので、変わったアドベンチャーが好きな人には絶対やってほしいですね。
そして僕は青春時代にゲームを精神的な拠り所としていたので、そこへの恩返しとして作ったという個人的な背景があります。なので、同じようにゲームを拠り所としている人には、ぜひ遊んでほしいし、プレイして生きる希望を感じ取ってもらえるとうれしいです。
ame
いろいろ考えてみたのですが、後悔したことがある人に遊んでほしいと思っています。プレイした方にいろいろお話を聞いてみたところ、人によって刺さるところがまったく違っていたんですね。きっとそれは、人それぞれが持つ過去、そこで経験した後悔がそれぞれに異なっているから、何が刺さるかが変わってくるのかなと。
そして『シュレディンガーズ・コール』は、ゲームキャラクターだけでなくユーザー自身も癒されるゲームにしようと開発しました。きっとみなさんの後悔も癒せると思っているので、最後までしっかり遊んでほしいです。
Achabox
きっとこのゲームのレビューや感想には、救いとか、心に寄り添うとか、そういう言葉が出てくると思います。言葉で勇気をもらえる、心がやさしくなれるゲームという形を目標に作ったゲームなので、そういったお声をいただけるのはすごくうれしいのですが、じつは全体的な緩急を考えて笑えるところも用意しているんです。なので、重みのあるゲーム、真面目にやらなきゃいけないゲームだと考えている方は、まずは肩の力を抜いて遊んでもらいたいです。
そして最後まで遊んでいただき、エンディングを迎えた際に「誰かに電話してみようかな」と思ってもらえたら、すごくうれしいです。
林
『シュレディンガーズ・コール』は、すごくやさしいゲームです。最後までプレイしていただければ、それはハッキリと伝わると思うので、絶対にエンディングまで見てほしいと思っています。
そして個人的には、このゲームは“やさしさの連鎖”を生むスタート地点になれる作品だとも考えています。エンディングまで見ると、ちょっと気になっている人や両親、友だちに電話をして、話を聞き、そして声を届けたくなるんです。それは親しい人に幸せを届ける第一歩になると思うので、『シュレディンガーズ・コール』から幸せの連鎖が始まってくれるといいですね。