ゲームの中で出会い、ともに時間を過ごしてきたアイドル(キャラクター)が、現実のステージに立つ。その瞬間、人は何をもって“そこにいる”と感じるのか。セッションでは、『アイドルマスター』の如月千早による日本武道館での単独公演“OathONE”などを題材に、XRライブを支える技術と演出、そしてゲームから広がる新たな体験について語られた。
ゲームのアイドルと同じ空間へ。2年半で23タイトル・76公演に広がったxRライブ
吉本氏が紹介したのは、ゲームに登場するキャラクターたちの活躍の場を、ライブや配信へと広げる取り組み。スライドによると、2年半で実施したxRライブは23タイトル・76公演にのぼり、登場したキャラクターは100人超。開催地も国内9都市と海外2都市の計11都市に広がっている。
もともと『アイドルマスター』は、ゲームに加え、楽曲、キャストによるライブ、アニメなど、多彩な展開を続けてきた。その先にあるxRの可能性として吉本氏が挙げたのは、“大切にしてきたキャラクターと、同じ空間や時間を共有できること”。ファンとの接点が増えるとともに、クリエイターが実現したかった表現にも技術が近づいてきているという。
その具体例となるのが、2026年1月に行われた千早の武道館公演“OathONE”だ。REZ&は公演の演出・制作やxRステージのデザインなどを担当。ソニーPCLがソニーのロボットシステム“groovots(グルーボッツ)”を提案し、テクニカルディレクションを担うなど、今回の登壇者たちが協力して作り上げた公演でもある。
歓声が起きなかったのは、失敗ではなく感動だった
ところが、1曲目でふたりのアイドルが登場しても、歓声が起きなかった。客席の後方から見ていたカゾエ氏は、「失敗したかもしれない」と落ち込んだそうだ。その受け止めかたが変わったのは、終演後のこと。いっしょに制作を行っていたバンダイナムコ側のプロデューサーから、「プロデューサーさんは感動して泣いていて、歓声を出せなかったんですよ」と聞かされたそう。前方にいたカメラマンからも、アイドルが現れた瞬間に泣き崩れる観客がいたと伝えられたという。
カゾエ氏は、ずっと向き合ってきたアイドルと現実の世界で会えることには、大きな神秘性があると語る。とくに『アイドルマスター』のxRライブでは、その体験をどう実現するかを大切にしているとのこと。
だからこそ、演出はアイドルが登場した後だけの話ではない。カゾエ氏が挙げたのは、開場から開演までに流すBGMだった。およそ1時間の待ち時間も含めて、会場を訪れた人をその空間に没入させ、もうすぐ会えるという期待を高めていく。そこまでの積み重ねが、登場の瞬間の実在感につながるのだという。
リハーサルからステージを見続けている制作側にとって、登場自体は予定されている出来事だ。それでも、実際に訪れた観客の反応を見て、初めてアイドルがステージに立ってくれたと感じる。カゾエ氏は、そんな作り手側の感覚も明かした。
上月氏が強調したのも、“ただそこにいるように見せるだけではライブは完成しない”という点だった。アイドルへの愛情や思い入れ、ゲームで積み重ねてきたストーリー。それらが合わさって、初めてライブという体験になる。実在感を作るのは映像の精巧さだけではなく、観客がその場に持ち寄る時間や記憶でもある、というわけだ。
千早が花道を歩く。その実在感を支えたロボットと舞台設計
吉本氏は、武道館でやりたかったことを盛り込めた一方、実現できるのかを長く考え続けた公演でもあったと振り返る。カゾエ氏によると、ステージを3Dで事前に可視化し、どのような形にするかを検討。groovotsの演出についてもソニー側と毎週のように打ち合わせを重ね、互いの取り組みを理解しながらアイデアを公演に落とし込んでいったという。
groovotsは、LEDディスプレイを搭載し、ステージ上を移動できるロボットシステム。中野氏が紹介したのは、小回りの利く中型の“5D”と、等身大のキャラクターを映せる大型の“7D”。“OathONE”では、千早が花道を歩く場面や、アイドルのカラーを映したロボットが回る演出などに使われた。
千早が歩いてくるように見せるには、動きを細かく制御するだけでなく、静かに移動できることも重要になる。中野氏は、実在感を技術で支えるうえで、有線にせず、バッテリーで動くことにもこだわったと説明した。
その背景には、ソニーがほかの製品で培ってきた技術がある。ドローンで蓄積した無線通信の知見、aiboにも関わる画像処理による位置の把握、小型で大容量のバッテリー。大型のLEDを載せて動かす仕組みも、こうした技術に支えられているという。
活用の場は『アイドルマスター』に限らない。セッションでは、アイドルグループ“22/7”の演者と、それぞれが担当するキャラクターが同じステージに立ち、歌い踊る事例も紹介された。キャラクターといっしょにパフォーマンスをしたいという演者の夢を、移動できるディスプレイが形にした例だ。
もっとも、ひとつの新しい機材だけで没入感が生まれるわけではない。上月氏は、“現実の空間とバーチャルな空間がつながり、その境界がなくなったように感じる瞬間を作ることが大切”だと説明する。
たとえば、2026年5月30日にKアリーナで開催されたしぐれういさんのライブでは、Kアリーナの5階席や7階席の観客にも見やすいよう、高さに合わせてLEDを配置したという。ディスプレイの高輝度化や高精細化に加え、複数の画面をどう使い分け、空間全体をどう演出するかまで考える必要があるそうだ。
ゲームエンジンが、現実の照明やカメラの技術をCGの中へつなぐ
VJとして活動してきたカゾエ氏の率いるREZ&では、アンリアルエンジンに、TouchDesignerや照明用のコンソール、VJ用のソフトなどを組み合わせてライブを制作しているそう。カメラや照明の操作をCG空間へ反映させることで、ふだんは現実のライブで仕事をしている照明のアーティストやカメラマンも、自分たちの技術を発揮できるようにしているという。
現地と配信の見せかたを、それぞれ考えることも重要なのだそう。カゾエ氏は、バーチャルシンガーのHACHIさんのライブを例に、配信では表情をしっかり捉えるカメラワークを検討する一方、会場側ではバーチャル空間の造形や照明と対応するステージを作る取り組みを紹介。仮想空間と現実をどう連動させるかが、REZ&の考えるXRなのだと説明した。
こうした制作を後押ししたのが、CGやゲームエンジンの進化である。カゾエ氏たちは、もともと全員がCGの専門家だったわけではなく、学習に使える情報が多いことも、ゲームエンジンを取り入れる助けになったという。
とりわけライブ制作では、照明や映像演出を短い期間で詰めていく必要がある。修正した映像の完成を何十時間も待っていては、公演の準備が進まない。リアルタイムに描画できるゲームエンジンは、そうした制作の速度にも応える存在なのだそう。
一方、完成した表現を本番で安定して届けることも欠かせない。上月氏は、映像、音響、照明、ゲームエンジンの同期や、映像を再生するメディアサーバーの安定運用を挙げた。生身のダンサーや演者と映像が共演する場合には、それぞれに生じる遅延を踏まえ、動きを揃えて見せる技術も必要になる。
データで制御されているからといって、ライブ特有の緊張感が薄れるわけでもない。吉本氏によると、共演するダンサーからは、タイムコードによって進行が定まっている安心感がある一方、一度きりのセッションで取り返しが利かない真剣勝負になる、という話を聞いたそうだ。
如月千早の“THE FIRST TAKE”に関わった際にも、後から作り直すのではなく、一回きりであることを大切にしたという。デジタルだから何度でも直せる、ではなく、あえて一度きりの表現にこだわる。それも、XRでライブを作るうえでのクリエイティブのひとつとなっているとのこと。
求められるのは派手なショーだけではない。海外でも共有されるアイドルの成長
カゾエ氏は、千早の武道館公演を考えるにあたり、世界中のエンターテインメントを見て回ったという。ロンドンの“ABBA Voyage”などでは、そこに人が立っているような表現から、映像ならではの大きなスケールへと切り替わる演出に、ショーとしての魅力を感じたそうだ。
対して、自身が手掛ける『アイドルマスター』のxRライブでは、観客が求めているのは、単に大きな映像や派手な演出を見ることとは異なるのではないか、とカゾエ氏は考えたそう。大切なのは、“実際にそのアイドルに会える”という感覚。日本で独自に育ってきたこうしたライブを、地元でも見たいという思いが、海外にも広がりつつあると感じているとのこと。
吉本氏が挙げたのは、星井美希のシカゴ(アメリカ)やソウル(韓国)での公演を経て生まれた、ファンの受け止めかただった。海外公演を経験したからパフォーマンスに磨きがかかった、現地での挨拶から新たな一面が見えた、といった具合に、キャラクターへの理解が深まっていく。
もともと『アイドルマスター』では、ファンとキャストが一堂に会するライブを、一期一会の場として大切にしてきた。xRでも同じように、キャラクターにとっての“晴れの日”をファンとともに作り上げられるようになってきたという。吉本氏は、この広がりを、ファンとクリエイターの夢が同時にかなってきている状況として捉えていた。
YOASOBIの事例で見えた、実際のライブの“代わり”ではない価値
本人たちがその場にいなくても、ライブ体験を作れるとしたら何ができるのか。ただし、YOASOBIは現在もライブを大切に活動しているアーティストであり、そのパフォーマンスをそのまま置き換えればよいわけではない。上月氏たちは、通常のライブとは異なる価値をどう生み出すかを考えたという。
そこで着目したのが、小説を原作として楽曲を作るYOASOBIの特徴だった。たとえば『夜に駆ける』では、原作の『タナトスの誘惑』の世界をビジュアル化し、その世界を体験した後に楽曲のライブへとつなげる。物語の世界とアーティストの表現、その両方に入り込めるプログラムにしたのだそう。
この取り組みには、アーティストとファンの接点を広げる可能性もある。上月氏は、人気の公演ではチケットを入手できない人がいる一方、アーティスト本人が動ける時間や、必要な会場を確保できるかといった制約もあると指摘。通常のライブとは異なる体験を提供することで、新たなビジネスと、ファンが触れられる機会を生み出せるのではないかと語った。
同プログラムを体験したという吉本氏も、これは代替品ではなく、作品への別の角度からの没入や、楽しみかたの広がりだと受け止めたという。XRによってライブを行う選択肢は広がるものの、何をファンと共有し、キャラクターの実在をどうともに作るかが大切だという姿勢は変わらない。
カゾエ氏は、現実のライブを電子世界へ持ち込むことで、再現できるデータになる点にも着目していた。いま記録したアーティストの表現が、将来、新たな技術によって違う形で再現される可能性もある。現時点で作れる、現実と電子世界の接点のひとつがライブなのだという。
“夢はホログラム”。実現できていないことも、つぎの表現につながる
上月氏がとくに期待を寄せるのは、リアルタイムのインタラクションだ。人間によるライブでは、観客との掛け合いやコミュニケーションも醍醐味になる。そうしたやり取りを、今後どのように発展させていけるのかに関心があるという。
中野氏は、ロボットを支えるモーターの小型化や軽量化、周囲を測るLiDARセンサーの進化などに言及。より小さく、より精細に状況を捉えられる技術には、まだ伸びしろがあるとした。
また、“OathONE”のセンターステージを検討する際には、360度どこから見てもそこにいるように見える、『スター・ウォーズ』のようなホログラムはできないか、という話も出たという。吉本氏も、最初の意見交換が“夢はホログラム”というところから始まったと振り返った。ただし、上月氏は、そうした表現には技術的に高いハードルがあると説明している。
一方、カゾエ氏が考えるのは、まだない技術を待つことだけではない。『アイドルマスター』には、制作に加わる以前から積み重なってきた長い歴史がある。その思いを、いま使える表現でどう受け止めるか。手元にある技術で何ができるのかを考えることも、演出を作るうえで大切だと語った。
ゲームともっと地続きに。2035年を見据えたXRライブの未来
上月氏は、XRを“夢を現実にする技術”と捉え、観客もライブへ参加できるような体験がさらに進化していくことに期待を寄せる。技術そのものを見せるだけでなく、人の心に届く体験を、さまざまな分野のIPとともに作っていきたいとした。
中野氏が目指すのは、使う側が演出の夢を膨らませられる技術を提供すること。ゲーム機とゲームの関係にもなぞらえながら、技術を使う人の発想を後押しすることが、自分たちの役割だと語った。
カゾエ氏は、今回の千早の武道館公演も、いまの時代の技術とチームだからこその形だったと振り返る。将来は、別のチームが違う技術で実現するかもしれない。それでも、いま関わっている自分たちが、使えるものを組み合わせて考えることに意味がある。その前提には、これまで作品を支えてきたクリエイターやプロデューサーたちへの思いがあった。
吉本氏は、武道館という特別な場所に立つこと自体が簡単になるとは考えていないとしつつ、そこを目指して活動し、夢を実現するキャラクターが増えていく未来を思い描く。ゲームとのつながりがさらに強まり、もっと地続きに楽しめるエンターテインメントを目指したいと語った。
海外への展開に加え、つぎの表現を生み出す若いクリエイターを見守り、育てていくことも重要だという。締めくくりには、実際に現地へ足を運び、XRライブの可能性を感じてほしいと呼びかけた。
アイドルを映す技術、現実と仮想をつなぐ演出、そして、そのアイドルと歩んできたファンの時間。“そこにいる”という実感は、それらが重なって形になるものなのだろう。ゲームの中で育まれた関係を、同じ空間で過ごす体験へとつなぐこと。今回のセッションからは、XRライブが広げていくエンターテインメントの可能性と、それを形にする現場の工夫が見えてきた。















