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『アビスリング』モンスターを調理して食べるアクションRPGで理性のタガが外れる。スライムに醤油をかけたらどんな味がするのだろう。

byミス・ユースケ

『アビスリング』モンスターを調理して食べるアクションRPGで理性のタガが外れる。スライムに醤油をかけたらどんな味がするのだろう。
 RPGのモンスターを「食べたい」と思ったことはないのだけど、衝動にかられる人の気持ちもわかる。

 そういう欲求は昔からゲーム界隈にあって、たとえば1987年にPCで発売された『
ダンジョンマスター』が有名だ。ダンジョンに潜って探索していると腹が減る。食材には限りがある。だからモンスターを倒して食う。

 当時の僕は小学生。「そんなことしていいんだ」とリアリティーの表現方法に感心しつつ、
背徳感でぞくぞくしたことを覚えている。いま思い返すと興奮だったかもしれない。その扉は開いてほしくなかったな。

 ほかの人はどうだろう。あくまで淡々と、“モンスターの肉は回復アイテムの一種”くらいに認識していたのか。モンスター食べたい欲はなかったのか。

 あったのだ。その欲求は多くの人が秘めていたようで、
『ダンジョン飯』のヒットによって顕在化。生きるためにモンスターの肉を食べるという発想はわりとふつうに受け入れられた。なんだ、みんな食いたかったんじゃん。

 さて、ゲームの話に戻る。
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2025年2月に開催された東京ゲームダンジョン7にて。
 2024年12月に発表されたアクションRPG『Abyss Ring』(アビスリング)は、モンスターを調理して食べるシステムが特徴的だ。2025年2月開催の東京ゲームダンジョン7で出展の様子を見に行くと、話題を聞きつけた多くのゲーマーが列を作っていた。

 せっせと列をさばく開発者さんに、隙間を縫って話を伺う。特段
『ダンジョン飯』に触発されたわけではなく、もともと『ダンジョンマスター』のような体験が好きで作り始めたらしい。開発しているうちに『ダンジョン飯』の人気が高まり、みんなモンスターを食いたくなった。時代が追い風になっている。

 このときは並んでいる人がたくさんいたので遠慮したが、時間が経つにつれて僕もモンスターを食いたくなってきた。後日お願いして、開発中のデモ版を遊ばせてもらうことに。ありがとうございます。
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 『Abyss Ring』はランダム生成される地下100階のダンジョンを踏破するゲームだ。長く探索していると気になるのが空腹。モンスターを倒して肉を現地調達するのだが、食べるためには調味料を加えてレシピ通りに調理する必要がある。

 “くさみを消さないと食えたものじゃない”という設定上の理由かもしれない。あるいは、主人公にとってモンスター食は探索の辛さを和らげる娯楽なのかもしれない。「何でもおいしくいただいてやる」という執念の持ち主だとしたらそれはそれでおもしろい。想像の翼が広がっていく。
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ショップやストレージ(倉庫)、インベントリ(バッグ)、スキルといったメニューで構成された街とダンジョンを往復する形。
 拠点となる街のショップをのぞくと醤油が売られていた。ダンジョンに持ち込みたいけどバッグ容量には限界がある。諦めるか……いや現地調達できなかったらどうする。醤油は必要だ。日本人のDNAが叫んでいる。スライムに醤油をかけろと叫んでいる

 そして、スライムに醤油をかけても食べられないことを知り、愕然とするのだった。スライム刺身の実装が待たれる。
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バッグ容量や消耗品の個数など、リソースを管理するゲーム性と設定が結びついている。
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ダンジョン内では各種アイテムや装備のほかにレシピも手に入る。アイテム収集も楽しみのひとつ。
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武器は片手剣、両手剣、片手槍、ハルバード、弓、杖の6種類。攻撃力のほかにレア度や属性も設定されている。槍を見つけたら戦闘が一気に楽になった。
 ダンジョンに潜って扉を開けると目の前に部屋が広がる。ヘッドホンからはにちゃにちゃした音が聞こえてきた。きっと近くにスライムがいる。最初は音で外敵の有無を判断するので自然と耳を澄ましていることに気づく。この“集中”が没入の第一歩だ。

 探索と戦闘は3Dアクションで、展開がすごくスピーディーというわけではない。警戒しながら進み、FPS感覚で死角をクリアリング(安全確認)。よし、奇襲はない。薄暗い室内を見渡したらつぎの部屋へ。
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 いた。スライムだ。このとき僕の頭はある考えに支配されていた。

「こいつ食えるのかな」

 ほかのモンスターを見かけたときもそうだ。こいつ食えるのかな。モンスター食というシステムによって理性のタガが外れ、食材であることを期待してしまうのである。
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紫のスライムは何回倒しても食材を落としてくれない。食えないのかな。
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緑のスライムは食えるみたい。やったぜ。
 モンスターを倒したとき、食える肉片にならないとがっかりしてしまう。ゲームを遊んでいて初めての感情かもしれない。

 スライムは独特な食感を楽しめそう。オークやゴブリンはどうだろう。人型モンスターを食べるのは倫理的によくない気がする。
『ダンジョン飯』でもそういう描写はあった。でも『Abyss Ring』ではもしかしたら……ごくり。マウスを握る手に力が入る(マウス+キーボードでもゲームパッドでも遊べます)。

 先述の『ダンジョンマスター』はリアルタイムで進行するRPGだ。背筋に緊張を感じながらも全体を俯瞰で見て、効率的な行動が大切。一方、『Abyss Ring』は3Dアクションなのでより直感的に動かせる。おれたちは食いてえと思った瞬間に食材を狩るのである。これは野性だ。本能だ。計算なんてしている暇はない。
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お前は食えないのか、それとも運悪く肉にならないだけなのか。どっちなんだ。
 僕が遊んだのはまだ序盤だからか、遭遇するモンスターはそれほど強くない。盾を装備しているので右クリックのガードで攻撃を防いだら、左クリックで武器を振るう。くらうダメージはそこそこ大きいので油断は禁物だが、落ち着いて1体ずつ対処すれば大丈夫。

 だが、「ぐ~」と腹の虫が鳴き出したらそうもいかない。空腹度がゼロになると体力がけっこうな早さで減少していく。食材を持っていなかったら最悪である。戦闘を切り抜けても餓死しかねない。

 餓死を避けろと本能が警告する。
おなかすいたおなかすいたおなかすいた肉を落とせ肉を落とせ肉を落とせハァッハァッハァッ……! 我を忘れてモンスターに襲い掛かる。僕の中に眠る『ドカ食いダイスキ! もちづきさん』の望月さんが目を覚ました瞬間である。
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一人称視点なので自分の顔は見えないが、たぶん必死の形相。獲物を見つけないと死んでしまうから。
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「(お前がそこに)あるのがいけない」と、猟奇的な言葉が頭の中を駆け抜けていく。
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オークは分厚いステーキ肉になった。もうお前のことそういう目でしか見られないよ。人型モンスターを食うって、倫理的にはけっこうぎりぎりな気もする。
 調理を行えるのは下り階段のある休息エリアだけ。どこでもできた方がプレイヤーのストレスは減るだろうけど、同時に緊張感も減ってしまう。ぎりぎりで駆け込んだときの安堵。これがいいのだ。緊張と解放のバランスにゲームデザインの方向性は現れる。

 キャンプファイアの調理台を調べると修得済みレシピの一覧が表示され、材料が足りていればごちそうにありつける。レシピはデフォルトで15種類。
ローストコカトリスにミミックの網焼きにスライムババロアに……。うまそう。
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 ご飯を食べたら睡眠だ。材料が足りない場合は寝るだけ寝て体力を回復させ、空腹は持ち込んだパンでやり過ごす手もあるが、やっぱり温かいご飯を食べたい。何だか気分がいいし、キャラクター育成上の理由もある。

 戦闘で経験値を稼ぐだけでは強くならない。ずっと蓄積され続け、寝たときに溜めた分だけばーん! とレベルアップする仕組みだ。無理をするだけでは意味がなく、人間はちゃんと休まないと成長できない。

 このときに大切なのが食事の内容。栄養のあるものを食べると得た経験値以上に成長できる。体をいじめ抜いた後は適切な食事と睡眠。ボディービルダーの考え方と同じである。栄養のあるものを食べると筋肉が喜ぶ。
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「いっぱい運動してご飯を食べて眠ると強くなるよ」と言うと幼児教育の話のようだが、こちとら生きるためにモンスターを食っている。
 経験値を溜めて溜めて溜めて、ご飯を食べて眠ると一気にレベルアップ。カタルシスが心を満たす。気持ちいい。

 ゲームデザイン的には育成効率と食材のリソースを天秤にかけて料理を決めるのだろう。だが僕はどうしても食いたいものを食ってしまう。新しい食材を手に入れ、食べたことのない料理を選べるとわくわくする。探究心が食に向くタイプの冒険者だ。
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スケルトンも食いたい。お前きっとカルシウム豊富だろ。骨だってじっくり煮込んだらホロホロになるんじゃないか。
 休憩エリアでは下層へ進むか街に戻るか選択でき、帰還するとレベルはリセット。いわゆるローグライクなデザインで、獲得アイテムはショップに売却、倉庫で保管、再度ダンジョンに持ち込む、といった行動をくり返して、少しずつ物資を整えていく。

 レベルアップした分だけスキルポイントを入手できたので、これを割り振ってキャラクターを強化。攻撃力を高めたり回復魔法を覚えたりなど戦闘方面に振るのもいいが、所持アイテムの重さ上限を増やしたりすれば探索が楽になる。
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 なお、街に戻ったときにモンスターの肉はすぐに換金された。そのときに表示されたメッセージが地味ながらにいい仕事をしている。
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「生の食品は腐敗する前に売却されました」

 食材を大量にストックできると攻略が一気に楽になるから、難易度の設計的にはその都度探してもらったほうがいい。淡々としたシステムメッセージとともに売却されるだけで十分なのに、わざわざ添えた「生の食品は腐敗する前に」のひと言は、僕に主人公たちの生活を想像させた。世界設定の作り込みはこういう些細な点に表れる。
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机の上には回復用のポーション。これを置いたのは誰なんだ。些細なことが気になってくる。
 空腹が満たされると周囲を見渡す余裕も出てくるものである。よく見ると調度品はきれいだ。本棚に囲まれた部屋もあった。書きもの用の机に食器、松明など、かすかな生活のにおいも感じられる。

 ゴブリンたちにこんな知性があるのだろうか。あるいははるか昔に栄えた文明の忘れ形見か。『Abyss Ring』の世界設定は公開されていないので想像に委ねるしかない。
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誰かの私室風の部屋。この画像には写っていないがベッドもあった。
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本棚や倉庫みたいな棚がずらり。
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照明装置がきれい。その一方、杯と燭台と頭蓋骨のセットは呪術的な意図を感じる。
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白骨死体が牢屋の中に放置されていたり、オブジェのように飾られていたり。ゴブリンたちに捕まった冒険者の末路か。この文明を築いた人々にはミイラのように埋葬する習慣があったという可能性も。
 ゲーム的に考えると、ダンジョンの各階層はクリアーするべきステージだ。ここに持ち込まれた“調理”という人間ならではの行為によって、想像はかつてのダンジョンの姿に結びつく。

 きっとここには同じように食材を調理して生活する人々がいたはずなのだ。彼らはどこに消えてしまったのか。そんなことを考えながら眺める光景はなぜだかより妖しく見えた。
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